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3話 療養中に、王子と懐かしい話をしました

 王宮の医者から、「心労が原因の出血性胃潰瘍」なる、診断結果が出されました。

 貧血が強く、最低二週間の絶対安静。完治には二ヶ月から三ヶ月かかるとのこと。

 国王陛下から、完全に治るまで療養を命じられ、秘書官の仕事と王立学園を休むことになりました。


 患者生活、四日目。とても暇です。


「あの、仕事したらだめですか? 学校を休むのは仕方ないとしても、領主の仕事が溜まっていると思いますので」

「アンジェ。自分の心配よりも、領地の心配か?」

「……レオナール様、睨まないでください。怖いです」


 ぼそっと抗議したら、仏頂面で見下ろしていたレオ様は距離を取ってくれました。

 レオ様は私が寝ている部屋に、毎日お見舞いに来てくれます。一日二回、学校に行く前と帰ってきた後に。


 王太子の秘書官である私の住まいは、王宮の住み込み使用人と同じ、居住区です。

 職場であるレオ様の執務室まで、徒歩数分で行けるのは、ありがたいですね。


「また血を吐いたのに、仕事ができるのか? できないだろう」


 実は、二日前の夕方、王太子妃候補のお二方が、お見舞いに来てくれたのです。

 ……が、お二人の帰宅後、私は心労で再び吐血してしまいました。

 将来の王太子妃の秘書、という立場である以上、どうしても色々と考えてしまうのですよね。職業病です。

 偶然、吐血現場を目撃したレオナール様は、過保護になりました。


「領地ぐらい放っておいても……」


 ジト目になってレオナール様を見つめると、仏頂面で押し黙りました。ふっ、眼力の勝利です♪


 冗談は横に置いておいて。本当に、領地が心配でした。

 五年前に亡くなった父から継いだ男爵領地は、三年前に貧乏領地になりましたから。


「……悪かった。北地方は、不毛の大地になったもんな。王子として復興支援して来いって、不毛の大地に放り出されたときは、父上を恨んだぞ。

お前の領地は、よく持ち直したと思う。他の無能な領主どもは、領地を、民を見捨てて、王都に逃げてきたのにな。

あいつらから貴族の爵位を取り上げ、平民に落としたが……失われたものが戻るわけじゃない」


 三年前、隣の北の国で、大きな内戦がありました。内戦の原因は、王家を乗っ取ろうとした公爵家の武力による反乱です。

 公爵家の首謀者は処刑されたと伝え聞きますが、私兵が残されました。

 私兵であった傭兵や、住むところを失った難民が、我が国の北地方一帯に流れこみ、治安が悪化したのです。


 皆、生きるために、本能に忠実になりました。

 領地で人々の苦しみや血の海を見たら、この程度の自分の痛みや吐血くらい、どうってことないですよ。


「アンジェ。お前、よくあの土地を治めようとしたな?

北地方の貴族は、お前の家だけしか残っていなかったし、……むしろ貴族が残っていたことに驚いた」

「北の名君と謳われた祖父が居たから、可能だったんですよ。子供の私だけでは無理です。

それに民は国の宝です。民が居るから国が栄え、貴族の私たちは生活できます。民を見捨てるのは、最終手段ですね」


 私が北の国の言葉を流ちょうに話せるのは、領地を治めるために勉強したからです。

 北からの難民を助け、傭兵と取引をし、元からいる領民と不和なく、皆を受け入れるため。

 成人前の子供が、領主として民の前に立つには、どうしても必要でした。


「あのとき、王宮からの治安維持支援兵のなかに、偉そうな態度のレオナール様たちが混ざっているとは思いませんでしたが」

「……僕は、丸くなったぞ。あの頃より、かなり大人になった。

あの土地でしばらく暮らせば、人生の価値観が変わる。僕の親友たちも、皆、同じことを言ったぞ。

僕らより年下の子供が、不毛の大地で領主をしていたんだからな」

「はいはい、存じております。王太子になったレオ様も、側近になった親友のお三方も、見違えりましたから」


 レオ様の親友……宰相の子息殿と、騎士団長の子息殿、それから外交官の息子殿のことです。


 半年の支援に一区切りつき、王都に戻られたレオナール様は、北地方での功績を称えられ、正式に王太子になりました。

 親友のお三方が正式な側近として任命されたのも、同時期です。


「王太子か……そういえば、同じころ、お前の領地が、公爵家に匹敵する広さになっただろう。僕に感謝しろよ」

「おかげで、祖父が泡を吹き、幼い弟たちまで領地経営の補佐をする羽目になったんですよね!」

「お前たちの手腕を見ていたら、大丈夫だと思ったから、父に報告したんだ。

北地方の領主問題に、早めに目処がついてよかった。一件落着だな♪」


 ……レオ様、そこは大笑いするところでは、ありません。

 まさか、領主が解任された土地全部、仮の領主として、私が治めるなんて思いませんでしたよ!


「レオナール様。二年半で、新しい領地を掌握する羽目になった私の苦労、考えました? 絶対、考えていませんでしたよね!?」

「お前なら、全然問題なかっただろう。祖父の補佐とは言え、事実上の領主を、立派に勤めてたんだからな。

そのうち、お前の弟たちも、王立学園で勉強させてやる。幼い頃から領地経営の実践教育を受けた、貴重な人材だ」

「弟もですか?」

「父が『是非とも将来の部下に欲しい!』と願ってるんだ。優秀な人材は、手に入れにくい国の財産だからな」


 レオナール様は、このあたりが王太子たる所以(ゆえん)ですかね。

 国の将来を、常々、お考えになられております。

 私の領地に来た、やんちゃな当初と比べれば、本当に大きく成長されましたよ。


「アンジェ。男爵当主の仕事は、明日から持ってこさせるように連絡しておく。ここ一年くらいは黒字になってきたんだ。いずれ、男爵から格上げもできるだろう」

「家柄の格上げですか……当主としては、嬉しい限りですね♪

男爵家では相手にされなかった豪商に、話を聞いてもらえる機会が増えます。

特産品を売り込み、流通経路を拡大、バンバン黒字にすれば、土地の改良や、街道の整備も進めやすくなります!」


 あ、しまった! ついつい、本音が出てしまいました。レオナール様がドン引きしています。

 ほどほどの利益に、押さえておかなくては。黒字が増えたことを理由に、復興支援費を打ち切られたら、たまりません。

 高位貴族は、そういう事には抜け目がないですからね。王宮に来て、よく分かりましたよ。


「……アンジェ、お前の考えていることは、なんとなくわかった。

まあ、領地が黒字経営になっても、国庫からの復興支援は打ち切らんから、心配するな。

アホなことを言う貴族は、僕が押さえる。僕の父上も、僕の親友たちも、許さないだろう」


 不敵に笑う、レオ様。これは王家の確約と、受け取ってよいでしょうか。

 公私混同ですけどね。


 秘書官ならば、たしなめる場面ですが、今の私は男爵家当主として話しています。

 領地に有利なことなので、黙っておきましょう。 


「それから、僕の婚約者候補の秘書の仕事も、持ってきてやる。そっちも頼むぞ」

「……私を王太子妃候補の補佐から解任してくれれば、吐血はすぐに治ります。王宮の医者も、そう診断をくだしたでしょう?」

「そうか。仕方ないな。しばらく、そっちは休め。母上や親友たちと相談しながら、なんとかしてみる」

「後任を決めていただけないのですか?」

「無理だ。王妃教育は、言わば人材育成だからな。

領地で職人を育て、特産品を作り出した実績のある、お前以上の適任はいない」


 ……側近候補って、烏合の衆の集まり? あれだけ人が居るのに?

 王宮の人材は、思ったよりも枯渇しているようです。

 体調が良くなったら、宰相の子息殿と、色々相談したほうが良いですかね。


「じゃあな、アンジェ。早く、きっちりと治すんだぞ」


 レオナール様は、思う存分、しゃべられたようです。

 機嫌の良い笑みを浮かべ、片手を振り、自室へ帰られていきました。

 学校でのストレスも、とれたみたいですね。一安心です。

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