51話 ほんしんです
私の心は冷えて凍りつき、少しの間気を失っていたようです。
目覚めたとき、同じ部屋にいた方々は、私の態度をいぶかしんだようです。
皆様は、今の私を現実逃避した、夢見る乙女だと言いました。
王太子のレオナール王子様は驚き、王妃様の親戚でもある新米秘書官に、医者伯爵の子息殿を呼ぶように命じました。
医者伯爵の子息殿は、私の上の妹の婚約者です。
持病の胃痛のせいで、将来の義弟の診察を受けるたびに、親身になって話を聞いてくれました。
もしも、この方が私の伴侶だったらと思うことも、よくありましたよ。
「アンジェが一族の復讐を果たしたら、僕の前から居なくなる?
そんなの、絶対に許さない。アンジェは、僕の嫁だ。僕のものなんだからな!」
「ほら、そうやって、レオは『僕の物』宣言してるよね。姉君を物扱いしてる証拠だよ。
人間扱いしてるなら、なんで相手の自由を認めてあげないわけ?
自分には、まったく理解できないね」
将来の義弟は、一つ年下の青い瞳の王子様をやり込めます。
いつも偉そうな王太子が悔しそうな顔になるのが面白くて、クスクスと笑っていました。
青い瞳の王子様は、仏頂面になって私を見ます。
「……おい、アンジェ、僕が怒られるのが面白いのか?」
「はい。日常では見られない場面を楽しめるから、歌劇って面白いです」
自室のベッドで、上半身だけ起こしていた私は、そうお答えしました。
「歌劇? アンジェは、歌劇だと思っているのですか?」
「今は歌劇の公演中でしょう、王子様」
どうして、宰相の子息であるラインハルト王子様は、そんなことをお尋ねになるのでしょうか。
今起こっている、周囲のすべては、歌劇の一場面に過ぎないのに。
「……今の姉君は、現実を歌劇として認識してるってことは、やっぱり、辛い現実から夢へ逃避してるんだよ。
いつもは、夢見ることを捨てて、現実へ逃避していたから、逆なことが起こっているわけ。
きちんも対処すれば……」
「だから、お前の屁理屈は、よくわからん!」
「レオって、本当にアホだよね。自分が話してる途中で割り込まないでよ。
君に分かりやすく言ってあげると、姉君は一時的にこうなっている可能性が高いわけ。きちんと治療すれば、治ると思う。
まあ、それが姉君にとって幸せかどうかは、自分には分からないけどね」
「元に戻る? 僕はこのままの性格の方が、嬉しいぞ。
冷静沈着よりも、夢見る乙女の方が、僕の理想だ」
「……レオって、学習しないよね。さっき、自分の言ったこと、きちんと聞いてた?
理想を押し付けるなって。姉君の心を抑圧する原因だよ」
医者伯爵の子息殿は、青い瞳の王子様をジト目で見ました。
王子様も負けずに、氷の視線で見返しているようですね。
「こっちが、アンジェの本当の姿なんだろう?
だったら、今のうちに本音を聞いておけばいい。
沈着冷静に戻っても、本当の自分を引き出して、少しずつ夢見る乙女に変えれば良いだけだ。
本当の自分を取り戻せば、こいつもきちんと本音を言えて、僕と対等に話せるようになるはずだぞ」
「……なに、その無茶苦茶な理論。前向き過ぎるよ。
レオって、昔から自分の理想を絶対に実現しようとするよね」
「僕が態度を改めて、アンジェときちんと向き合えと言ったのは、お前たちだぞ。
それに、嫁にするなら、自分好みの女が良い。男なら分かるだろう」
「レオの好みなんて、顔が最優先じゃないか! 舞踏会で踊る相手や、前回の婚約者候補を見てれば、嫌でも分かるよ。
君が姉君を選んだ理由だって、母君が絶世の美女だからだろう!」
「あのな。舞踏会じゃ、僕の側室になりたがる女が、化粧を塗りたくって、押し寄せるんだ。
踊っていたら、似合わない厚化粧ばかりだ。香水のキツイ匂いも、苦手だし。
それでも、嫌みを言わずに、笑顔で対応しなくちゃならない、僕の身になれ。
わざと抱きつかれて、衣装に化粧品をつけられた日には、侍女に申し訳なく思うようになった」
「……まあ、過度な化粧は、肌を痛めるからね。
自分も、似合わない厚化粧よりは、自然な薄化粧が好きだけど。
けど、レオがそんなことで、侍女を気遣うなんて意外だよ」
「舞踏会が終わったあと、化粧品がついた衣装を手洗いさせられたことがある。
汚れはすぐに落とさないと、とれなくなるらしい」
「え? 洗濯するの? レオが?」
「ライも一緒だぞ?」
「使用人の仕事内容を知るのも、王子の務めだと、何度かアンジェにさせられました。
化粧汚れを落とすのが、あんなに大変だとは、思わなかったですよ」
医者伯爵の子息殿は、無言で緑の瞳の王子様を見ました。肩をすくめて答える相手を見て、真実だと悟ったようです。
私は衣装の手入れの仕方を、母から学んでおります。
母は、旅一座の座長の娘ですからね。舞台衣装を丁寧に扱うのは、当たり前でした。
王子様たちは、汚れた衣装の洗濯を、当たり前のように侍女に押し付けます。
汚れが少しでも残っていたら、嫌みを言って、捨てようとする現場を発見しましたからね。
新しい衣装を製作する費用の試算と、国家総予算に閉める割合を提示して、捨てるのを止めさせました。
その後も、衣装を汚したときに、洗濯場で王子様たちに手洗いさせて、洗濯する大変さも分かってもらいましたし。
あれ以降は、お二人とも、嫌みを言わなくなりましたし、汚れている部分は飾りなどで隠すなどして、再利用する方法を考えるようになってくれて、経費削減に繋がっています。
「あの……論点がズレてきていると思うのですが。
まあ、雪の天使の姫君からそれに関するお話を伺ったときには、国家総予算まで持ち出して説明した、手腕に感心しましたけど」
「忘れていた。僕がアンジェの本音を聞き出せば、良いだけだ」
秘書官殿の言葉で、王子様が動きました。
私のベッドのお側に来らます。立ったまま、話しかけてきました。
最近の歌劇は進歩しているんですね、観客まで参加型のようです。
「アンジェは僕の側で、ずっと居てくれるつもりはあるか?」
「以前、一生、おそばで過ごすと、国王陛下の前で誓いましたよ?」
「僕の秘書官に任命したときの話か。まあ、いい。
じゃあ、僕を愛してくれるか? 僕は、お前を愛してる♪」
「お戯れを。王子様は、恋多きお人でございます。
顔だけで選んだ側室への愛など、すぐに薄れましょう」
「そんなことない!」
「王子様は、また国を乱されるおつもりですか? 前回のように国が割れるのを見て、何も感じていないのですか?
あなた様が愛されるべきなのは、正室でございます。
春の国を導く、お方なのですから」
「……アンジェは、この状態でも、正論で相手を叩き伏せるんですね。
レオ、潔く諦めた方が良いんじゃないですか?」
「嫌だ。諦めない」
「あなたの常日頃の言動を、アンジェは知っていますからね。
レオに向かって、外見で人を判断するなって、よく苦言を言っています。
今だって、本心から顔でアンジェを側室に選んだと、思っているようですよ」
「ぐっ……アンジェの中では、側室確定なのか」
緑の瞳の王子様に指摘されて、青い瞳の王子様は黙りこみました。
思い当たることが、たくさんおありなのでしょう。
「……アンジェは、野望を持たないのか? お前は、正室にだってなれる才能を持っているぞ」
「野望など、なにになりましょう。貴族の争いは、民を苦しませるだけです。
北の国の有り様をご覧になっても、おっしゃるのですか」
「……悪かった。お前は、民を一番に考えるやつだからな。
今の質問は、忘れてくれ。僕の失言だ。
……自分のことを後回しにして、他人を優先させる性格は、変わらないのか」
王子様は、ぶつぶつと独り言を言っています。
「じゃあ、質問を変えるぞ。恋に興味は無いのか?
お前の両親は、恋愛結婚だろう。同じように、恋ができるとしたら、……相手は僕でも無くても良い。
恋愛結婚に憧れたりしないのか?」
「平民同士ならば、恋愛結婚も有り得ましょう。
ですが、貴族に恋愛感情など無用です。利益の結び付きで、結婚するのが当たり前です。
貴族の恋愛感情は、側室に向けられることが多く、揉め事の原因になるので憧れません」
「……なるほど。会話してみて、分かった。
お前の本質は、他人との揉め事を避けたがるのか。知らなかったぞ」
「敵を徹底的に叩き伏せるから、負けず嫌いと思っていたんですけどね。意外でしたね、レオ」
「んー、姉君って、平和主義には見えないけど。
敵には容赦せず、味方には懐深くって感じ。女傑って、言葉が似合いそう。
まあ、こうやって周囲が勝手に、姉君の人物像を作り上げちゃったから、本質が見えなくなってたんだろうね」
「雪の天使の姫君が、争いが嫌いなのは、北の国内乱の余波を受けたからだと推測します」
「僕も、お前の意見に賛成だ。
権力争いのとばっちりを領地で経験すれば、貴族の争いを起こさない方へ、意識が傾くだろう」
王子様たちや、医者伯爵の子息殿と秘書官殿は、好き勝手に話しています。
最近の歌劇は、観客相手に心理テストをして、分析してくれるんですか。
医者伯爵の子息殿が居るから、できる演出なのでしょう。
「アンジェ。最後の質問だ。
もしも、僕が病気にかかって、王太子で無くなり、田舎で療養することになったら、お前は僕についてきてくれるか?」
「難しいでしょう。私は将来の王妃の秘書官です。
職務を放り出すわけには、参りません」
「側近候補の育成がちゃんと出来て、父上が許してくれれば、僕についてきてくれるか?
王子の仕事もできず、財産ももたず、政治の表舞台から去った、何もない僕でも」
「王子で無くなり田舎生活……と言うことは、平民になって、自給自足する場合ですね。
国王様の許可がでるのでしたら、お供いたします。畑仕事を知らないでしょうから、教えますよ。
一生、おそばでお仕えすると誓いましたし」
「……そんな、答えを期待していたんじゃないんだが。お前らしいな。
まあ、僕に一生ついてきてくれると、分かっただけで十分だ。嬉しい」
そう言って、王子様は私を抱き締めました。
例え話でも、平民の生活をするのが、不安だったようですね。
観客だけでなく、歌劇の出演者にも、心理テストを行い分析してあげた方が良いと思います。
後で、医者伯爵の子息殿に、意見を言っておきましょう。




