36話 平和ですか? ……平和ですね
私の家族と、王太子のレオナール王子、宰相の子息のラインハルト王子、王太子妃筆頭候補のクレア侯爵令嬢が歌劇観賞に行った翌日。
王立学園に登校した私は、色々な貴族や平民の生徒に声をかけられました。
適当にあしらいながら、午前中をやり過ごしましたよ。
昼休みに入り、一息ついたところで、伯爵令嬢が話しかけてきました。
「アンジェさん。昨日のお歌を拝見しましたわよ。とてもお上手でしたわ」
「えっ、ご令嬢も、歌劇観賞にいらしてたんですか!?」
「ええ、レオナール様が歌劇観賞に行くようでしたから、わたくしも興味があって、お父様にお供しましたの。
いつもなら、鑑賞後は廊下でお話しできますのに、昨日はお早く帰られるから、残念でしたわ」
何人目でしょうか、この会話は。王妃候補に選ばれなくても、レオ様の心を射止めたいと願っている貴族令嬢は多いです。
正室の王妃は無理でも、寵愛を得れば、側室になれますからね。
そして、ロマンチストなレオ様は、ご令嬢方の理想、白馬の王子様の行動を簡単にやってのけます。
夢見がちなご令嬢は、愛さえあれば、白馬の王子様と、理想の結婚生活が送れると信じているのです。
貴族のみならず、年頃の女性にとって、これほど優良物件はないでしょう。
……当のレオナール様は、白馬の王子様を嫌っていますけどね。
王妃候補たちの前で白馬の王子様を演じた後は、ラインハルト王子と共に生きる屍と化して、側近の前で横たわっています。
王太子の秘書官である私は、常に王子の現実を目にしているので、白馬の王子様に夢を持てませんよ。
さて、伯爵令嬢との会話に戻りましょう。
「アンジェさんの弟さんも、歌声が素敵ですわね。お母様譲りだと、実感しましたわ」
「……お褒めにあずかり、光栄です」
「ですけどお母様は、本当にお美しいですわね。美男美女そろいの雪花旅一座の座長のご息女だけありますわ。
アンジェさんも、将来、あのようにおなりになるのですわね」
先制攻撃ですか。この後に続く会話は、もう想像するのも嫌なくらい、学園に来てから繰り返しましたよ。
「お顔がお美しいと得ですわね。平民上がりの男爵でも、王家の覚えがめでたいんですもの。
母子共々、どんな色仕掛けで王族に取り入ったのか、知りたいですわね」
……およ、直球で来ましたね。
普通、遠回しに嫌みを言うのですが。なかなか、骨のあるご令嬢です。
負けてられません。王妃様のお言葉をお教えして、やり返しておきましょう。
「黙れ。アンジェの両親は、両方とも北の侯爵本家の流れを組むんだ。平民でも、血筋は侯爵だぞ。お前の伯爵家よりも格上だ、口を慎め!」
「四年前に北の侯爵家の本家と分家が途絶えた今では、アンジェが北の侯爵の血筋を持つ、最後の貴族。王家が重用して当然ですよ」
聞き覚えのある声に、驚きながら、振り返りましたよ。
一つ上の学年である、レオナール王子とラインハルト王子。そして親友の外交官の子息殿と騎士団長の子息殿が、うちの教室に入ってくる所でした。
「いやー、アンジェの父方が、六代前に北の侯爵本家から花嫁をもらってるなんて知らなかったよ。レオ様たちから聞いて、ボクもびっくりって感じ」
「まったく、自分も同感っす。三代前の母方の旅一座と侯爵家の孫娘の婚姻は、アンジェ秘書が王宮に来るとき五代遡って調べたから、知っていたっすけどね」
外交官の子息殿と騎士団長の子息殿は、軽い口調で話しながら、歩いてきます。
「アンジェの両親って、両方とも北の侯爵家の本家の血筋を持つから、先代国王様がわざわざ仲人したんだって?」
「アンジェ秘書には周囲に実力を示して、秘書官の任を勤めてほしいから父方を黙ってたなんて、レオ様は人が悪いっす。
父方の血筋を周りに知らせてたら、成り上がり貴族って、王宮で影口を叩かれずに済んだっすよ?」
「それはそうだが……アンジェには、血筋にあぐらをかいてほしくなかったからな。
血筋にあぐらをかけば、平民を見下し、ろくなやつにならん。無能な貴族に成り下がる」
「そうですよ。血筋があっても、王妃候補にすら、名前が上がらない無能な貴族がいます。
逆に王妃の側近候補に選出され、王妃教育を受けられる平民もいます。
王家としては、無能な者より、有能な者を選んで当然でしょう」
親友から会話を引き継ぐ王子たち。仏頂面になったレオ様と、無表情になったライ様は、伯爵令嬢を見ました。
なるほど。そういう筋書きで、母から頼まれた我が家の侯爵の血筋を広める作業をしているんですか。
王宮勤めの世襲貴族をはじめ、新興貴族である我が家を嫌っている世襲貴族は多いです。
新興貴族なのに、王家に気に入られていますからね。世襲貴族としては、目の上のたんこぶなんですよ。
王家としては、権力を持ちすぎた世襲貴族の力を削ぎたいです。
新興貴族の我が家を重用することで、世襲貴族の権力を抑制。
なおかつ、北地方の侯爵の血筋が入ることで、世襲貴族の文句を封じ込める口実ができます。
北地方の侯爵って、東地方の侯爵と同じくらい、古い貴族ですからね。
「レオナール様、ラインハルト様、こちらの席にお座りください」
「先輩たちも、どうぞ」
「すまんな。感謝する。おい、お前たちも座れ」
「ありがとうございます、席をお借りしますね」
私の周囲の席の同級生は、不機嫌なレオ様たちに椅子を差しだし、そそくさと逃げ出しました。
王子様たちは怖がられている気配を感じたのか、王子スマイルを浮かべて、お礼を言います。
続いて、私のそばにいた伯爵令嬢に、再び仏頂面と無表情を向けました。
「うん? なんだお前、まだ居たのか? 僕の前から失せろ。さっきの会話を聞いていたが、不愉快だ!」
「私たちは、有能なアンジェと話をしに来たんです。無能なご令嬢は、邪魔をしないでください!」
王子たちの不興を買った伯爵令嬢は、顔色が変わりました。そそくさと立ち去り、自分の席に座ります。
カタカタと歯を鳴らしながら、うつむいておりました。
誰もご令嬢に話しかけません。こそこそと、周囲の男子生徒が様子を伺っていました。
彼らは、貴族の子息たちです。さっそく噂話を始めましたよ。
「……北の伯爵をバカにしたんだから、当然の報いだよな?」
「そうそう、北の伯爵は口調は厳しいけど、誰にでも優しいからさ。同じ伯爵でも、高飛車女とは大違いだ。
しかも、北の侯爵の血筋を引くなら、東の侯爵と同じくらいの歴史があるってことだろう?」
「そっか。同じ伯爵につくなら、断然、北の伯爵だな。レオナール様たちの理論も分かるよ」
男子生徒が言う、北の伯爵は、北地方を治める伯爵家女当主の通称。つまり、私のことです。
同じ伯爵階級ですので、私とご令嬢を比べるのは、仕方ないでしょう。
それにしても、誰も、うつむいたご令嬢に話しかけません。影口を叩く同級生は、私の味方をしていますし。
……去年に引き続き、王立学園の自主退学者は、増えそうですね。
おバカさんが自爆した結果です。しりませんよ。
ちらりと視線を巡らせると、東地方の伯爵令嬢と侯爵令嬢が会話をしていました。
王妃候補のお二人です。王立学園でも、王妃教育でも、顔を会わせておりますからね。
ついつい、会話に耳をすませてしまいましたよ。
「……アンジェさんが、北の侯爵の血筋って、本当なのかしら? クレア様は、ご存じでしたの?」
「ええ。ですけれど、お父様の血筋は、昨日、レオナール様に教えられて、アンジェさんと一緒に初めて知りましたの。
アンジェさんは、お母様の血筋は、我が国では価値がないからと、黙っていたご様子ですわね」
「まあ! ということは、家族劇団の雪花旅一座は、ほとんど全員、わたくしよりも、高貴な血筋をお持ちですのね」
「……全員ですの?」
「クレア様は、ご存じありませんの? 以外でしたわ。
あまり有名ではありませんけど、実は雪花旅一座は、親族結婚を繰り返して、あの美しさを保っておりますのよ」
「……そう、それで皆様、金髪碧眼に色白ですのね」
「そうなんですの。北の侯爵の血筋が、アンジェさんで四代目でしたら、今の団員の半分は同じ血筋をお持ちのはず。今後も増えましょうね。
若座長の舞台を見たことありますけれど、あの気品は、生まれ持ったものでしたのね。納得ですわ♪」
クレア嬢の幼なじみである、東の伯爵令嬢。クレア嬢が歌劇鑑賞が好きと知っていますからね。
幼なじみの親友のために、持てる知識を教えてあげています。
クレア嬢としては、あまり聞きたくない情報でしょうね。
親族結婚を繰り返すと言うことは、外部から血が入らず、一族の血筋を濃く保つことに繋がります。
そして、次に外部から雪花旅一座に入る血筋は、うちの弟と、クレア嬢は知っています。
両親から北の侯爵の血筋を引いた貴族が、元々北の侯爵の血筋を持つ一族に混ざるのです。貴族としての血筋は、濃くなるばかり。
権力の結び付きを重視して、親族結婚をあまりしない世襲貴族にとっては、雪花旅一座は驚異の血族集団になります。
クレア嬢が今後、私とどう付き合うか見物ですね。
将来の王妃のお手並み、拝見しましょう。




