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52話 けんりょくあらそい、ですか

 四年前、私の親戚たちは亡くなりました。


 国境を接する、北国の内乱の余波で起きた、北地方の各地の暴動。

 暴動のさなか、各地の領主たちは大怪我を負い、命からがら王都に逃れます。


 大怪我のために、親戚たちは亡くなったと、私の家族は思っていました。

 けれども、親戚たちは眠り病という病気になって、衰弱死していたのです。

 

 私のお仕えする王子様は、暗殺されたのだろうと言いました。

 自然発生するはずの眠り病は、人為的に発生させられるそうですね。

 痛み止めの薬を必要以上に飲ませれば、副作用として眠り病になると。

 そして、親戚たちに薬を飲ませた偽物の医者も、眠り病にされ、口封じに暗殺されたようです。


 親戚たちは暗殺された。

 その一言は、受け入れがたい真実として、私の心に突き刺さります。


 怒りが沸き上がり、心が冷えて、凍り付きました。

 そして、気を失ったようです。


 王子様に揺さぶられて、目覚めた私は、暗殺を企てた者に復讐することしか考えらません。

 そして、周囲の全てが、歌劇の一場面のように感じられています。


 ……以上が、私の将来の義弟に説明した、まとめです。


「医者伯爵の子息殿、これで納得いただけたでしょうか?」

「うん、姉君の説明って、要点を短くまとめようとするから、レオよりも分かりやすかったよ」

「僕だって、きちんと説明したぞ!」

「レオは、長々と説明するから、途中で意味不明になるんだよ」


 将来の義弟、医者伯爵の子息殿は、ジト目で私の王子様を見ていました。

 私の王子様。この国の王太子のレオナール王子様です。

 現在、私のベッドに腰を下ろして、私を抱きしめておられました。


「なんで、姉君は、西の公爵が暗殺の黒幕だって思ったの?」

「我が国で、一番権力を持っていた北地方の貴族が、一気に居なくなりました。

現在、貴族の中で権力が強いのは、西の公爵と南の侯爵です。ついで東の侯爵なので」

「根拠は、それだけなの?」

「……六年前、私の王子様の婚約者に推薦されたのは、北の侯爵の四女だったはずです。

ですが、侯爵令嬢は、はやり病の眠り病気で、亡くなりました。

彼女の変わりに選出されたのが、塩湖を領地内に持つ、湖の塩伯爵の次女です。

はとこも、王都につく直前で眠り病気にかかってしまい、亡くなりました。

縁起が悪いと言うことで、王家からの申し入れがあり、王子様の婚約者決定は、延期されたんですよ。

ようやく去年再開され、前回の婚約者候補が決まったんでしょうね」

「……おい。そんな話、僕はまったく知らないぞ。なんで、お前が知ってるんだ!」

「私は、亡くなった父のあとを引き継いで、領主代行になりました。

祖父に連れられて、北地方の貴族会議に参加していたので、知っているんです」


 六年前の平和な頃、私はまだ十才でした。

 親戚で幼なじみである、十二才の北の侯爵の四女は、将来の王妃様になることが、ほぼ内定していたようです。

 私も、祖父の旅一座にいる、将来の座長になるいとことの婚約が、決まったばかりでした。

 うちの領地に遊びに来たとき、幼かった私たちは、将来への夢を語り合っていましたよ。


『王妃様になったら、絶対、アンジェちゃんの舞台を見に行きますわ』

『王都の王立劇場で、お待ちしていますね』


 笑顔で別れた一月後に、私の父も、幼なじみも、はやり病で帰らぬ人になりました。

 王都寄りの侯爵領地周辺は、頻発しましたからね。仕方ないと言えば、仕方ありません。


 領地内に塩湖を持つ伯爵が、侯爵に次いで、北地方の経済を支えてくれる家でした。

 なので、その家の娘を王家に差し出すと、大人たちが話していたのを覚えています。


 その伯爵令嬢も、王子様に紹介される直前に、亡くなりました。

 婚約者候補が立て続けに亡くなったので、縁起が悪いと、王家は思ったようです。

 それで、王子様の婚約者決定が、中止にされていたのです。


「……北の貴族の三割が亡くなった? ずいぶん、はやり病の犠牲になったんですね。レオは知っていましたか?」

「いや、知らなかった。ライも知らなかったのか。

北地方の国民の二割が死んだのは、知っていたが、貴族の割合までは気にしていなかったぞ。

……おい、秘書官。六年前に亡くなった、北の貴族の一覧を準備できるか? ちょっと気になることがある」

「レオ、そっちは自分が準備してあげるよ。医者伯爵の家には、過去の貴族の死因を、全部保管してるからね。

四年前の分も、おまけしてあげる。自分も、少し引っかるから。

じゃあ、姉君、続きを宜しく」

「はい。南の侯爵は、現在の王妃様を。東の侯爵は、先代の王妃様を輩出しています。

北の侯爵の血筋から、次代の王妃が誕生しても、問題なかったでしょう。

ですが、西の公爵は政治から遠ざかっており、焦っていたはずです」

「四年前に北の貴族が死に絶えて、一番喜んだのは、西の公爵だね、きっと。邪魔者たちが、居なくなったわけだし。

再開された将来の王妃選出に、嬉々として公爵の娘を推薦したと、姉君は思ってるんだね」

「はい。ちなみに私が調べたところ、西の公爵は先々代から、男児しか授かっていませんからね。

ようやく生まれた女児を、どうしても、王妃にしたかったはずです」

「……すごいですね。現実逃避した状態でも、アンジェの頭脳は、そこまで働くんですか。

これなら、別に元に戻さなくても、良い気がしてきましたよ、レオ」

「いつものアンジェなら、抱きしめたら、こんなにしゃべらない。

赤くならないし、嫌がらないし。調子が狂うぞ」

「……レオ、嫌がる娘を抱きしめてたんですか? 嫌われて当然ですね」

「ライは、うるさいな! 今は、嫌がってないから、良いだろう!」


 いとこのラインハルト王子様に指摘されて、私の王子様はバツの悪い顔になりました。

 ぎゅっと両腕に力を入れるので、腕の中にいる私は、たまりません。


「王子様、苦しいです。離してください」

「すまん!」


 訴えると、慌てて腕を離してくれました。

 やっと自由が利きますね。布団の中に隠してあった、植物を取り出しましょう。


「医者伯爵の子息殿。この植物をご覧ください。

西の伯爵領地から、公爵領地に運ばれた荷物に入っていたものです。麻の束の中に、隠されていました。

偶然、強風で荷物がバラバラになって、飛び散りました。一部を、私の配下が確保して、届けてくれたのです」

「アンジェは、麻じゃ無いって言う。医者見習いのお前は、この植物が分かるか?

僕らでは想像は出来ても、判別がつかん」

「この植物を手に入れたのは、アンジェ自身です。すごいですよね、私は感心しましたよ」


 私は干からびた植物、数本全部を、医者伯爵の子息殿に手渡しました。

 植物を一瞥した将来の義弟は、顔を上げて、仏頂面になりました。

 私の王子様と同じような、表情をなさいますね。さすが親戚です。



「……なるほどね。医者の父上じゃなくて、医者見習いの自分を呼んだわけだ。

子供の姉君が有能な間者を持ってるって、大人たちに知られたくないもんね」

「アンジェは情報を手に入れるために、かなり危ない橋を渡っているようなんだ。

殺されたくない、当主の自分は死ねないと言った。

だから、僕が私的に間者を雇って、アンジェに預けてあると、父上たちには説明している」

「父上も、おじ上も、参謀をこなせる、アンジェの頭脳を知っていますからね。

すんなりと信じてくれましたよ。説明するのが楽でした」

「姉君の間者のことを知ってるのは、ここにいる秘書官だけ?」

「僕の側近全員だ。なっ?」

「はい。雪の天使の姫君の『殺されたくない』発言を、全員聞いていますからね。

王子たちと相談して、口裏を合わせることにしました。

もしも、雪の天使の血筋が暗殺されたら、北国の王家が黙っていません。

下手すれば、戦争になりかねないと言うのが、側近全員の意見です」

「それで、姉君の手柄は、レオの手柄にしてるわけか」


 事情を知った医者伯爵の子息殿は、軽く肩をすくめました。

 視線を下に向けると、くるくると植物を回します。


「どうだ?」

「んー、心当たりはいくつかあるけど、自分は未熟者だからね。今は、断言できない。父上に見せてみるよ。

けどさ、レオ、覚悟できているわけ? これを父上に見せれば、西の公爵は、確実に敵に回るね。

王家の親戚を討つ覚悟は、あるわけ? 下手すれば、北国みたいに内乱が起こるよ」

「西の公爵は潰す。おじいさまも、了承済みだ。

おじいさまの国王時代から、徐々に力は削いでいたんだぞ」

「力を削いでた? どういうこと?」

「あいつらは、分家のくせに政治を掌握して、本家を傀儡(くぐつ)の王にするつもりだったんだ。

ひいじい様が国王の代で、宰相の立場を利用して、自分の小飼の西の世襲貴族を高位の役職につけていた。

だから、おじい様は国王になったとき、東の貴族を自分の味方につけて、東の侯爵令嬢を嫁にしたんだ」

「へー、本家と西の分家って、そんな争いをしてたんだ。

うちは、領地を持たない分家で、医学界を専門的に支配する王家だから、茅の外だったわけね」


 ……権力争いは、貴族だけでなく、王族の間でも起こるようです。

 まあ、歌劇ならば、たまにみかける設定ではありますからね。


 最近の歌劇は、ずいぶん現実志向になったようですけど。


「今の国王であるレオの父上も、何かやったんだよね。南の貴族を味方にしたのかな?」

「まあな。それだけではなく、次の宰相に、自分の弟を指名した。

西国に面目を立てると言う、建前でな。

おじ上が、王妃になるはずの西国の姫を、王弟の嫁にしてしまったんだ。

最もらしい理由になるだろう」

「使えるものは、全部使って、有利に進めるのが、おじい様たちです。

西の公爵を政治から閉め出す。それが、本家の目標でしたからね」


 ……初めて聞く内容ばかりです。

 本当に、最近の歌劇は、リアリティーの追求がすごいですね。


「おじい様と父上の代で、世代交代した高位の役職は、本家に忠実な東と南の貴族を任命した。

僕の代で、北の貴族を懐柔して、西の公爵派の貴族を、完全に政治から切り離せる予定だったんだ。

それなのに、北地方の貴族が滅んだせいで、空いた役職のいくつかに、西の貴族を登用することになってしまった。

年齢と釣り合う適任者が居なかったから、仕方ないが。昔に逆戻りしつつあるから、悔しいぞ!」

「待って、レオ。おかしくない? 君の花嫁って、西の公爵の娘に内定してたよね?

政治から遠ざけるつもりなら、西地方の娘を花嫁にしないでしょう?」

「お前、頭がよくても、政治のことには疎いな」

「レオの婚約者候補に、一人娘をねじ込まれたときは、本家が手綱を握るつもりで受け入れたんですよ。

頭が足りない娘なので、何とかなるという、算段でした。

北の貴族の生き残りであるアンジェを、王妃教育の責任者にしたのも、西の公爵への嫌がらせの意味もありましたしね」

「あいつらは、アンジェが雪の天使の血筋でなければ、王宮で暗殺したかもな。

邪魔な北地方の貴族だから。でも、雪の天使の血筋は、北国の王家の古い分家の子孫だ。

さすがに西の公爵も、北国を敵に回すつもりは無いから、大人しく見逃したんだろう」


 ……王子様たちは、雪の天使の血筋のことを、ついこの前まで知りませんでしたよ?

 さも知っていたかのように語り、振る舞うあたり、素晴らしい演技力をお持ちです。

 歌劇の役者として、うってつけですね。


「今回の婚約者候補選出にも、西の公爵は関わって、自分の小飼の貴族の娘を推薦してきやがった。

まあ、父上たちは、わざと王妃候補に残したが。僕が引き継いで、難癖つけて、半分以上ふるい落してやったぞ♪

候補剥奪は、家名に傷がつくから、好都合だった。あいつらが僕の代で出世することは、ありえんと悟っただろう」

「残る王妃候補も、来月には消えてもらう予定です。

分家の小飼でも有能でしたら、西の伯爵令嬢みたいに、本人だけこっちに引き込みむように仕向けます」


 ……初めて聞いた、お話なのですが?

 王妃にふさわしくないと思っていたご令嬢たちは、最初からふるい落とす目的で、残されていたんですね。


 まあ、無能なご令嬢は、お家共々、表舞台から去ってもらうのは賛成しますけど。


「……西の公爵家お取り潰しは、王族本家の総意なわけね。了解。自分も協力するよ」

「よろしく頼む。お前に怪しい植物を渡したことを、父上たちに報告しておく」

「まあ、父上もレオたちが何か企んでいるとは、予想してたみたいだね。

調子が悪い姉君のところへ、父上じゃなくて、自分を寄越したんだから。

何か、重大な話があるって、思ったんじゃないかな」

「だろうな。急に、お前を王宮に泊めたりしてたし。

今日中に父上から、医者伯爵当主へ、正式に話がされると思う」

「今までは、取り出しにできるほどの口実がなかったので、政治から遠ざけることしかできませんでした。

ようやく、決定的な証拠を手に入れましたからね。アンジェのおかげですよ」


 植物を落とさないように、胸元の内ポケットに入れながら、医者伯爵の子息殿は呟きます。

 あまりにも幼稚な考えだったので、つい声をかけてしまいました。


「……四代に渡る、王族本家と分家の権力争いか。北国よりも、うちの国の方が、危険だったわけね。

父上たちは知ってたから、自分をここに来させたんだろうな。真実を知らせて、どちらにつくか判断させるために」

「医者伯爵の子息殿。あなたが本家につくことは、最初から王子様たちの計画の中に入っていますよ。

私の妹とお見合いが決まった時点から、あなたちは、権力争いの当事者になったんです」

「あー! 雪の天使の姫君とのお見合いは、中立だったうちを、本家勢力に引き込むためか。

分家の医者伯爵と西の公爵が手を組めば、本家に勝ち目が無くなるわけだし」

「おい、お前も、少しは政治に興味を持て。それくらい、すぐにたどり着けよ。

次の西の公爵の当主になるんだから!」

「え? レオ、なんて言ったわけ?」

「今の西の公爵が途絶えたあとは、医者伯爵が医者公爵になる。

お前は、王家唯一の分家として、将来の公爵当主になるんだ」

「ちょっと、自分は領地経営なんて、できないよ? 領地を持たない王族なんだから」

「安心しろ。アンジェの妹は、六年前から兄や姉と一緒に、北地方を治めている。

共同統治と言うやつだ。お前ができない部分は、婚約者に任せておけばいい」

「……へー、本家って、そこまで計算していたわけ? すごいね」

「すごいだろう!」

「医者伯爵様、騙されてはなりません。レオ王子の思い付きの発言です」

「おい、バラすな秘書官! 親戚だろう、気を利かせろよ!」

「レオ王子が思い付きで言い出した以上、予定は現実になるでしょう。お覚悟願います。

なんといっても、レオ王子は、思い付きの命令常習犯である、王妃様のご子息ですから」

「おい、もう少し言い方があるだろうが!」


 今まで黙っていた、王太子の新米秘書官殿が、やっと口を開きました。

 南の侯爵分家の跡取りは、本家出身の王妃様とご子息の王子様の性格を熟知されていますからね。


 偉い身分の者が、低い身分の者にやり込められる。

 なかなか王道を行く、歌劇公演ですね。

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