55話 復讐を誓いました
夢から覚めた私は、王族専任の侍女に世話をされていて、驚きました。
昨日、大きなショックを受けた私は、気を失い、ずっと眠っていたようです。
先ほど目覚めて、王宮の医者伯爵殿に診察を受けた後、ようやく母との面会が許されました。
私の部屋に入ってきた母は、部屋の中にいた侍女に視線を送ります。少し、困った顔をしました。
「娘と二人きりで話したいので、少々、席を外していただけません?」
「申し訳ありませんが、雪の天使の姫君のお世話をするように、先代国王様から言いつかっておりますので」
「あら、そう」
先代国王陛下は、私たちを見張るつもりですかね。
母は抑揚のない声を出しました。
「でしたら、先代様にお伝えください。
私たちは北の者であると同時に、雪の天使です。いつでも、北へ帰ることができます」
「雪の天使の姫君、それでは困りますよ?」
「困るのは、春の国でしょう? 春の国が雪の国になっても、私たちは困りません。
先に古き約束を破ったのは、春の国ですからね」
「お考え直しにならないのですか?」
「考え直すのは、春の国ですよ。
私たち南の雪の天使は、西を凍えさせるつもりです。
春の国がそれ相応の誠意を見せてくれるのならば、春の国に残ることも考えましょう」
母は、それだけ言うと、侍女を正面から見ました。そして、笑顔を浮かべましたよ
絶世の美女が放つ、冷たくて、とても美しい微笑み。
侍女の視線がくぎ付けになり、ゆっくりと唾を飲み込みこむのが分かりました。
「……かしこまりました、雪の天使の姫君」
侍女は頭を下げると、すぐに頭を上げます。チラチラと母を見ながら、部屋から出ていきました。
侍女に出ていって欲しかった母は、芝居がかかった口調で、侍女を脅しました。
私たちは、この国の貴族であると同時に、北国の王家の子孫、雪の天使の血筋ですからね。
侍女が出ていかないなら、この国の貴族であることを捨てて、北国の貴族になることもできると告げました。
治める北地方一体を、この国の北ではなく、北国の南地方にすると、母は言ったのです。
侍女は、母にそんなことをすれば、私たちが困ると言い返しますけど、母は意に介しません。困らないと、言い切りました。
この国の王族が、私たちの祖先と王族の祖先が交わした、古き約束を破ったのは、先代国王陛下たちです。
それ相応の態度をこちらが取るのは、当たり前ですからね。
焦った侍女は、母に考え直すように迫ります。
考え直すのは侍女の方だと、母は冷たく切り返しましたよ。
侍女が誠意を見せるなら、この国の貴族のままで居るかもしれない。
私たちは、西地方の貴族を許さないと決めたのだからと。
王家の分家である西の公爵は、私たちの親戚である北地方の貴族たちを暗殺した黒幕の疑いが濃厚です。
母は、親戚たちの仇討ちをするつもりですね。
侍女は、先代王妃様の親戚ですからね。
母は、侍女を王家の代表として、扱ったようです。
侍女本人は、代表にされては堪らないと、私の部屋から逃げだしました。
よく観察しないと、理解しにくい会話でしたよね。
母は旅一座の役者から、貴族の奥方になってから、二十年近く領地経営に携わりました。
領地経営をするうちに、独特の言い回しを身につけたようですね。
あの侍女のように、本当に頭が良くないと、簡単に母に丸め込まれるんですよ。
私の交渉術は、母から受け継いだのかもしれませんね。
「一の姫。雪の天使の血筋や、微笑みは、あのように使うのですよ」
「……真似して、皆様へ使えと?」
「そうです。今は手段を選ぶ場合では、ありません。できるだけ、味方を増やすべきです。
あなたの言ったように、春の国と、西の戦の国が共倒れしそうですからね。
この国の貴族の一人として、防ぐことが最優先です」
さすが元舞台女優ですね。表情の使い分けにおいては、追随を許しません。
さっきの微笑みは、見た人は母が怒っていると分かるのに、心が惹き付けられて止まなくなる表情です。
浮き世離れした美しさを持つ母は、子供のときから演技の稽古を受けている、旅一座の座長の娘です。
自分の美しさを最大限に活かす方法も、演技方法の一つとして熟知していますからね。
意図的に相手を虜にする方法を知っているのです。
田舎貴族の父ではなく、王続の男性に見初められていたら、一生、その寵愛を受けていたでしょうね。
さて、意識を母との会話に戻しましょう。
「お母様、親戚たちの死因をお聞きになったのですね?」
「ええ。医者伯爵様から、お聞きしました。
あなたが、昨日、倒れた原因ですからね。
そして、あなたが意識もうろうとしながら、西の黒き王にたどり着く証拠を提出したとも聞いています」
「証拠?」
「意識を完全に失う直前に、王子様にとある植物を託したそうですね。覚えていますか?」
「……まったく」
「でしょうね。この母ですら、親戚たちの死因を聞いて、気が遠くなりました。
一の姫が、耐えれるはずないと思いますよ」
西の公爵が、暗殺の黒幕になり得る証拠。
私の配下の傭兵たちが、手に入れてくれた枯れた植物を、私はこの国の王子に渡したようです。渡した記憶が、まったくないですけど。
私の記憶が無いのは、当然だと、母は言い切りました。
気丈な母ですら、気を失いかけたようですからね。
「どのようにして証拠を手に入れたか、王子様にきちんと説明をしなさい。
意識がもうろうとした状態のあなたの説明は、意味不明だったようですからね」
「……王太子との対話でよろしいでしょうか? 側近も一緒なら、西の元騎士団長が動きかねませんよ」
「安心なさい。西の元騎士の長は、西の黒き王ではなく、中央の王様に忠誠を尽くすように、お心変わりしたようですからね」
「なるほど。土壇場で、賢明な判断を下されたのですね」
「ええ。元騎士の長のご子息は、王族の側近になりました。
そして、御孫は、王妃様の親戚です。
近くの他人よりも、遠くの親戚を選んたわけですね」
「先代国王陛下の作戦勝ちですか。騎士団長殿の奥方は、南の侯爵分家のご令嬢。
騎士団長のご子息は、新たな王太子の秘書官殿のいとこですもんね」
「そもそも、先代様は、お似合いの二人をくっつけるのが得意だったと、お聞きしています。
西の黒き王が政略結婚を推し進めている間をぬって、夜会で、現在の騎士の長と奥方様をお会いさせたようですね。
そして、西の黒き王の派閥に、亀裂を入れたようですよ」
「……レオナール様の仲人上手は、祖父である先代国王陛下から受け継いだものですか。
王家の利益を追及しながらも、恋愛結婚を成立させていますからね」
なるほど。西の黒き王……すなわち、王家の分家である西の公爵は、領地を接する西の辺境伯に裏切られましたか。
元騎士団長殿は、国王陛下に寝返ったと。
お家を潰さないようにするならば、必然的にそうせざるをありませんからね。
元騎士団長殿は、将来の王妃と目された、西の公爵令嬢を守るつもりで、息子と孫を王宮にやっていたようです。
まあ、息子は、現騎士団長ですし、孫は王太子の親友兼側近ですからね。 狙い通りに行っていたのでしょう。
ですが、西の公爵令嬢は、頭がお花畑でしたからね。
王太子の婚約者候補に選出されたのに、貴族の男性を王都の屋敷に呼んで、休日を過ごしているようなご令嬢でした。
本人は、王太子妃候補のライバルを蹴落とす対策のため、相談をしていたつもりのようです。
ですが、王太子本人からすれば、婚約者候補は逆ハーレム生活を満喫していたようにしか、見えませんでした。
結果的に王太子を怒らせ、婚約者候補を剥奪されて、西国に追放されています。
さすがに、元騎士団長殿も、覚悟を決めたようですね。
「一の姫。西の黒き王を凍えさせます。
許しては、なりません。私たちは、北地方の貴族の生き残りなのですから」
「私が全力を出しても、構わないのですか? もし、お父様の後を追うことになるとしても?」
「安心しなさい、母も戦います。一の姫が全力を出す必要はないですからね。
無理をしては、なりませんよ」
「一の若君と二の姫も、巻き込むつもりですか?」
「出来れば、話したくはありません。
あなたが王子様とお話ししたあと、春の国の出方を見てから考えます」
「……分かりました」
「 あなたは、仕方ありません。もう、巻き込まれた後ですからね。諦めてなさい」
今のところ、親戚たちの暗殺の黒幕のことを知っているのは、うちの家族では、母と私だけ。
母は、弟や妹たちを巻き込みたくないようです。私も、同意見ですからね。
ですが、親戚たちの仇討ちをするのは、私たちの中で確定しています。
西の公爵は許しません、絶対に。
地獄に叩き落として、親戚たちの復讐をしてやります!
私たちは、北地方の貴族の生き残りなのですから!
リアル都合で、次回の更新は、11月1日の予定です。




