50話 さすが、おいしゃさまですね
四年前に亡くなった、私の親戚たち。
我が国で最も栄華を極め、世襲貴族の頂点に立っていた、北地方の侯爵本家と分家でした。
彼らは大怪我によって死んだのではなく、暗殺されたようなのです。
親戚たちが亡くなった真実を知った私は、心が冷えて、凍りついた感覚を覚えました。
そして、一度、気を失ったようです。
再び目覚めたときに、いろいろ考えました。
実行犯の偽医者は、もうこの世に居ません。口封じをされたようです。
ならば、偽医者に暗殺するための薬を渡した人物を、地獄に落とすまで!
最も疑わしいのは、王家の分家である、西地方の公爵でした。
きっと貴族階級の頂点に位置する、公爵を凌駕する存在が、疎ましかったのでしょう。
許しません。絶対に。西の公爵の血筋を、根絶やしにしてやります!
復讐する事しか考えられない私の態度を、王子様たちは変に思ったようです。
王家の分家である、医者伯爵の子息殿を、私の部屋に呼びました。
医者伯爵の子息殿は、事情を聞くなり、王子様たちに怒鳴りました。
私の部屋は防音が効くので構いませんが、もう少し小さな声で会話してほしいものです。
「なんで、姉君に真実を教えたわけ? 自分は反対したよね!」
「その……昨夜の王子たちとの作戦会議の結果、雪の天使の姫君には、知る権利があると判断したからです。
すべては最悪の未来を予見できなかった、私目の責任。どのような責め苦でも受けましょう」
「却下。君がそんなことしても、姉君の壊れた心は戻らない。
姉君が仕事をできなくなったぶん、君が秘書官の仕事を頑張るんだね」
「かしこまりました。雪の天使の姫君ほど、常に冷静に仕事をこなすのは、難しいかもしれませんが、全身全霊で頑張る所存です」
私の目の前では医者伯爵の子息殿と、王妃様の親戚である王太子の新米秘書官殿が、言い争いをしていました。
私には周囲の出来事がすべて、歌劇の一場面のように感じられます。
二人の言い争いを、ぼんやり眺めておりました。
「姉君が常に冷静なのは、当然だよ。何事に対しても、そこまで心が動かないから。
自分自身を王家の道具と言い切る辺りで、姉君の心のバランスは普通じゃなかったんだから」
「……王家の道具? それは、初めて聞く言葉ですが?」
「初めて? レオは新しい秘書官の君に、何を言っていたわけ?」
「将来の国王の花嫁に乗り気ではないので、少しずつその気にさせるから手伝うように、ご命令を受けておりました」
医者伯爵の子息殿は、私の上の妹の婚約者です。だから、私を「姉君」と呼びます。
六年前に、私の父は、はやり病で亡くなりました。そのため、妹は医者になりたがっていました。
王家の思惑と妹の願いが交わった結果、二人は婚約に至ります。
持病の胃痛を持っている私にとっても、医者見習いの将来の義弟は、お世話になることが多く、身近な人物ですね。
「レオ。君は、親戚を、秘書官を、そんなに信用してなかったのかい?」
「アンジェは自我が希薄だと、きちんと説明したぞ。自我が希薄だから、道具なんて言い切るんだろう?
自我を持たせる手伝いを、秘書官に頼んだだけだ」
「……自分のはとこが、ここまで頭悪いと思わなかったよ!」
医者伯爵の子息殿と話し出したのは、王太子のレオナール様です。
私の王子様、春の国の王子様。将来、国王陛下になり、春の国を導くお人。
心から信頼し、お慕い申し上げる王子様です。
「説教は後できく。アンジェは治るのか、治らないのか? それを教えてくれ。
僕はこのままでも構わないんだが、ライが困るらしい」
「……夢見る乙女状態のアンジェは、レオは大歓迎でしょうね。
けれど、春の王家としては、頭脳明晰な参謀が失われる危機なんですよ。分かっていますか?
北地方の領主だから国政の知識を持ちますし、春の王家の味方だから裏の話も気軽にできる、大切な親友なんですよ!」
王太子である、青い瞳の王子様は、緑の瞳をお持ちの王子様をご覧になりました。
王弟である宰相殿の子息、ラインハルト王子は、いとこのレオナール様を睨んでいます。
語尾を強めて責められ、私の王子様は視線を反らしました。
「戻るかどうか、五分五分だね。常日頃から心のバランスを崩していたところを、君たちが決定打を打ち込んだんだから。
無理して生きてるから、ストレスが強くかかると、胃痛として身体にも影響が出るんだよ。
この前だって、王立学園から帰ってきた後、寝込んだよね? レオの思い付きの命令のせいで、後始末に苦労したって診察のときに愚痴ってたよ!」
「うっ……それは悪かったと思っている」
「レオの『悪かったと思ってる』は、信用ならないよ。小さな頃からの口癖だよね、ソレ。
『悪かった、すまん』って謝っても、またしばらくしたら、似たような事をやらかすよね?」
「……お前、昔からアンジェ並みに口達者だよな」
「君よりも年上だし、頭が良いからね。頭の悪い弟分の面倒を見るのは、大変だったよ。
レオやライが何かやらかすと、年上だからきちんと面倒見てろって、自分が一番怒られたんだから!」
医者伯爵の子息殿に言い負かされた、青い瞳の王子様に変わって口を開いたのは、いとこの王子様でした。
「……とにかく今は、アンジェを治してください。突然過ぎて、私たちも戸惑っています」
「突然? 何言ってるの? 姉君は、常日頃から現実逃避をしていたよ」
「いやいや、おかしいでしょう? アンジェは現実主義者ですよ?」
「あー、ライも騙されてたんだ。じゃあ、頭の悪いレオなら、もっと見抜けないね。
姉君にとっては、現実世界こそが、夢の世界だったわけ」
「現実が夢の世界ですか?」
「んー、説明しづらいんだけど……姉君は、現実世界で夢や希望を持つことを諦めて、ずっと生きてきた。だから、感情の起伏の少ない性格になったわけ。
極端に言えば、常に現実逃避してる状態で、『夢だから仕方ない』と心と頭をだまして生活しているから、どんなことでも、淡々と受け入れることができているんだよ。
周囲から見れば、ライみたいに『沈着冷静に分析する、現実主義者』とか、レオみたいに『自我が希薄な受け身タイプ』って思えるよね」
「その理論だと、今のアンジェの状態が、正常に見えるじゃないですか!」
「うん。きっと姉君にとっては、今が本来の正常な状態だろうね。
あんなに嬉しそうに笑いながら、レオに寄り添っているんだから。
姉君が感情をむき出しにして、行動するところ、あんまり見たことないよ。
原因は、初めて自分の意思で『夢』と言うか、『目標を持った』からじゃないかな? ……復讐するなんて、歪んでるけどさ」
医者伯爵の子息殿の説明に、緑の瞳の王子様は沈黙しました。
「自覚してる? 君たちがそういう態度をとるから、姉君の心は抑圧されて、現実主義が凝り固まったんだよ」
「お前の屁理屈は、よく分からん。もっと理解しやすく説明してくれ」
「……レオ、相変わらず、頭悪いよね。
自分の婚約者……アンジェの妹の話から推測すると、姉君は、周囲の理想を押し付けられて育ってきたみたい。
将来、国王になることを期待され続けたレオと同じだよ」
「僕は現実主義じゃないぞ」
「そりゃ、レオは安全な王宮で守られて、ぬくぬく暮らした王子様だから。
姉君のように、常に誰かの命を守りながら、極限状態の中で生きてないでしょう?」
「確かにそうだが……僕だって、命を狙われたことくらいあったぞ」
「はいはい。頭の悪い発言は、もうたくさんだから」
すごいですね、医者伯爵の子息殿は。青い瞳の王子様を翻弄していますよ。
このような会話を、私も身に付けたいものです。
「姉君の場合、父君が亡くなって、決まっていた縁談が破談になったのが、一つ目の切っ掛けじゃない?
母上の研究では、小さな女の子に将来の夢を聞くと『お嫁さんになりたい』って答える事が、多いんだよ。
姉君は、『憧れのお嫁さん』の夢が消えて、戸惑う暇も、父の死を悲しむ暇もなく、領主になる運命を押し付けられた。
仕方なく『お嫁さん』の夢を諦めて、現実を受け入れたってところかな」
「領主代行だぞ」
「レオ、君は変に細かいよね。アンジェは、君の細かい事まで口出しする性格が苦手みたいだよ。
『毎日、秘書官として顔を合わせるのが、嫌になるときがある』って、以前、診察のときに愚痴ってたから」
「……確かに、レオは理想を出来るだけ実現するために、細かいところに、こだわりますよね。
効率を重視するアンジェにとっては、ストレスになるでしょう」
「ライ! お前、どっちの味方だ!」
緑の瞳の王子様も、青い瞳の王子様を翻弄していますよ。
これは王家の血筋がなせる技でしょうかね。
「続く抑圧の原因は、北国の内乱の余波かな? こっちは決定的に、現実逃避を推し進めたよ」
四年前の話ですね。国境を接する北地方は、難民が押し寄せて暴動が多発したんです。
親戚の領主たちが命からがら、王都に逃げだしたくらい、大きく荒れました。
このときのどさくさに紛れて、親戚たちは暗殺されたようなのです。
「どこかの頭の悪い王子が、たった十二才に過ぎない領主代行を誉めて、北地方の荒れた領地を平定しろって、命令したもんね。
王子は司令官だから、命令するだけの気楽な立場だけど、姉君は実行部隊。実際にやりとげないといけない。失敗すれば、北地方の国民が死んじゃうからね」
「僕のせいだって、言いたいのか!」
「そう。姉君は、レオの思い付きの命令の被害者。
やっとの思いで北地方を平定したら、次は春の王宮に呼び出され、レオの秘書官にされた」
「違う。アンジェは、自分の意思で春の王宮へ来た!
使者を送ったのは、父上だぞ。アンジェのおばあ様が来るはずが、孫のアンジェがやって来た。自分の意思だろうが!」
「……建前上は、レオとファムの正式婚約を認めさせるために、北地方の貴族を呼んだんじゃなかったけ?
王宮じゃあ、アンジェのおばあ様を呼ぶって、話になっていたと思うけど?
レオの父上は、レオとファムの婚約を破談にしたいと考えていたはずだから、心の中ではアンジェに来て欲しいと願ったはず。
ファムを凌駕できる血筋の持ち主なんて、春の国内では、アンジェくらいしか居ないよ。
だから『性別を越えた親友』と言い張るレオの手紙を、使者に預けて、アンジェに渡すことを許可したんだと思うよ。
婚約者の内定している王太子が、婚約者以外の女の子に手紙を書くなんて、普通じゃ許可されない。王太子の資質を問われるからね」
「まあな。アンジェは、北地方の領主になってたから、僕が直筆の招待状を書いても、問題無かったのが幸いだ」
「……おじ上は、招待状くらいでアンジェが来るか半信半疑だったんですけどね。レオは『絶対に来る』と、おじ上に自信満々で、言っていたのを覚えていますよ。
レオにしたら、ファムよりアンジェを、手元に置きたいでしょうね。アンジェの顔は、レオの理想をすべて詰めこんだ美少女ですから」
「ライ、うるさい!」
「レオは、理想の美少女を、秘書官として側に置いたんだね。それで今度は、将来の花嫁宣言。
ねえ、レオ。王宮への呼び出しも、秘書官話も、花嫁話も、アンジェの申し出なわけ? レオの意見だよね?
『アンジェリークの意思』は、どこに反映されてるの? 全部、レオの押し付けばかり。
姉君は、本当にかわいそうなお姫様だよ。王家の道具だって、言い切るのも、当たり前だね」
「僕は、アンジェを道具だなんて思ってない!」
「思ってなくても、扱いは道具と変わらないよ。何度も言うけど、姉君の本当の気持ちを、レオは知らないでしょう?」
「あいつの気持ちか? 自我が希薄で、自分のことは後回しにするやつだ。
昔から自分の考えで行動するのは苦手で、他人の意見に従うのが得意なやつだ。
自我が希薄だから、言われたことしかせず、ストレスを感じやすい。だから、僕が守ってやるんだ」
「……レオにとって姉君は、騎士ごっこの人形だったんだ。最低、見損なったよ」
私の将来の義弟の言葉に、青い瞳の王子様は怒りを浮かべました。
「アンジェは、人形じゃない!」
「人形でしょう? レオの理想を押し付けて、姉君の気持ちを無視するんだから。
姉君がなんで、『義弟になる自分が伴侶だったら、幸せになれたかも』って言ったか、本当の意味を分かってないね」
「待て! なぜ、お前が伴侶とか話になるんだ!?」
「姉君は、アンジェは、『レオに言っても無駄だ』って悟りを開いたから、何も言わないの。抵抗しないの。
でも、自分は医者として向き合って、姉君の話を、きちんと聞いてあげるから、心から信頼されて、本音を語ってくれるわけ」
「はあ? なんでアンジェは、僕に言わないんだ!?」
「問題が起こって、レオに報告しても、『なんとかしといてくれ、お前ならできる』って、丸投げ。
やりたくないと言っても『僕の親友で秘書官なんだ、やっといてくれ』って、絶対に押し付けるよね?
なんとか解決しても、『さすがアンジェだな、有能なお前ならできると思っていた。次も頼む』って、言われるだけ。
こんなことが続けば、姉君だって、本音を言わなくなって当然だよ。誰だって、事務的に会話するだけになるよね」
「アンジェを信頼してるから、いろいろと任せただけだ!
あいつは頭が良いんだ。初めて会ったときから、自立心も強くて、仕事もこなせる女だったし。
僕が口を挟む余地が、どこにあるんだ? まあ、多少助言はしたことあるが……本当にごくわずかだ。基本的に、アンジェは、僕を頼ってくれない」
……青い瞳の王子様に、私はそのように見えていたのですね。
買いかぶりですよ。
「それに王太子の秘書官なら、無理難題はつきものだぞ。泣き言を言われても、やりとげてもらわないと困る!
有能なアンジェなら、問題無く遂行して、完璧に実現することができるから、安心して任せられる。
まあ、今後、思い付きの命令は、控えるように気を付けるが」
「……雪の天使の姫君に、同情がわきました。
レオ王子は秘書官を信用してるから、気軽に何でも命令して頼んできます。
普通、私たちは命令されたら、何にも言えませんし、逆らえもしません。最高の成果を出そうとします」
「なっ、当たり前のことだろう?」
「レオ王子の場合は、昔から『王妃様譲りの思い付きの命令、常習犯』ですからね。
私は領地を持たない年上の親戚なので、レオ王子に反対意見を申し上げて、命令を拒否できます。
ですが、雪の天使の姫君は、年下ですからね。どんなに嫌な命令でも、反抗せずに受け入れるでしょう」
秘書官殿が、青い瞳の王子様をジト目で見ておりますね。
王妃様経由の親戚だけあって、似た者同士の親子を、熟知されていますよ。
「そして、雪の天使の姫君は、領地を抱える、北の伯爵家の女当主です。
春の王子に反抗すれば、領民を苦しませるとお思いになり、自分を押し殺して、ずっと生きてきたと予測できます」
「僕らが、北地方の貴族を取り潰すわけないだろう? アンジェは、被害者意識が強いんだな。
まあ、反抗せずに命令を受け入れるのは、納得できるが。
ライの名前を四年前に呼ぶなって言われてから、一週間前まで、律儀に命令を守ってたもんな」
「……その件は、横においておきましょう。
冷静に見れば、私よりも、レオの仕打ちの方が、ひどいと思いますよ!」
「レオの方が、絶対にひどいって! 話をすり替えないで!
姉君を、きちんと誉めたことある? やりとげた努力を認めたことある? お礼は言った?
無いよね、レオが求めるのは、自分の理想と結果だけだもん。やってくれて当たり前。
男の側近なら、それで済んでも、姉君は女の子だよ? 女の子は、生まれついてのお姫様なの!
もっと優しくして欲しいと思って、頑張って訴えても、レオは全然理解してくれない。
そんなんじゃ、希望なんて持てないし、本心なんて伝えるだけ無駄だって思うよね」
「……アンジェはレオのことを、『女心の分からない唐変木』って、よく言っていましたね。
あれは、アンジェの本音から出た言葉だったんですか?」
「そう、あれが本音なわけ」
「……本当に、医者伯爵の子息殿は、私のことをよく理解してくれていますね♪
私の王子様よりも先に出会っていれば、私は、あなたの伴侶になっていたかもしれません」
よき理解者である、将来の義弟に笑いかけました。
「……やっぱりね。レオ、聞いたよね? 今のは、アンジェの本心だよ。
薄々思ってたけど、『包容力があって、自分を理解してくれる、大人の男』が、姉君の好みの男なんだ。
ワガママで、自分の都合を優先するレオは、真逆の存在だよね」
「なんだよ、みんなして睨むな! 今度から、きちんと褒めて、礼を言うから」
「それじゃ、根本的な解決にならないよ。
レオがきちんと態度を改めない限り、姉君は一族の復讐を果たしたら、兄君に家督を譲って、レオの前から消えるかもね」
いつも偉そうな青い瞳の王子様が、怒られています。面白くて、クスクス笑ってしまいました。
本当に、歌劇観賞をしていると、色々な場面が見られて楽しいですね♪




