40話 母と領地経営の話をしました
連休の今日は、王妃教育がお休み。
下の弟妹二人を連れて、城下町へ遊びに行く予定だったのですが、同行人が増えました。
王太子のレオナール様と宰相の子息のラインハルト王子です。
一人っ子の王子様たちは、小さな子供と兄弟ごっこがしたいと、ワガママを発揮しました。
屁理屈をこねる二人の様子を偶然、見かけられた父君たちの頼みにより、一緒に出掛けることになりました。
ワガママ王子たちには、帰宅後、拳骨の刑が確定しています。
「いやー、気楽な休日の外出なんて、いつぶりだ? 幸せすぎる!」
「本当ですね。小さな子供とお出かけなんて、夢のようですよ♪」
城下町に繰り出し、思いっきり羽を伸ばす王子たち。私の弟妹を真ん中にして、左右から手をつないで、四人で歩きます。
私は、王子たちの護衛の騎士に混ざって、後ろからついて行っておりました。
お忍び外出ですが、どうみてもお忍びではありません。堂々としすぎですよ。
「良いか、今日は僕らが兄上だ。外で過ごす間は、僕をレオ兄上と呼ぶんだぞ」
「兄弟ごっこですからね。私はライ兄上です。きちんと言えますか?」
「れーおーちゃま、らーおーちゃま?」
「違うよ。王子さまじゃなくて、兄さまだよ。レオ兄さまとライ兄さま」
「れーにーちゃま、らーにーちゃま?」
「……おお、兄様か! うん、うん、良い響きだ♪」
「兄様と呼ばれると、こんなに嬉しいんですね♪」
うちの弟妹と手を繋いでいる王子たちは、王子スマイルを振り撒き、弟妹たちに話しかけます。
王都の国民は、王子たちが一人っ子なのを知っていますからね。兄弟ごっこを、道端から暖かく見守ってくれていましたよ。
「小さな子供の声は、元気があっていいですね」
「本当に。最近は王宮に活気があります」
「あら、春の王子様たちも、もうすぐ婚約者がお決まりになられるのでしょう?
婚約者と結婚して、お子様がお生まれになれば、すぐにぎやかになりますわ」
隣をゆっくり行く馬車からは、そんな会話が聞こえます。
上から、レオ様の母君の王妃様、ライ様の母君の王弟妃様。そして、私の母です。
王子様たちが、うちの母や弟妹と外出すると聞いた王妃様は、一緒に行きたいと言い出しました。
ご公務のない本日は、王弟妃様とゆっくりお茶会をする予定でしたからね。
突然の予定変更に、王妃様の秘書官たちは大慌てでしたよ。
馬車を準備し、護衛の手配をし、私たちが訪問する予定だった喫茶店にも連絡。本当にお疲れ様です。
……王妃様が思い付きで行動するところは、ご子息のレオナール王子とそっくりです。親子ですね。
*****
のんびり歩いていたら、馬車の窓から顔を出した、うちの母に、話しかけられました。
前方の弟妹たちに注意を払いながら、きちんと返事をしましたよ。
「一の姫。喫茶店は、どのようなところですか?」
「えーと、中央通りの白い屋根が目印です。
そこでは、レオ様のお気に入りの品、東の倭の国のお茶を扱っていますね。
茶菓子の方は、お土産で持って帰って、お母様も味見されたので、ご存知でしょう?」
「ええ、甘くて美味しいお菓子を食べたのは、本当に久しぶりでした。
領地では、砂糖すらなかなか手に入りませんからね。食品の流通経路が整わないのでは、仕方ありませんけど……。
まず、各地の主要都市に、安定して食料や日用品を届けられることを、目標にしましょう。嗜好品は後回しです」
「はい。北の雪の国と春の王都を繋ぐ、南北街道は、今年の夏に整備完了します。
ですが、西の戦の国や東の倭の国に通じる、東西街道は、来年以降にならないと整備の着手すら、難しいかもしれません。
治安の方は回復しつつありますけど……、焼き払われた家屋の残骸などが、風とか吹雪に運ばれて、街道上に散らばって居ますからね。
馬車が思うように通れないので、残骸の撤去も、資材の運搬も、時間がかかりそうですよ」
最強の母と領地経営の会話をしながら、のんきに歩きます。
今日は曇りで助かりましたよ。一年の半分が雪におおわれる、北地方出身の私たち家族は、夏の暑さに弱いですからね。
「王都での、西や東地方の領主との対話は、どうなっていますか?
街道整備の協力が得られなければ、復興が遅くなりますよ」
「厳しいですね。東地方の侯爵領地や、辺境伯の領地以外からは、通行税を取られそうです。
向こうは、国庫から復興支援金が出て、我が家に渡っているのを、知っていますからね。
復興資金になる税金を払ったのは、自分の領地だから、出した分を取り返すつもりのようです」
「あら、やはりですか。うちの藍染産業が黒字になったので、復興支援金を止めようと、国王様に提案した方々ですもの。
北地方には、国のお金を使わせたくないのかしら?」
「まあ、そうでしょうね。復興支援金を調達するため、春の国の税が全体的に少し上がってしまいましたから。
それに対応して、領民から作物を納めさせる量を増やした領主が、多いようです。
うちの領地や北国の難民のおかげで、領民たちの不満が増えたと、文句を言ってくる世襲貴族が時々いますよ」
「あら、変なことをおっしゃる領主が多いのね。
十五年前に東地方で洪水が起こったときも、八年前に西地方で大干ばつが起こったときも、税金や作物納品が増えましたけどね。私たちは黙って支援を行いましたよ。
そして、周辺四か国からも、たくさんのご支援をいただきました。もちろん、北国にも助けてもらいましたよ?
そのご恩を忘れて、自分勝手なことを言うなんて、信じられないことですね」
「東の侯爵家と辺境伯、西の辺境伯以外は、感謝を忘れたのでしょう。なんとも残念な現実です。
東のご令嬢方が、王妃候補に選出されたり、西のご子息が王太子の側近に選ばれたのは、各当主が素晴らしい方ばかりだからでしょうね。納得できますよ」
東の侯爵と、国境を守る辺境伯である伯爵は、東国からうちの領地に輸入品が運ばれるときに、通行税をかけずに通してくれます。
染める前の絹の反物なんて、税金を取るには、絶好の品ですよ。税金が足りないと言って、一部を取り上げることもできるでしょう。
しかし、二人の当主は、それをしませんでした。とても、できた人物です。
また、同じように麻の反物の通行税を取らなかった西の辺境伯は、先代騎士団長をつとめた人物ですね。
孫が、五才でレオナール王子の側近に選出されたのも、頷けますよ。
「一の姫。最終手段として、雪の国から資材を仕入れることも、考えておきなさい。
あちらの南地方は、ルーお兄さ……雪の王弟様が、領主になられました。
税金を課すどころか、資材を提供してくれるかもしれません」
「提供の引き換えに、岩塩を求められますね。それから、我が家の特産品である、藍染反物と解熱の薬草の乾燥藍も」
「そうですね。大陸中を探しても、岩塩が取れるのは、私たちの領地だけです。三百年続く藍染農家も、私の嫁ぎ先だけですしね。
最近、新しい産地が躍進しているようですが、技術も、色合いも比べ物にならないと、南の海の王子様もお褒めくださいましたよ」
「ああ、去年の夏、春の国に来られた、海の第一王子殿下ですね?
弟の第五王子殿下に話を聞いて、我が家にも、足を運ばれたとか」
「……ええ。あの王子様は足場がためをするつもりなら、もう少し、他国に目を向けるべきでしたね。
すべてが遅過ぎると、我が家に来たときに、ご助言差し上げましたよ」
うちの領地の藍染産業がやっと黒字になったのは、通行税を取られなかった部分が大きいです。
東国の絹や西国の麻の反物を輸入して、藍に染めて加工し、販売した利益で、うちの領地の産業は成り立っていますから。
輸入品に高い通行税をかけられれば、商品を値上げするしかありません。そうなると、品物が売れにくくなります。
高い品物を、好んで買う人は少ないはず。安くて良い品物を選ぶ人が、多いですからね。西国の豪商である、反物問屋の品物とか。
うちの藍染を含む、我が国の被服業界は、西国の反物問屋に押されぎみなんですよ。あの悪党に!
まあ、海の王家とか、昔馴染みのお得意様は、我が家の商品を選んでくれますけど。
「おい、アンジェ。復興費用の増税は、微々たるものだっただろう? 高位貴族ほど、金額は上げたが。
それでも、領民に増税するなんて、あり得ないことだ。きちんと節約すれば、十分払える額にしたんだから」
「レオ様。平均して、当主夫妻が新しい礼服作成を、二回我慢すれば払える金額です。
国王陛下と宰相様が、先代国王陛下と話し合って、お決めしたとお伺いしていますよ」
「父上と作物の徴収は、一割くらい増やしたと会話した記憶がありますね。
あれだって、過去三十年の記録を分析して、『領主が勝手に販売して、利益を増やす部分を軽減すれば納められる範囲』だとして、設定したはずですよ」
「ライ様。そちらは、収穫総量の最大四割が、領主の生活用として取得を認められていますので、取得量を三割に引き下げ、一割を復興用の食料配給に回しただけの話です。
一応、王太子の側近の方々や、騎士団長殿、外交官殿、内務大臣殿にも増税に関する話を伺いましたが、『ちょっとぜいたくが出来なくなったくらい。自分たちが我慢すれば、なんとかなる範囲だ』と口を揃えました」
「去年や一昨年の余った穀物は、民間に販売して、利益を得ている領主が多いからな。
余った穀物の販売分を、食料の足りないところに回すだけなのに、なんで文句を言ってくるんだ?
解せぬ。お前もそう思うだろ、ライ」
「まったくですよ、理解不能ですね。
食料を礼服を作る費用にするくらいなら、飢えかけてる民に自主的に送って、助けて欲しいです。
自主的にやらないから、王家が肩代わりして、徴収しているだけ。その根本的部分も分からぬ、無能な者が文句を言っているのでしょう。
一部の領主以外は、助け合いの精神を忘れてしまったようですね。嘆かわしいことですよ、レオ」
うちの弟妹と手を繋いでいた王子たちが、歩きながら会話に割り込んできました。
私と母が、のんきに税金に関する話をしていたから、興味を持ったのでしょう。
「兄様たちは、ちょっと止まるぞ。大人しく待てるか?」
「あい、まちまちゅの」
「はい、待っています」
「よし、良い子だ」
私の弟妹に声をかけ、足を止めるレオナール様。私の方を振り返り、いつもの癖で話しかけてきました。
常に国の将来のことを考える王太子は、ごく自然にそうされたのです。
「おい、アンジェ! 城に帰ったら、ここ四年分の全ての領地の収益と納税に関する書類を準備してくれ。ライと調べるから」
「レオナール様、私は国政に関する秘書業務を外れておりますよ?」
「……そうだったな。おい、新しい秘書官、頼んだぞ」
「レオ王子、お任せください」
私の指摘に、罰の悪そうな顔になった王太子。右斜め後ろに控えていた、新米秘書官に命じます
そのあと盛大にため息をつき、私の顔を見ました。
「はあ……アンジェ。なんで、お前は男じゃないんだ?
そうやって、国政に関することを、スラスラと話せるやつなのに。男だったら、ずっと僕の秘書官にしていた!」
「いえいえ、むしろ私の部下ですよ。副宰相に命じて、私とレオの二人補佐をお願いしました」
「そうだな。国王の補佐が宰相だもんな。副宰相なら、僕とライを支えられる!」
「あのですね。現実逃避も、無い物ねだりも、やめてください!
お二方の補佐だったら、内務大臣殿や新しい秘書官殿がいるでしょう。
それに、私は王妃の秘書官として、王家にお仕えすることが決定しています。
将来の王妃様とご一緒しているときにご相談くだされば、きちんとお二人に意見を申し上げますよ」
「母上、おば上、アンジェの言葉をお聞きになりましたか? 将来も、王家に使えてくれるそうです!」
「……よし、本人から、言質はとったぞ。アンジェは領地に帰らず、将来も、国政に関する業務を任せられる!」
……あ、王子たちにハメられました! うっかりしていましたよ!
こんなのどかな場面ですら、腹黒策士の王子たちの息はピッタリなんですね。
六月の末にレオナール様と会談した母は、「有能な私を手元に帰して」と王家に要求していました。
うちの上の弟や、妹たちは、王家に取られてしまいましたからね。
「一の姫! あなたは身体が弱いのですよ? 分かっていますか!?
去年、血をはいて、三か月も療養生活をしたと母は聞きましたよ。王宮で過ごせばどうなるか、分かりますよね?」
「えーと……想像はつきます」
「分かっていたら、きちんと意見を申し上げなさい。親より先に天国へ行くなんて、親不孝ですよ!」
馬車の窓から向けられる母の視線が、心に突き刺さります。
去年の同じ季節、ストレスから胃潰瘍を起こした私は、吐血するほどの状態まで追い込まれましたからね。
母が心配するのは、当然です。手元に取り戻したいと願うでしょう。
「アンジェの母上、ご心配なく。アンジェの上の弟は、将来の宰相の側近に誘っています。
また、上の妹は、将来の王宮の医者となることを目指しています。
もし、アンジェの体調が悪くなれば、すぐに弟と妹によるサポートがとれるような環境にしますので」
「将来では困ります! 私は、今が心配なのですから」
……策士の王太子の発言に、母は芝居かかった仕草で、眉を寄せます。憂いの表情を作りました。
レオナール様が策士として手を打つなら、うちの母は役者として対抗します。
沈黙の時間が流れて、お忍び外出に同行している護衛の騎士は、重苦しい息を吐き出していましたよ。
助け船を出したのは、王妃様でした。
「将来のことは、おいおい決めるとして、今は来月の歌劇特別公演を頑張ってもらいたいですね。
それはそうとして、アンジェリーク伯爵夫人。いつも、ご息女とあのような話をなさっているのですか?
ずいぶんと政の深いところまで、話しているようですが」
「そうですね。一の姫は、主人が亡くなった直後から、領主代行をしていましたから。領地経営が六年目にもなると、心得てくれます。
いつもは、一の若君も、二の姫も、一緒に話しておりますけれど。三人は年子ですから、足りないところを補いあっている感じですね」
「……兄弟がたくさん居ると、子供たちはあのように育つのですか。一人息子のレオナールしか居ないわたくしには、羨ましいです」
「本当ですね。私たちは子宝に恵まれなかったことが、悔やまれます」
「あら? お二人の王子様たちは、双子の兄弟みたいに息がピッタリですよ? 王宮で仲良く、二人揃ってお育ちになったからでしょうね。
一の若君も、はとこと一緒に育ったから、双子の兄弟みたいに仲が良いのですよ」
王妃様の言葉に、宰相の奥方様も、同意を示されました。お二人とも、一人息子しかいませんからね。
うちの母は、不思議そうな表情を作って、フォローします。最後は、雪の天使の微笑みを浮かべました。
大人たちの思惑が交差する中で、うちの下の弟妹は、きょとんとして、見上げていましたけどね。




