42話 王妃候補に変化の兆しです
連休の今日は、王族の奥方様や王子たちの外出に、同行中です。
いえ、間違えました。私たち家族の外出に、ワガママな王族が、同行されました。
王都の中央通りにある、白い屋根の喫茶店が、本日の目的地です。
下見に来た時、珍しい東のお茶を扱っており、茶菓子の種類も豊富だったので、私は家族を連れてきたかったのです。
王妃様と宰相の奥方様は、喫茶店で偶然、王妃候補のご令嬢たちと出会いました。
そして、今現在、隣の机で楽しくお茶会をしながら、話しておられます。
お菓子を食べる主役になるはずの、私の弟妹は、隣の子供部屋で王子たちとの遊びに夢中でした。
私と母は隣の机から、王妃様たちと王妃候補のご令嬢たちのお茶会を、観察していました。
現在は、東地方のことについて話しておりますね。王妃様が質問されます。
「東地方の塩の供給は、ずいぶんとバラつきがありますね。どうして画一的では無いのでしょうか。
あなたたちは、東地方の領主の娘として、どうお考えです?」
「まず、海に面する南地方に行くほど、値段が安いですね。そして、海から離れる北に行くほど、高くなります。
海からの距離が伸びるほど運搬費用がかかるので、領地の収益が上下すれば、仕入れられる量にもバラつきが生じますもの。安定供給できなくても、仕方ないと思いますわ」
将来の王妃筆頭候補のクレア侯爵令嬢は、学校の授業としては、優等生の解答をしました。
ですが、現実的には領地収益や運搬費用って、単純計算で算出できないんですけどね。
王妃候補なのに、お父君の内政に関わっていないのでしょうか?
少々、がっかりする解答でした。
「あら、クレア様の侯爵領では、そうですの? 昔ながらの産地が、今は期待できないからでしょうけれど。
国境を越えて東国から輸入することもある、わが伯爵領は、東国と南地方の情勢や価格を見比べて、安全に運べ、安く仕入れられる方を多めに取り寄せていますわ。
我が領地は、南も東も平坦な街道が続きますから、馬車による運搬も苦にはなりませんし。
なるべく民たちに、安定して供給できるように、お父様は努力しておられますの」
東の伯爵令嬢は、貴族のご令嬢としては、珍しい解答をしました。
クレア嬢の幼なじみのご令嬢は、国境を守る辺境伯の娘です。東国の情勢に気を配るのは、当たり前。
きちんと、父君のお手伝いをされているんでしょうね。
王太子のレオ様は、無意識に国政に関わってくれる伴侶を望んでいます。
東の伯爵令嬢の解答は、喜ばれることでしょう。
のんきに思っていると、王妃様は私をご覧になられました。そのまま、話しかけられます。
「アンジェリーク秘書官、海から最も遠い北地方は、なぜか塩の供給が安定しているようですね。
国庫の復興支援金の内訳にも、塩の代金の請求はありませんし。私が納得できるように説明できますか?」
およ? 王妃様は、うちの領地の塩の出所を知っているはずです。
それなのに、こんな質問をしますか? 怪訝に思い、王妃様のお顔を拝見しました。
……なるほど、秘書官の仕事をしろと、おっしゃいますか。仕方ありませんね。
「そもそも、我が領地では、塩はお金を出して買うものではありません。領地内で調達するものです」
「あら、アンジェさんの領地は内陸部で、海から遠いですわよね? 塩なんて調達できないはずですわ」
「クレアさん、何をおっしゃいますの? アンジェさんの領地、北地方は昔から塩の名産地でしてよ。
六年前までは、うちの領地とも、取引しておりましたわ。クレアさんの領地も取引していたんじゃありませんの?」
私の言葉に、クレア侯爵令嬢は疑問を唱えました。東の伯爵令嬢は、幼なじみのクレア嬢に助言をします。
うーん、予想外の事態ですね。
クレア嬢の王妃筆頭候補の座が、揺らぎましたよ。当人は察しておられないご様子ですが。
「……クレア嬢。王妃候補なのに、何を勉学なさっておられるのですか?
レオナール王子との会話にうつつを抜かさず、自主学習に力を入れるべきですよ」
「まあ、失礼ですわよ! わたくし、南北の語学以外、すべての王妃教育に出席して、頑張っています。そんな言い方は、ひどいではありませんか!」
「……ならば、王太子の秘書官として、忠告します。
王宮の王妃教育は、基礎の基礎ですよ。自主学習もできないような人が、王妃になれると思わないことですね。
正直、先ほどの王妃様に対する東の侯爵令嬢の回答には、失望しました。
まだ東の伯爵令嬢の方が、将来の王妃として、よほど見所があります。
そうですよね、王妃様。そう思われたから、私に話しかけたのでございましょう?」
「さすが、将来の王妃の秘書官ですね。わたくしの心をくんで、発言してくれています。
東の侯爵令嬢が、我が国の歴史や地理に精通するなら、先ほどのような返事や、質問をするはずありませんからね。
わたくしの後を継ぐなら、東の伯爵令嬢のような深い知識が必要ですよ」
王妃様のお言葉に、クレア嬢の眉が寄りました。伯爵令嬢の瞳は、輝いております。
これは図に乗りますよ? 東の伯爵令嬢って、お調子者の面がありますからね。
クレア嬢を助けたのは、宰相の奥方様の発言でした。
「……知識は伯爵令嬢が上でも、語学力に関しては、侯爵令嬢が上ですわね。
東西の言葉で日常会話しかできない伯爵令嬢と、東の言葉が完璧で、西国の日常会話のできる侯爵令嬢では、侯爵令嬢に軍配が上がります。
私の夫のような語学力がなければ、他国の民との交流はできませんね。外交を担う語学力も、王妃には必要ですから」
宰相の奥方様は、西国出身の姫君です。元々、国王陛下との政略結婚目的で、十二才のときに西国から訪れました。
成人すれば、奥方様が正室で、現在の王妃様が側室になる予定だったそうです。
ですが、王弟である宰相様は、王妃様が婚約者候補時代から、国王陛下と一目惚れ同士の相思相愛と知っていました。
弟は兄に幸せになって欲しくて、なんやかんやと用事を作っては、西国の姫君を王宮から連れ出します。
兄と恋人が、二人で過ごせる時間を作れるように、暗躍したのでした。
家族から離れて、異国に一人やって来た姫君は、心細かったのでしょう。
王宮から連れ出し、王都や周辺を案内してくれる王弟殿下に、信頼を寄せるようになります。
王弟殿下も、王宮でふさぎこんでいる姫君が、外出すると笑ってくれるのが嬉しかったようですね。
いつの間にか二人で過ごすことが多くなり、気がつけば婚約していたとお伺いしております。
見方を変えますと……宰相様の語学力が高く、西国出身の奥方様と自然に会話できなければ、お二人は結ばれていなかったことになります。
だから、宰相の奥方様は、将来の王妃に、語学力を求めるのでしょう。
対して、王妃様は我が国で生まれ育ったから、我が国に関する深い知識を求めるのかもしれません。
知識と語学力、どちらも併せ持つ王妃が、理想です。
今のところ、どちらかに偏った王妃候補しかいませんけどね。
将来の夫となるレオナール様が、どんなご令嬢を正室に選ぶか、この一件で分からなくなりました。
王太子の秘書官としては、胃が痛くなる事態ですよ。
そんなことを考えていたら、王妃様が、再び話しかけてこられました。
「アンジェリーク秘書官、塩はどうやって手に入れていますか? 東の侯爵令嬢に教えてあげなさい」
「現在は、北の山脈からの岩塩採掘が少しと、西にある塩湖の天然塩田から大多数を調達しています」
「アンジェさん。わたくし、思っていたのですが、塩湖があるのでしたら、湖塩を販売されてはいかがですの?」
「辺境伯のご令嬢。残念ながら、北地方を潤すだけで精一杯なんですよ。馬車が使えず、人力で運んでおりますからね。
四年前の北国の内戦の余波で、北地方の街道は、道としての機能を失いました。復興すら、ままなりません」
「あの……えんこと、こえんって、なんですの? 初めて聞きましたわ」
「クレア嬢。塩水でできた湖が、塩湖です。湖からとれた塩が、湖塩ですね。
ちなみに、山脈でとれている塩は、岩のような塊なので岩塩と呼びます」
私の説明に、クレア嬢は眉を寄せておりました。混乱されているようです。
ですが、私はこれ以上、詳しく説明しませんよ。
将来の王妃を目指すなら、自分で調べなければ、学力としてみにつきませんからね。
「どのように運搬をしています? 報告によると、街道は、まだ復旧していない所もあったはずですよ」
「王妃様、岩塩の採掘場所を新たに作り、南側に伸びる街道だけ、最も早く整備しました。
六年前に山脈にあった岩塩の坑道が、天井崩落を起こして使えなくなり、北地方の経済に大打撃を与えましたからね。現在は、山脈に大穴を開けず、表面を均等に削る方法をとっています。
削り取った岩塩は、主要街道を南下しながら、各主要都市にまとめて運び、そこから末端の村々へ届けてもらっています」
「塩湖の方は、どうなっていますか?」
「あの湖は底が浅いので、冬の間は凍結しますね。半年ほど使えなくなるので、夏の今の時期だけ、岸の天然塩田から塩を切り出して、運んでいます。
湖自体、西の方によっているので、徒歩に頼るしかありません。東西の街道がまったく機能しておらず、馬車で運べないものですから」
「塩製作に携わっている者は、誰ですか?」
「各地で塩を採掘して運ぶのは、街道設備が遅れて元の村に戻れない領民や、北国の難民の仕事として、割り振りました。
山脈の採掘場所から北に行くほど寒くて雪解けが遅く、街道や村の復旧が遅れて、普通に暮らせない場所も多いです。
なので北側の街道の整備は後回しにし、領民たちは復興が遅れることを説明して南下してもらい、主要都市近くに住んでもらっています。難民も、同じように集落で暮らしています。
領民や難民たちの協力を得られたおかげで、南地方から高い塩を輸入しなくても、安定供給できるようになりました」
「よろしい。きちんと説明して、協力してもらうのは、民を率いる領主として当然のことですからね」
「はい、心得ております。十才から領主代行をしていたので、新しく領地が増えても、経験を活かすことができたのは、幸いでした」
王妃様は、王家の微笑みを浮かべました。王妃候補のご令嬢たちとの会話に戻られます。
私は喉がかわいたので、お茶を一口飲みました。温度が下がって、飲みごろですね。おいしく感じました。




