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67話 王子は甘い飴をばらまきました

 王太子のレオナール王子、いとこのラインハルト王子。そして、王家の分家である医者伯爵の子息殿は、レストランの中に入ります。

 貴い血筋の方々に、レストランのお客たちは、頭を下げてやり過ごそうとします。

 王族に敬意を払わないお客が、一人いました。


「おーちゃま、ちぇきにいきまちぇんの? えりゅ、いーきょ、まってまちたのよ!」(王子様、席に行きませんの? エル、良い子にして待っていましたのよ!)

「おっと、そうだったな、エル。待たせて悪かった。良い子にしてたから、最後に美味しいケーキを食べさせてやろう」

「けーきでちゅの!?」

「そうだ。良い子にしてた、ごほうびだ」


 うちの母に抱っこされていた、私の下の妹、エルです。六才のお子様は、お腹がペコペコなのでしょう。

 ワガママな末っ子は、礼儀作法やら何やら無視して、王子に訴えました。

 母は困った顔で、レオ様を見ました。改めて頭を下げて言葉を紡ぎます。


「王子様、礼儀作法のできていない娘で、申し訳ありません。まだ幼いので、お許しくださいませ」

「いや、母親の責任ではない。去年より、エルの養育は王家がしているのだ。これは王家の責任だな」

「王家と言うよりは、レオ様たちが甘やかすから、我慢できない子になってきたんですよ。

レオ様たちが一人っ子で、ご兄弟が欲しいのは分かりますが、うちの末っ子を妹扱いして、ちやほやするのは、お止めください。

うちの子は伯爵家の子供であり、王家の子供ではありません。子供のときからきちんと教育しないと、勘違いしたまま成長してしまいます。

エルの姉として、そして王太子の秘書官として、苦言を申し上げますからね!」

「うっ……お前、僕に向かって、そんな酷なことを言うか!?」

「レオ様だけではありません。一人っ子であるラインハルト王子にも、申し上げております」

「ぐっ……私も、苦言の対象ですか。こんなかわいいエルを可愛がるなと?」

「はい。うちの子は、王家の養子ではありません。先代国王陛下が、『伯爵家に席をおいたまま、将来の北国の王子妃として養育する』と宣言されたではありませんか!」


 私の意見に、レオ様も、ライ様も、ものすごくショックな顔をなさいました。

 一人っ子で同い年のお二人は、王宮で共に育てられました。兄弟みたいにね。

 ですが、お二人は兄弟ではく、親友同士だと思っているようです。

 ことあるごとに、兄弟のいる私を羨ましがりましたから。


「んー、末の姫君は、兄と王子たちの区別、ついてると思うけど。姉君は、そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」


 レオ様たちより先に店内に入っていた、医者伯爵の子息殿は、軽く首を傾げます。

 エルの近くに行くと、レオ様たちを指差しながら、聞き出しました。


「末の姫君、こっちの人は何て呼ぶかな?」

「れーおーちゃま」(レオ王子様)

「じゃあ、あっちは?」

「らーおーちゃま」(ライ王子様)

「じゃあ、自分は?」


 最後にご自身を指差し、お尋ねになられました。


「にーちゃま」(お兄様)

「ほら、ちゃんと分かって、呼び分けてるよ。末の姫君は、頭良いね、天才だよ♪」


 医者伯爵の子息殿は、エルの頭をなでて誉めました。末っ子は、嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべましたよ。 


「なんでお前だけ、お兄様なんだ! ズルいぞ!」

「そうですよ! 私だって、お兄様と呼ばれたいです!」

「やだな。自分の婚約者は、北の伯爵家の二の姫だよ? 将来、末の姫は義理の妹になるの。

レオの秘書官だって、義理の姉になるから『姉君』と呼んでるわけだし。正当な権利だよ。

家族や兄弟が増えるって、本当に嬉しいことだよね♪」


 医者伯爵の子息殿は、堂々と主張します。一人っ子王子たちが、悔しがる顔を見て、爽やかな笑みを浮かべましたよ。


 将来の義弟は、元々三人兄弟の末っ子でした。長兄は生まれてすぐに、次兄も六年前に亡くなったため、末弟が家を継ぐことになったとお聞きしています。

 ……家族が居なくなる寂しさを体験しているからこそ、父親を亡くしているうちの妹を、花嫁に選んだのかもしれません。

 

「くっ、見てろよ。僕は弟や妹のいる者を嫁にして、いつか兄上と呼んでもらう!」

「私も、弟妹のいる妻を花嫁に迎えて、絶対に兄上と呼ばれます!」


 お二人の発言に、一部の貴族は軽い笑みを浮かべました。ですが、別の貴族たちは苦い顔をしております。


「レオ様、ライ様、そのような私的な理由で、婚約者を決めないでください。

幸い、現在の王妃候補の方々は、皆、下のご兄弟がおられるので、その発言は有効ですけど。

軽々しい発言は、王族としての品格にかけます!」

「アンジェ、こんなときまで秘書官の仕事をしないでくれ!」

「ささやかな夢を見るくらい、良いじゃないですか!」

「私だって、好きで言っていません。お二人の態度に問題があるから、申し上げているのです!

品格のない王子たちに、苦言を申し上げるのも秘書官の仕事ですからね」

「ちっ、今回は僕が悪かった」

「……はいはい、以後気を付けますよ」

「当然です」


 注意された王子たちは、一瞬顔をゆがめながら、大人しくしました。

 私の意見に、苦い顔をしていた貴族たちは、肯定の頷きをしていましたよ。


 気を取り直した王太子は、ずっと待っていた支配人に、ようやく意識を向けました。


「おい、支配人、待たせたな。席に案内してくれ。

突然来たから、いつもの席は準備できていないだろう。そこの隅の席で構わんぞ」


 レオ様が指差したのは、照明があまり照らさない壁際の隅っこ、下位貴族向けの席でした。

 薄暗いから席が埋まるのは、最後の最後と推測されます。今は、がら空きでした。

 うちの家族六人とレオ様たち王家の三人、それからレオ様が助けた東地方の子爵令嬢。総勢十人が座るには、十分ですね。


「王太子様、こちらの席にお座りください! 我らがあちらに座ります!」

「おい、止めろって!」

「レオナール様に向かって、なんて口をきくんだ、バカ!」


 無礼を承知で、レオ様に声をかけてきたのは、窓際の席にいた四人の貴族青年の一人でした。

 酔っ払っているのか、やや赤い顔をしていました。酒の勢いで話しかけてきたようですね。

 同席者たちは、酔っ払いの友人を止めようとしたけど、間に合わなかった感じです。


 王太子は、怪訝な顔をしましたよ。いとこのライ様や、医者伯爵の子息殿に、尋ねました。


「それは嬉しいが……お前は、どこの家の者だ? ライ、知ってるか?」

「いいえ、このような者は知りませんよ。あなたは知っていますか?」

「うーん、知らないね。見覚えないよ」

「皆様。声をかけられた青年は、東地方の男爵家の当主のご長男であらせられます」


 私は王太子の秘書官なので、一応、最低限の補足をしましたよ。


「お前、東地方の貴族なのか? おばあ様なら、知ってるかもしれんが……うーむ、記憶に無いぞ」

「私も、記憶にありませんね。東地方の貴族でも、男爵家なら、わざわざ王子の私たちに紹介されることもありませんし」

「医務室にも、来たことないよね? 自分が知らないってことは、父上も知らないと思うよ」


 知らない、記憶に無いを連発される、王族たち。


 これ、判別に迷いますね。

 王家に味方しない東地方の貴族への見せしめに演技しているのか、本気で知らないのか。


「あのですね、本当にお顔を会わせたことはございませんか?

父君は、財務大臣の元で働く一般会計員です。長く王宮勤めをされておられますよ」

「そうなのですか?」

「はい。同席している方々は、今年の春から、見習い会計員になった東地方の子爵の次男、西地方の男爵の次男、同じく西地方の子爵の三男です。

王立学園の今年の卒業生で、私たちの先輩ですよ!」

「おやおや。アンジェは、よく一般会計員の見習いのことまで知っていますね」

「一応、王太子の秘書官ですので。秘書官足るもの、上司の補佐をできて当然です。

お忙しい王太子に変わり、王宮勤めの使用人と役人は見習いであろうと、全員、顔と家を覚えておりますよ。

いつ何時でも、皆様にご紹介できるようにするのも、仕事のうちでございますからね」

「さすが、姉君だよ」


 私は、王族たちと事務的な会話を交わします。

 

 いつの間にか、うちの下の弟妹は、母と一緒に壁際の席に座っておりますし。

 気を利かせた支配人が、退屈そうな小さなお客に、おもてなしをしてくれていました。


 レオ様に視線を戻すと、難しい顔をして、言葉を発っせられた所でした。


「おい、話しかけてきた見習い会計員。もしかして、お前は一人っ子か?」

「あ、はい。そうですが……」

「おお、やっぱりか! やっと思い出したぞ。確か男爵の会計員に、一人息子の嫁探しを頼まれてたんだ。お前が、そうなんだな!

目元と口元が父親に似ているが、髪の色は違うから、すぐには分からなかったぞ」

「え? あの……父は、王太子様に何を言ったんですか?」

「確か……紅花の天使に一目惚れしたバカ息子が失恋して、見合い話を相手に会わないうちから断って困る。

このままでは男爵家が断絶するから、王太子の僕の力で、花嫁を見つけて欲しいと頼まれた」


 ……えーと、このような華やかなレストランでするような、会話では無いですよね。

 周囲は、静まり返りましたよ。


 レオ様のせいで、渦中の人になった男爵子息殿は、うつむきました。酔いが覚めたようですね。


「そうか。周りのやつらが、男ばかり四人で集まって遊んでばかりで、全く結婚する気がないバカ息子たちだな!

次男や三男で、家を継ぐ必要がないから、独身貴族だなんて気楽に構えてる問題児!

お前たち、全員、婚約者が居ないだろう? 違うか?

去年、お前らの父上たちからも、嫁探しを頼まれたことがあるぞ」


 ですから、王家御用達の豪華なレストランでする会話では無いですってば!


 窓際にいた貴族青年たちは、固まってしまいましたよ。かわいそうに。


「レオ様、なんでこんな場所で、そんな事を思い出すんですか? 皆様に失礼でしょう!

周囲の場を白けさせて、何を考えているんですか!」

「お前の顔を見たから、思い出したんだ。東の男爵家は最近だが、他のやつらは去年の話だぞ」

「はい? なんで、私の顔で思い出すんですか?」

「去年の春、北地方から王都にやって来たばかりのお前や、領地にいるお前の妹を、息子の嫁に紹介してくれと言われた。

こいつらの父上だけでなく、婚約者の居ない息子を抱える、下位貴族がこぞってだぞ。

当時のお前は、男爵家だったからな。しかも、まだ婚約者が居ない娘たちときてる。

嫁探しをしている下位貴族にとっては、格好の花嫁候補だったんだ」


 下位貴族と聞いて、思わず周囲を見渡しました。

 ちょっと? 私から視線を反らしてる貴族の方々?

 あなたもですか? そっちも? ……思ったよりも、大勢居ましたよ。


 跡継ぎの長男は最優先で花嫁が決まりますが、跡継ぎ予備軍の次男や三男は、後回しにしますからね。

 長男よりも、先に次男の婚約者が決まった我が家は、例外中の例外です。


「……もしかして、当時のうちは男爵家ですけど、北国の王位継承権を持つから、断ったんですか?」

「そうだ。他国の王位継承権を持つ貴族令嬢を、男爵や子爵家の嫁にやれるか! それこそ、北国の王家が怒鳴りこんでくる。

だから、建前として『長女は王太子の秘書官に任命したばかりだし、妹たちなんて見たこともないから、まだ無理だ』と断った」


 周囲の沈黙が重いです。……私のせいじゃないですよ?

 我が家に流れる、北国の王家の血筋が悪いんですってば。


「まあ、いい。一度、お前に話を聞こうと思っていた。紅花の天使って、誰だ?

場合によっては、失恋を逆転させてやれるかもしれん」


 うつむいた男爵子息殿は、口を開けません。そりゃそうですよね。

 ですが、同席していた貴族青年たちは、ちらちらとこっちを見ています。

 一人が何かを言おうとして、他の二人が止めていました。


 ……ひらめいてしまいました。

 私は王太子の秘書官ですからね。レオ様の味方をしなければなりません。正直に思ったことを話しましょう。


「もしかして、こちらの東の子爵令嬢じゃないですか? ご令嬢の領地は、紅花染めの産地ですからね。

ご令嬢が婚約されてしまったので、失恋したのではないかと、推測されます」

「そうなのか? 命令だ、答えろ。お前が答えない場合、今すぐ父親に話を聞きにいくぞ。重要だからな!」


 ……レオ様。それは命令ではなく、脅迫です。

 今は、婚約話の方が大切なので、多目に見ますけど。


「……はい、アンジェリーク秘書官の言う通りです」

「なら、話が早いじゃないか。東の子爵令嬢の婚約は、王家が破談にさせるから安心しろ。

破談になった娘は、なかなか貰い手がつかん。だから、お前が貰ってやれ。お前たちの両親には、僕が直接話をつけてやる」

「レオ様、ご令嬢は入り婿予定で、婚約してたんですよ。跡継ぎのご令嬢を、手放すわけないでしょう」

「いいか、アンジェ。こいつは、一人っ子だぞ。嫁をもらわないと男爵家が断絶するんだ。僕も一人っ子だから、こいつの気持ちがよく分かる!

東の子爵家は、妹が一人いるから、そっちに婿をもらえば解決するだろう」

「入り婿したがる男性なんて、なかなか居ませんよ! 私は女当主だから、ご令嬢の気持ちがよくわかります。

この前だって、私に直接縁談の申し込みをしてきた方々は、全員、花嫁希望でした!」

「……そうなのか? 僕も、まだまだ不勉強だな。対策を考えるから、少し待て」


 子爵令嬢をエスコートしていた手を離して、腕組みする王太子。

 周囲は、沈黙したままでした。王太子の行動を見守っております。 


 ラインハルト王子と医者伯爵の子息殿に視線を向けると、お二人とも肩をすくめて、顔を横にふりましたよ。

 どうやら仲人は、苦手のようですね。レオ様に一任するつもりのようです。


「なら、こうしよう。おい、そこの東の子爵家の次男。お前が入り婿になれ。次男なら、近い将来、家を出されるんだ、時期が少し早まるだけだ。

会計員見習いなら、計算は得意だろう。領地経営は、仕事の延長だと思え。

悩んだら、アンジェ秘書官を頼ってこい。こいつの領地は、同じ染め物関係で、藍染めの産地だ。

紅花染めの経営について相談すれば、誰よりも的確に答えてくれるはず。

いいな、アンジェ?」

「はいはい、領地経営は六年目になりますからね。染め物関係でしたら、それなりに助言ができると思いますよ」

「よし、言質は取ったからな。ここにいる全員が証人だ。

それから、お前たちの結婚式の仲人は、僕のおばあ様に頼んでやる。

東地方同士の結婚なら、おばあ様も仲人がしやすい。東の侯爵出身だからな。それに子爵家同士なら、家柄も釣り合うから、王家としても全く問題ない。

まあ、愛情を育てるのは、二人で頑張ってくれ。きちんと年上のお前がリードしてやれよ」


 ……という訳で、ロマンチスト王太子は、さっさと二組の縁談をまとめてしまいましたよ。

 頃合いを見計らっていたのか、ライ様は王家の微笑みを浮かべながら、喋り始めました。


「……一応、レオのいとことして、補足しておきます。

今は強引だとか、強制的に命令されたとか思われるかもしれません。ですが、レオがくっつけた二人って、不思議と上手く行くんですよ。

今まで仲人した、全員が無事に結婚されて、オシドリ夫婦になっています。破談や離婚は、一回もありません」

「あ、うん。それは親戚として、自分も納得する。

レオが見合い話を持ってきてくれたお陰で、ようやく運命の恋人に巡りあって、婚約できたわけだしね」


 私にも、心当たりがありました。王族の会話に参加します。


「……そう言えば、去年の春に、行かず後家だった侍女を、女嫌いの騎士とくっつけましたもんね。

結婚せずに、絶対に別れる!と侍女や騎士たちが予想していたんですよ。

それが去年の冬に結婚されて、もうすぐお子様が生まれる予定です。

さすがレオナール王子の仲人だと、皆が納得されていました」

「そうでしょう、そうでしょう。レオは『仲人王子』とあだ名をつけられるほど、仲人上手ですからね。

騙されたつもりで、一度お見合いしてみるといいですよ。きっと、運命の赤い糸を実感されるでしょう」


 ライ様や医者伯爵の子息殿の意見に、東地方の貴族の子息たちは、目を丸くしました。

 その気になってきたのか、子爵令嬢はモジモジとしながら、会計員見習いの男爵子息を見ております。


「おい、次男と三男。お前らは、こっちにこい。僕と一緒に、壁際に座れ。

窓際は恋人たちが座る特等席と、相場が決まってる。人の恋路を邪魔すれば、馬に蹴られるぞ。

ほら、お前はぼうっとせず、子爵令嬢をエスコートして、席に座らせろ。女をリードをするのが、男のつとめだ」


 レオ様に言われた独身貴族三人は、そそくさと立ち上がり、私たちに近づいて来ました。

 王太子によって、くっつけられた二人は、ぎこちなく窓際の席に向かって行きます。

 まあ、帰る頃には、打ち解けていると思いますけど。


 ロマンチスト王子は、仲人王子でしたか。

 ご自分の結婚運がないぶん、周囲に縁が向くのかもしれませんね。

 レオ様に聞かれたら、確実に怒鳴られるので、胸の内で呟いておきましたよ。

(悪の組織のボスは、敵を排除した。そして、忠実な部下に祝福を与えた)

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