48話 心が凍りついたようです
連休の二日目の朝。私は、知りたくない真実を、知ってしまいました。
四年前に、亡くなった北地方の貴族は、北の侯爵の血筋を介した親戚たちです。
全員、王都で死に絶えたと聞いていました。死因は、大怪我です。
北国の内乱の余波を受けて生じた暴動で、各地の領主一家は命を狙われました。
大怪我をして、命からがら王都に逃げだし、平民に落とされたあと、全員が次々と亡くなったそうです。
そして、知りたくなかった真実。
親戚たちは、人の手で天国に行かされました。
暗殺されたようなのです!
親戚たちは怪我の痛みを鎮めるために、痛み止めの薬を使いました。
王宮の医者伯爵殿の処方した痛み止めだけでは足らず、民間の医者に診てもらい、追加の痛み止めを飲んでいました。
その痛み止めを飲み過ぎた副作用で、眠り病を起こし、目覚めることなく衰弱して亡くなったようです。
北地方の元領主たちが、次々と眠り病にかかっていったため、王家も不信に思いました。
王家が調べた結果、民間の医者にたどり着きます。
その医者は、医者の資格を持たない偽者。北地方出身の平民だったようです。
偽医者も、眠り病にかかっており、目覚めることなく、あの世に行きました。
死人に口無しと言います。偽医者も、口封じで暗殺されたのでしょう。
私の中に湧いた、行き先のない怒り。渦巻き、荒れ狂い、変な方向へ向かいます。
心がとてつもなく冷えきり、周囲が凍りつくような感覚に襲われました。
周りから音が消え、視界が白く濁り、だんだんと暗くなっていきました。
「アンジェ! アンジェ、しっかりしろ!」
身体が前後に揺れる感覚がしました。何か聞こえます。
急激に戻ってくる、周囲の音。視界が白さを増し、だんだんと、他の色も混ざり始めます。
「アンジェ! 気がついたんだな、良かった……」
「やっぱり気を失いましたか」
「レオナール王子、ラインハルト王子、これは一体?」
「お前は見るのが初めてだったな。アンジェは突然、気を失うことがあるんだ。
精神的な負荷がかかりすぎると、防御反応で失神するんだろうと、医者伯爵の息子が言っていた」
「そうなのですか……雪の天使の姫君は気丈に見えたのですが、そんなに繊細な方だったとは。
王子、申し訳ありません。私の判断ミスです」
「起こったことは仕方ない。気にするな」
……王子? 王子……王子。ああ、金髪の二人は、王子様でしたね。
青い瞳が、王太子のレオナール王子様。緑の瞳が、王弟殿下のご子息、ラインハルト王子様です。
頭を下げているのが、王妃様の親戚である、王太子の新米秘書官殿だったはず。
雪の天使……の姫君? ……ああ、これは、私のことですね。
私は雪の天使の血筋ですから。
それで、何をしていたんでしたっけ?
……思い出しました。
私の親戚たちの話です。それから、偽者の医者。
……考えましょう。
私の成すべきことを。これから、どうすべきかを。
浮かんでは、消える思考。それを、口に出してみました。
「……北地方の貴族が居なくなった今、一番権力が強い世襲貴族は、西の公爵を擁する西地方ですよね。
そして、がら空きになった北地方は王家預かりの領地になり、新たな貴族に分配する予定だったはず」
「アンジェ? 突然、どうしました?」
怪訝に思ったのか、ラインハルト王子様がお尋ねになります。
私は聞こえているけれども、意味をなさない言葉として、聞き流しました。
「土地の分配には、西の公爵も、口を挟むでしょうね。
けれども、私が王子様と会ったせいで、少々計画が狂ったご様子。北地方入手は諦めましたか。
まあ、陸の塩は価値があっても、荒れた北地方自体に旨味はありませんし、ぱっと出の田舎貴族にやっても、惜しくありませんよね」
「おーい、アンジェリーク?」
「ご息女を王太子の花嫁にすれば、政治に大きな口出しができます。お世継ぎの孫が生まれれば、将来、傀儡の国王にして、西の公爵の地位は安泰……中々腹黒な計算ですね。さすが春の分家王族ですよ」
「……おい。さりげなく、我が王家の悪口を言ってるだろう!?」
ああ、この声は王太子のレオナール王子様ですね。
こちらの言葉も、聞き流しましたけど。
「ですが、ご息女のファム王女は教育に失敗して、頭お花畑ですからね。浮気して、王太子から見限られ、西の戦の国へ追放に。
西国は西地方から近いので、ご息女を利用して、裏から乗っ取る作戦に変更ですかね」
「雪の天使の姫君、それは早計ではありませんか?」
「我が国のみならず、西国も乗っ取るのは簡単でしょう。
政治を使わなくても、経済を支配すれば良いだけです。表に立たず、裏から支配する。
本当に腹黒で策士である、王家の血を体現するかのような作戦ですね」
「……私たちの言葉は、聞いてないようですね」
王妃様の親戚である、王太子の新米秘書官殿も、話しかけてきます。
チラッと秘書官殿を見ます。彼の亡くなった婚約者は、北の侯爵本家のご令嬢でした。
この方も偽医者の被害者です。だから、私に真実を教えてくれたのでしょうね。
「子が子なら、親も親。どちらも頭がお花畑でしたか。
私を敵に回したことを、心底、後悔させながら、地獄へ送って差し上げましょう!」
思わず、笑いが込み上げましたよ。クスクスと笑ってしまいました。
悪どい笑顔を浮かべたまま、王子様を探しました。
あら、すぐ隣に居るじゃないですか。
「王子様」
「な、なんだ?」
「西地方のおバカさんたちを、まとめて地獄へ送りましょう。西の公爵も、伯爵も、西国の豪商の反物問屋と取引があります。
それを口実にすれば、お家取り潰しくらい、国王様は、やってくれますよね?」
「……なら、戦の国で暴れるのが先だ。あっちの悪党を捕まえてから、それを証拠に、こっちのやつらも処分する。
公爵も伯爵も、来月の歌劇特別公演に招待してるからな。
特別公演を見たあとは、王宮で宴だ。そのとき、秘密裏に捕まえればいい」
「他の強欲な貴族も消してください、王子様。北地方の復興を望まない、自己中心的な貴族を」
「あー、お前が母上と話していた、領地の税金を、王家の決めた税率以上に上げたやつらか?
昨日の晩に調べ始めたばかりだから、全部を特定するには、少し時間はかかるな。
まあ、脱税の適応になるから、それ相応の罰は受けてもらう」
この王子様は、話がわかりますね。一つ一つ説明しなくても良いので、楽です。
氷の視線で見つめられるのは、あまり心地よくありませんけど。
もう一つ、お願いしておきましょうか。
「東地方のおバカさんたちも、葬ってください。特に子爵家と男爵は不愉快です」
もう一人の王太子の花嫁候補だった、東地方の子爵家のご令嬢。
私の持つ王家の血筋を知りもせず、男爵風情とあざわらっていた、おバカさん。
ぶりっ子のルタ嬢も浮気して、女だけの修道院に入ることになりましたけどね。
「修道院に入っていたご令嬢が、最近、精神修行を終えて、家に帰ってきたとか。
心に決めた方と手と手を取り合って、東の倭の国へ駆け落ちしている途中に、東地方の辺境伯が保護したそうですね」
「ほう? もうその情報をつかんでいたか、さすがアンジェだな。
今ごろ子爵家と男爵家は、子供たちが隣の国で幸せに暮らしていると信じているだろう。
事実を知らんのは可哀想だから、王家が責任を持って、家族と引き合わせる準備中だ」
氷の視線のまま、軽く笑う王子様。普通の貴族のご令嬢なら、気絶しそうなくらい、冷たい笑みでしょうね。
今の私は、平気なんです。冷たい微笑みが、いとおしく感じました。
「ありがとうございます、王子様。とても嬉しいです」
嬉しくて王子様に抱きつきました。満面の笑みで見上げて、お礼を申し上げます。
どうしたのでしょう? 王子様は、お顔を仏頂面に変えました。
両手で私の肩を持ち、引き離すのです。そして、心配の感情のこもった声を投げかけられした。
「おい、アンジェ、何を考えている? いつものお前じゃない」
「考えていること? 復讐です。それ以外、必要ないでしょう、王子様。
偽医者の使った、『眠り病を起こす、痛み止め薬』の入手先は、西の伯爵領地ですよね? 医者伯爵家が分家王族になる前に治めていた領地。
西の公爵にとって、権力争いをする北の侯爵は邪魔だから、消したのでしょう」
「……お前、そこまで頭を巡らしていたのか。頭の回転が早いと、良いことばかりじゃないな。だが、証拠は無い」
「証拠ならありますよ、王子様。
先日、西の伯爵領地から公爵家へ出荷される荷物の中に、変なものが混ざっていました。
干からびた植物のようで、一部を手に入れました。今は、私の手元にあります。
この植物は、反物の材料である、伯爵領地の特産品の麻ではありません。別の植物です。なんでしょうね?」
「なんで、そんなものを持っているんだ? お前、何をやった!?」
「私の配下の傭兵は、国内で、普通に運搬業の仕事をこなす傭兵をしておりますからね。
あちらは、私の配下とは知らずに雇ったようですよ。おバカさんですよね♪」
「……アンジェ、笑い事じゃない。西の公爵の荷物に手を出したと分かれば、お前の配下も、お前の家も危ない!
すぐに手を引け。王家の親戚は、王家に任せろ」
「ご心配なく。もう配下は西地方には、行っていません。
それにあの植物の入った荷物は、一度、風に飛ばされてバラバラになりましたからね。
束ねた物が、麻の中に巧妙に隠されていたそうですよ。
荷物を見張らせていた、運搬役とは別の部隊が回収してくれました」
「……お前、一体いくつの傭兵団を雇っているんだ?」
「秘密です、王子様。
ですけど、この植物は、医者伯爵のご子息殿が言っていた、西の伯爵家が王宮に納めている、痛み止め薬の原料だと思います。
仇討ちをしてほしい親戚たちが、私の元にもたらしてくれたのでしょう」
あー、笑いが止まりません♪
もう証拠は、私の手の内にあるのです。
あとは憎い人々を地獄に送るだけ。
「仇討ち? アンジェ、何を言っている?」
「暗殺された親戚たちの無念は、私が晴らします。それが使命であり、義務です。私は、北地方の貴族の生き残りなのですから!
許しません、絶対に。敵を全員、地獄に送ります! この命にかえても、必ず!」
悠々と宣言する私を見て、王子様のお顔が焦りに変わっていきます。新米秘書官殿に怒鳴りましたね。
いとこの王子様が、なだめているようです。
「おい、アンジェが壊れた。どうしてくれるんだ!? お前が真実を話すって言うからだぞ!」
「その……本当に申し訳ありません。早計でした。
北地方の貴族の結束が、これほど強いとは、予想していなかったもので」
「レオ、落ち着いて。遅かれ早かれ、頭の良いアンジェは、自力で真実にたどり着きますよ。
私たちの目の届く所で動いているので、今は良しとしましょう。
知らないうちに真実を知ったら、もっと暴走して、私たちが知る頃には、手がつけられないことになっていましたよ。絶対に!」
「ぐっ……そうだな。この様子なら、ライの言うとおりだ。
今のこいつは、自分が地獄に一緒に落ちてでも、復讐をやりかねん。
北地方の貴族は血族意識が強いと、おじい様や父上から聞いていたが……アンジェが人格変貌するほど強いとは思わなかった」
王子様は真顔になり、私の顔を正面から見つめます。
なにやら話しかけてきました。一応、お聞きしてみましょうか。
「いいか、アンジェ。相手は春の分家王族なんだ、下手に立ち回らず、春の王家を利用しろ
僕らはお前の力になってやる。だから、一人で勝手に動くな。僕らは利害が一致するだろう?」
「利害の一致?」
「そうだ。僕も、お前も、西の公爵を潰したい! 分かるか?」
「ああ、王子様は、最初に宣言されましたものね。良いですよ、共闘しましょう。
全力で地獄に送ってやりましょうね」
「……理解してくれて、何よりだ」
王子様の公認のもと、復讐できることになりました。これほど心強いことはありません。
またクスクス笑いが、止まらなくなりましたよ。
青い瞳の王子様は助けを求めるように、緑の瞳の王子様に向きます。
「……これ、どうしたら良いと思う? 僕の知るアンジェじゃない」
「手に余るなら、私が引き受けましょうか?」
「できるのか?」
「私の妻にすることになると思いますけど」
「お前! やって良いことと、悪いことがあるぞ!」
「だって、今のアンジェは、手に追えないです。
ならば、強制的に意識を別の方向に向ける方法しか、思い付きませんよ」
「アンジェは物じゃない! お前は、アンジェを物あつかいしてるだろう!?」
「じゃあ、自分で何とかすることですね。昔からすぐに私を頼るのは、レオの悪い癖です。
私はもうすぐ、戦の国に行くんですよ? その間は、レオ一人です」
「うっ……何とか、なぁ。会話して、落ち着かせてみるか」
青い瞳の王子様は、緑の瞳の王子様に言い負かされたようでした。
その様子が面白くて、また笑い声が大きくなってしまいましたよ。




