56話 王子は、今日もワガママです
私の母は、雪の天使の血筋です。
雪の天使とは、我が国の北地方で生まれた、金の髪と青い瞳、色白肌を持つ者を指す言葉。北地方の美男美女の代名詞ですね。
歌劇「雪の恋歌」の女主人公「雪の天使」が、金髪碧眼で雪の白肌を持つとされるところから、この呼び方が広まったと言われています。
雪の恋歌は、元々は北地方のおとぎ話。最初に歌劇として公演したのが、雪花旅一座でした。
雪花旅一座は、我が国最古の歌劇団。母は、そこの座長の娘です。
雪の恋歌は、おとぎ話と思われて居ますが、史実です。大昔、実際にあった物語なのです。
親族結婚を繰り返す、雪花旅一座の座員は、全員、雪の天使の子孫。
座長の娘である母は、雪の天使の血筋となるわけです。
四年前まで、雪の天使の血筋は、二つありました。
雪の国に住む、北の雪の天使。
そして、春の国に住む、南の雪の天使。
旅一座の座員たちは、北の雪の国から、南の春の国にやってきた、雪の天使の子孫になります。
だから、南の雪の天使と呼ばれます。
北の雪の天使の血筋は、四年前に途絶えてしまいました。
北国の王家に武力で反乱を起こした、南の公爵は敗戦の末、一族すべてが処刑されましたからね。
「ですから、雪の天使の血筋とは、北国の王家の分家である、北国の南公爵の血筋を指すのです。
ご理解いただけたでしょうか、レオ様?」
「本人たちが、説明するなら、納得はする。
だが、お前を王妃候補にするには、何の障害にもならん。むしろ、好都合だ」
「私は、雪の天使の血筋を、表だって主張したくないと言ってるんです!
北国の王家の子孫ですよ? 将来、北国との関係が、変なことになったらどうするんですか!」
私の上司である、王太子のレオナール王子は腹黒策士です。
腹黒王子様の無謀な下策を止めるために、言い争いをしていました。
私の部屋を訪問されたレオ様は、腕組みをしながら、私のベッドの脇で、イスに腰かけています。
レオ様の後ろには、王妃様の親戚の新米秘書官殿と、先代王妃様の親戚である侍女殿が控えています。
お二方は、私とレオ様の会話を、先代国王夫妻と現国王夫妻に報告するつもりなのでしょう。
「側近候補から、王妃候補に変更なんて、嫌です! どんな影口をたたかれるか、分かったものじゃありません」
「諦めろ。西地方の公爵一派に、僕たちの目的を知られるわけにはいかん。だから、お前を囮にして、視線を向けさせるだけだ」
「……言葉巧みに、私を丸め込めると思わないことですね」
「思っている。お前は、僕の言うことに従うしかないからな。
西の公爵にとって、お前は邪魔な北地方の貴族。
だが、同時に北国の王家に対して、最も影響力を持つ貴族だ。親戚たちのように、暗殺される可能性は低い。
ほら、僕の方が上手だろう? 返事は?」
腹立つ。夢見がちな王太子は、私を側室にする気満々ですからね。
敵を欺く(あざむ)という建前のもと、私を王妃候補にしておいて、将来、輿入れを簡単にする気なのです。
王妃の側近候補を側室にするよりは、王妃候補を側室にした方が、世間の理解を得やすいですからね。
「……かしこまりました。レオ様は、私に天国へ行けと命じるのですね。
まあ、王家の道具の扱いとしては、妥当でしょう」
「お前、なんでそんな言い方をするんだ? 僕は、道具なんて思ってない!」
「どうして怒るのですか? ようやく、私の扱い方が分かってくださったと、お褒めしましたのに」
「僕は、死ねなんて命じてないのに、変な受け取り方をするからだ!」
「……あのですね。ストレスで私の胃に穴があいて、血を吐く未来が見えてないんですか?
何度も血を吐けば、父の後を追うことになると、医者伯爵殿に説明されています」
「それは聞いたが、お前がストレスを溜め込まず、発散して過ごせば問題ないだろう。
ストレス発散を、僕が手伝ってやる」
「……理想を追い求めず、現実を認識してください」
「お前こそ、現実逃避せず、僕に心をゆだねろ。僕が守ってやるから」
先ほど、母は私に言いました。
雪の天使の血筋と、微笑みを使って、味方を増やせと。
無理です。レオ様相手に、そんなことできません。
私が微笑んだ瞬間から、この王太子は暴走するに決まっています。
「嫌だと、申し上げています。なんでそんなに、滅茶苦茶なことを言うんですか!」
「お前の母上が、お前との結婚を認めてくれたからだ!」
……嘘ですよね? 母が素直に、レオ様との結婚を許すはずありません。
母は、私を返せとレオ様に言っていたんですから。
「アンジェ、返事は?」
「……出ていってください。レオ様の顔なんて、見たくありません!
なんで、嘘をつくんですか。何でも話せる、親友だと思っていたのに。
母が私を犠牲にするはず、ありません!」
「……ちっ。やっぱり、お前は分からず屋だ」
そう言うなり立ち上がり、私のベッドに腰かけました。
危機を感じた私は、ベッド上から逃げようとしましたが、レオ様の行動の方が早かったです。
私の腕を捕まえると、無理やり引き寄せました。慣れた手つきで、腰に手を回して、抱きしめます。
そして、いつものように、頬に口づけしました。
私が恥ずかしさで動けなくなる弱点を利用して、やりたい放題です。
「おい。隣の部屋にいる、アンジェの母上を呼んでくれ。きちんと説明してもらうし、僕もしておく」
レオ様の言葉に、新米秘書官殿はやれやれと言う表情を浮かべました。素直に隣の部屋に行きます。
侍女殿は、レオ様に、年長者の視線を向けてきました。そして、うちの母が入室します。
「……王子様、娘に何をなさっているのですか?」
「一の姫の凍った心を、僕の愛の炎で溶かそうとしているだけだ。
さっき、そなたは言っただろう。一の姫の伴侶は、一の姫の心を射止めた者にすると。
僕は一の姫が欲しいから、ずっと努力している」
……なにをのたまうんでしょうか、このロマンチスト王子は。
母とレオ様のやり取りから推測しました。母は、私の嫁ぎ先は、私が好きになった男性の所だとレオ様に言ったようですね。
だから、レオ様はこのような行動をしたと。
さすがに母も、困った表情を浮かべましたよ。
「お戯れを。王子様には、花嫁候補が、たくさんおりましょう? 将来の王妃を目指している姫君たちが。
娘を離してください」
「断る! 僕は、一の姫が欲しい。手放したくない。
姫君は、一の姫を返せと僕の両親に言った。
だから、僕が一の姫を手に入れて、そばに置いておくには、両思いになるしか方法が残されていないんだ」
なんですか、その滅茶苦茶な理論は!
単なる子供のワガママじゃないですか。
うちの母も、秘書官殿も、侍女殿も、あきれた顔になりましたよ。
「……王子様はお疲れのようですね。ゆっくりお休みになられた方が、よろしいと思いますよ」
「確かに疲れているが、アンジェと居れば、疲れなんて気にならなくなる。
他の王妃候補と一緒にいれば、余計に疲れるだけだ」
「はとこであらせられる、東の侯爵の姫君でも、疲れるのですか?」
「……クレアか? クレアは変わった。昔と違う。
昔のままなら、疲れなかったと思うが、今のクレアには気を使ってしまう」
「東の姫君は、大人になられたのです。王子様が子供のままだから、疲れると感じるだけですよ。
王子様も、大人になるべきです」
母の言葉に、侍女殿は頷きました。同年代の女性たちには、若い私には理解をできない 思いをもたれているようです。
なんとなく、レオ様は自分の劣勢を悟ったようですね。
私を抱きしめる腕に力を込めながら、年上の三人をにらみました。




