49話 わたしのおうじさまです
連休の二日目の朝。私の心は、一時的に凍りついたようです。
四年前、亡くなった親戚たちは、暗殺された疑惑が強まりましたから。
元々は、四年前、北地方を襲った悲劇が引き金です。北の国の内乱の余波で、難民が押し寄せ、北の地方の領地内で暴動が起きました。
暴動の時に真っ先に命を狙われたのは、その土地の領主一家ですね。
私の家族は、北の名君と呼ばれた祖父の判断のお陰で、何とか暴動をおさめて、そのまま領地に止まることができました。
それ以外の貴族は、怪我をおって、命からがら王都に逃げます。
王家の分家である、王宮の医者伯爵の治療を受け、痛み止めの処方をされていました。
けれども、爵位を取り上げられて平民になった北地方の貴族は、医者伯爵の治療を満足に受けることができなくなりました。
そして民間の医者を頼りました。医者の資格を持たない、偽医者と知らずに。
偽医者は、痛み止めの薬を処方しました。その薬は飲み過ぎると、副作用で眠り病を発症するほど、強い薬です。
平民に落とされた親戚たちは、その薬を飲み続けて眠り病にかかり、衰弱死したようです。
北地方の貴族は、侯爵家を中心として結束していました。大なり小なり、侯爵の血を持つ分家なのです。
かくゆう私も、平民上がりですが、両親が北侯爵本家の血筋を持っています。
北地方の領主の中では、最も新しい新興貴族のわが家。それを親戚として受け入れ、あちこちから手助けしてくれました。
あの優しい人たちが、人の手で天国に送られたようだと、王子たちから知らされます。
私は怒りがこみ上げ、心が冷えて、凍りつきました。一瞬、気を失ったようです。
目覚めてからは、親戚たちを天国に追いやった犯人に、復讐することしか浮かびません。
実行犯の偽医者は、もうこの世に居ません。ならば、偽医者に薬を渡した人物を、地獄に落とすまでです!
固く決意した私に、青い瞳の王子様は、困ったお顔をしました。
王太子のレオナール王子様は、機嫌をとろうとしているようですね。
私には、歌劇の一場面のように、感じられていましたけど。
「えーと、アンジェ、落ち着いて僕と話をしよう」
「話ですか? でしたら、教えて下さい。北の地方の貴族から、爵位を取り上げる判断をした人物を」
「……それは、教えられん。王家の秘密だ」
「言わなくても、分かりますよ。西の公爵の人でしょう? 王家の分家ですからね。きっと言葉巧みに、国王陛下の心を揺さぶり、善意に見せかけて悪意を刷り込んだのでしょうね」
「……お前、想像力豊かだな」
「想像ですか。でしたら、国王陛下に、こう進言したのでしょう。
『領主に見捨てられた、北地方の国民たちが苦しんでおります。早く平定して、国民を助けるのが、王家の使命です。無能な領主は爵位を取り上げ、新たなる領主を立てるべきでしょう。
我が西地方は、少し前の西戦争で無能な貴族を排除し、平民の中から優秀な者を貴族に取り立てて、見事に復興を果たしたのですから』と、耳ざわりの良い言葉を並べ立ててね。
そして、平定の旗印にされたのが、当時十三才の王子様たちですね。やんちゃな王子様たちは、『国民を救う!』という使命に燃えており、操りやすかったことでしょう」
「アホな想像は止めろ。なっ?」
「どうして、親戚たちの爵位を取り上げたのですか? 平民になれば、医者に診てもらうのが難しくなります。
貴族のままなら、偽医者に診てもらうこともなく、分家王族の医者伯爵家に見てもらえたのに!
……ああ、これも、西の公爵の計算の内でしたか。
死にかけで重傷の平民なんて、まともな貴族の医者に診てもらえないから、民間の医者に頼らざるを得ません。
分家王族である、西の公爵家が世話してくれた偽医者に、感謝を述べながら診てもらった。暗殺されるとも知らずに。
本当に腹黒で策士である、王家の分家ですね。地獄に送りがいがあります!」
青い瞳の王子様の態度から察するに、図星でしたか。
王家の分家である西の公爵家が、憎くてたまりません。絶対に、地獄に送ってやります!
一族すべて……となると「王族」という肩書きゆえ、本家王族の王子様たちを巻き込むので、公爵一家と手を貸した者たちを根絶やしにして、我慢ですかね。
「おい、ライ! アンジェの頭が回りすぎて、どうにもならん!」
青い瞳の王子様が、助けを求めました。いとこのラインハルト王子様は、緑の瞳を困ったように、細められました。
「私だって、どうして良いか分かりませんよ。このようなアンジェを見るのは、初めてですからね。
だから、レオが覚悟を決めて、恋の駆け引きするのが、一番手っ取り早いと思います。心を違う方向へ、強制的に向かせてください」
「アホ言え、夜伽の意味も知らんやつに、手を出せるか!
そんなことしたら、僕は嫁相手に、一生罪悪感を抱えることになるんだぞ!」
「え、夜伽を知らないんですか!? そこまで子供だったとは……さすがに良心が咎めますね。別の方法も思い付きませんし、打つ手なしですか……」
王子様たちは、変な相談をしていますね。私は意味が分からず、聞き流しておりましたけど。
「あの……レオ王子。変なことをなさるよりも、いつも通りに接した方が良いかと、個人的に思います」
「……やってみるか」
王妃様の親戚である、王太子の新米秘書官殿が進言しました。青い瞳の王子様は、秘書の助言に従い、私の腰に手をまわして、引き寄せます。
「おい、アンジェ? まだしゃべれるか?」
「なんですか?」
「まだしゃべれるのか……口づけして、黙らした方が早いかもしれん」
「どこに口づけしてくれるんですか? 大人しく待っています、王子様」
「……お前は、そんなことを言うやつじゃ無かったぞ」
「でしたら、私から口づけた方が、よろしいですか?」
「ますます、お前らしくない!」
怒鳴る王子様が面白くて、からかってしまいます。私のクスクス笑いが、止まらなくなりました。
秘書官殿は、顎に手を当てて考えこんでいたようです。私に話しかけましたね。
「さっきから、雪の天使の姫君は、王子様としか呼びませんね。私のことは、誰か分かりますか?」
「王妃様の親戚、新米秘書官殿です」
「隣の人は?」
「青い瞳の王子様は、王太子のレオナール王子様です」
「……分かるんですか。気が触れたかと思いましたが、きちんと認識されていますね」
「大事な方を、間違えるわけありません。私の王子様、春の国の王子様を。
将来、国王陛下になり、春の国を導くお人。私が、心から信頼し、お慕い申し上げ、一生を捧げると誓ったお方です」
秘書官殿に言われ、青い瞳の王子様を見上げました。
私の王子様。私が一生、おそばで過ごそうと決めた相手です。身体をお預けして、そっと寄り添いました。
「なんと、言いますか……まるで歌劇の一場面のようですね。レオ王子、雪の天使の姫君は、恋愛歌劇がお好きなのですか? 祖父が歌劇団の座長ですし」
「アホ言え、アンジェは現実主義だぞ。あの雪の恋歌でさえ、寸劇と言い切るやつだ!」
「現実主義なのは、知っていますが……今はどう見ても、そう思えません。立ち振舞いに、現実味がないですよ」
「現実味がない……もしかして、現実逃避ですか? アンジェは親戚が暗殺されたかもしれないと知って、心が現実を受け入れるのを拒否している?」
「ライ王子、可能性はありますね。現実主義の反動で、深い夢の世界に逃げているのかもしれません」
「ちょっと待て、もしもアンジェが夢見る乙女だったら、こうなっていたって言うのか?」
何やら周りが騒がしいです。何か問題が起こったのでしょうか?
私を抱き寄せたまま、青い瞳の王子様が困っているようです。
「王子様、いかがしました? 何か問題発生ですか? お命じくだされば、私が排除してきます」
「いやいや、お前は、ここでじっとしてれば良いからな。僕の隣で大人しく座ってろ。
……問題を排除するというのは、いつものアンジェらしいんだがな……しっくりこない。
おい、秘書官! 医者伯爵の息子を呼んできてくれ。昨日、長時間外出したから、アンジェの体調が悪いようだとな。
アンジェの家族は連れてくるな。家族の面会よりも、医者の診察が、急ぐと言ってごまかせ」
「かしこまりました」
「ライは客室で待機して、医者伯爵以外は部屋に入れないでくれ。あいつが到着するまで、僕はアンジェの世話をしている」
「はいはい、門番していますよ」
王太子の一言で、秘書官殿と緑の瞳の王子様は部屋から出ていかれました。
私の王子様は困った表情を浮かべて、私を見下ろしながら、話しかけてくれました。
「アンジェ、お前の部屋に行こう。お前は疲れているようだから、今日はゆっくり休め」
「私は疲れていません」
「えっとだな……そうだ。お前、変な植物を持っているんだろう?
医者伯爵の息子を呼んだから、植物を見てもらおう。なんの薬の原料か、あいつなら分かる」
「分かりました」
返事をしたあと、立ち上った王子様を見上げます。
「立てらないのか?」
「どうして、私が立つのですか? 王子様が連れていってくださるでしょう?」
「あ、うん。僕が運ぶべきだったな、すまん」
私の言うとおりに、お姫様抱っこをしてくれました。釈然としない顔で、運んでくれます。
客室に入ると、もう一人の王子様がジト目で見てきました。
「なにやってるんですか、レオ。この非常時に!」
「アンジェに、ベッドに連れていってくれと言われた。嬉しく思うべきだろうが、複雑だ」
「……アンジェらしくないですからね」
青い瞳の王子様は、私を衣装タンスの前まで運びました。釈然としない表情のままで、私に言います。
「アンジェ、ここで寝間着に着替えて、ベッドに横になるんだ」
「どうしてベッドに、連れていってくれないのですか?」
「今のお前は普段着だろう? 調子が悪いと言って、医者を呼んだんだ。
寝間着に着替えて、ベッドで寝ててくれないと、他のやつらに怪しまれる。わかるか?」
「それもそうですね」
「僕は、医者伯爵の息子を出迎えるために、客間でいる。呼びつけた張本人が居ないんじゃ、事情を説明ができないからな」
「はい、分かりました。ベッドでお待ちしています」
「よし、いい子だ」
私が素直に返事をすると、王子様はやっと笑ってくれました。
王子様は踵を返すと、客間に向かわれていきます。心なしか、足取が重いように感じられました。
思わず駆け寄り、服の裾をつかみ、引き留めました。
「王子様、お疲れなのですか? 体調が悪いように感じられます」
「……僕が疲れてる? 心配するな、気のせいだろう」
「そんなことありません。医者伯爵殿に、王子様のお体を診てもらった方が、良いと思います」
「お前が口づけしてくれれば、元気が出て治るかもな」
「本当ですか?」
王子様の右手を取りました。失礼して、手の甲に口づけをいたします。
そのあと、見上げて、お顔を拝見しました。戸惑った表情ですね。
「王子様、元気でましたか?」
「あ……ああ、ありがとう。元気が出たと思う」
王子様のお手を離すと、笑顔を浮かべて、口づけた右手で頭をなでてくれました。
嬉しいですね♪ 満面の笑みを浮かべてしまいましたよ。
私の部屋の入り口から、緑の瞳の王子様が怒鳴られました。
「レオ、なにやってるんですか? 非常時ですよ! さっさとこっちに来てください!」
「すまん。……だが、あんなに素直で積極的なアンジェは、初めてだ。頬に口づけろと言えば良かった、失敗したぞ!」
「あっ、そう。……まあ、今のアンジェに、レオの理想を求めたら、全部やってくれるかもしれませんけどね」
「望めば全部か……悪くない。木陰で膝枕してもらうとか、二人で星空を見るとか、理想を叶え放題じゃないか! ライならどうする?」
「え、私ですか? 急に言われても、困りますね」
私の王子様は、いとこの王子様とそんな会話をしながら、部屋の外に出ていかれました。
私は寝間着に着替えて、植物を取りだし、ベッドに入ります。
医者伯爵殿は、早く来てくれないものでしょうか。
メモ。50話目前になったので、本日より、あらすじを変更しました。
以前のあらすじ。
頭がお花畑の公爵令嬢に、ぶりっこの子爵令嬢。
王太子の婚約者候補は、一癖も二癖もあるご令嬢ばかり。
そんなご令嬢に助言をしたり、補佐するのが秘書官の仕事……のはず。
現実は、ご令嬢たちの不始末をフォローする日々。
硬派に見えて、ロマンチストな王太子は、運命の恋人を探し続ける。
クールビューティな秘書官は、おバカさんたちを言葉でぶったぎるのが、本当の仕事かも。
今日も胃痛と戦いながら、秘書業務をこなします。
(勢いだけで書いた作品です。
完成目前で放置していたので、終わらせるべく掲載中)




