47話 知ってしまいました、後戻りできません
連休の二日目。王太子のレオナール王子が、ラインハルト王子、新米秘書と共に、私の部屋を訪れました。
普段は、私と末の妹が共同生活をする部屋なのですが、末の妹は現在うちの母と寝ているので、私の一人部屋になっております。
防音が効いた私と妹の部屋は、内緒話をするには、うってつけでした。
王宮の侍女によって、朝食が客室に運び込まれ、四人で食事を囲みます。
「西の公爵家を潰す」
お茶を一口飲むなり、レオ様はそう言いました。
「謀反の証拠でも、見つかったんですか?」
「配下の貴族共の不始末を山積みすれば、爵位くらい取り上げられる。アホ娘を僕の嫁に推薦してきた家だぞ。あのときに潰しておいても良かったくらいだ」
レオ様は、王族の分家である西の公爵家を、毛嫌いしています。
前回の婚約者候補として、頭がお花畑のご令嬢を推薦してきましたからね。しかも、王家の親戚なので、将来の王妃が決定しているも同然でした。
「……秘書官として申し上げておきますが、お顔の美しい花嫁が欲しいと願ったのは、レオ様ですよ。
ファム嬢は、生まれついての美しさと気品があったでしょう?」
「美しさか……確かに、ファムもルタも年頃の娘としては、美しかったと思う。
だが、はっきり言って、お前の外見があいつらと同じくらいになったら、お前の方が何倍も美しくなるぞ!
あいつらの母上も美しいが、それでもお前の母上と比べたら、月とスッポンだからな。これは断言できる」
「……外見で人を判断するなと、常々申し上げていますけど」
「僕の母上や、ライの母上だって、美しさでは周辺諸国に定評があるんだ。二大美人と言われていたんだからな。
だが、今やお前の母上が王宮に滞在してから、三大美人が王宮に居ると、あちこちで噂になっているそうだ。
公爵家の奥方や子爵家の奥方よりも、お前の母上の美しさを世間が認めたわけだぞ!」
「母の美しさなんて、私には関係ないですよ? 聞いています?」
自分の世界に入ったまま、演説し始めるレオ様。長々と続く、理想の美人に対する説明。
……これは、私の話を聞いていませんね。困った顔で、同行者たちを見ましたよ。
いとこのラインハルト王子と、母方の親戚である秘書官殿は、レオ様を無視して朝食をとっています。
あー、これは聞き流せという合図ですね。はいはい。
「な、これが古来から言われる美人の条件で……」
「レオ。そろそろ食べないと、スープが冷めますよ?」
「ライ、僕の話を聞いていたのか!?」
「レオの美人の条件なんて、興味ありません。我が国と周辺四か国の言葉に堪能で、国政を一緒に行える妻。
それが王太子である、あなたが妻にすべき、将来の王妃の条件でしょう?」
「アンジェみたいに、現実を直視させるなよ!」
「じゃあ、アンジェは私が口説きましょうか? 元々私の妻にする予定で、王都に呼んだんですし」
「それは困る! アンジェは僕の嫁だ!」
「だったら、さっさとご飯を食べて今後のことを相談しましょう」
「……ちっ、話くらい聞いてくれてもいいだろう」
「アンジェに嫌われてもいいなら、聞きますけど。さっきから、無視されていますよ。愛想をつかされたんでしょうね」
……ライ様は、レオ様の扱いに慣れておりますね。私は、一切レオ様と視線を合わせませんでしたけど。
さんざん、謝罪する声が聞こえてきました。そろそろ顔をあげてあげましょうか。
レオ様が気分を害すると、対応するのが面倒くさくなりますし。
「レオ様。反省していますか?」
「してる、してる、本当に悪かった!」
「でしたら、黙ってご飯を食べてください。食べ終わってから、公爵家に関する話を聞きます」
「……分かった。そんなに怒らないでくれ」
ジト目でレオ様を見つめたら、大人しくなりましたよ。
しょんぼりと食事を食べ始めました。
「ライ王子。レオ王子が、尻にしかれる未来が見えました」
「間違っていないと思いますよ。アンジェくらいしか、レオの手綱を握れる娘はいないでしょうからね」
レオ様の秘書官殿とライ様の会話が聞こえました。
あのですね、毎日接していれば、レオ様の扱いもうまくなりますって。
朝食が終わり、廊下に控えていた侍女に下げさせると、今度はお茶と書類が運ばれてきました。
「お前たち、持ち場に戻っていいぞ。僕らは、しばらく来月の特別公演に関する相談をするから。
アンジェは王妃教育に遅れると、母上と講師に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
レオ様たちは侍女を下がらせ、再び、室内は四人だけになります。
書類は、王立劇場を貸し切りにした時の試算などが書かれていますからね。運んできたものは、素直に信じるでしょう。
ざっと書類に目を通して、内容を確認しました。経費削減は進みませんね。
初日に、王子たちと王妃教育参加者、そして、王太子の側近だけしか入場させないのが、削減につながらない理由ですけど。
まあ、この辺りは王太子の立場があるので、目をつぶっておきました。
私が書類を読み終わったと感じ取ったのか、レオ様は立ち上がり移動します。
入り口に鍵を閉め、奥の書斎へ。更に鍵を閉め、分厚いカーテンを引きました。
これで密室の完成です。書斎は特に防音を重視して作られていますからね。
さっそく、私の隣に座ったレオ様は話しかけてきました。
「アンジェ、人を人形みたいにする薬の話を覚えているか? 医者伯爵から詳しく聞いているか?」
「使いすぎたら、人形になるとだけ聞きましたが。それ以上は、医者の秘密だと、教えて貰えませんでした」
「……あいつ、やっぱり教えなかったのか」
「アンジェは女の子ですからね、巻き込みたくないようでしたし」
「今更、遅いだろう。どっぷり当事者だぞ」
「レオ、悔やんでも仕方ありません。私たちの落ち度です。ですが、アンジェに話をするのは、どうかと私も思いますよ」
「僕だって迷っている。知らせれば、こいつの人格が変わるかもしれないからな」
医者伯爵の子息殿は、私に詳しい話をするのは嫌だったようですね。危険な薬の話は、王子たちにしかしませんでした。
レオ様とライ様は、その薬の話を私にするかどうかで、揉めているようです。
「王子、雪の天使の姫君には、知る権利があると判断します。北地方の貴族ですから」
秘書官殿の一言をきいたとき、私の中の何かが切り変わりました。
目を吊り上げて、王子たちを睨んでしまいます。
「どういうことですか? 説明してください!」
「……ちっ、やっぱり予想通りの反応か。アンジェ、よく聞け。
あの薬は少し使いすぎると、人を意思のない人形のようにする。さらに使いすぎると、相手を眠らせて眠り病に見せかけられる。
眠り病が長引けば、栄養失調や水分不足などで、衰弱死させることも可能らしい。問題はここだ、眠り病を人為的に起こさせることができる部分」
「……眠り病は自然発生する、はやり病のはずですよ? 人為的にできるとすれば、どのようにして、発生させるのですか?
父はあのはやり病にかかって、徐々に意識を保てなくなり、人形になっていく自分を悔いながら、私たちと別れて領民たちと最後を共にしました。
眠り病は原因不明で発生する、病気ですよ? それが、人為的に発生するとなると、殺人じゃないですか!」
「……お前が怒るのは、父上に関することか。残念だが、六年前のはやり病の眠り病は、原因不明のままだ。
人為的に発生させたとしても、あれだけ大勢の人間が一度に死んだのなら、薬だけでは説明がつかん。医者伯爵の見解だ。王家の総意と言ってもいい」
「……そうですか」
レオ様との会話を、私はどこか他人事ととしてとらえていました。そうしないと、意識が保てなかったのでしょう。
六年前、私の父は、はやり病の眠り病で死にました。うちの領地を含む、北地方の侯爵領周辺で発生した病気です。
このときの発生の原因は、王家の分家である医者伯爵にも分からないようですね。
ですが、私から父を奪った眠り病が、人の手で起こす方法があると、レオ様は告げたのです。
「人を眠り病にするには、体内に取り込ませるのが一番早い。普通は粉末を水と一緒に飲み込ませる。元々の使い方は、痛み止めだからな。痛み止めの薬を飲みすぎると、眠り病になるらしい」
「どうして、それを私に告げるのですか? 六年前のはやり病と結び付けてしまいます!」
「アンジェが、北地方を治めていた貴族たちの元締め、北の侯爵家の血を引いているからです。北地方の領主は、北の侯爵家から分かれた分家だったはず。全部、アンジェの親戚関係になりますよね?」
「……ええ、まあ。そうですけど、ラインハルト様。
北地方は血族による助け合いで、厳しい雪国の生活を支えていましたから」
レオ様とライ様は、言葉を選びながら、慎重に説明を重ねます。
私は、ライ様からの質問に、つんけんどんに応えてしまいました。
「雪の天使の姫君、私の亡くなった婚約者は、北地方の侯爵令嬢でした。この国で最も、力を持つ貴族の三女。
王家の分家である西の公爵や、王宮の医者伯爵。それよりも、栄華を誇り、世襲貴族の頂点に上り詰めた貴族の娘です」
秘書官殿が、会話に割り込んできましたよ。ついつい、視線を移してしまいます。
「私と彼女は、政略結婚の予定でした。南地方の侯爵本家には、娘しかいませんでしたからね。
分家に北の侯爵の血筋を入れて、次の代で、本家に養子の形で血を引き込むつもりだったようです。
けれども、政略と分かっていても、私たちは惹かれ合いました」
「それで、眠り病となんの関係があると?」
「……四年前、彼女が亡くなった本当の理由は、眠り病です。痛み止めを使いすぎました。
王都に逃げてくる途中に傷を追い、半身不随です。私と会ったとき、彼女は体と心に、様々な痛みを抱えていましたからね。
医者伯爵から、痛み止めを処方してもらい、使っていました」
「医者伯爵殿が、薬を処方し過ぎたんですか?」
「痛みがひどくなれば、医者伯爵様以外にも、別の医者にも診てもらって、薬を飲んでいたようです。
医者伯爵様は王宮の医者ですし、爵位を取り上げられて平民になった貴族を優先して診るとなると、他の貴族が邪魔をしたようですね。
ですから、民間の医者に頼るしかなかった。でも、医者は偽物で、北地方から流れてきた平民だったんですよ」
「北地方の平民……だから、私に話をする提案をしたんですね?」
「まあ……そうなりますか」
秘書官殿は、歯切れが悪かったです。私から逃げるように、視線を反らしました。
今の私は、きっと父譲りの眼力を発揮していますからね。直視できないでしょう。
「その平民は、今どこに?」
「死んだ。四年前、王都に逃げてきた北地方の領主たちが次々と眠り病にかかったから、おかしいと思って、王家が調べた。
ようやく、痛み止めを処方する偽医者にたどり着いたと思ったら、あいつも眠り病にかかっていて、そのまま目覚めずに天国に行きやがったんだ!」
「……レオ様。私の親戚たちは、その偽医者によって、天国に送られた可能性があるんですね?」
「そうなる。北地方の貴族が死に絶えたのは、怪我のせいだけじゃない。
眠り病による衰弱と合わさってのことだ。まとめて暗殺されたと、僕らは考えている」
レオ様の言葉のあと、客室を沈黙が支配します。
私は怒りがわきあがつていたはずなのに、心は冷えきっておりました。




