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37話 弟は人気者です

 王立学園の昼休み。目を閉じて、離れたところのクレア侯爵令嬢たちの会話に集中していたら、耳元で大声がしました。


「おい、アンジェリーク!」

「はい!?」

「あ、やっと気付きましたね。大丈夫ですか?」

「……はい?」


 王太子のレオナール王子が大声で叫ばれ、宰相の子息のラインハルト王子が私の顔を覗き込んでおられました。

 私はどきどき、周囲に注意を払い過ぎて、自分のことを後回しにする癖がありますからね。

 王子たちの訪問を忘れて、聞き耳を立ててしまいましたよ。

 こうやって、目の前の人の話を聞くのを忘れる悪癖を直さないと、まずいです。どうやって挽回しましょうか。


「やっぱり、僕のやったことが、精神的な負担になっていたのか。様子を見に来てよかったぞ」

「気絶することを知らないと、対処できないところでしたね。アンジェは、限界まで無理をするし、なかなか私たちに悟らせませんから」


 えーと、何がどうなって、お二人の会話なのでしょうか?

 思考回路を働かせてみようにも、情報が少な過ぎました。間抜けな言葉しか、浮かびませんでしたよ。


「あの……何かあったんでしょうか?」

「おい、しっかりしろ。僕たちが話しかけてたら、お前の目が閉じて、また意識が飛んだんだ」

「アンジェは無理をし過ぎると、突然、気を失いますからね。

ほら、以前も、レオが執務室のぐちゃぐちゃの本箱の整理を押し付けたとき、片付け途中で気を失ったでしょう?

様子を見に行ったレオが、真っ青になって、兵士を呼びましたからね」

「あー、あれな。うん、無理をさせ過ぎたと思って、反省している。

もうちょっと、秘書官の体調に注意を払わないと、王太子失格だと思っている」

「……レオ、棒読みですね。本当に反省しているんですか?」

「ライ、してるって! してるから、アンジェの様子を見にきたんだ!」

「まあ……あはは……。倒れた身としては、お恥ずかしい限りです」


 本箱の整理って、アレですよね。レオ様に嫌み混じりの苦言を申し上げたら、仕返しされたやつ。

 いじめっこの笑顔で抱き締められて、額に口づけられて、緊張感に耐えきれずに気を失ったやつ。


 レオ様と私以外は、真実を知りませんからね。なんとか誤魔化しておきましょう。


 ああ……思い出すんじゃなかった。恥ずかしさで、顔に血が登りましたよ!

 赤面した頬を、両手で押さえて隠しました。


「へー、アンジェでも、恥ずかしくなることあるんだ。恥ずかしがると、そんな表情するんだね」

「初めて見たっすよ。クールビューティーも、女の子っすね♪」

「か、から……かわない……で」


 ちょっと、外交官の子息殿、騎士団長の子息殿! レオ様みたいなことを言わないでください!

 恥ずかしすぎて、声がかすれました。うまく発音できません。

 レオ様に抱きしめられたら、いつもこんな調子でしゃべれなくなるんですよ!

 あのときの事を思い出した、私のおバカさん!


「なに、なに、照れてるの!? こんな一面あるんだ……本当に意外。

いやー、ギャップにやられて、惚れちゃいそうだよ」

「自分も、婚約者にこんな表情をされたら、理性が吹き飛ぶかもしれないっすね……」


 私の顔を横から覗きこむ、外交官の子息殿。

 ギャップにやられて惚れた人物が、すぐ近くにいます。


 さりげなく、のろけている、騎士団長の子息殿。

 ときどき理性が吹き飛ぶ人物が、すぐ近くにいます。


 その人物は、私の両肩に手を置きました。必死で訴えてきます。

 その人物の秘密を知っているはずのいとこも、焦っています。


「おい、アンジェ! その顔止めろ、すぐにだ。学園中の男が、お前に求婚に来たら困るから!

お前は僕の秘書官なんだぞ。お前を嫁に貰いたいって、貴族連中が僕に言ってきたら、対応に困るんだ!」

「そうですよ! さっきだって、弟君の恋人になりたいって言う、ご令嬢たちの対応をしてきたばかりです!

弟君の婚約者は、王家が斡旋すると言うことで、ようやく矛をおさめてもらったんですから!」


 あー、昼休みが半分過ぎてから、レオ様たちが来るのはおかしいと思ったんですね。

 私の弟の様子を見てきてくれたんですか。ありがとうございます。

 お礼を言いたいけど、まだうまくしゃべれないので、心の中で言っておきますね。


 えーと、私の弟は、優しげで女性受けする顔立ちなんですよ。絶世の美女である、母譲りの容姿ですので。

 本人は、父に似た、たくましい顔つきになりたかったようですね。

 ですから、普段は前髪を伸ばして、母似の容姿を隠していました。

 一見すると暗い印象なので、整った容姿が、人目につかなかったんです。


 ですが、昨日は、レオナール様のご命令により、特別公演の予行演習で、歌うことになったんですね。

 本人もやる気を出して、前髪を掻き上げ、オールバックにしていたわけですよ。

 整った容姿があらわになりますし、王太子が同行するので、正装をバッチリ決めております。

 歌劇の休憩時間、予行演習で歌ったときに、歌劇鑑賞に来ていた人々を虜にしてしまったんでしょうね。


 私がそんなことを考えていたら、レオ様の親友のお二人が違う意見を言ってくれました。


「アンジェ秘書の弟さんには、女の子だけでなく、姉妹の縁談を持ってきてる人もいたっすよね」

「アンジェの弟に縁談を持ちかける気持ち、分かる気がする。

もしボクの姉が結婚してなかったら、絶対に縁談をすすめてるね!」

「あー、まあ、自分も理解はできるっす。あの硬派な性格なら、浮気の心配がいらないっす。

動乱の北地方を平定した実行部隊だけあって、あの年で腕も立つっすからね。安心して付き合えると思えるっすよ。

見た目も考えれば、地方騎士団よりは、近衛兵向きっす」

「近衛兵って、騎士の花形じゃん! 将来の国王の側近として、キミの同僚確定だね。

パッと出の田舎貴族って思ってたら、顔はいいし、腕も確かだし。

平民の子孫でも、血筋に北の侯爵が混ざっているでしょう? 将来は伯爵家の当主になるし、良いところ取りって感じ」

「……自分の婚約者が取られないか、心配になってきたっすよ」

「大丈夫だって。キミと彼女は、お似合いだから。恋人って言うよりは、もう長年連れ添ったオシドリ夫婦。

二人のそばに居たら、こっちが火傷しちゃうくらい、仲がいいもん」


 ……なるほど。そんな視点がありましたか。

 確かに、弟は姉の私や、妹たちが居るので、女性に優しい性格です。

 それに、将来の伯爵家当主になるし、騎士団長に弟子入りしているので、出世も約束されています。

 

 ……姉の贔屓目(ひいきめ)に見ても、なかなか有料物件ですね。

 こんな男性に婚約者や恋人が居ないとなれば、飛び付く女性や、姉妹を勧める男性は多いでしょう。

 

 弟の件で、ちょっと冷静になってきました。ようやく顔の火照りがおさまりましたよ。


「よし、元に戻ったな。安心したぞ。それで本題だ。アンジェ、今日は何人の男に言い寄られた?」

「私たちと馬車から降りた直後に、三人ほど声をかけられて、断るのは見ました。

その後は、どうだったんですか? 今後の対処方法を練らねばならないので、正直に教えてください」

「……朝、教室にたどり着くまでで、十人。一時間目の後が七人、二時間目の後が六人。

ストレスで胃痛がひどくなったので、三時間目の途中から、さっきまで医務室でいました。

そして医務室から、教室に戻るまでに十八人です。言いがかりをつけてきた女性の集団は、数知れません」

「……やっぱりですか。アンジェは、子役時代の母君と瓜二つと、おじい様たちが言っていましたからね。

昨日、両親と一緒に歌劇を見物していた貴族がいたら、顔目当てで言い寄ったり、嫌みを言う者が増えると思ったんですよ」

「くそっ、昨日、歌わすんじゃなかった! 来月の特別公演の予行演習で、ちょうどいいと思った、昨日の僕を殴りたい!」


 ……本当に、レオ様に平手打ちをしたいです。

 あなたの思い付きのおかげで、また騒動に巻き込まれたんですからね。

 

「皆さん、お美しい女性とは結婚前提でお付き合いしたいと言ってきたので、王妃様のお言葉をお教えして、きっちりお断りしました。

なんで、男性は顔だけで付き合えるんですか!? 信じられませんよ!」

「名声目的じゃないのか? お前の場合は、三か月前に北国の王家に見初められた実績があるし。

北国は間違いなく、北地方を平定したお前の頭脳と、国境関係が絡んだ政略結婚だろうな。

僕だって、お前の頭脳を見込んで、秘書官にしたんだ。将来は、王妃の秘書官になることが決まっている」

「そうですか? 北国の半分は、アンジェの顔立ちだと思いますよ、レオ。

だって、子供時代の母君にそっくりってことは、大人になれば同じ顔の絶世の美女になる可能性が高いんですから。

王家の花嫁なら、顔と頭脳、両方を重視しますよ」

「顔か、顔なぁ? うーむ……まだアンジェは子供だぞ? 僕の婚約者候補たちくらい美しくなるには、あと数年はかかるな。子供を嫁には、できんだろう。

それに嫁を顔で選べば、どえらいことになる。僕は前回の婚約者候補で懲りた。王子の嫁は、顔と頭脳が必要だぞ、ライ」

「それは、私も同意見ですね。やはり、王家の花嫁なら深い知識と、国の顔になる美しさが必要ですよ。

アンジェが年相応に成長していたら、クレアと王妃頭候補の座を競えたかもしれませんが……外見が十二、三才ではね。

子供と年頃の女の子の美しさを比べるなんて、はなから勝負になりませんよ」


 ……いけしゃあしゃあと、猫をかぶりますね。この腹黒王子たちは。

 言っときますけど、レオナール様は、私を将来の側室にする気満々です。

 二人っきりになると、両手で抱きしめて、顔に口づけしてくるほど、気に入ってるご様子です。

 ロマンチストな王太子は、現実主義者の私の弱点を知りましたからね。

 恥ずかしさで動けなくなることを利用して、やりたい放題ですよ。


 ですが、王子たちの先ほどの物の言い方。

 私を王家の花嫁にするつもりはないと宣言して、世襲貴族からの矛先をかわす算段でしょう。

 私が王立学園を卒業した直後に、電撃婚約発表で、一か月経たないうちに王家に輿入れですかね?

 私も、貴族に矛先を向けられるのは、ごめんですからね。レオ様たちに任せておきます。


 私が王立学園を卒業するまでの一年半もあれば、策士のレオ様たちには十分ですね。私を王家の花嫁にする舞台を、完璧に整えるでしょう。

 私がレオ様の立場でしたら、まずは新興貴族との結婚に反対しそうな、無能な世襲貴族の力をそぎおとしますね。

 隅をつつくような不始末を探しだし、責任を取らせて、役職を降格させます。

 次に王太子の側近のような、王家に絶対忠誠を誓う貴族を、国政の中枢に据えますね。

 王家の権力基盤を固め、敵対しそうな相手を、静かに表舞台から葬り去るのです。


 事実、私が北国の王家に見初められたとき、我が家を手駒にしようと動いた貴族は、役職を降下させたり、辞任させました。

 おバカさんたちが勝手に自滅してくれたので、王家に必要ない貴族を三割ほど排除できています。

 残り七割は、様子を見ている所ですね。どうなるかは、本人たちの心がけ次第ですよ。


 王子たちとのお話に戻りましょうか。


「とりあえず、アンジェの嫁ぎ先も、王家預かりだな。お子様には、僕らが良き相手をみつけてやる」

「顔だけではなく、頭脳も求めてくれる家が良いですかね、レオ」

「はいはーい、じゃあ、ボクが立候補! ボクの家は外交を担う子爵家だから、頭が必要だよ。

伯爵に格上げになる前は男爵だったアンジェなら、子爵家に嫁いでも問題ないし。

何より、あんな可愛い表情をしてくれる、絶世の美女確定の花嫁なら大歓迎♪」

「絶対に無いな」

「ええ、ナイですね」

「なんで!? レオ様、ライ様、ひどい!」

「お前は、アンジェの事が分かっていない」

「さすがに、軽率な相手には任せられません」

「アンジェのことだって、レオ様たちと同じくらい知ってるよ! 側近仲間じゃん!」

「アホ言え! アンジェの顔を嫁の条件に出した時点で、信用度が急降下だ!」

「そうですよ! さっきだって、顔だけで交際を申し込んだ男を、アンジェは毛嫌いしていましたからね」


 あー、これは、王子たちの失策ですね。必死で誤魔化しています。

 外交官の子息殿の反論を、のらりくらりと交わしておりますから。

 親友のお二人には、私をレオ様の側室にすると、まだ告げてなかったようです。

 側室話は、王家の仮定段階なので、お話できなかったんでしょうね。


「アンジェ! ボクはキミを大切にするよ。だから、ボクと熱い恋愛をしよう!」

「無理です。私は今現在、恋愛にまったく興味がありませんので。

外交官の子息殿は、親友です。それ以上でも、それ以下でもありません」


 外交官の子息殿が、私の両手を握ってきたので、振り払いました。

 きちんと本音を告げて、お断りしましたよ。


「……即行、フラれたっすね。諦めた方が良いっすよ。現実主義のアンジェ秘書と熱い恋愛なんて、一生叶わない夢っす」

「ちょっと! フラれてすぐのボクの心を、えぐらないでよ!

あー、でも、アンジェは現実主義だって、忘れてた。熱い恋愛なんて言っても、きっと想像できないよね。

うん、なんかフラレても納得できた。アンジェは諦めよう」


 外交官の子息殿は、切り替えが早いですね。損得勘定で行動する面がありますから。

 現実を認識して、すぐに受け入れる。そういう意味では、私と似た者同士です。


「だから、レオ様、ライ様、ボクにも誰か紹介してよ。外交官の家を支えられるような、才女を!」

「……そのうちな。外交官ともなると、とにかく頭脳が必要だ。国の中枢を担うからな。

厳選すると時間がかかる。お前が成人するまでには世話するから、気長に待ってくれ」

「はいはーい、なら待つよ。ボクの花嫁って、どんな子になるかな? 楽しみ♪」


 ……本当に、切り替えが早いですよ。

 さすがに、外交官の子息殿に嫁いでやっていけるご令嬢は、限られるのではないでしょうか。

 同じくらい、さばさばした性格でなければ、会話がままならない気がします。


「うん? 予鈴か、帰らないと。

アンジェ、お前の嫁ぎ先は王家預かりだ。今後、言い寄ってきたやつがいれば、そう言って断れ」

「そもそも、現在の王太子の側近は、王家が婚約者の世話をしていますからね。

秘書官のアンジェも、対象ですよ。心配しないでください」

「言い寄られて胃痛が酷くなれば、医務室に行けよ。気を失ったら困るからな。じゃあな」

「また、放課後に会いましょう」

「じゃあね、アンジェ。また後で」

「無理したらダメっすよ」


 一仕事終えた王子たちと親友のお二人は、三年のご自分の教室に戻っていかれました。


 さて、五時間目が始まる前に、私も一仕事をしておきましょうか。

 レオ様たちと会話をする直前、私に嫌みを言ってくれた伯爵令嬢のところへ、移動します。


「伯爵家のご令嬢。さっきのお話の続きをしましょう。

あいにくと、色仕掛けをしなくても、王子たちは私のことを気に入ってくれています。

表面的にしか他人を見られず、内面の判断をしないあなたと違って、私の内面に目を向けてくれますからね。

私に集団で話しかけてきたご令嬢たちにも忠告しましたが、王妃様のお言葉をお教えしておきましよう。

『内面の心の美しさが、外見の美しさを作っていくのです』

それでは、授業が始まるので、失礼します」


 王子たちに睨まれ、うつむいていた、伯爵令嬢に助言をしました。

 半分以上、イヤミですけどね。端から聞けば、忠告しているようにしか聞こえません。


 私に攻撃してきた相手を、無傷で逃がすわけないでしょう?

 やられたら、やり返す、私の性格を把握しないから、反撃に合うんですよ、伯爵令嬢。

 きちんと相手の内面に、目を向けておくことですね。


「……アンジェさん、相変わらずですわね。やっぱりクールビューティーですわ」

「一年の半分以上が雪に閉ざされた、北地方の生まれだからでしょう。雪は冷たいけども、美しさを併せ持っていますからね」

「あらあら、さすが雪の天使ですわ。北地方の美人の代名詞を体現なさっていますわね。

レオ様やライ様も、そのようなところが気に入っておられるようですし」


 すれ違いざまに話しかけてきた、親友のクレア侯爵令嬢。

 私が雪に例えて返事をすると、コロコロと笑い声が帰ってきました。


「あぁ……まあ、気に入っては、いるでしょうね。

四年前に、初めてお会いしたときから、王子たちと言うか……さっきの四人とは、あのような感じですから」

「あら、初対面からですの? うらやましい関係ですわね。わたくしも、レオ様とそうなれると良いですわ」


 ……クレア嬢も、貴族のご令嬢なので、猫かぶりが得意ですね。

 ですが、瞳の奥に、私に対する敵対心が、見え隠れしておりますよ?

 王子様二人が、私に親友として心を許している姿を見たからでしょう。

 一応、事実をお知らせしておきましょうか。


「……あいにく、クレア嬢には、無理だと思いますよ。

私たちは、北地方の地獄の日々を半年間、共に過ごした戦友です。

生死を共にすれば、性別をこえた友情で結ばれて、当然ですからね。

クレア嬢は将来の王妃として、レオ様と愛情を深めたら、よろしいのです」

「アンジェさんの本心とは、思えない発言でしてよ? お年頃ですもの。

親友のわたくしにくらい、もう少し本音を語ってくださいな」


 ……なるほど、お年頃の本音と親友のおせっかいが混ざっている発言なんですね。

 さて、なんと答えましょうか。周りのご令嬢たちも、聞き耳を立てていますし。

 本音半分、建前半分が妥当ですかね。


「愛情は、伴侶が決まってから育むものと、思っています。

王家が嫁ぎ先をお決め下されば、将来の夫と家族になれるように頑張る所存ですね」

「まあ、恋愛結婚に憧れませんの? お心に決めた方がいるのでしたら、レオナール様に申し上げるべきですわよ」

「居ませんね。今は弟妹の結婚について手一杯で、自分の恋愛に興味が無い状態ですから」


 そもそも、レオナール様の側室になることが決定しているので、恋愛などあり得ませんね。

 将来の国王の寵愛は、正室の王妃に向けられるべきもの。側室に向けられれば、国が荒れる原因になります。


 それでも、王太子は、側室のはずの私に、過度な接触を求めてきます。

 推測するに、正室のクレア嬢との距離感が掴めず、失敗続きで寂しいからでしょうね。

 もう少しして、クレア嬢と愛情を育むことが出来れば、私への興味は薄れるはず。


 レオ様は、その辺りを理解しているようですけどね。

 その証拠に、私と二人っきりか、同志であるラインハルト王子が同席しているにしか、過度な接触をしてこないしないですから。

 将来の国王として、賢明な判断をされていますよ。


 さて、クレア嬢への返事に戻りましょうか。


「私は、雪のようなものかもしれませんね。見かけは美しくても、心が冷たく凍りついて、夢見ることを忘れてしまったようですから」

「アンジェさんが少しでも恋をなされば、雪解けが来ますわよ。愛の炎が、雪を溶かしますの。

溶かしてくれた方と、愛情を育み、素敵なご夫婦になりますわ」

「……申し訳ありませんが、その場面が想像できません。私は現実主義だからかもしれませんね」

「残念ですわね。……そうですわ! もう少し、恋愛歌劇をご覧になって、お勉強をなさればよろしいですわよ?

将来の結婚生活を想像して楽しめば、たくさんの希望がわいてくるはずですもの♪」

「なるほど。ご意見ありがとうございました、参考にさせていただきます」

「どういたしまして。アンジェさんは現実主義を捨てて、幸せを夢見ることも、必要ですわよ」


 先生が教室に来たので、クレア嬢から離れました。

 母譲りの演技力で、雪の天使の微笑みを浮かべて、お礼をのべておきました。


 ……クレア嬢には悪いのですが、恋愛歌劇は作り物として捉えてしまいます。

 割りきっているから、鑑賞できるとも言えます。

 歌劇は単なる理想の塊です。努力しても、手に入る現実ではありません。


 人生を生きるには、諦めが肝心です。現実を認識して、受け入れる潔さが必要です。

 私にとっての人生は、受け入れるしかない現実です。理想を追うものでは、ありません。

 過去も、現在も、そして未来もね。

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