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62話 タヌキとキツネの化かし合いですね

 休日の王妃教育が終わった後、レオナール王子とラインハルト王子は王妃候補のご令嬢たちと三十分のお茶会をしておりました。

 王妃様の側近候補の豪商のご令嬢は、文官のご令嬢を迎えに来た、南地方の伯爵家の馬車に同乗し、一足先に帰宅されています。


「レオ様、ライ様、そろそろ三十分経ちます。出発のご準備を」

「私たちが現場までご案内することになっております」


 側近候補である、二人の女騎士が、王子たちに声をかけました。

 王子たちは、この後、乗馬して騎士団の演習の視察をすることになっておりますからね。


「もう三十分か。お前たち、僕らは公務に戻る」

「あら、残念ですわね。お見送りいたしますわ」

「別に見送らなくても良いですよ、私たちは馬に乗るだけですから。

あなたたちの帰宅の馬車の準備は、まだできていませんからね。もうしばらく、待っていてください」

「その通りだ。馬車の準備ができるまで、ここで待っていたら、どうだ?

たまには、お茶会の片付けを見るのも、面白いと思うが」

「片付けよりも、レオナール様やラインハルト様のお見送りの方が大切ですわ」

「わたくしたちが玄関まで行けば、すぐに馬車も出してもらえると思いますもの。お供しますわ」

「……そうか。お前たちの考えは、よく分かった」

「……おやおや、仕方ありませんね。ほら、レオ、行きましょうか」

「分かった。おい、アンジェ……その……後片付けを頼むぞ。お前しか、頼りにできないからな」

「はいはい、承りました。お二方とも、気を付けて行ってきてください。

皆様、ごきげんよう。お気をつけてご帰宅を」

「ごきげんよう、アンジェさん」


 王子スマイルを浮かべて、帰宅するご令嬢たちを先導するライ様。

 レオ様は、部屋から出ていかれるとき、少し言葉に詰まりました。

 私は、素知らぬ顔で皆様を送り出します。旅一座の座長の孫娘ですからね、演技力には自信がありますよ。


 レオ様が少し言葉に詰まったのは、私に取るべき態度に迷っているからでしょう。

 今朝、ご乱心されたレオ様が、父君からどのような話をされたか気になりますけどね。

 私を側に置いておくために、側室にするとか、うちの母の前で戯れ言を申しました。

 午前中、うちの母と国王陛下が面会したはずですからね。

 そのうち、王家の方から、私にもお話しがあるでしょう。


 さて、後はお茶会の片付けですね。同席してお茶を飲んでいた、弟妹に向き直ります。


「エル。今日は、お兄様たちと一緒に、先に部屋に帰るんですよ。お姉様は、お母様と一緒に、後片付けをしてから帰りますからね」

「おーちゃま、いっちょでちゅの? にゃりゃ、えりゅ、ちゃきにかあまちゅあ」

(お母様が一緒ですの? ならば、エル、先に帰っていますわ)


 弟妹を部屋に帰らせます。私の体調を心配していた末っ子は、私が母と一緒にいると分かり、納得たようです。

 上の弟に連れられて、退室していきました。


 お茶会の会場には、先代国王夫妻、国王夫妻、宰相夫妻。そして、信頼できる使用人、うちの母と私が残りました。

 国王陛下が、ぽつりと王妃様にお尋ねになられます。

 

「……現在の王妃候補は、誰も残らないのか?」

「はい。王宮住まいの側近候補以外は誰も。アンジェリーク秘書官と、女騎士たちが参加するだけですね」


 王妃様は即答しました。国王陛下は、無言で仏頂面になります。

 それを見た王妃様は、王家の微笑みを浮かべました。


「自分で考えて気付くのも、王妃の資質と考えております。

だからこそ、準備と片付けは、授業内容から外しているのですから」

「前回の者たちは、全く気付いてなかったではないか。今回も気付かねば、話にならぬぞ?」

「前回も、今回も、レオナールは時々ですが、さっきのように残るように助言していました。それを無視するのは、王妃候補の勝手ですからね。

夫の言葉の真意に、気付くぐらいの頭脳は持っていなければ、王妃は勤まりませんよ?」

「そなたがそう言うのならば、今は沈黙しておこう。だが、将来的には、授業として組み込まざるを得まい。

もてなしの仕方を誤れば、外交問題に、直結する場合もあるのだから」


 国王陛下の心配は、ごもっともでしょう。

 本来ならば、王妃教育のお茶会の授業は、会場の準備から後片付けまで、一通りこなすものだそうです。

 それを、現在の王妃様は、王妃候補の自主性を育てるため、わざと準備と片付けを授業内容から外されました。


 前回の元王妃候補。頭がお花畑の公爵令嬢とぶりっ子の子爵令嬢は、お顔が良くても、頭は良くなかったですからね。

 王妃様の真意に気付かなかったようですよ。


 お茶会の授業は、礼儀作法ではなく、王妃の心構えとおもてなし方法を学ぶ授業です。

 国賓として他国の王族をもてなすときの基本になる事柄を、覚えていくのです。

 招待する相手が苦手な、お茶や茶菓子などを準備するわけにはいきません。

 対応を間違えれば、無礼をおかしたとして、国際問題になりかねないので。


「アンジェリーク秘書官は、わたくしの真意に気付いてくれましたよ。

わたくしが準備に立ち会えるときは、毎回、参加しておりますから」

「ほう。秘書官は、気付いたのか。さすが、将来の王妃の側近だ」

「王妃様を補佐するのが、我が使命でございますから、当然のことです」


 国王陛下から、お褒めの言葉をいただきましたので、頭を下げてへりくだりました。


 白状しますと、私も、王妃様の真意に気付いていませんでした。

 お茶会の準備に参加していたのは、偶然ですよ。偶然。

 元々、私は王宮の使用人です。使用人仲間の手伝いをしようとして、お茶授業の会場に早めに顔を出していただけですよ。


 王妃様にすれば、一度のみならず、毎回、毎回、私が準備を手伝っていますからね。

 そう勘違いされても、仕方ないでしょう。


「しかし、クレアが気付かぬとは……意外じゃな」

「あの子が将来の王妃ですからね。弟に忠告しておきます」


 先代国王夫妻が、 王妃候補たちの出ていった出入口を見ながら、会話されておりました。

 先代王妃様は、東の侯爵家の出身です。将来の王妃筆頭候補、クレア嬢の祖父とは、ご兄弟になられます。

 自他共に認める、将来の王妃の行く末を心配されておられました。


義母様(おかあさま)、クレアには、我が国の歴史や地理、政治についても学ばさせるように、助言もお願い致します。

語学力はありますが、国政に関しては、かなりの不安がありますからね」

「国政ですか? クレアには、それほど国政は必要ないでしょう。

わたくしの王妃時代とは違い、西国との戦争の後始末をする必要がありませんからね」


 王妃様と会話されていた先代王妃様は、次男の妻をちらりと見ました。

 王弟妃である宰相の奥方様は、西国の姫君です。

 昔、戦争を仕掛けてきて、我が国に負けてしまった西国は、和睦の使者として姫を贈りました。

 早い話が、人質ですね。それを分かっているから、宰相の奥方様は、慎ましい生活をなされています。

 先代王妃様の視線から、さりげなく逃げました。宰相殿は、奥方を庇うように移動しましたよ。


「ですが、北国との問題があります」

「北国との問題に関しては、アンジェリーク秘書官がいれば、心配ありませんよ」

「クレアは、昔の北地方が、塩の産地とは知らなかったようです。北地方の重要性を分かっていません。

そして、北の伯爵夫人が、侯爵家の血を持つことすら知りませんでした。レオナールに聞いてくだされば、そのときのことを話してくれるでしょう」

「まことか?」


 王妃様は話ながら、うちの母を見ました。会話に割り込んできた、先代国王陛下からも、視線を感じます。

 母は微笑みを浮かべて、平然と視線を受け止めました。私は無表情を貫きます。


 うちの母は、旅一座の元役者ですからね。視線を浴びることにも、注目を集めたときに切り抜ける方法も知っています。

 娘の私も、母の演技教育を受けましたからね。他人の視線を受け止めるくらい、どうってことありません。


「父上、西国から手紙が届きました」

「西国から? そうか、来たのじゃな」


 タイミングを見計らっていたのか、宰相殿が口を開きます。

 先代国王夫妻は、次男を見ました。納得した顔ですね。


 ……何の手紙でしょうか? さすがに西国の王家に関係ある話など、想像がつきませんよ。

 配下の傭兵たちも、王家とは繋がりを持てず、情報収集ができていません。


「あの……父上。こちらも話があります」

「お前もか?」


 おそるおそる、国王陛下も口にしました。怪訝な顔で、先代国王陛下は長男を見ます。


「……その……ここでは、話にくいので、父上の部屋で」

「わしの部屋? 重要なのか?」

「重要です」


 こっちは想像つきますね。

 レオナール様が、私に行った悪魔の所業についての報告でしょう。

 推測ですけどね。


「アンジェリーク秘書官、ここの片付けをお願いします。あなたは、もう一人でこなせるでしょうから」

「かしこまりました、王妃様」


 王妃様に命じられたので、頭を下げます。

 そして、王族の皆様が部屋から出ていかれました。


「雪の天使の姫君、後片付けの指示をください」


 ぼうっと、出入口を眺めていたら、侍女から声をかけられます。

 先代王妃様の親戚で、王妃様の親友の侍女でした。


「……今日のお茶会授業の使用人配置は、侍女殿の采配ですか? 王族専属の使用人ばかりですよね」

「はい、王妃様から配慮するように言われましたので」


 すました顔で答える侍女殿に、軽く肩をすくめて、反応を返してあげました。

 レオ様が、再びご乱心なされたときに、とっさに対処できる使用人ばかりですね、って。

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