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38話 外堀埋め中です

 昨夜、王立劇場で歌劇観賞の合間に、私と弟は余興を行いました。王太子のレオナール王子のご命令で。

 私たち二人の余興は、恋愛歌劇「雪の恋歌」の曲を一つだけ歌う、簡単なものでした。

 予想外だったのは、二階の個室を借りられる、特権階級の子供たちの心をつかんでしまったことでしょうか。


 私たちの母は絶世の美女でして、国内外で有名な歌劇団で役者をしていました。

 母を子役時代から知っている人々に言わせると、子供の私たちは子役時代の母とそっくりだそうです。


 大勢の人々の前で、母譲りの美貌と歌声を披露してしまった私たち姉弟は、一夜にして有名人になっていました。

 王立学園に登校直後から、外見だけで結婚を申し込んでくる人々や、王家に気に入られている私を敵視する人々に取り囲まれる羽目になったのです。 

 私は、見知らぬ人々とたくさん会話することになり、今日一日が地獄でした。


 ……私の言いたいことを簡単にまとめましょう。

 許されるなら、私たちに歌うように命じたレオナール様に、平手打ちをしたいです!

 いらぬ騒ぎを起こした責任、取ってくださいよね、王子様!

 

 心の叫びをしたところで、現実に戻りましょう。ようやく六時間目が終わり、放課後を迎えておりました。


「アンジェさん、大丈夫ですの? お顔に生気が感じられませんわ」

「寝込んでしまいそうです、クレア嬢。胃痛がひどいんですよ」

「まあ、持病がでましたのね」

「はい」


 机に突っ伏する私に声をかけてくれたのは、同じクラスの親友、クレア嬢です。

 レオナール王子の婚約者候補の一人。そして、将来の王妃筆頭候補である、東地方の公爵令嬢ですね。


 私はストレス過多になると、胃痛を発生することが多いんです。今日一日の学園生活によって、何度も胃痛みを感じましたからね。

 三時間目の途中からと四時間目。六時間目は、医務室でお世話になっていました。

 放課後は居住地である、王宮に帰るために、馬車待ちで自分のクラスに戻ってきたんです。


「今日の王妃教育を受ける方々は、ほぼそろいましたわよ。後は、西の伯爵家のご令嬢だけですもの、もう少しのご辛抱ですわ」

「……西のご令嬢は、うちの弟と同じクラスですからね。弟の騒ぎに巻き込まれて、身動きが取れないのかもしれません」

「……そうでしたわね。気長にお待ちしましょう」


 二年の私たちの教室の窓からは、校門の様子が良く見えます。

 王宮で王妃教育を受ける、王太子妃候補の皆さんは、王宮の馬車で送り迎えをしているので、この教室に集まってくるんですよ。


 キリキリする胃痛に耐えながら、弟たちを待っていました。

 今年の春から騎士団長の家に下宿している弟ですが、現在は王宮住まいです。

 王太子のレオナール王子に招かれて、北地方の私の領地からやってきた母や弟妹達が、王宮で過ごしていますので。

 母たちが滞在している間は、私と一緒に、王宮に登下校しております。


「待たせたな。一年以外は、皆揃っているか?」


 そんな声と共に、レオ様が教室に入ってこられました。王妃教育を受ける婚約者候補たちと一緒に、王宮に帰るためです。


「ええ、皆さん、お揃いでしてよ」


 クレア嬢は、貴族の微笑みを浮かべてレオ様を出迎えます。


「よし、校門に移動するぞ。アンジェの弟と西の伯爵令嬢が待っているはずだ」

「弟が?」

「人垣に囲まれる予感がしたから、僕のいとこと親友たちに迎えに行かせた。お前たちは僕の婚約者候補だから、僕が迎えに来たんだ」

「……やっぱりですか。昨日の歌のせいですね」

「ぐっ……そんな目で見るな! これでも、お前と弟を大勢の前で歌わせたのは、悪かったと思っているんだ」

「悪かったと思っているなら、今度から予行演習をさせるときは、人の居ないときにお願いします。もしくは、将来の見通しを立ててから、行動してください」

「……分かっている。観客ありだと、主演のお前たちに負担が大きいと、身に染みた」

「今まで、そういう裏方の手配は、秘書官の私が全部していましたからね。レオ様も、将来のお勉強だと思って、今回は頑張ってください」

「お前に任せていた仕事が、こんなに細かくて、面倒な作業の繰り返しだとは思わなかったからな。本当に勉強になっているぞ」


 王太子の秘書官。それが、私の肩書の一つです。

 秘書官の仕事の一つは、王太子が失態を犯したときなど、苦言を申し上げることですね。

 それから、王太子の思い付きの命令をスムーズに遂行できるように、考えて手配することもそうです。


 現在の私は、一部の秘書官の仕事以外を、新しい秘書官に引き継ぎ、秘書業務を休止しています。

 来月行われる、歌劇「雪の恋歌」特別公演の主演女優をすることになったので。

 この特別公演も、レオ様の思い付きで始まりました。秘書業務と舞台稽古を同時進行すれば、過労死する未来が予想できたので、私は秘書業務を休むことを選んだのです。


 レオ様は、今まで思い付きの命令は、私に丸投げしていましたからね。慣れぬ裏方作業で、苦戦されている様子が見て取れました。

 応援はしてあげるので、ご自分で責任をもって行ってくださいよ。



※※※※※



 胃痛を我慢しつつ、婚約者候補の皆さんと校門へ向かいました。

 何人もの生徒とすれ違いましたが、さすがに上司の王太子が一緒に居るので、私に話しかける人はいません。

 快適な廊下移動でしたよ♪


 校門では、宰相の子息のラインハルト王子の傍で、うちの弟が立っていました。姉の私を見つけると、声をかけてきます。


「あ、姉さん! そっちも大変だったみたいだね? 殿下から聞いたよ」

「あなたも、移動ができなくなるほどの騒ぎと聞きました。婚約の申し込みが、そんなにあったのですか?」

「ううん。昼休みに王太子様が宣言をしてくれてから、ぱったりと止まったよ。

帰りは同級生たちに、姫君との仲をからかわれて、弁解してもわかってくれないから、困ってたんだよ」

「ラインハルト様が、年長者の対応をしてくれたんですね?」

「うん。殿下には、本当に感謝してる。僕が怒って睨んでも、迫力がないから、無視するし。

どうして僕はお母さんに似ちゃったんだろう。お父さんに似れば、もっと素敵な男になれたのにな」


 ……長い前髪をいじくりながら、弟は話します。いつもは伸ばした前髪で、母譲りの顔を隠していますからね。

 父のような顔になりたかった弟にとって、優し気な容姿は、コンプレックスなんですよ。


「おい、前髪を全部持ち上げろ。ちょっと気になることがある」

「なんでしょうか、王太子様?」


 レオ様に命じられるまま、弟は両手で前髪を持ち上げ、オールバックの髪形になりました。 

 母譲りの優し気な容姿があらわになります。弟は母似の顔を気に入っていませんからね。少し顔がこわばっていました。


「……お前、目元は父上に似ているんじゃないのか? 母上はたれ目だが、お前はつり目だ。しっかりした意思を持てば、眼力が宿ると思うぞ」

「眼力ですか?」

「そうだ。今のお前は、自信が足りない。だから、自分を卑下することを言う。それが、意志薄弱になり、言葉にも、にらみにも、説得力を持てないんだ。

お前の姉のように、己をしかと持て。そうすれば、自分を貶める発言はしない。そして自信につながり、瞳に力が宿る」

「……王太子様は、そんなことまでわかるんですか?」

「わかる。四年前、領主代行として自信を失っていたお前の姉にも、王子として同じ助言をした。アンジェも、父上譲りのつり目だからな」

「姉にそんなことを?」

「そうだ。今のお前は、四年前のアンジェと重なる部分がある。お前たちは姉弟だ。血筋ゆえか、悩み方も似ているな。兄弟の居ない僕には、決して体験できないことだ。羨ましいぞ」


 弟を諭して、王子スマイルを浮かべる、レオ様。民衆心理を掌握することに長けた王族ですからね。

 弟のコンプレックスを見抜き、長所に変えようと動いてくださったようです。見守りましょうか。


「アンジェは、お前以上に母上に似た容姿だ。それでも、自分の力で、父上譲りの眼力を持てたんだ。

姉が手に入れたものを、弟のお前が手に入れられない道理はない。頑張ってくれ、期待している」

「王太子様が、そこまで言ってくださるのなら、頑張ってみます!」


 前髪からを手を離し、騎士の礼をとる弟。騎士の礼儀作法は、今年の四月から習い始めたばかりです。

 私の同僚である、騎士団長の子息殿よりは、つたないですね。

 ですが、私たち姉弟は、元舞台役者の母を持っていますからね。母譲りの演技力を発揮して、立派な礼儀作法を身につけるでしょう。


 弟の騎士の礼を見ていた、宰相の子息、ラインハルト王子は王家の微笑みを浮かべます。

 これは、何か思い付いたようですね。


 王子二人と私たち姉弟は、命令で同じ馬車に乗りました。

 王妃教育を受ける王妃候補たちは、王子たちと乗れずに不満そうでしたね。

 今日の騒ぎのことを考慮しない者は、慈愛なきものとして、婚約者候補を取り消すと、レオ様が一喝したので、渋々引き下がりましたよ。


 さて、馬車の中の会話に移りましょう。ラインハルト王子が、私の弟に話しかけてきました。


「ちょっといいですか? あなたに相談があります」

「何でしょうか、殿下」

「ずっと考えていたのですが、将来、私の側近になりませんか?

王族の近衛兵は、実力はもちろん、それなりの容姿がある方が望ましいですからね」

「僕の顔は母似なので、それなりの容姿だとは思いますが、実力は足りないと思います。

騎士団長の稽古を受けて、未熟さを思い知りました」

「剣術実力は、おいおい身につけてもらいましょう。側近に誘ったのは、頭脳を見込んでです。

あなたは、アンジェの弟です。今では領主代行として、アンジェから業務を引き継いでいますよね。

十五才にして領地経営をできる、政治的手腕を買いたいのです」

「えっと、その……姉さん!」


 自分に自信のない弟は、私を頼りました。

 弟は、領主代行です。私のように、一から十まで領主をやっているわけではありません。

 領民が生活するための基本的な土台は、私が整備しましたからね。

 弟は土台のでき上がったものを、引き継いだだけです。領地経営に、絶対的な自信を持ち合わせていません。


「……ラインハルト様、今は側近の話を保留にしてください。

弟は、領主の仕事をすべてやっているわけではありません。私と分担している部分も、多々あります。

ですから、少しずつ移行して完全に一人でできるようになれば、側近候補のお話を考えいただきたいです」

「……そうですか。姉のアンジェがそう言うなら、仕方ないですね。今は、経過を見守りますよ」


 残念そうに、肩をすくませるライ様。別のお話を始めました。


「その代わり、提案が一つあります。王宮に滞在している間に、他国の言葉を習ってみませんか?

王族の側近ならば、周辺の隣国の言葉を話せることが条件です。あなたは、もう北国の言葉が完璧ですからね。

勉強すれば、他の国の言葉も話せると思いますよ」

「他の国の言葉ですか……姉さん、どうしよう。お受けした方が良いかな?

僕は姉さんほど、頭が良くないから、話せる自信がないよ」

「大丈夫ですよ。姉の私も、末っ子のエルも、一年近く勉強して、日常会話くらいならできるようになりましたからね。

同じ両親から生まれたんです。私の弟のあなたも、日常会話くらいならできるかもしれませんよ。

無理だったら、北国の言葉を師匠の域まで極めればいいんです」

「エルも話せるの? だったら頑張ってみようかな。僕も、お父さんとお母さんの子供だもんね。

難しかったら、師匠の跡継ぎで、北国の語学教師になれば良いもんね」

「そうですよ、気楽に構えなさい」


 私たち姉弟に、北国の言葉を教えてくれたのは、先代国王陛下のご学友の言語学者です。

 北国の王族の子供たちに、我が国の言葉を教えるために、王家の推薦で北国へ渡っていたくらいの人物ですね。

 師匠は、王妃教育の語学講師として、今は我が国で教えています。


 ……まあ、王妃教育参加者で、北国の語学授業を真面目に受けているのは、私の妹のエルだけですね。

 他の王妃候補七名は、エルの付き添いで来られる、レオナール王子とラインハルト王子が目当て。おしゃべりが目的です。

 私たちの師匠は、おバカさんたちを見捨てて、平日の夜は手抜きの授業をしております。


 師匠が最も力を入れるのは、私の妹のエルと一対一で行う、昼間の個人授業ですね。

 妹は、北国の王子と婚約しており、将来は北国に嫁ぎます。生きていくために必要なので、師匠の情熱も違いますよ。

 二人の授業風景には、最近、領地からやってきた私の家族も加わりましたので、和気あいあい。

 家族も、師匠も、昔のようだと喜んで、勉強をしていますよ。


 ラインハルト王子の発言に戻りましょうか。


「そうですね……西国の言葉を習ってみませんか?」

「西国ですか? 殿下は、どのような基準で、僕にすすめてくださったんでしょうか?」

「私の母は西国生まれなので、語学講師だけではなく、私も教えられますから。

家族間の会話も、今のレオの側近たちとも、西国の言葉を使うときがあるんです。

それに、西国の講師は特別授業をしていて、王妃候補の西の伯爵令嬢も教えているんですよ。

だからちょうど良いと思うんですよね。レオもそうでしょう?」

「そうだな。ライの言うとおりだ。

西の伯爵令嬢は、同級生のお前が気を配って守るように、王立学園の入学時に皆の前で僕が命じていたからな。

講師と一対一で習うよりは、見知った者がいる方が緊張しなくて、勉強がはかどるだろう」

「王子様方のお心遣いに、感謝します」


 弟が頭を下げている間に、王子たちは私に向かって、頷きました。

 作戦の第一段階が成功したようです。


 実は王妃候補の一人、西の伯爵令嬢は、父君のせいで西国へ政略結婚させられそうになっています。

 密かに情報をつかんだ、王子たちは激怒。王家に逆らった伯爵家に罰を与えることにしました。

 現在は、反逆の証拠を集めている最中です。


 ですが、ご令嬢は被害者です。王子たちはご令嬢だけに慈悲を与え、私の弟の花嫁にする計画を立てました。

 うちの弟と伯爵令嬢をくっつけたい王子たちは、こうやって、策を張り巡らしているのです。


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