68話 仲人の手伝いをしました
仲人王子のあだ名を持つ、王太子のレオナール王子。
下位貴族の子息とご令嬢をくっつけ、レストラン窓際の恋人御用達席に送り出しました。
ご自身は、薄暗い壁際の席に陣取ります。新たな仲人をしようと、独身貴族たちの面談に乗り出しましたよ。
関係ない私たちは、隣に置いてある机の席に座って、成り行きを観察します。
「まずは東の子爵の次男。お前の婚約者候補は、僕の婚約者候補に上がったほどの良い女だ。期待して良いぞ。
候補に推薦したのは、東の侯爵出身の僕のおばあ様。先代王妃だな。
子爵で家の位が低く、王家と釣り合わないと、向こうが婚約者候補を辞退した。
先代王妃が目をかけるくらいの良い女だから、両親も、嫁ぎ先を慎重に決めようとして、未だに婚約者が居ないんだ」
「そのような事情が……。ですが、姉の婚約者は、慎重にならなかったのでしょうか?」
「跡継ぎ予定だった姉か?
入り婿になりたがる男は少ないようだから、相手をなかなか選べなかったんだと思う。両親が一番マシなのを選んだんだろう。
さっきのアホは、職業も良いし、貴族の階級も上だ。最低の中身は、猫を被ってだましたんだろう。
婿入りさえすれば、アホの天下が約束されている。伯爵家の実家の権力を振りかざせば、子爵家くらい簡単に押さえこめられるからな。
だが、お前の方が、さっきのアホよりは、よっぽど良い男だと僕は思うぞ。
僕の秘書官のアンジェは、さっきのアホには敵意剥き出しだったが、お前たちのことは何一つ、悪く言わなかった。むしろ、王立学園の先輩として、敬意を払っていた。
僕は秘書官のことを信用している。その秘書官が敬意を持つ相手が、アホなはずはないからな」
……仲人王子は、口が上手ですね。子爵家の次男は、だんだんと目が輝いてきましたよ。
どさくさ紛れに、私のことも誉めて、次男坊が私に好感を持つように仕向けてますし。
さすが、民衆心理掌握にたけた、王族の一員ですよ。
「話が反れたな、本題に戻ろう。
良い女を手にいれるためには、苦難が付き物だ。お前は入り婿になるから、特に道は険しい。
一生、嫁や嫁の両親に、頭を下げて過ごさねばならん。会計員の同僚だって、嫁の義理の兄になるから、やっぱり頭を下げねばならん。男のプライドなど、かなぐり捨てる覚悟を持て。
それから、嫁は家を継いで、女当主になる身だ。家を継げず、実家を追い出されるお前とは、雲泥の差を感じるだろう。
それでも、嫁に嫌味を言ってはならぬ。嫌味を言えば、嫁に嫌われて、家から追い出される。
離縁された出戻りの男など、普通の神経なら、実家にも帰れんぞ」
……地獄に突き落としましたよ。次男坊の表情が、死んできました。
本当に、レオ様は仲人上手なんですか? この次男坊は、一生独身貴族を選びそうですよ。
「入り婿になるか、独身貴族を貫くか、よく考えろ。
結婚して入り婿になれば、堂々と帰れる家ができる。『おかえりなさい』と、出迎えてくれる相手が居る未来が待っている。
独身貴族ならば、出迎えてくれる相手は居ない。会計員の仕事を辞めれば、帰る家がなくなる老後の未来が来るかもしれん」
なるほど、悪い未来と良い未来を想像させて、良い未来を取るように誘導する戦法ですか。
想像力たくましい、夢見がちなレオ様らしいですね。
「男のプライドを捨てれば、良い女を嫁に出来る。男のプライドを取れば、一生自由な独身生活を謳歌できる。
どっちを選ぶかは、お前次第だ。一生のことだから、よく考えろ。
見合い話を断ってくれても、構わん。気にするな。良い女には、僕が紹介できる男が、他にも居るからな。
お前の実家は兄が継ぐから、こっちも心配しなくていいぞ。お前が心配する必要があるのは、自分の老後の未来についてのみだ。
僕がお前にする話は、以上だ。見合いするかどうか、覚悟を決めたら、言ってきてくれ」
「……ご助言、ありがとうございました」
東地方の子爵家の次男坊は、最初から最後まで、王太子のお言葉を熱心に聞いておられました。
話終わったレオ様に、深く一例して、お礼を述べます。これから、しばらく悩まれるでしょうね。
まあ、実際は、レオ様がレストラン内で見合い話をした段階で、両家の結婚は決まったも同然ですけと。
年若い子爵家の次男坊は、そこまで思考回路が、回っていませんでしたよ。
「次は、西地方のお前たちだが……すまん。僕が紹介できる相手がいない。
お前には、西地方の女を紹介してやりたいが、西の年ごろの女は、公爵が全部仲人してしまって残っていないんだ。
残っているのは、僕の婚約者候補たちばかりだから、諦めてくれ」
「レオナール様、期待させといて、それですか!?」
「酷すぎます! 我らだって、花嫁が欲しいです!」
「レオ、さすがに鬼畜の所業ですよ。他の地方でも良いから、居ないんですか?」
「ライ、そうは言っても、さすがに十八や十九才の男に、十才に満たん者を紹介できん。犯罪だ」
「十才以下ですか? 外見的には、アンジェの妹が十才くらいですよね?」
ラインハルト王子の言葉で、レストラン内の視線が、うちの妹と医者伯爵の子息殿に集まります。
相思相愛の二人は、完全に二人の世界に浸っており、周囲に気付きません。楽しそうに語らっておりました。
「……外見が十八才と十才では、婚約者同士と言うよりは、兄妹ですね。実際は、十八才と十四才ですけど、全然見えません。
さすがにこれ以上の年齢差があると、違和感がすごいですよ」
「ライも、そう思うだろう。去年、十三才になったばかりのアンジェの妹を、医者伯爵の家に紹介するときも、外見的なことがあって、僕の中ではギリギリの選択だったんだからな。
あいつもお見合いを片っ端から断ってばかりで、僕が紹介できる高貴な女が、アンジェの家しか残ってなかった。最後のかけだな。
王位継承権を持つ者同士だから、婚約が成立したようなもんだぞ」
ライ様は、しみじみと感想をもらしました。見合いの仲人をした、レオ様は腕組みしながら、ポツリとこぼしましたよ。
……嘘つき王子どもめ!
心の中で突っ込みました。うちの妹のお見合いは、レオ様が思い付きで決めたんですよ!
ライ様だって、現場に居たから、知ってるはずです。私は涼しい顔で、知らぬそぶりをしましたけど。
「おい、独身貴族のお前たちに聞くが、犯罪者呼ばわりされる覚悟があるか?
それから嫁が成人するまで、最低五年は待たんといかんが、それでも良いなら紹介してやる。
ちなみに、僕の婚約者候補の資格を剥奪された女たちは、もう嫁ぎ先が決まってるから、紹介できんぞ。
僕が知ってる婚約者の居ない下位貴族は、十才の北国の王子の嫁に推薦された者だけだからな!」
策士の王太子は、先回りして、独身貴族青年たちの言いそうなことを潰しました。
レオ様は、国王陛下の敵である西の公爵の味方をする、西地方の貴族が嫌いなようですからね。
さりげなく、厳しい態度を取るのです。
「王太子様、犯罪者は嫌です! 入り婿でも良いので、紹介してください」
「業務を頑張るので、是非とも、年頃の花嫁を!」
「そうは言っても、居ないもんは居ないんだ。下位貴族の年頃の女の心当たりは……そうだ!
おい、アンジェ、お前の知り合いに居ないか? 婚約者の居ない、年頃の女。居たら、こいつらに紹介してやってくれ!
元男爵家だから、下位貴族の知り合いが居るだろう? 僕の把握していない、貴族の女が」
……仲人王子様? なんで、私にふるんですか?
よっぽど、西地方の貴族が嫌いなのか、知り合いが居なくて苦しいんでしょうね。
「あいにく、貴族のご令嬢には、いませんよ。皆さん、婚約者が居て、全員が跡継ぎの長男に嫁がれます。次男以下の子息は、ご両親が見向きしませんし。
うちだって、長男には見合い話があっても、次男には来ないから、母の実家の雪花旅一座に入り婿になる予定で、入団するんですからね」
「……世知辛いな。お前の家でも、次男は入り婿前提なのか。だが、次男や三男にだって、良い男も居ると思うが。こいつらみたいに……」
「絶対に、あり得ませんね。そもそも、独身貴族だなんて粋がってるくせに、土壇場で王太子に仲人を頼む軟弱な根性の持ち主に、大切な友人を紹介するわけないでしょう!」
「……アンジェ。こんなときまで、秘書官の仕事をしなくても良いんだぞ?
お前の場合、正論で相手を叩き伏せるから、入り婿になりたがる男が居ないんだと思う」
ジト目になった王太子の意見に、腹が立ちました。
失礼じゃありませんか? 私だって、好きでこのような性格になったわけでは、ありませんよ!
「レオ様。私は家督を継いだ、女当主ですよ。王家からお預かりした領地を守るためには、これぐらいの気概が必要です。
あなた方が入り婿を希望するなら、伴侶になる女性は、表に出さなくても、これくらい芯が強いと心得ておくことですね」
「そうやって、常に気を張るから、無理が祟ってるんだ。去年も、今年も、血をはいて倒れただろう。
領地経営は大変かも知れないが、もう少し肩の力を抜いて、気楽になることを覚えろ」
「レオ様は、勘違いされております。女当主は、気楽になる必要はありません。
肩の力を抜けるように、手伝ってくれる人さえ居れば、自然と気を抜くことができます。私の場合は、将来の当主になる弟ですけど。
そこのあなたも、入り婿になるおつもりなら、覚えておいた方が良いですよ」
悩んでいる様子の、東の子爵家の次男坊に助言をしました。女当主は、数が少ないですからね。
私の実体験に基づく助言なので、多少は、役に立つでしょう。
「それから、他人頼みで自分で行動を起こさない、独身貴族殿。
男らしさの欠片もない、軟弱な男性に、女性がついていくと思わないことですね」
「だから、そうやって、真っ向から正論を突き付けるな!」
「レオ様、黙っていてください。
希望が残されているとしたら、平民の惚れた女性を口説き落として、貴族の身分も誇りも、愛のために捨てた場合ですかね」
「おい、そんなのは、王太子として見過ごせない!」
「ええ、見過ごせなかったから、先代国王陛下は、うちの両親の仲人をしてくださったんでしょう?
平民の母の中に流れる北の侯爵の血筋を理由に、貴族同士の結婚として認め、父から男爵の爵位を取り上げなかったのですから」
「一の姫、どこから聞いたのですか!?」
「先代国王夫妻から、直接お聞きしました。お父様との恋愛結婚の馴れ初め話をしてくださらない、お母様が悪いんですからね」
母は恥ずかしがって、父と結婚に至った経緯を、あまり話してくれませんからね。
私も、年頃の娘です。自分の恋愛に興味は無くても、恋話は興味あるんですよ。
レオナール王子の仲人上手は、祖父である先代国王陛下譲りと言うのが、貴族の暗黙の了解です。
先代国王陛下を引き合いに出せば、西地方の公爵は、レオ様の仲人に水を指しにくくなるでしょうからね。
徹底的に、邪魔をしてやりますよ。見所ある若手の西の貴族は、私たちが貰います。
「……やれやれ。おい、アンジェ。
そんな話をすると言うことは、貴族の血を引く、平民の年頃の女が知り合いに居るんだな?」
「はい。西国との戦争の影響で、没落された貴族のご令嬢たちです。
西の狂える王を止めるため、先々代の国王陛下のお供をされ、英雄王と共に西国で戦った、勇敢なる騎士たちの子孫でございます。
貴族の誇りは失えど、騎士の誇りは捨てておらぬ、気高きご令嬢たちですからね。軟弱な根性を持つ貴族の子息など、歯牙にもかけないと思いますけど」
「勇敢で麗しき、女騎士たちか。あの者たちは、祖先に似た気性が多いと、おじい様が言っていた。
さすがに、軟弱な独身貴族には、荷が重かろう。王太子権限で、集団見合いを準備しても、誇り高き女騎士の心を射止めることなどできまい。
それにお前の父親の場合は、跡継ぎの長男が愛のために全てを捨てようとしたから、おじい様は慈悲を与えただけだ。次男や三男が平民の妻を迎えるのとは、訳が違う。
跡継ぎでも無い者が、平民の女騎士を嫁にすれば、世襲貴族として認めるわけにはいかん。平民に落とす」
「……王宮での仕事を、辞めされるおつもりですか?」
「その可能性は低いな。平民の女騎士の一人は、将来の王妃の側近候補にしているのだ。
平民とて、有能な者には、重要な仕事をしてもらうつもりだ。……僕が国王でいる間しか、約束はできんが」
「レオ様の在位でしたら、お世継ぎを得て、お世継ぎが成人するまでと見積もって……約二十年くらいでしょうか?」
「ふむ、それくらいになるかもしれんな。たった二十年間だぞ。しかも口約束をあてにして、貴族の地位を捨てる勇気のある男など、居ないであろう」
「なるほど。二年に一度しか会えない、初恋相手だった母を口説き続けて、恋愛結婚に至ったうちの父は、希有な男性だったのですね」
「うむ。そのような希有な男に口説かれたのなら、女も心動かされて、恋愛結婚に至るだろう。
それこそ、両親は赤い糸で結ばれた、運命の恋人同士だったのだろうな」
さすが、ロマンチスト王子です。私の企みを察したのか、乗ってくれ、きれいにまとめました。
独身貴族たちをその気にさせるには、有効でしょうね。
「一の姫、両親を引き合いに出すのは、止めなさい!」
「数多の障害を乗り越えて、恋愛結婚をした両親を誇っては、ダメなのですか?」
「誇ってくれるのは嬉しいですが、母は恥ずかしいです。それに恋愛結婚は、貴族の方々には、お勧めできません。
お家を存続させ、領地を守るのが最優先ですよ?」
「今回の場合、跡継ぎではない、次男以下の男性と仮定して、レオナール様とお話ししています。問題ありません」
邪魔しないでくださいよ、お母様。民衆心理を掌握するために、必要なんですから!
「……どうして、一の姫は、女騎士の方々みたいな態度を取るのでしょうかね」
「仕方ないでしょう! 女当主は領民を守り、女騎士は国民を守ることを、常に考えています。守るのが仕事なのです!」
「……母以外に、あなたを守ってくれる人が現れれば、頑なな態度も、多少柔和になるでしょうね」
「別に守ってもらう必要は、ありません。私は守るのが仕事ですから」
「一の姫。お見合いであろうと、恋愛であろうと、心通わせられる運命の相手に巡り会えれば、母の言葉が理解できると思いますよ。
それまで、母は気長に待つことにしましょう」
なんでそこで、微笑みを浮かべるんですか、お母様。
意味不明ですよ。




