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77話 ……王子たちを手玉に取りましたよ

 王太子のレオナール王子と、いとこのラインハルト王子が、一人の女性をめぐって対立しました。

 お二人が心を寄せているのは、東地方の公爵令嬢。将来の王妃、筆頭候補のクレア嬢です。


 ……三角関係になる兆候は、あったんですよ。ライ様は、ときどき、クレア嬢を特別扱いしていましたからね。

 白い屋根の喫茶店でばったり出会ったとき、ライ様はクレア嬢のみにお茶会の約束をしていたりしましたからね。


 それは、さておき。

 ものすごく迷惑なことに、お二人が対立の宣言をした場所は、私の部屋でした。

 夏の長期休み前のテスト期間で、テスト勉強に励んでいる、私の部屋です!


 迷惑な王子たちを、ジト目で眺めてしまいました。不機嫌を表に出して、意見を述べましたよ。

 

「お二人とも、喧嘩をするなら、部屋の外で勝手にやってください。勉強の邪魔です!」

「お前、空気を読めよ! 相変わらず、ぶち壊すのが得意だな!?」

「アンジェ、私たちの会話を聞いていました? 王家にとって、大問題が起きているんですよ。理解していますか?」

「理解しています。クレア嬢が王妃になる未来が揺らいでいる。ただ、それだけのことですよね」

「それだけって……王妃筆頭候補が、宰相の嫁になるなんて、困るんだぞ! 王家にとって、大問題だ!」

「国を揺るがす事態になろうと、私は譲る気はありません!」

「……あのですね。そう言うことは、お二人の部屋でなさってください。ここは、私の部屋です。

もう一度言います。勉強の邪魔なので、出ていってください」


 迷惑ったら、迷惑なんです! わめきたてる王子たちに、腹立つ!


 こっちは学年首位が継続できるか、どうかが、かかってるんですよ?。

 うかうかしていたら、首位争いをしているクレア嬢に、抜かれるじゃないですか!

 今日の午後は、一学年上の王子たちが、クレア嬢の家へ行って、勉強を教えてあげてきたんでしょう?

 思いっきり、今回は不利なんです! 頑張らないと、いけないのに!


 心の中の嵐を、表情に出すことにしました。この上なく、不機嫌な顔を作りましたよ。

 相手に効果的に見せる方法は、元女優である母から仕込まれていますからね。

 左手を頬にあてながら、右手で左手の肘を支えます。私のすねた顔を強調しながら、後ろで喧嘩する王子たちを見上げましたよ。

 父譲りの眼力を発揮して、無言で見つめます。こんなことで交渉用の兵器を投入するなんて、王子たちは手間をかけさせてくれますよ。


「なんだ、その不満そうな顔は?」

「よろしいですか? 女性の部屋で、他の女性をめぐる話をきかされて、部屋の主がどのような思いをするのか、分からないのですか? ロマンチストなレオ様が?」

「うっ……アンジェ。そんな顔をしてくれるな」


 レオナール様は、困った顔になって、大人しくなりました。

 よし、一人目は黙らせた。


 次は目を潤ませながら、お隣に視線を移しましょう。



「恋の駆け引きの得意なお方が、女性を泣かすような真似をなさるのですか? ライ様ともあろうお方が?」

「その……かわいらしい娘に、泣き顔は似合いませんよ」


 ラインハルト様も、申し訳なさそうな顔で、私を見てきましたよ。

 よし、二人目も黙らせた。


 さて、仕上げに入りましょう。


「私はお二人の親友で、王太子の秘書官ですからね。気軽に入って来られるのは、仕方ないかもしれません。

ですが、一応、嫁入り前の女性の部屋なんですよ? ご理解されていますか? ノックもせず、突然入ってきたりして、その……」


 ここで口ごもり、視線を床に落として、会話の間を作ります。演技の「静と動」の応用ですね。

 話すという動さに、沈黙という静かさを挟むことで、注目を集めるのです。

 意味ありげに口を動かして、言葉を飲みこむ仕草をします。その後、二人に視線を戻しながら、主張しました。


「この先は、お二人の想像に任せるとして……謝罪くらいは請求しても、構いませんよね?」

「……すまん! 突然、入ってきて悪かった!」

「あ……申し訳ありません。そんなつもりは、全然なかったんです!」


 顔が赤くなったあと、慌てふためいて、素直に謝罪する王子たち。

 お年頃の青年なので、赤くなったのは大目に見て差し上げます。


「あなた方もです。王子のお守りばかりで、女性の権利は、守ってもらえないのですか? 騎士ですよね? 側近ですよね?」


 今度は姿勢を直して、入り口から覗きこんでいる近衛兵と、お二人の親友たちを見ます。

 台詞の後で、雪の天使の微笑みを浮かべました。

 昨日、母が見せてくれた、冷たい怒りを宿しているけれど、惹き付けて止まなくなる微笑みです。

 入り口の人々の視線を引き付けていることに、成功しましたね。


 では、自己主張に入りましょうか。

 私の独壇場です。邪魔が入らないように、この場を支配しましたから。


「乙女の部屋に土足で入り込むなど、紳士としてあるまじき振る舞いです。品位にかけます。

そして、王子たちの会話は、端で聞いていると困惑する内容でございますし。

王家にお仕えする秘書官としては、先行きが不安になりますね」


 笑顔で怒られると、相手は混乱気味になり、とてつもない恐怖を感じるそうです。

 これも、母仕込みの演技の一つです。生前の父をしかるときに、用いていたとのこと。  


 静かに私の言葉を聞いて、うつむき加減になる王子二人。

 さしずめ、レオ様がしょぼくれた獅子で、ライ様が自信喪失した豹でしょうか。

 王族としての威厳は、みじんもありません。


「起きてしまったことは、仕方ありません。次回から、気をつけてください。

もしも、過ちを繰り返せば、お二人の父君……いえ、母君に報告させていただきます。肝に免じてください」


 無言だったレオ様の肩が、びくりと震えました。ライ様は、無意識に額の汗を拭っています。


 王子たちはね、父君の拳骨が苦手ですが、母君からのお説教も苦手です。

 むしろ、母君を怒らせる方を、怖がっております。

 私は王太子の秘書官なので、お二人に接する時間も長いですからね。

 王子二人の弱点も、ある程度は掴んでるんですよ。


「次からは、気を付ける」

「心得ておきますよ」


 何とか言葉をひねり出す、王子二人。私を、まともに見ようとしません。


 ……少々哀れな姿だったので、お二人の自信を回復しておきましょうか。

 このまま帰らせて、明日のテストの成績に影響が出ては困ります。


「気をつけてくれるならば、それで構いません。

それはそうとして、クレア嬢の親友として、お二人にご助言を申し上げましょう」


 驚いた王子たちの青い瞳と緑の瞳が、同時に私を見つめてきます。


 ……操作しやすい王子様たちですね。

 私の言葉一つで、ここまで簡単に言うことを聞く方々では、なかったはずなのですが。

 恋の魔法という言葉があります。お二人はこの「恋の魔法」とやらにかかっているのでしょうか?


「今宵から私の母に、演技の指導をうけるのでしょう? 母の言うことを自然に行えるようになれば、好意を持たれた女性から嫌がられることは、少なくなるでしょう。

そして、テスト勉強を頑張ることです。やはり、何かに秀でた男性に、女性は惹かれやすいですからね」

「勉強なら、心配いらないぞ。僕が失敗するわけないだろう。ちゃっちゃと、明日の勉強を終わらせる」

「常日頃から勉学には力を入れてますからね。直前で慌てなくても大丈夫ですよ」


 自信満々ですね、王子たちは。王宮の家庭教師から習ってますし。

 去年の春に、王立学園へ入学するときには、私もお世話になりましたし。


「良き心がけです。もちろん、二日後、三日後のテスト勉強も、されているのですね?」

「明後日?」

「いや、三日後までは必要ないでしょう?」

「王妃様から聞いていませんか? 明日は北国の使者を迎える準備の王妃教育、特別授業を行います」


 ……ちょっと? 王子様? 二人で目配せしないでくださいよ。


 この様子だと、王妃教育の特別授業は、まだ知りませんね。明日の午後、クレア嬢の家で勉強する予定が狂ったようです。



「そして、明後日は歓迎の宴が予定されているので、私も、王子たちも、勉学できないでしょう?

私は、三日先のテスト勉強をしてるところですよ?」



 無言のレオ様。その目の動きは、動揺してる証ですよ。先を見越して、勉強してなかったんですか?


 対するライ様は、涼しい顔で大丈夫だと頷いておりますね。

 ……このままでは、レオ様が負けそうです。発破かけておきましょうか。


「よろしいですか? クレア嬢の場合は、東国へ語学留学をされるくらい、勉強に秀でたご令嬢です。そのご令嬢と釣り合うのならば、頭脳は必要だと思いますよ。

私やクレア嬢は、いくつかのテストで満点を取れる自信があります。お二人も、もちろん満点ですよね? クレア嬢の伴侶になるつもりなら、全教科満点は取れて当然です」

「大丈夫だ。心配いらん。嫁が満点を取れるんだぞ? 僕が満点を取れるのは、当たり前だ」

「もちろん、私も、首位を取るつもりで挑んでますからね。レオに負けるわけないでしょう」

「ならば、後日、テスト用紙を見せてくださいね。私も、問題を解いてみますから」

「僕たちは一学年上だぞ、大丈夫なのか? さすがに無理だろう」

「いや、アンジェは、記憶力ありますからね。暗記勝負なら強いでしょう」

「はい。歴史や地理には、自信があります。お二人とそこそこ点数争いも、できると思いますね」

「……面白い。その勝負乗ってやる、僕に敵うと思うな!」

「年下のアンジェに負けれませんね。私の実力をお見せしますよ」


 そう宣言すると、お二人は親友や近衛兵を引き連れて、部屋から出ていきました。


 ……いとも簡単に、私の挑発に乗せられましたよ。恋の魔法にかかった、お調子者たちは。

 この先、大丈夫なんでしょうか? 焚き付けたとは言え、王太子の秘書官としては、少々心配になりますね。 

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