45話 世間では、デートと言うようです
七月の連休の今日は、王妃教育が休みなので、外出中です。
午前中は同行人が多かったのですが、昼過ぎの今は、かなり少なくなりました。
お茶会に夢中の同行人は、喫茶店に置いてきたので。
城下町へお忍び外出中の王太子、レオナール王子。
一人っ子王子様と兄弟ごっこ中の私の末の妹、エル。
あとは私の後輩の新米王太子秘書官殿、王子の護衛の近衛兵の騎士たち五人ですね。
総勢九人は、中央通りの道端を歩きます。
騎士二人と秘書官が先導し、真ん中は私たち姉妹とレオ様、最後尾は騎士三人です。
大人三人が並んで歩くと邪魔になる気がするのですが、私以外、誰も気にしません。
騎士の方々が言うには、王都の国民は、レオ様のお忍び外出の賑やかさを熟知しているそうです。
馬車から降りて、騎士の先導で工房まで歩くときは、いつもこの状態だそうですね。
……十年以上、この状態ならば、国民も慣れましょう。
「レオ様、あと五軒先で目的地です」
「へー、さっきの店からだと、けっこう歩くな。エル、疲れてないか?」
「……ちゅきゃれまちたわ。でみょ、きりゃきりゃみまちゅの!」
(……疲れましたわ。でも、キラキラ見ますの!)
妹は疲れよりも、好奇心が上回っているようです。今のところ、眠気に打ち勝っていますね。
五軒先と目的地が見えてきたせいか、足も早くなります。
「はやきゅ、はやきゅ!」(早く、早く!)
「はいはい。皆さん、急ぎ足でお願いできますか?」
私のお願いに、騎士たちや秘書官殿は、快諾してくれました。
ちょっとだけ歩くと、服飾工房に到着です。工房には、ボタンや布地を民間向けに販売してくれるお店も、併設されています。
現在の目的地は、このお店でした。
「エル、抱っこしましょうか。キラキラは、エルの場所からは見えませんからね」
「おい、僕が抱っこしてやる。今日は兄様だからな!
アンジェは、エルと一緒に楽しめ。二人が納得するまで、付き合ってやるから」
「レオ様、私たちが納得するまでとなると、長いですよ? 今日は見るだけにしておきます」
「気にするな。本来なら、お前が家族で出かける所に、僕らがついてきたんだ。
優先権は、お前にある。心行くまで楽しんでくれた方が嬉しい」
「なるほど。かしこまりました」
私と手を離した末っ子は、王子様に抱っこされます。
レオ様は、うちの妹を胸元に抱えたまま、護衛の騎士たちに命じました。
「おい、お前たちも、疲れただろう。そこの店で休め……と言っても仕事だから無理だろうな。
中に一緒に入るしかないか。なら、家族や恋人への土産を選ぶといい。僕が助言してやる」
「あー、この店は髪飾りや小さな袋くらいなら、素材を選んで少し待てば、工房て作ってくれるんですよ。
飾り玉を糸に通すだけの簡単な腕輪や首飾りならば、売り場の隣の部屋で、個人で作ることもできますし。
お心に決めた方へ、良き贈り物になりましょう」
「そう言うことだ。僕に付き合ってくれたお礼だ。
まあ、代金は……今日の特別手当から天引きする。お前たちが働いた代金から、自分で出して買うんだ。堂々と持って帰れ」
王子スマイルを浮かべて、言い放つレオ様。私は秘書官として、補足をしましたよ。
策士の王太子は、護衛の騎士たちに、お土産を持たせる口実を作ったのでした。
「おい、先に言っておくが、土産をやるやつの名前を絶対に口に出すんじゃないぞ。
好奇心が原因で関係がこじれたりしたら、僕は責任が取れないからな」
最後に困った顔を浮かべて、釘を指すことも忘れません。
そんなレオ様を先頭に、服飾工房の小物販売所へ入店しました。
店に入るなり、キラキラするボタンやリボンに圧倒される騎士たち。二歩目が出ません。
さすがに、男性はこんな小物を売るお店に、来ませんからね。怖じ気づいて当然でしょう。
「いいか、まず土産を渡すやつを相手を思い浮かべろ。そして、いつも着ている服装や、好みを思い出せ。
わからんかったら、黒や灰色みたいな濃い色合いか、白みたいな万人受けする色をベースに選ぶんだ。
そして、土産をやるやつの瞳の色に合わせた飾りを、組み合わせろ」
怖じ気づかない男性が一人。ロマンチストな王子のレオナール様です。
さっさと騎士たちに助言をすると、うちの妹を抱っこしたまま、布地のコーナーに近づきます。
「例えばエルなら……今日は藍染に白い刺繍の服だろう?
だから、頭の飾りなら、土台は刺繍に合わせた白い布地だけで良い。
そこに、瞳に合わせた青いレースでリボンを縫い付ければ……ほら、似合うだろう。
白い服や、白い鞄を持つときでも、このリボンは合わせられる」
新米秘書官殿は、レオ様の言葉にあわせて、布地やリボンを手に取って、うちの妹の頭に仮置きします。
騎士たちは、目を丸くして、どよめきました。
「次は布地を黒に変えるぞ。黒いリボンを取ってくれ。飾りは青いボタンで良い。そう、そこのキラキラした小さなやつだ。
リボンの両先に、小さなボタンを両面縫い付けるんだ。リボンで髪を束ねれば、キラキラが裏表どっちにでも現れる。
この場合は、エルの靴の色に合わせた。服が黒でも使えるな」
騎士たちが感動して、拍手していますよ。目の前で再現してもらえれば、説得力も増します。
モデルがお人形さんみたいにかわいい、うちの妹と言う理由もありますかね。
「いいか、こうやって決めていけ。服装は変わっても、本人の瞳の色は変わらん。
素材と飾りに二色を使うことで、使い回しの幅が生まれる。そして、相手の瞳の色を会わせることで、どんな服装でも似合うようになる。自信を持って贈ればいい。
あとは最終手段だが……渡すときに僕の助言を受けたと白状すれば、受け取ってもらえると思うぞ」
……最後に、絶対、受け取ってもらえる方法を伝授しましたよ。
センスのない組み合わせでも、王子の助言があったと言うだけで、贈り物に重みと説得力が生まれます。
生まれついての王子様である、レオナール様の助言だから使える方法ですけど。
「手伝ってくれて、助かった。お前の婚約者にも、なにか選んでやれ。
さっきから店の入り口で様子を伺っている。入るに入れなくて、困っていたようだ」
「えっ!?」
レオナール様の言葉に、振り替える新米秘書官殿。
店の入り口のガラス越しに、文官のご令嬢がひきつった笑みを浮かべていました。
新米秘書官殿は、南地方の侯爵家分家の跡取りです。本家出身の王妃様が仲人をして、くっつけてしまいました。
文官のご令嬢は、将来の王妃の側近候補ですね。将来、私の同僚になる予定です。
秘書官殿は、四年前に婚約者を亡くしてから、ずっと結婚する気を無くしていたようですね。
亡くなった婚約者は北の侯爵令嬢だったと、親戚である王妃様からお聞きしましたよ。
四年前に、北の国の内乱の余波を受け、国境を接する北地方は混乱に陥りました。
北の侯爵領地は一番に北国の難民が押し寄せ、最も暴動多発した場所です。
領主一家は逃げ出して、王都にたどり着いたそうですが、ほどなくして家族全員が亡くなったと聞いています。
内務大臣の補佐をしていた秘書官殿は、婚約者の葬式に出席して以後、塞ぎ混みました。
そして、体調を崩した父君を補佐するのを理由に、南の侯爵領地に引っ込んでしまいます。
二月前に、王妃様が領地から王太子の秘書官になるように打診して、王宮に呼び戻しました。
そして、南の侯爵分家当主の頼みで、王妃様は密かに新たな花嫁を探しはじめます。
王妃様が目をつけたのは、側近を目指して王妃教育の授業を真面目に受ける、文官のご令嬢でした。
レオ様が、税収に関する事が話せて楽しいと漏らすほどの、国政の知識もお持ちです。
うってつけと思ったご様子ですね。
南の侯爵本家出身の王妃様から、相手を伏せて縁談を持ち込まれたそうです。分家の秘書官殿は、断れません。
気乗りしないままお見合いをしてみれば、元上司のご息女でしたから、驚きで固まったそうですね。
文官のご令嬢は、内務大臣のご息女です。南地方の伯爵令嬢。
将来の王妃の国政の補佐をすることを、王家から求められ、側近候補になりました。
内務大臣は、王弟である宰相殿の腹心です。そして、新米秘書官殿は元内務大臣の補佐官。
王妃様は安心して、王家の腹心と親戚の見合いを進めたことでしょう。
二人の関係はギクシャクしながらも、結婚話だけは周りが進めて行きます。
レオ様も秘書官を、色々と心配しているようでした。
「おい、文官の娘。なんで、お前はここに来ているんだ?」
「来月の歌劇鑑賞のドレスの受け取りで」
「よし、じゃあ試着室で着替えてこい。婚約者に、一番にドレスを見せてやれ。
僕は特別公演のときを楽しみにしておく。お前の服の布地は選んだが、デザインは知らんからな」
レオ様の言葉で、試着室に移動する文官のご令嬢。顔がこわばっていましたよ。
「ほら、お前も、さっさと行け。きちんとドレスを誉めるんだぞ。
僕にデザインの説明ができるほど、あいつを見つめないと、僕は帰らないからな。頼んだぞ」
「は、はい」
……レオナール様、それはお願いではなく、命令ですよね。
あーあ、秘書官殿は緊張で、右手と右足が一度に出ておりますよ?
「……仕方ないな。エルを連れていけ。二人の顔見知りが一緒なら、場もなごむだろう。
エル、あっちでドレスを見せてくれるぞ。一緒に、行ってこい」
「どれちゅ? みたいでちゅわ♪」(ドレス? 見たいですわ♪)
レオ様からうちの妹を受け取った、新米秘書官殿。少しだけほっとした表情で、奥の工房へ向かわれました。
しばらく帰れそうにないですね。キラキラやヒラヒラが好きな、うちの妹が一緒ですから。
「ほら、騎士たちも、ちゃんと土産を選べ。秘書官が戻る頃には、小物製作も終わると思うから」
レオ様の言葉に、お店の中に散らばる騎士たち。近くに私しか居なくなりました。
「よし、アンジェ。お前たち姉妹と母上の小物を選ぶぞ。顔が似てるから、お前を基準に選べば、大丈夫だ」
張り切るレオ様に、私の本音を漏らしてしまいました。ついうっかり、北の国の言葉で話してしまいましたよ。
『……さっきから思っていましたけど、手慣れていますよね。女性の小物選び』
『まあな。王妃候補たちに付き合って買い物に行けば、嫌でも鍛えられる。
きちんと意見を出さないと、あいつらは納得しない。本当に疲れる』
『私も、買い物は長いですよ?』
『……知ってる、頑張るさ。母上に、あいつらのことを説明しないといけないし』
『この店に来るように仕向けたのは、王妃様ですね?』
『お前は、お見通しだろう。一々聞くな』
……もう、邪険にしなくても良いじゃないですか!
新米秘書官殿に踏ん切りをつかせるために、うちの母は一肌脱いでくれたんですよ?
六月末に王宮に来た母に、王妃様は依頼しました。新米秘書官殿と一緒に、北の侯爵令嬢の話をして欲しいと。
秘書官殿の亡くなった婚約者は、我が家の親戚です。そして、うちの母は、最愛の夫を亡くしていますからね。
王妃様は、秘書官殿の心に届く会話をできるのは、うちの母しか居ないと思ったのでしょう。
母と秘書官殿の会話のかいあって、秘書官殿は新たな花嫁に心を向けだしたようです。
『あのですね、私だって心配しているんですよ! 知る権利はあります!』
『ちっ、自己主張しろなんて、お前を焚き付けるんじゃなかった。女は人の色恋沙汰に、首を突っ込みたがるからな』
『レオ様。文官のご令嬢は、私の親友の一人で、将来の同僚です。親友の嫁ぎ先を心配して当然でしょう?』
『あーもう、わかった! 文官の娘にドレスを取りに来る時間を、工房から指定するように王家で仕向けた。
お昼から僕は母上のお供で出かけて、あいつらを引き合わせる予定だったんだ。
二人で、なかなか会おうとしないからな。世話の焼けるやつらだ』
『なるほど。王妃様は予定を変更して、うちの妹を口実につかったんですね。
まあ、王妃様がご来店されるよりは、うちの妹の付き添いで偶然出くわした方が、運命の出会いの説得力も増しましょう』
『……お前は、本当に雰囲気をぶち壊すのが得意だな。
そこは、素直に運命の赤い糸に導かれたことにしておけよ!
お前の妹の歩く速度は分からんから、母上は賭けに出ることにしたんだ。それで、賭けに勝ったんだぞ。
きっと、亡くなった婚約者が、あいつらを見守ってくれているんだ。そうに決まってる!』
『……北の侯爵令嬢は、私の父が亡くなったとき、私に同じことを言いました。
父は、ずっとそばで、見守ってくれていると。母も、秘書官殿と会話したときに、同じことを言ったようですね』
仏頂面で文句を言うレオ様に、肩をすくめて、お返事しました。
レオナール王子は、夢見がちなロマンチストですからね。運命の赤い糸を信じているんですよ。
しばらく沈黙したレオ様は目を閉じると、気分を切り替えたようです。
『……アンジェ、今から好きな小物を選べ。全部僕が買ってやる。
お前は衣装を手作りするやつだから、どんな風に使って仕上げるか、楽しみなんだ。
明日のお茶会で、作ったものをみせてくれ』
真顔で無茶ぶりしましたよ、この王子様。
衣装一着作るのに、どれくらい時間がかかると思ってるんですか。
……ああ! こういうときに、自己主張なるものをしたらいいんですね。きっと。
『ドレスは無理です、時間が足りません。王宮に帰ってから作るとなると、髪飾りが精一杯ですね』
『そうなのか? なら、髪飾りでいいぞ。雪の天使のお前なら、何でも着こなせるだろう』
『はいはい、待っていてくださいね、春の国の王子様』
『楽しみにしておくからな、雪の天使の姫君♪』
私の言葉に、律儀に北の国の言葉で返されるレオ様。笑い合い、芝居かかった、やり取りをします。
奥の工房から私の妹たちが戻って来るのを待ちながら、キラキラ光るボタンやリボンを一緒に選んで過ごしました。




