43話 説教されました
連休の今日は、うちの家族や王族の皆様と、城下町に遊びに来ています。
目的地だった喫茶店で、偶然、王妃候補の東の侯爵令嬢と伯爵令嬢にお会いしました。
王妃様と王弟妃様は、王妃候補のお二人とお茶会中。
私は四人から離れた隣の席で、うちの母とお茶を楽しんでいました。
すると母に、お小言をもらってしまいましたよ。
「アンジェリークは、何でも、おじい様やお父様のやり方を真似しますね。
けれども、祖先の真似をするだけでは、乗り越えることはできず、一人前になれませんよ。
演技も、政も同じです。自分なりの方法を見つけなさい」
「えー、一応、私なりの方法はやりましたよ?
旅一座のおじいさまにお願いして、一緒に領地の主要都市をすべて回りました。近くの村や難民集落も、訪問しましたし」
「人の力を借りただけでしょう? あなたの力ではありません、おじい様たちの力です。
旅一座のおじい様に同行できたのは、昔の領主だったおじい様が、訪問中の領主業務をすべて引き受けてくれたからですよ。
それに領地の見回り訪問は、領主として当たり前のことです。誇るべきではありません」
「……はい、お母様」
手厳しいですね。母の愛のムチですけど。
雪国の領地に住んでいる間は、こうやって、鍛えられました。
「アンジェリーク。領主として、将来の見通しは立てていますか?」
「街道の整備をして……」
「それは、領主の使命です。やりとげて当然のことですからね。
母が聞いているのは、あなた個人の目標です。領主として、夢はありませんか?」
「えー、私の夢ですか? 今すぐに浮かびませんね」
「……でしょうね。あなたは昔から我慢して、自己主張しない子供でしたから。
自分で考えて積極的に行動するのは苦手で、周りの意見を取り入れて動くことが得意でした。
他の人が理想とすることをやり遂げるのは長所ですが、自発的に行動できないのは短所ですよ」
「そう言われましても……『自分のことを考える前に、弟や妹のことを考えなさい。他人を思いやり、行動しなさい』と、教えてくださったのは、お母様ですよ?」
「ええ、あなたを長子として、そのように教育したのは、父と母です。が、今となっては、後悔していますよ。
自己主張の強い、末っ子のエルと足して二で割れば、ちょうど良いのですけれど」
「……その考えでしてら、弟たちはちょうど良いんでしょうね。一番上と一番下に挟まれた、兄弟の真ん中ですから」
「真ん中の三人は、ちょうど良いですね。周囲を気遣いつつ、自分のことをきちんとできますから」
お母様、兄弟の生れ順は、どうにもなりませんよ。
好き好んで長子に生まれたわけでは、ありませんからね。
最強の母に口答えできないから、胸の中で反論しておきますけど。
私は色々な事柄を、現実として受け入れる、現実主義者です。
夢を持つことを否定し、ただ目の前にある事実を淡々と受け止める、そんな性格ですね。
幼いころから、自分で決めた人生ではなく、周囲に決められた人生を歩んで来たため、自然と身につけた処世術なのでしょう。
自分に関することですら、主観的ではなく、客観的に感じます。どこか他人事として、とらえてしまうんですよ。
王太子のレオナール様のおっしゃったように、自我が希薄なのかもしれませんね。
「アンジェリークは、自分のことを考えるのが抜け落ちるので、母の心配が絶えません。
自分のことをないがしろにして、我慢をして、血を吐くことになって、周囲に迷惑をかけるなんて、負の連鎖ですよ。
去年、あのまま数回吐血していたら、あなたはお父様の後を追って、天国に行ってました。自覚していますか?」
「……いえ、自覚はありませんでした」
「お医者様から詳しい、説明を聞いたのではないのですか?」
「聞きましたけど……あまり現実味を帯びて、理解していなかったんだと思います。
領地で流れたあの血の量を見ていたら、自分の吐いた量くらい、なんとも感じなかったので」
「そうやって、他人のことを基準に考えるから、自分のことをおざなりにするのです。
あなたの場合、体調だけでも、自分本位で考えなさい」
「……はい」
母のお説教は、グサグサと心に突き刺さります。私の性格をよく知っていますからね。
周囲に迷惑をかけないように気を付けているのですが、逆効果になることが多いのかもしれません
……ですが、自分のことを中心に考えるなんて、やり方が分かりません。とても、難しく感じました。
私にとって、自分を抑えて、他人に合わせて生きていくのは、当たり前のことでした。
五人兄弟の長子としても。北地方の領主としても。王太子の秘書官としても。
周囲から見れば、協調性はありますが、自己主張に乏しい性格に映るんでしょうね。
私が母に説教されていると、うちの弟妹と遊んでいた、王太子のレオナール王子が隣の子供部屋から帰って来られました。
うちの妹を連れて、さも当然のように、私と母の目の前に座ります。
「レオ様? 王妃様は、隣の机におられますよ?」
「僕のいとこと、お前の弟が先に座ってるから満席だ。二人とも、あっちのケーキが食べたいらしい。
兄弟ごっこの最中だから、ライ兄様は弟と分けあって、味わうそうだ」
「……かしこまりました」
指差す先には、一つのケーキを分け合う、宰相の子息のラインハルト王子とうちの弟の姿が。
レオ様もライ様も、一人っ子の王子ですからね。今日は私の下の弟妹と兄弟ごっこを楽しんでおられます。
邪魔してもいけないので、隣の机は忘れることにしましたよ。
「僕は喉がかわいた。飲み物をくれ」
レオ様はそう言うと、私のティーカップに手を伸ばします。
……それ、飲みかけなんですけど。言葉にしようか、迷います。
王子が喉がかわいたと言っているので、仕方ないですね。我慢しましょう。
私が沈黙していたら、レオナール様は仏頂面になりました。
「おい、アンジェ。こういうときは、飲みかけだからダメだと言うんだぞ。僕が王子だからって、遠慮するんじゃない。
さっきのお前と母上の会話を聞いていたが、母上は本当にお前の性格をよく分かっているな。
僕たちがもどかしく思っていることを、ズバッと言ってくれた」
レオ様が不機嫌そうに言っている間に、レオ様と妹のお茶が運ばれてきました。
隣の子供と遊べる部屋から戻ってくる途中、店員に頼んでいたのでしょう。
「……聞いていたんですか?」
「あい。あーじぇおーちゃま、いちゅもむりちまちゅの。えりゅ、ちんぱいでちゅわ」
「……おい、末っ子が、お前がいつも無理するから、心配だと言ってるぞ。
兄弟の面倒を見るはずの一番上のお前が、一番下に面倒を見られていたら、本末転倒じゃないのか?」
「エル!」
思わず妹に叫びました。なんちゅう自己主張するんですか、この子は!
「僕は一人っ子だから、兄弟が居る者の気持ちは分からんが、お前を心配する気持ちは共感できる。
お前が家族や周囲のことを思いやるなら、もう少し自己主張しろ。末っ子のエルのように」
「……前向きに対処します」
なかなか難しいことを言ってくれますね。自己主張って、どうやれば良いんでしょうか?
「えりゅ、こりぇ、たべりゅ!」
「うん? このクッキーが食べたいのか? だがそれは、僕のだぞ」
「たべりゅ!」
「じゃあ、半分こだ。僕も食べたいし、エルも食べたいんだから、半分こ」
「いやでちゅわ! じぇんぶ、えりゅの!」
「相手のことを思いやらず、僕の言うことを聞かないなら、クッキーはやらん。
僕も食べないし、クッキーは、捨ててもらう。喧嘩両成敗だ。どうする?」
「……はんびゅんこちまちゅわ」
「よし、半分こだ」
自己主張の強い末っ子は、レオ様のクッキーを食べたいと言い出しました。
末っ子と同じくらい自己主張をする、一人っ子王子様は、半分こにする案を出します。
ちょっと喧嘩をしましたが、二人はお菓子を分けあって、納得しました。
「アンジェなら、エルの主張に負けて、全部やっていただろうな。
自分が我慢するから、ストレスがたまって、挙げ句の果てに胃潰瘍の再発だぞ。理解しているのか?」
「……だって、妹は泣きますよ。姉の私が我慢すれば、良いだけの話です」
「アホの極みだな。そうやって、自分を追い込んで、被害者面するな。
周囲は、迷惑なだけだぞ。不幸になる結果が分かっているのに、お前の自己満足に付き合わされるんだから」
見透かされている気がします。反論できません。
「やれやれ。自己主張するのは、悪いことじゃない。今みたいに意見をぶつけ合って、妥協点を見つけることもできる」
レオ様は、王子スマイルを浮かべて言い放ちました。
幸せそうに、クッキーを食べはじめます。うちの妹も、満面の笑みでした。
「あ、お前は気に入らない相手には、正論の自己主張をして徹底的に叩き潰す性格だったな。
普段も、ちょっと頑張れば、できると思うぞ?」
「……むしろ、頑張るのもストレスになりそうで、怖いです」
「そんなときは、僕を頼れ。お前の愚痴ぐらい、いつでも聞いてやるし、相談に乗ってやる。
お前は、いつも僕を支えてくれているんだ。僕だって、お前を支えたい」
「ありがとうございます。レオ様は上司ですが、同時に心の置けない親友ですからね。たまには、お話しを聞いてもらいますよ」
私が答えると、レオ様は少し目を伏せました。
うつむきがちになって、ティーカップに手を伸ばし、東国のお茶を飲みます。
お気に入りのはずなのに、あまり美味しそうに飲まれません。
ロマンチストのレオ様は、現実主義の私にお説教したから、疲れたのでしょうね。
いつも、私とレオ様の意見は、平行線をたどってしまいます。
今回は、私が歩み寄るべきなのでしょうけど。
「……王子様は、一の姫のことを少しはお分かりなのね。知っての通り、体が弱い子だから、私は今すぐにでも返していただきたいんですの」
「あいにく、僕は手放したくないですね。心から絶対的な信頼を寄せている相手ですから」
母の言葉に、レオ様は顔を上げました。青い瞳に真剣な感情を浮かべ、母を見つめます。
「王子様。あなたと父君が、賢明な判断を下されることを、家臣の伯爵家として期待しています」
母は困った表情をして、そう言いました。
……この様子では、私がレオ様の将来の側室になる予定があることを、母は知りませんね。
王家でも、仮定の段階のようですし。
まあ、仮定はくつがえることもあります。
母の熱意に押されれば、レオ様は私を母の手元に戻すかもしれません。
……結局、私の人生を決めるのは、私ではなく、周囲の人なのです。
決して変わらない、運命ですね。
私は与えられた人生の中で、少しだけ、自己主張することを目指してみましょうか。
「あーじぇおーちゃま、ちょれちょーだい!」
(アンジェお姉様、それちょうだい!)
「エル、半分だけです。お姉様は一口も食べていないんですよ」
「まりゃ、ちゃべてにゃいでちゅの?」
(まだ、食べてないんですの?)
「はい。ですから、半分だけです」
「わかりまちたわ、はんびゅんこちまちゅの」
(分かりましたわ、半分こしますの)
「お母様、レオ様、聞きました!? エルが、半分で良いと認めてくれましたよ! 自己主張の第一歩として、幸先が良いです♪」
あまりの嬉しさに、母とレオ様の会話に割り込み、はしゃいでしまいました。
二人は面食らった顔で、私を見ます。その後、ぼそぼそ会話を始めました。
「なあ……アンジェの母上、少し聞きたいんだが。一の姫は天然ボケと、言われたことが無いか?」
「……亡くなった主人は切れ者でしたけれど、時々天然ぶりを発揮しましたね」
「そうか。切れ者なのに、ド天然なのは、父上譲りなのか。どきどき会話が通じんはずだ」
「……王子様の気持ちを、お察ししますわ。私も、主人との会話に、苦労したことがありますもの」
母とレオ様は、そろってため息をつきました。
えー、喜んでくれないんですか? 私の初自己主張が成功したのに。
ちょっとむくれて、二人を見てしまいましたよ。




