71話 敵味方、貴族の選別開始です
仲人王子のあだ名を持つ、王太子のレオナール王子。祖父である、先代国王陛下譲りの才能をお持ちのようですね。
王家御用達レストランの壁際の席で、独身貴族たちに、初めて顔を合わせる女性に話しかけるときの注意事項を助言しておられます。
隣の机に座っていた私は、仲人上手と評判の上司を観察し、分析してみようと思い立ちました。
まずは、言葉巧みに年若い男女を焚き付けて、恋愛感情を持たせるように仕向けるようです。その上で、ロマンチストな言葉……聞いている方が赤面するような助言を、恥ずかしげもなく、堂々と行いますね。
なるほど。ロマンチストな王子は、世間の女性が理想と思うような言動を、さらりと行いますからね。ご自分の理想と思う行動の助言を、男性にします。
王子からの助言なので、半信半疑ながらも、皆さん、従うんですよ。その結果、女性の心を揺り動かし、婚約に至るようですね。
仲人上手は、夢見がちなロマンチストのレオ様の性格と、民衆心理掌握に長ける王族の特徴が、うまく組合わさった産物のようです。
その仲人王子も、ご自分の婚約に関しては、うまく行きません。
同席するいとこのラインハルト王子に、からかわれておりました。
「恋と言うのは、愛しい娘の心を射止めて、上手くやっていかなくてはならないことです。油断してはいけませんよ。
あなたたちも、知ってるでしょう? 王太子のレオですら、前回の婚約者候補とは愛情を育めませんでしたからね」
「ライ、僕を引き合いに出すな! 僕がどれだけ傷付いたか、知ってるだろう!?」
「ええ、知っています。王宮勤めの者も、皆、知っています。
なんとか休日に一日休みを作って、朝食後、花束二つを手に意気揚々と馬車に乗って出て行くのを、見送っていましたからね。
渡せなかった花束二つを手にして、毎回帰って来ます。この世の終わりのような顔をして夕食をとる姿は、哀愁が漂っていて、直視できませんでしたから」
「……頼むから、それ以上、何も言わないでくれ」
「はいはい。これほど愛について語れるレオでも、現実はうまくいかないと言うことを、教えたかっただけです。
独身のあなたたちが愛しい娘をみつけて、結婚したいと思うのなら、レオみたいに二人を追わず、一人の女性のみを追うことです。
娘の外面の姿や性格に惑わされず、きちんと内面を見つめて、受け止めてあげてください。それが恋愛の極意です」
去年のことを思い出して凹んだレオ様は、ライ様をにらんでおります。涼しい顔で受け流し、ライ様は恋愛の極意なるものを説いておられました。
ライ様は、恋の駆け引きを楽しむ傾向がありますからね。説得力がありますよ。
あ、レオ様が復活しました。この切り替えの早さが、決断力の早さに繋がるんでしょうね。
「いいか、 『内面の心の美しさが、外見の美しさを作っていく』 んだ。それが、僕の母上の持論だ。
勝ち気な女だからって、遠巻きにしてみるな。近づいて、きちんと話してみろ。
仲良くなれば段々と、意外な一面が見られるからな」
「ええ。さっきだって、あなたたちを正論で叩き伏せたアンジェだって、内面では心配してくれていました。
大事な友人を遠回しに紹介して、恋愛歌劇の席まで準備してくれましたからね。
勝ち気な女性は、アンジェのように、不器用な娘も多いんです。覚えておくといいですよ」
……いや、恋愛歌劇の席は偶然ですよ? 友人の女騎士たちは、遠回しに紹介しましたけど。
皆さん、女騎士と言うだけで、色眼鏡で見られると、ぼやいていました。
内面を見つめようとしてくれる男性ならば、彼女たちの心を掴めるかもしれません。
「気になる女が見つかれば、おそれるな。運命の出会いだと信じて突き進め。
迷ったら、僕に相談してこい。助言くらいしてやる」
「人生を共に過ごす相手を見つけられるのは、自分だけですからね。他力本願になっては、いけません。
結婚は終わりでなく、始まりですよ。二人で努力しながら、人生を歩んで行くんですからね」
王子様、大事なことが抜け落ちてますよ?
男性が女性を見定めるように、女性も男性を見定めるんです。独身貴族殿は、女騎士たちから試されることをお忘れのようですね。
仕方ないので、私の方でフォローしておきましょう。
王宮に帰ったら、宿舎を尋ねて、友人たちに言っておきますよ。
レオ様が助言をして、軟弱な男性が勇気を持としてるから、お手柔らかに話してあげてと。
そんなことを考えていたら、独身貴族の一人が、何か言いかけて止めました。
西地方の子爵家の三男ですね。
「なんだ? 言いたいことがあるなら、きちんと言え。僕は、お前たちの発言を許可しているぞ」
「……レオナール様も、今は、一人の女性にお決めになられたのですか?」
空気が固まりましたよ。聞き耳を立てていた周囲の貴族たちから、息を飲む気配がしました。
「……それは、去年、二人の女を嫁にしようとして、失敗した僕だから尋ねるのか?」
「いえその……申し訳ありません! 気になったもので、つい、考えなしに発言してしまいました。どうか、お許しを!」
不敵に笑い、言い返すレオ様。氷の視線で、三男坊を貫きます。
三男坊は青ざめ、凍りついてしまいました。
「本来なら、不敬罪になるが、今は恋愛相談に乗ってやってる途中だから、許してやる。気になったお前の気持ちは、理解できるからな。
だが、今度、僕の心を抉るような発言をしたら、お前の仲人はしてやらんぞ。覚えておけ!」
「はい! 気を付けます!」
「それから、女に話しかけるときも、そんな風にやるんじゃないぞ。
平手打ちされても、文句は言えん。お前が悪いんだからな」
いたずらっ子の笑みになり、レオ様は言い放ちました。上手く交わされましたね。
あの顔だと、気概のある三男坊を、悪い意味で気に入ったようです。それなりに優遇し、一般会計員のリーダーに仕立て、仕事を押し付けるでしょう。
おマヌケな三男坊に合掌です。
それにしても、あの質問……西地方の貴族だけありますね。将来の王妃を探りに来ましたか。
西の公爵一派にとっては、将来の王妃が誰になるか、とても気になるのでしょう。
レオ様は、真剣な表情になりました。一呼吸おいて、発言をされ始めます。
「まあ、質問には答えておこう。
僕は王太子だ。将来、国王になる者なり。
王の地位は、貴き王の血筋によってのみ継承される。
僕は王家の血を持つ世継ぎを得なければならない。この国の将来のために」
良き心がけです。そこまで思っておられるならば、秘書官として、私も何も言いますまい。
「だから、僕の正室になる者は、厳選しなければならない。簡単には、決められぬ。
いかに、わが王家の血を持とうと、かの西の姫のようなふしだらな者を、国王の嫁にはできぬ。もってのほかだ!」
王太子の演説に、顔を歪めた貴族たちがいました。あれは、西地方の貴族たちですね。
将来の王妃として担ぎ上げていた西の公爵令嬢が、逆ハーレムを作って王太子の不興を買い、国外追放されましたもんね。
古傷を抉られて、不快なのでしょう。
ふしだらな王妃から王子が生まれれば、国が乱れます。父親が国王で無い赤ん坊を、世継ぎなどと吹聴されては困ります。
確かに母は王家の血を持つから、王の血筋に代わりはありません。王位継承権を持ちます。
ですが、父親は国王かどうか分かりません。そこらの平民の可能性すら出てきます。
そうなれば、ラインハルト王子のご子息を、国王にしようとする貴族が出てくるでしょうね。
国王の地位をめぐって、貴族の争いが生じるかもしれません。将来の憂いを断つために、王太子として宣言して当然でしょう。
「側室だろうと同じ。国王の妻になるための教養を受けていない者など、けっして我が嫁にはしない。
王妃教育を受けている者の中からのみ、僕の嫁を選ぶ。
誰にするかは、未だ未定ではあるが……前提条件は王妃教育を受けた、教養ある者だ」
レオ様は、言い寄ってきて気に入った者でも、教養の無い者は花嫁にしないと言い切りました。将来の国王として、当たり前のことですよね。
王太子の花嫁になるために、色仕掛けは通じないと。
王妃候補に選出されていないご令嬢たちは、レオ様の寵愛さえ受ければ、側室になれると思っております。
舞踏会などで機会があれば、あの手この手で気を引こうとしていますからね。
レオ様は、お顔の美しいご令嬢にひかれる傾向があります。いわゆる面食い。
度々苦言を申し上げていた、秘書官の私としては、宣言してくれて助かりますけど……安堵はできませんね。
お顔の美しい花嫁を妻にすれば、他の女性に心奪われなくなるでしょうけど。
将来の王妃筆頭候補は、今は、ソバカスが目立ちます。早く成長され、ソバカスが消えて欲しいものですよ。
「私も、レオと同じですね。私に姫が生まれれば、西国へ嫁ぐことになります。
ふしだらな者を母に持つ王女を、西国へ送るわけにはいきません。私の妻も、現在、王妃教育を受けている者から選びます」
ライ様の母君は、西国の姫です。我が国と西国の血を持つ王女を、西国の王妃にしておけば、西国との国交も良好になりますからね。
そのためにも、花嫁を慎重に決めると、貴族たちの前で宣言されたのです。
レストラン内にいた貴族たちに、ざわめきが広がります。
現在の王妃教育を受けているご令嬢の中から、担ぎ上げる相手を見極めねばなりません。
東地方の王妃候補は、三人。そのうちの一人は、西の公爵家と繋がっている男爵家なので、来月、候補を剥奪することになるのでは?
将来の王妃筆頭候補は、東地方のクレア侯爵令嬢。レオ様とライ様のはとこです。
語学に堪能な才女は、国王の正室。レオナール様の正室ですね。
そして、クレア嬢の親戚である、辺境伯のご令嬢。我が国の地理に詳しく、国政の知識のある才女は、国王を支える宰相の花嫁でしょう。
ラインハルト様の正室ですね。
これが、私の見解です。どちらにしろ、揺れ動いていた東地方の貴族たちは、クレア嬢を旗印に団結しますね。
南地方の貴族は、王妃候補に唯一残っている、南の男爵令嬢を選ぶでしょうかね。
こちらの女性は、位が低いので正室にはなれませんが、側室にはなれます。
側室にするかどうかは、レオ様とライ様次第ですけどね。
もしくは、中立を保ち、王妃の側近候補の文官のご令嬢に、味方するかもしれません。
内務大臣のご息女は、王妃様の親戚である、南の侯爵の分家跡取りと婚約しましたから。
レオ様の母君である王妃様は、南の侯爵出身です。文官のご令嬢は、王家と親戚になることが決まってますからね。
西地方の貴族は、どのご令嬢にするか悩むことでしょう。
西地方のご令嬢は、王妃候補に三人残っていますから。そのうちの二人は、来月、候補の資格が剥奪されます。
うちの弟の花嫁にする予定の伯爵令嬢を担ぎ上げれば、見所があります。
ご令嬢は西国の言葉を一人だけ、特別授業で習っておりますからね。
ライ様の母君は、西国の姫君です。西国の言葉を習うのは、ラインハルト王子に気に入られたと、判断することもできます。
西国の特別授業を受けているという情報を手にいれ、ライ様と結びつけるくらい簡単に判断できますよ。
それすらできない無能な貴族は、表舞台から去ってもらいましょう。
北地方の貴族は、うちだけですからね。特に言うことはありません。
まあ、他の地方の貴族が私と手を結ぶのも、良い選択肢だと思いますよ。
私は、王妃の秘書官になることが、確定しています。妹たちは、我が国と北国の王家の分家に嫁ぎますしね。
貴族たちの将来の見通し具合を探るには、よいテストになりそうですね。
本当に、腹黒王太子のレオ様は、抜け目がないお方ですよ。




