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58話 現実主義者ですので

 王太子であるレオ様は、普段は策を張り巡らす方なのですが、今はご乱心中ですからね。

 素のご自分をさらけ出していました。

 現在は、当初の目的からそれた会話をなさっておられます。


 うちの母と、先代王妃様の親戚である侍女殿を前にして、しどろもどろに答えていました。


「王子様、うちの娘に何をしたのですか? もてあそんだ内容を具体的に答えてください」

「だから、その……抱きしめただけで……」

「それから?」

「いや、他には何も……アンジェの母上は疑い深いな」

「今、嘘をつきましたね? その程度の微笑みで、私を黙らせることができると思わないでください。

愛想笑いをするなら、もっと上手くなさることです」


 王家の微笑み、王子スマイルが効かない相手に、レオ様は硬直しました。

 瞳の奥に、動揺がみてとれます。

 そんなに驚くことでも、無いはずなのですが。レオ様は、余裕を無くされていますね。


 ……私の母は、子供の頃から演技の稽古をしていた、旅一座の元女優ですからね。

 表情の作り方については、他人の追随を許しません。


 さっき、レオ様は王家の微笑みを浮かべたのですが、目を細めるのと口元が微笑むのが同時でした。

 心から本心で笑うとき、人間の表情は、目元が細くなってから、口元が笑います。

 目と口の動きから、レオ様が愛想笑いをしたと、母はすぐに見破りました。


 レオ様では話しにならないと思った母は、私の方に視線を向けてきましたよ。 


「アンジェリーク。王子様に何をされたのですか?

母は、あなたの味方です。正直に話しなさい」

「将来の恋人との過ごし方の練習に、強制的に付き合わされていました。

無理矢理抱きしめたり、顔のあちこちに口づけたりされていました」

「お断りしなかったのですか?」

「抵抗したり、嫌だから離してと何度も訴えました。

ですが、体格と力の差がありますので、無駄な抵抗でしたね。

私が嫌がれば嫌がるほど、面白がって、もてあそぶ頻度が増えました」

「アホ言え、あれぐらいで、もてあそんだ内に入るか!

お前みたいな子供に、手を出すわけないだろう!」

「でしたら、私が気を失うまで抱きしめるのは、止めてください。気を失ったあと、何してたんですか、まったく。

それから、脅して、自由を奪った上で、好き勝手するのも、止めてください。私が怯えて涙ぐむのを見て、楽しんでいたでしょう」

「だから、そう言う、人聞き悪いことを言うな!」

「全部、事実でしょう?

申し開きがあるなら、お聞きしますよ。さあ、どうぞ」


 私が母に正直に話している途中で、レオ様が割り込んで来ました。

 うるさいので、攻撃したうえで、弁解する余地を与えました。


 ものすごく悔しそうな顔になり、その後、仏頂面になりました。

 口元だけは、への字にして、無言を貫きます。


「反論は無いようですね。

本来なら、私ではなく、レオ様が話されるべき内容ばかりです。

やましいと思っているから、うちの母に正直に告げられないのですよ。

という訳で、お母様。レオ様の行為について、納得できましたか?」

「ええ……嫁入り前で、婚約者も居ない、田舎貴族の娘ですからね。欲望の……いえ、これ以上言葉にすれば、口が汚れますね」


 私の言葉に、母は絶句したようでした。

 額に手をあてると、ため息を吐きます。気が遠くなったようですね。



「王子、さっきのご行為については、ご両親に報告させていただきます」

「ちょっと待て! あれは、アンジェの主観だろう!

抱きしめるのと、顔に口づけた以外は、まだ何もやっていないぞ!

これからやる予定だったんだから」

「その見苦しい言い訳も、報告させていただきます」

「……あ!」


 ですから、墓穴を掘っているんですってば、レオ様。


 侍女殿は、ジト目でレオ様を見つめました。凍えるような声音で、言葉を紡いでいますね。

 そして、うちの母に視線を移しました。


「雪の天使の姫君、心からお詫びを申し上げます。

乳離れした王子をお預かりした日から、 ずっと乳母として、養育に携わっておりましたが、わたくしどもの教育方針は間違っていたようです」


 頭を下げた侍女に、母は微笑みを向けただけでした。

 どこまでも冷たく、そして美しい、雪のような笑みを。


「あの……レオ王子が行為に及んだのには、理由があると思います。

その理由を聞いて、理由も報告した方が、国王様も納得されると思いますが」


 王妃様の親戚である、王太子の新米秘書官殿が、恐る恐る口を挟んできました。

 年上の女性二人から、冷たい視線を向けられて、及び腰ですけど。


「それもそうですね。正確な報告が、必要ですから。

王子、何かおっしゃることがあるなら、どうぞ」


 侍女殿に氷のような声音で促され、レオ様は口を開いては、閉じるを繰り返します。

 下手に言葉にすれば、墓穴を掘ってしまうと悟ったのかもしれませんね。


「ゆ、雪の天使の姫君、レオ王子が寵愛を向けるようになった心当たりは、ありませんか?」


 必死でレオ様を擁護しようとする秘書官殿に、思わず同情しました。

 思い付きで行動しているときのレオ様のフォローって、大変ですからね。

 私の後輩は、苦労しそうですよ。


今回は、秘書業務に不慣れと言うことで、少しだけ助けてあげましょうか。


「心当たりは、あります。将来の王妃、筆頭候補のクレア嬢と、上手く愛情が育めていないようで……」

「アンジェ、余計なこと言うな!」

「言います。私は、レオ様の行為に迷惑していますからね。

クレア嬢との距離感が掴めず、私を練習台にしていて、面白がって行為がエスカレートしたのだと思います」

「練習台とは? はじめて聞くのですが」

「秘書官殿。先ほど言った、将来の恋人との過ごし方の練習ですね」


 レオ様いわく、私や東の侯爵令嬢のクレア嬢は、理解不能な人種らしいです。

 王都の貴族のご令嬢のように、レオ様が理想とする、恋人との過ごし方が通じなかった相手なので。


「以前、クレア嬢に額に口づけたら、突き飛ばされました。そこで自信が揺らいだようですね。

次に、後ろからそっと抱きしめて名誉挽回を試みたら、みぞおちに肘鉄をされて、意気消沈したようです。

それで、同じ事を試して、動きの止まった大人しい私なら、練習相手にちょうど良いと思ったようですよ」

「……レオ王子?」


 私の話を聞いた秘書官殿は、思わず王太子を見ました。

 女心の分からない唐変木は、両手で顔を覆っていました。


「レオ様、泣き真似しないでください。

同情を引きたいのでしたら、もっと説得力のある方法をとるべきですよ」


 何となく泣いているような予感がしましたが、私の気のせいでしょう。

 あの腹黒で策士の王子なら、泣き真似くらいやってみせるでしょうから。


「一応、クレア嬢を伴侶にする、お覚悟はおありのようです。

王妃になるには、語学力と国政に対する知識も必要だから、頭脳は絶対に譲れない。頭脳と美しさを併せ持つ者を伴侶にすると、申されておりました。

この件に関しては、ラインハルト王子が同席している場でおっしゃっていたので、確認をとっていただいても構いません」

「雪の天使の姫君、東の姫君は、語学力があっても、国政の知識が無いようですが。

一昨日のあの受け答えでは、王妃としては、不適格です」

「秘書官殿も、同じ意見ですか。私も、国政の知識に関しては、東の辺境伯のご令嬢の方が、適任だと思います。

ですが、語学力に関しては、クレア嬢の方が勝っていますからね。

どちらが将来の王妃になるかは、レオ様のお心次第でしょう」


 秘書官殿が言っているのは、一昨日の外出のときに、喫茶店で王妃候補のご令嬢二人と、王妃様が会話した内容のことです。


 まあ、ここにいる侍女殿は、東の侯爵家の親戚ですからね。

 王宮の使用人の中でも、クレア嬢をイチオシしている一人です。

 レオ様をダシにして、フォローしておきましたよ。


「そして、レオ様が先ほどご乱心された理由は、この王妃候補のお二人に関係あると思います。

お二人とも、語学力と国政の知識、どちらかに片寄っていますからね。補佐する者が必要です。

レオ様が白羽の矢をたてたのが、私なのでしょう。

一応、将来の王妃の秘書官になりますが、それよりも側室にして常にそばに置いておく方が、安心できますから」

「なるほど。レオ王子の思考が読めて来ました。

お母上が、西の公爵家との決着がついたら、雪の天使の姫君を手元に引き取りたいと国王様に願い出ていましたからね。

願いが受理されて、雪の天使の姫君が居なくなると焦って、ご乱心なさったと」

「はい、私もそう思っています」


 秘書官殿と揃って、レオ様の方をちらりと見ました。

 いつの間にか、椅子に座って、壁の方を向いていますね。

 片手で顔を隠すのは、同じなので表情は、伺えませんけど。


「レオ様には、常々、将来の王妃に寵愛を向けるよう申し上げているのですが、なかなか踏み出せないようです。

自分の理想とする行為が、クレア嬢に否定されたからでしょうけどね」

「アンジェ、いい加減にしろ! 黙ってりゃ、言いたい放題言いやがって」


 およ? レオ様が息を吹き返したようですね。

 目元を擦りながら、私の方に顔を向けて怒鳴ってきました。


「いいか。僕が愛してるのはお前で、僕の嫁にすると、ずっと言ってるだろう!」

「ええ、ずっと言っていますね。

側室に恋愛感情を向けるのは、国が乱れる元になるから止めるように、苦言で返していますよ」

「なんでいつも、そうやって、突っかかる? 僕の気持ちを分かってくれないんだ!」

「レオ様だって、私の意見を、素直に聞いてくれないですよね?

いつも、私の気持ちを分かってくださらないでしょう」

「お前、本当に腹立つな! 僕のことを、どう思っているんだ」

「レオ様とは本音で話せる親友としては、相性が良いですが、伴侶としては最悪の相性だと思っています」

「……最悪? お前、最悪だと思っていたのか?」

「はい。友情が愛情に変わるなんて、バカげたことを練習のときに、毎回話しますからね。

夢見がちで細かい理想を持つロマンチスト王子と、私のような効率を重視する現実主義者の意見は、未来永劫交わらないと悟りました」


 毎回、毎回、ロマンチストなレオ様との意見交換は、平行線をたどりますからね。

 話していると段々、疲れてくるんですよ。


「友情が愛情に変わると思っているなら、いい加減、クレア嬢を口説いてください。

幼い頃から、親戚として友情をはぐくまれてきたのでしょう?」

「……もういい、黙れ。今のお前とは、話すだけ無駄だとわかった」

「黙りません。私の話を……」

「うるさいな! 一度、クレアは口説いてみたことある。納得したか?」

「え? あるんですか? なんで、口説いて現状につながるんですか、答えてください!」

「……失敗した。あいつは、僕が恋愛歌劇の決め台詞の練習の成果を聞いて欲しいと思ったらしく、下手くそな大根役者と言われたんだ。

僕は、もう二度とクレアに言わないと決めた!」

「あー、もしかして、レオ様は歌劇の台詞を真似したんですか?

クレア嬢は、歌劇に関しては、目の肥えた観客ですよ。元役者のうちの母を唸らせるくらい、鋭い意見を出せるご令嬢ですからね。

そんなご令嬢相手に、素人のレオ様が歌劇の台詞で口説くなんて、無謀な下策ですよ。

だから、座長の孫である私で、練習してたんですね」

「うるさいな! 僕は傷ついたんだぞ!

だから、今後、この件に関しては、二度と口出しするな! 絶対に他言無用だぞ!」


 あーあ、レオ様は、涙目になりましたよ。

 右の服の袖で、強引に目元をこすっています。

 人目も憚らず、こんなことをするなんて……よっぽど、ショックな思い出なんでしょうね。


「……王子様、今度、私が演技の指導をいたしますよ。

どんなご令嬢でも、心なびくような台詞を、さらりと言えるように、教えて差し上げます」

「……本当か? 僕でも、好きな女を口説いて、恋人同士になれるのか?」

「王子様の努力次第で、いかようにも」


 見かねたうちの母は歩みを進め、椅子に座って泣いていたレオ様の肩を、そっと叩きました。

 目元を赤くしたレオ様は、母を見上げます。

 落ち着いた優しい声を聞きながら、鼻をすすっておられました。


 侍女殿も、秘書官殿も、レオ様とうちの母のやり取りを見守っています。

 二人とも、「王子、おいたわしや」と呟いておりました。

 王家に忠実な二人は、さっきの場面は都合よく忘れてくれるでしょう。


 ……レオ様は、女性の敵認定を、免れたようですね。

 落ち着くべきところに、おさまったと言うべきでしょうか。


 現実主義者の私は、普通なら感動するであろう場面を、そんな風に観察しておりましたよ。



2018年9月24日、指摘のあった部分を修正しました。

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