75話 どさくさ紛れに、何をするんですか!?
現在、私は、王太子のレオナール王子の私室に、連れてこられていました。
レオ様は顔をしかめながら、右隣に座ってる私を見下ろされます。
「うーむ、お前、なんでお子様の外見なんだ? 去年、三年ぶりに再会したときも、成長してないと思ったし。
クレアみたいに成長して、年頃の女になっていればな」
クレア嬢は、将来の王妃筆頭候補である、東地方の侯爵令嬢です。東国へ三年間、語学留学されておりました。
はとこであるレオ様たちが、三年ぶりにお会いしたときは、外見の変化に驚かれたとか。
十三才で留学された女性が、十六才になって帰国すれば、お美しくもなりましょう。
私は十二才でレオ様たちと故郷で知り合い、上京して王都で再会したとき十五才でした。
外見はほとんど成長せず、十二、三才くらいにしか見えなかったようです。
栄養失調状態が続く中で、三年間過ごしても、身体が成長する余地なんてありませんよね。
うちは、食べ物がほとんど取れない、荒れた土地に暮らす、貧乏貴族です。
対するクレア嬢は、裕福で留学できる財力のある、金持ち貴族です。
両者を比べないでください。暮らしてきた環境が、違いすぎますからね。
冷静にそんなことを考えていたら、レオ様はぶつぶつと独り言を言います。
「悔やんでも、遅いな。アンジェのお子様な外見に騙され、強気な性格のさらに内側を見抜けなかった、僕が悪いんだから」
「レオ様は、まず外見から、女性を判断しようとしますからね。前回の婚約者候補で失敗してるのに、懲りないんですか?」
「……古傷を抉るな。女を見る目が無いのは、痛感したが。一番近くの女の価値に気付かなかった。
一度、父上がお前を王妃候補に挙げてくれたのに、断ったことを、今更ながらに後悔している」
「……はい? なんで、私が国王陛下から、王妃候補に推薦されるんですか!? おかしいでしょう!」
驚いてみせたのは、建前です。
私はレオ様のいとこ、ラインハルト王子の側室にされるために、王都に連れてこられたと今年の春にレオ様からお聞きしました。
ですが、王妃候補に名前が挙がっていたのは、初耳です。理由を知りたくて、尋ねてしまいましたよ。
……さりげなく、レオ様が腰に右手を回して来ましたが、今は我慢しておきましょう。
私が苦言を言って、レオ様が拗ねたら、もうしゃべってくれなくなるでしょうからね。
「冷静に考えれば、お前はクレアと同等の才能を持つ、女なんだぞ?
クレアはお前と王立学園の首位争いをし、東国に語学留学していた。
対するお前は、北国の言葉に堪能だ。おじい様の友人である、言語学者から北国の言葉を習っているから、実力は折り紙つきなんだぞ」
「……師匠がうちの兄弟に、北国の言葉を教えることになったのは、先代国王陛下の慈悲ですもんね」
私の領地である、北地方には、北国の難民が暮らしています。彼らとの言葉の壁を崩すために、先代国王陛下の友人が北地方に来られました。
そのときに、私たちは北国の言葉を習い、我が国と北国の言葉を自由に操れるようになったのです。
……レオ様は暇だったのか、左手に私の髪の一部を持ち、手慰みにいじり始めましたよ。
特に害は無いので、放っておきますけどね。
「それから、王族の血の濃さだな。東地方の侯爵家には、我が王家から何回も王女が降嫁している。
王家の分家である、西の公爵や医者伯爵ほどでは無いが、貴族の中では王家の血が濃い方だ。
対するお前は、北国の王家の血が濃い。お前は母上から……」
「レオ様! 我が国では、母方の血筋は価値がありません! 王太子が問題発言をなさらないでください。
それに、うちは両親ともに、平民の祖先を持つ血筋ですからね」
「……ああ、そうだな。すまん。だが、当人のお前が、あまり平民と吹聴し、卑下するな。
お前は父上も、母上も、北の侯爵本家の血を持つ、由緒正しい血筋だぞ。
北の侯爵は、北国の分家王族と何度も血のやりとりをしてるから、雪の国の王位継承権を持つんだ」
「それは、お聞きして知っていますよ。北の侯爵の分家として、唯一生き残った我が家が引き継いだと」
「北は……雪の国は、母親の血筋も重視する。だから、お前の妹のエルが、あっちの王子と婚約することになったんだ。
父親からも、母親からも雪の国王の血を受け継いだ、春の国の貴族としてな」
レオ様が母の血筋の秘密まで口走りそうになったので、急いでお止めしましたよ。
気付いたレオ様は、動じることなく、ごまかして事なきを得ましたけど。
うちの母方、雪花旅一座は、北にある雪の国の王族集団です。最も古い分家王族、南地方の公爵を祖先に持つのです。
春の国では、母方の血筋は重視されませんからね。雪の王家の血筋を隠したい私としては、ものすごく助かりますけど。
歴史を深く学べば、うちの母方の血筋に気付くはずですが、普通の人は気づきません。
王太子のレオ様ですら、二月前まで知りませんでした。
私がヒントをお出しして、ようやく秘密に辿りついたのですからね。
「お子様な外見で、気の強いお前は親友だ。嫁にするなんて、あのときは考えられなかった」
そう言って、黙り混みこました。じっと私の顔を見つめておられます。
えーと、どんな反応をすれば良いのでしょうか。困ったので、小首を傾げてみました。
「……今みたいに、無防備で可愛い一面があると、もっと早く知っていたらな。惜しいことをしたぞ」
そう言うなり、私の額に軽く口づけされました。
だから、不意討ちしないでくださいよ!
「な、な、な……!」
「ふっ……本当に可愛い反応をするな?
顔に口づけただけで、赤くなる女なんて、クレア以外は見たことがない。今のお前は初々しくて、新鮮だ」
いじめっこの笑みを浮かべて、レオ様は見下ろしてきます。とても、楽しげな声です。
私は、全然、楽しく無いですよ!
「冷静なお前が取り乱すなんて、滅多に見られん。本当に興味深いな」
左手で、私の顎を持ち上げられました。何をするつもりですか!?
「……よく見れば、お前は美少女だ。僕好みの青い瞳と白い肌を持っている。
もう少し大きくなれば、母上そっくりの絶世の美女になるんだろうな。成長が楽しみだぞ」
なんか、レオ様が変です。おかしいです。
ちょっと? また妄想の世界に浸っておられるのでしょうか。
「僕が大人の恋愛を教えれば、お前は、どんな反応をするんだ? もっと知りたくなってしまう」
「……レ……オ……様?」
レオ様の瞳が細められました。腰に回している手も力が入り、密着度合いが高くなっていますし。
やっぱり変です。いつものレオ様ではありません。
……この口調は、ブラックレオ様降臨ですかね。
ですが、冷たい氷の視線ではありません。値踏みをするように、私を見ておられます。
どことなく、恐怖を感じました。体がすくみ上がり、小さく震えましたよ。
「は……な……して……」
なんとか、声をつむぎだし、訴えました。
赤面しているときの私は、恥ずかしさで上手くしゃべれなくなりますからね。
現状は、恥ずかしさよりも、レオ様への違和感が上回っておりますけど。
「はなして? ……すまん!」
あわてふためいたレオ様は、私から手を離します。大きく深呼吸をしました。
右手で口元を隠しながら、ぼそぼそと何か呟きましたよ。
「……いかん、完全に理性が飛んでいた……僕としたことが」
「レオ様? 何をぶつぶつと言っておられるのですか?」
「いや、何でもない。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです! いきなり口づけるなんて、何を考えておられるんですか?
からかうのも、いい加減にしてください!」
「あー、うん。お前の反応が面白いから、つい悪ノリしてしまった。悪かったな」
「レオ様! イタズラが過ぎます!」
「怒るな、怒るな。そんな過剰な反応をするなら、もう一度口づけるぞ?」
「え!?」
脅しに固まった私を見て、レオ様はいじめっこの笑みを浮かべました。
腹立つ! 父譲りの眼力で、失礼な上司を睨み返しましたよ。
レオ様は、いじめっこの顔から、真顔に戻って口を開きました。
「おい、アンジェ。遅くまで引き留めて悪かったな。お前の部屋まで送ってやるから、帰って寝ろ」
「一人で帰れますよ?」
「女を一人で夜道に送り出せるか!」
「律儀ですね。町中ではなく、王宮内ですのに」
レオ様は、ロマンチストですからね。ご自分が理想とする行動を取ろうとされるんですよ。
この『女性を夜中に一人で歩かせず、家まで送る』のも、理想の行動の一つなのでしょう。
……現実的には、離れた家ではなく、同じ建物内の別の部屋ですけど。
レオ様にとっては、同意義語のようですね。
「律儀と言えば……お前、今日の王妃教育のお茶会に、手作りの髪飾りをつけてきていただろう?
昨日、つけて見せてくれる約束だったもんな。予定はズレたが、守ってくれる辺りがお前らしい。
よく似合っていたぞ。今、思い出してみたが、本当に可愛いと思う」
「お褒めに預り、光栄です。ですが、レオ様が一緒に髪飾りの素材を、選んでくれましたからね。
さすが、ロマンチストな王子の見立てです。ありがとうございました♪」
散々、レオ様を叱ってしまいましたからね。寝る前くらいは笑って、気分を盛り上げて起きましょうか。
落ち込んだままで、明日からのテストの成績に影響がでたら困りますし。
にっこりと、雪の天使の微笑みを、浮かべて差し上げましたよ。
私を一瞥したレオ様は、真剣な表情で、部屋の中を見渡しました。
「……おい。こいつは、小悪魔だと思わんか? 無自覚に、こんな言動をするんだぞ。
さっきの赤面顔を見たあとだと、調子が狂うだろう?」
「……あ、はい。少し調子が狂いますね。先ほどの一面を見たあとですと、特に」
レオ様は、部屋の中にいた近衛兵の一人に、話を振りましたよ。
突然話しかけられた近衛兵は、慌てて答えました。私から顔を反らしながらね。
聞き捨てなりません。小悪魔って、なんですか。小悪魔って!
「ちょっと! 小悪魔って、どういう意味ですか!? 小さくて力が弱い悪魔みたいって、バカにしたでしょう!」
「……そうじゃない。天真爛漫なお前を、この上なく的確に表す言葉だ。ほら、送ってやるから、もう帰れ」
「降ろしてください! 一人で歩けます!」
「黙れ! もう夜中で、他のやつらは寝てる時間なんだ!
それに僕の歩幅の方が大きい。あっという間に着くから、お子様は大人しく抱っこされてろ。命令に対する返事は?」
「うー、かしこまりました」
「ふっ……今夜は、僕の勝ちだな」
私をお姫様抱っこしたレオ様は、勝ち誇った笑みを浮かべて、顔を覗きこんできます。
ロマンチスト王子は、近衛兵を引き連つれ、颯爽と歩き出しました。
悔しいけど、言い返せないので、むくれた表情で部屋まで送ってもらいましたよ。




