表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/177

54話 夢を見たんだと思います

夢を見ていたようです


 目が覚めると、私の部屋は茜色に染まっていました。

 小さなあくびをして、目を擦ります。少し頭が痛いですね。

 けれども、喉が渇いていたので、水が欲しくなりました。

 上半身を起こそうとすると、声が降ってきましたよ。


「目が覚めたの、アンジェリーク」

「……お母様?」

「喉がかわいたでしょう。水でも飲みなさい」

「はい」


 ベッドから体を起こして、母に差し出されるまま、コップを受けとります。

 飲んだのは常温の水でしたが、とても美味しく感じました。


「調子はどうですか? あなたは、体が弱い方だから、心配しましたよ」

「身体と言うよりは、頭が痛いです」

「頭ですか?」

「はい。こめかみの部分がズキンズキン、痛いです」

「そうですか。医者伯爵様を呼んでいただけるかしら?」

「はい、ただいま」


 

 ぼうっとする頭で、ベッド脇の椅子に腰かけていた母を見上ます。

 母の隣には、王宮の侍女が二人控えていました。侍女の一人は、母の願いに対して、軽く頭を下げると部屋から出ていきます。


「……どうして、侍女が?」

「あなたの体調が悪いので、王族の皆様が派遣してくれました。今は考えるのは止めて、ゆっくり休むのです。

医者伯爵様が来られるまで、横になりなさい」

「はい」


 ぼうっとしながら、母に言われるまま、ベッドに入りました。

 枕に頭を乗せると、侍女の一人が額に濡らした布をおいてくれます。

 冷たくて気持ちいいですね。思わず、ほほが緩みましたよ。



 しばらく待っていると、医者伯爵殿が来られるました。

 ご子息とうちの妹も一緒です。


 あ、うちの妹は、医者伯爵の子息殿と婚約していますからね。将来の医者を目指す妹は、医者伯爵殿の仕事に興味津々です。


 医者伯爵殿は診察をすると、私の机を借りて、薬を調合されました。

 粉薬を手渡されます。痛み止めだそうですね。

 頭痛に効くと説明されて、言われるままに飲みました。


「……アンジェリーク。薬を飲んだのですね。今はゆっくり休みなさい」


 母の声に促され、再び、ベッドに入りました。 

 だんだんと遠くなる意識の中で、声だけが聞こえました。母と医者伯爵殿が会話されているようです。


「今のところは、何とも。明日、目覚めたら、再び診察をします。判断はそれからで」

「分かりました。明日を待ちますわ」


 二人の会話を聞き流しながら、意識を失いました。



※※※※※※



 翌朝でしょうか? 目覚めると、いきたり声をかけられました。


「おはようございます、アンジェリーク秘書官」

「え? え? ……おはよう……ございます」


 私の部屋に、人がいるなんて思っていませんでしたからね。驚きましたよ。

 目を丸くしながら、返事をしました。


「お目覚めになられたので、お知らせしてまいります」

「宜しくお願いします」


 二人いた侍女のうち、一人はそそくさと部屋から出ていきました。

 残ったお一人に、話しかけてみました。状況が把握できていませんからね。


「あの……なぜ、王族の専任侍女の方々が、私の部屋に?」

「王妃様のご命令です。秘書官には無理をさせ過ぎたようですので、罪滅ぼしだとおっしゃいました」

「無理? ああ、お忍び外出の着せ替え人形のことですか?

あれは、うちの母が主犯なので、王妃様たちに気遣われることではありません。

皆様が本来の持ち場を離れるなど、気を使われ過ぎていますよ」

「……思考回路が回っているようですね。北の伯爵様」


 侍女の呼び掛けに、少々、引っ掛かりました。

 私を秘書官ではなく、北の伯爵と呼びますか。伯爵家の当主として。


 子供の私を、北地方の貴族扱いする大人は少ないです。

 私を王太子の秘書官として、扱うことはあっても、普通の大人は一人前の貴族扱いをしません。

 何者なのでしょうか、この方は。


「きちんと返答をされていますが、頭痛や、胃痛はありませんか?」

「特に痛いところはありませんね」

「ならば、大丈夫でしょう。王家の方々は、あなたを失うわけにはならないと思っておられますから、心配されていました」

「……今の私は、まだ王家に仕える身です。そう簡単に、表舞台から消えません。

そのように、お伝え願います」

「ご自分の口で、お伝えください。雪の天使の姫君」

「……分かりました」


 雪の天使の姫君。この侍女は、私の古き血筋を知っていますね。

 王族の身の回りの世話をする侍女の中でも、かなり、王族の腹心に近いようです。

 尋ねておいた方が、良いでしょう。


「あなたは、南ですか?」

「東です」

「東の姫の?」

「はい。ですが、王妃様の親友です」


 なるほど。王妃様のご命令でここにいると言うので、南地方出身のご令嬢かと思ったのですが、東地方出身でしたか。

 しかも、東地方の侯爵令嬢だった、先代王妃様の親戚のようです。

 そして、現在の王妃様の親友。


 私は、相当の厚待遇を受けているようです。


「……もしかして、父が天から私を呼んでいたのでしょうか?」

「お戯れを。雪の天使は、まだ地上に居ると安心されたようですよ」


 ……この侍女は、頭の回転が早いですね。

 死にかけたのだろかという、私の問いかけに、心配するなと言ってくれました。


「違うのですか。てっきり、父が呼びにきて、王家の方々が心配したから、侍女の方々を使わしてくれたのかと思いました」


 私の独り言に、侍女は無言の微笑みで答えました。

 この笑みは、私が目覚めたから、安心されたような感じですね。


 そんなやり取りをしていると、部屋の扉が開きました。医者伯爵殿と子息殿が入ってこられます。


 医者伯爵殿に、診察していただきます。

 診察の合間、子息殿が話しかけてきます。問診のようですねを


「姉君は、昨日のことを覚えている? 気を失ったんだけど」

「まあ……覚えてはいます。親戚の本当の死因を聞いてから、心が凍りついた感覚に襲われましたから。

周囲から音が消えたので、気を失ったのは、そのときなのでしょうね」

「じゃあ、その次に覚えていることは?」

「茜色の部屋で寝ていて、頭痛がしたので、医者伯爵殿から診察を受けました。

痛み止めをもらって飲み……痛み止め?」


 言葉に出して自覚すると、呼吸がおかしくなりました。

 心臓がドキドキして、早くなります。


 痛み止めの薬。この薬をのみすぎると、眠り病になります。

 四年前に暗殺された親戚たちは、この眠り病にされて、目覚めることなく天国に行きました。


「姉君、落ち着いて。大丈夫、今回は、副作用は起きてないよ。

姉君は、王宮に来たときから、胃痛で痛み止めを飲んでるからね。

副作用なんて、簡単には起きないよ。大丈夫、体がなれてるからね。

ゆっくり深呼吸をしようか」


 なだめるように繰り返す、医者伯爵の子息殿。

 言葉に従い、深呼吸を繰り返しました。


「ほら、大丈夫。姉君は目覚めてるでしょう」

「そう……です……ね」


 途切れがちになりながらも、言葉を紡ぎました。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 私は目覚めています。痛み止めを飲んでも、大丈夫です。

 医者伯爵殿が、薬の分量を間違えるはずありませんからね。


 私が落ち着きを取り戻したことを感じ取ったのか、医者伯爵の子息殿は、再び話しかけてきます。


「昨日、寝ている間に、夢とか見た?」

「夢……? 夢……夢……ああ、そのちょっと、恋愛歌劇のようなものを見たかも……」

「恋愛歌劇? どんな内容?」

「いや……その……おぼろげなので」


 答えづらいです。吹雪に包まれたように、記憶がぼんやりしていますからね。

 子息殿は、繰り返し、尋ねてきましたけど。


「どんな内容? 診察に必要かもしれないから、思い出して教えて」

「……よく覚えていないのですが……。

きっと、雪の恋歌の夢でしょうね。 毎日、雪の恋歌の舞台稽古をしていますから、追い詰められて夢を見たんだと思います」

「んー、歌劇『雪の恋歌』って、思った根拠は? 何か感じたから、そう思ったんだよね」

「金髪で青い瞳の男性がいて、その人を、『春の国の王子様』と呼んでいました。

それから、その男性は、アンジェと発音していました。

アンジェは、『雪の天使アンジェリーク』の愛称です」

「そっか。姉君は、恋愛歌劇の夢を見たんだ。他に、何か夢見たかな?」

「他ですか? ……あ、日常生活の夢ですね。

レオ様やライ様が、新しい秘書官殿に怒られていました。

お三方と朝食を食べた直後に気を失ったので、そんな夢を見たんだと思いますけどね。

それ以外は、夢をみていません」

「……そっか。いつもの風景だったんだ。ありがとう、姉君」


 穏やかな笑みを浮かべて、医者伯爵の子息殿は私に話しかけるのを、やめました。

 そして、父君に話しかけましたよ。


「……父上、戻って来てるけど、抜け落ちてる感じだね」

「ショックが大きすぎたようだな。あっちには、説明しておく」

「うん。その方が良いと思う」


 医者伯爵の親子は、不思議な会話をされています。

 子息殿の婚約者である、うちの妹が同席していれば、内容を教えてくれたでしょうね。

 医学の専門用語は、私には分からないので、聞き流しましたけど。


「姉君には、もう薬はいらないね。もしものときの君たちの仕事も、必要なくなりそうだよ」

「そうですか。ようございました」


 将来の義弟は、にっこり笑い、静かに控えていた侍女に告げました。

 侍女は、安堵の笑みを浮かべて、頭を下げます。


 そして、医者伯爵のお二人は、帰っていかれました。

10月後半は、不定期更新になります。

次回は、10月25日頃の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ