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70話 仲人は王子の仕事ですよね、笑って誤魔化しますけど

 七月の三連休、最終日。王太子のレオナール王子は、王家の味方になる貴族を増やすため、城下町に繰り出しました。

 北地方唯一の貴族、私が当主を勤める伯爵一家をつれて、王家御用達のレストランに来ております。

 いとこのラインハルト王子と共に、王族として熱弁をふるっていました。


「北地方は内陸でありながら、二ヶ所も塩を産出できる場所がある。

普通は海に面した所でしか取れない塩が、陸地でも取れる意味合いは大きい。この大陸でも、内陸で塩が産出できるのは、我が国だけだ。

塩を国内輸送をする場合の供給の面で違いを考えてみよ。だから、周辺国は北地方を欲しがるのだ」

「レオ。せっかくなので、少々、力試しをしましょうか。

仮に王宮で消費する塩が、一日に麻袋二つ。一回の馬車で運べるのが二十袋とします。

一月間の塩の運搬費用について、南地方からだけの場合と、南北両地方からの場合を考えてみてください。

条件は同じにするため、産出する塩の量は同等と仮定しますね。

財務大臣の元で働く、会計員見習いのあなたたちなら、すぐに予測計算できるでしょう?」


 ライ様に問題をふっかけられ、暗算し始める独身貴族の三人。あれやこれやと意見交換をします。

 紙に書かず、頭の中だけで計算できるのは、さすがエリートの王宮勤め役人ですね。


「やはり街道沿いの輸送が、一番効率が良いだろう。北地方の南街道は復興しているから、岩塩の取れる所と王都は繋がっている。

悪路による影響は除去して考えた方が良いと思う」

「ならば、南地方からの馬車は一月に片道二往復。北地方からの馬車は、二往復半できるな。

王都から南地方は、片道一週間だから、それを基準にすれば、分かりやすいだろう」

「いや、一月を三十日とすれば、南が二往復少しと北が三往復になるぞ。

陛下に提出する書類は、週間ではなく、月間だから、三十日計算の方がラインハルト様の納得できる答えになるはずだ」


 一月を四週間か、三十日として考えるかで、運べる塩の量が変わりますからね。その辺りも、相談しているようです。


 私も負けじと、頭の中で計算をしてみましたよ。


 おおざっぱに見積もって、南地方の海から王都までは、馬車で一週間ですね。

 北地方は直った街道を使えば、山脈の岩塩発掘現場から王宮までは五日くらいでしょうか。

 それで、馬車を走らせるとして、計算すれば良いんですよね。


 ……やはり、計算の専門家が、三人も集まると早いですね。一人で計算する私は、負けました。


「ラインハルト様。馬車二台を一月間休みなく走らせると仮定すると、南地方のみは、四十日分。

南北両方に一台づつ走らせると、二十日分と三十日分になり、南地方のみの場合よりも、十日分多く運べることになります。

つまり、北地方にも走らせた方が、一月に馬車で一回の半分にあたる運搬費用を軽減できると予想されます。

だだし、夏限定の計算ですね。北地方は半年間は雪に閉ざされ、塩の産出が見込めません」


 独身貴族を代表して、ライ様に申し上げたのは、東の子爵家の次男でした。王族への心証を良くするため、西地方の次男坊と三男坊は譲ったようです。

 東の次男には、入り婿前提で、レオナール様が見合い話を進めているところですからね。

 女当主の領地経営を助けられると、アピールさせておこうと、友人たちは考えたのでしょう。


「……なるほど。きちんと理由を述べて、期間も納得できるので、一応、合格をあげましょう。

レオ、彼らはまだ見所が、ありますね。ちょうど良いじゃありませんか、先に頼んでおきましょう」

「そうだな、言っておくか。

あのな、明日にでも、財務大臣から急務の命令がくだると思う。

どうも、課税が上手くいって無いようで、過去四年の税収が予定額に満たないんだ。

もう一度、すべての貴族の課税について、計算し直してもらうことになるはずだ」

「課税計算ですか?」

「そうです、四年前から北地方の復興支援税を課税しているんですよ。

その課税額を計算間違いしているのか、きちんと納めていない貴族がいるんですよね」

「急に増税になったから、各貴族や税を徴収する現場で混乱が生じているんだろう。昔、西地方や東地方の飢饉や洪水が起こって増税したときも、数年間は似たような状況になったからな」


 聞き耳を立てている周囲の貴族たちの中に、ひそひそ話を始める者たちがいます。

 きちんと税を納めていない、心当たりがあるのでしょう。わざと納めていないのか、計算間違えなのか知りませんけどね。 


「ですが、税をきちんと納めていないのは、脱税になり、処罰対象です。

北国の難民も暮らす北地方の復興支援状況は、北国のみならず、周囲の国々も注目している国際問題ですからね。

税徴収が滞り、復興が遅れるなど、あってはならぬこと。我が国の恥を各国にさらすわけにはいきません」

「脱税は、厳しく罰するしかない。八年前に、悪質な脱税をした南地方の伯爵を、男爵に落としたように。

もしくは、十五年前のように、東地方の子爵家のように取り潰して、爵位を王家預かりにする」

「レオの言うとおりです。財務大臣の命令で強制徴収する前に、各貴族が自分で気付いて納めてくれれば、それなりの追加税だけで事足りるですよ。

心当たりがあって、問い合わせにくる貴族も増えるでしょう」

「そのためにも計算し直すことが、必要だ。計算量が膨大だから内務大臣の部下も手伝うことになるだろう。

まあ、手伝う内務大臣の部下も、見習いにするように取り計らうから、安心しろ。

お前たちの同級生になるから、気心が知れているだろう。一緒に頑張ってくれ」

「内務事務官見習いは、財務大臣の元で働く、会計員ほどの働きは出来ないでしょうが、税に関してある程度の知識はあります

見習いでしたら、まだ王宮の通常業務はしていないはずです。将来の勉強だと思って、頑張ってください」


 王子スマイルを浮かべ、仕事を押し付けるレオナール様とラインハルト様。

 独身貴族の会計員見習いたちは、顔色が変わりました。ようやく業務に慣れてきたのに、忙しくなると宣言されましたからね。


 王子たちが鞭を使ったので、私は飴をあげましょうか。


「……北地方の領主としては、見習い役人の皆様にご迷惑をおかけしますからね。少々、心苦しいです。

ですから、我が国最古の歌劇団、雪花旅一座が王立劇場で行う予定の公演に、ご招待しますよ。

十月公演『甘い鎮魂歌』か、十一月公演『謎かけ姫』に」

「おい、アンジェ。お前が座長の孫だと言っても、さすがに無理だろう?

公演する歌劇は、どっちも大人気なんだぞ。二年前の『甘い鎮魂歌』公演は、王族の僕らですら、貴賓室の予約抽選が一回しか当たらなかったんだ」

「それに『謎かけ姫』は、四年ぶりの公演ですよね? 十一月の貴賓室の予約抽選が行われる九月一日を、王族そろって、待ち構えているんんですよ」

「私たちなら招待できますよね、お母様。一階、最前列真ん中の席に」

「ああ、あの席ですか? ええ、こちらの指定する日でしたら、ご用意できますよ。

指定日以外で公演を見たいのでしたら、後ろの端の方しか無理でしょうけど」

「えっ! あの舞台の正面、ど真ん中の特等席に座れるのか!?

アンジェ、僕も招待してくれ! あの席で、歌劇を見たい!」

「私だって見たいです。私も招待してください!」

「王子のお二人は、お断りします」


 招待するわけないでしょう。なんで命令するだけの人を、招待しなければならないんですか?

 実際に業務を行ってくださる方へのお礼で、席をご用意するんです。

 レオ様やライ様も招待して欲しいのでたしたら、きっちり、皆様と同じだけ現場の仕事をしてください。やらないでしょうけどね。


 まあ、不敬罪になったらいけないので、心の中だけで呟いておきます。


「よろしいですか? 警備の問題があるので、一般の観客に、ご迷惑がかかります。

王族であるお二方が一般席で見るとなると、楽しみにしてくれていた一般客を締め出して、特別公演のように貸し切りにしなければなりません。

国民の幸せを守るべき王族が、国民の幸せを私欲で奪うなど、もってのほかですよ!」

「ぐっ……お前、正論で相手を叩き伏せるのが、本当に得意だよな」

「……こういうときのアンジェって、物凄く強いですよね。普通なら王子の頼みを、すぐに聞いてくれるものなのに」

「目先のことしか考えない王子に、苦言を申し上げるのも、秘書官の仕事の一つですから」

「仕方ない、一般席は諦める。だから、『謎かけ姫』の貴賓室の予約を取ってくれ!」

「そちらもお断りします。他の観客同様に、ご自分で抽選にお申し込みください。

旅一座の座長は、王族とて、特別扱いをしていませんよ。先代国王陛下にお聞きくだされば、納得されましょう。

私たちが招待する最前列の席は、私たち家族が座る予定の席をお譲りするから、成り立つのです。

北地方の領主として、北地方の復興支援のために尽力してくださる若い役人に、敬意を表するつもりなのですから」


 建前ですよ、建前。王太子の思い付きの命令が、いつでも通じると思わないことですね。

 レオ様の思い付きの命令に振り回されるのは、ごめんですから。たまには、王子たちも苦渋をなめると良いです。


「……ならば仕方ないか。王族とて、規律は守る。予約抽選に応募するとしよう。

おい、会計員見習いたち。招待してくれる席は、僕らが座りたいほどの特等席だ。

しっかり業務に励んで、雪花旅一座の公演に間に合うように終わらせろ。北地方の現状を騎士たちから聞くのも忘れるなよ」

「はい、レオナール様! 必ずや、雪花旅一座の名作歌劇を見てきます!」

「うむ。それから、独身貴族へ助言だ。

『甘い鎮魂歌』『謎かけ姫』どちらも、素晴らしい恋愛歌劇。僕が仲人したやつらは、二人で見たい歌劇を聞くと、必ず名前を挙げたくらい名作だからな。

アンジェは、その辺を考慮して、招待してくれるんだと思うぞ。

お前たちが根性と男気を見せてくれることを、王太子として期待している」


 えーと、レオ様? 独身貴族殿?

 なにやら勘違いされているようですね。私は、まったく、仲人の手伝いをするつもりは無かったのですけど。

 ロマンチスト王子にかかかると、予想の斜め上の方向へ、話が転がります。


「ありがとうございます、アンジェリーク秘書官!」


 独身貴族の三人が唱和してお礼を言ってきましたので、無言で雪の天使の微笑みを浮かべましたよ。


 ……この微笑みって、便利ですね。相手が自分の都合の良いように、解釈してくれますから。

 お母様が利用しろと言った意味が、ようやく理解できましたよ。

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