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29話 王立学園で、侯爵令嬢をお誘いしました

 昨日の夜、王太子のレオナール王子から重大なことをお聞きしました。

 ついに伴侶となる将来の王妃を、お決めになられたのです。


 王子が理想の伴侶に求めたのは、知的な青い瞳と白い肌。

 語学力と国政の知識を併せ持つ、優秀な頭脳です。


 私の知る中では、王妃の筆頭候補のクレア嬢しか居ませんね。

 東国へ三年間語学留学されていた、東地方の侯爵令嬢です。


 青い瞳をお持ちですし、語学留学をされていただけあって、頭脳も優秀です。

 肌の色は、王都の貴族の中では、色白美人に入ると思いますし。

 今は少々、ソバカスが目立ちますが、大人になれば消えましょう。


 国政の方は……王妃教育で、覚えてもらうしかないでしょうね。

 クレア嬢は、高位貴族ですからね。語学留学ができるほど、裕福な家庭のご令嬢です。

 安定した領地で生まれ育ち、土地が乱れることを知りません。マニュアルに沿った、統治の方法しか知らないんですよ。

 北国の内乱の余波を受け、荒れ果てた領地を立て直し中の私とは、正反対ですね。


 もしも、クレア嬢が王妃になったとき。日照りなどで飢饉が起きたら、対処する術をもたないでしょうね。

 レオ様は私を側室にするおつもりのようなので、クレア嬢の足りないところは、私が補佐すれば大丈夫だと思います。




 さて、登校した王立学園で、クレア嬢を見つけました。同じクラスにいる親友なので、すぐに話しかけましたよ。

 クレア嬢の得意な、東国の言葉でね。


『おはようございます、クレア嬢。ご機嫌麗しゅう』

『アンジェさん、ごきげんよう。東の言葉でごあいさつなんて、珍しいですわね』

『ちょっとクレア嬢に、相談がありましたので』

『相談? どうなさいましたの?』

『今夜の北国の語学授業は、休みますよね? もしご予定が空いていたら、うちの家族や王子たちと一緒に、歌劇鑑賞に行かれませんか?』

『歌劇鑑賞? 王子様と言うことは……レオナール様が誘ってくれたのですわね♪』

『いいえ。雪花旅一座の座長の娘である、私の母が招待されていました。子供である私たちは、おまけですね。

母が見に行く歌劇「銀のバラの王子」は、まだレオナール様も宰相の子息殿も、ご覧になられたことが無いので、一緒に来られることになったんですよ』

『まあ、レオナール様がご覧になったことが無いんですの? わたくしも、その歌劇は見たことが無いですけど』

『見たことないなら、一緒に来られますか? 王子たちの親戚である、医者伯爵の王子様も同行されますな。

あのお方は、うちの上の妹の婚約者です。婚約者同士の親睦を深める意味で来られます』

『……ああ、そう言う意味で、わたくしにも、お声をかけていただけたのですわね。ありがたく、ご招待をお受けしますわ』

『かしこまりました』


 クレア嬢の同行決定ですね。

 今朝、レオナール様といとこの宰相の子息殿は、クレア嬢の同行を希望されました。

 王子たちは、将来の王妃をエスコートするおつもりのようです。


『二階中央の貴賓室を貸し切っておりますので、おくつろぎいただけると思います。

帰りは、少し遅くなるかもしれませんけど。歌劇団の公演のあと、舞台上でうちの母の歌披露を控えていますので』

『まあ、雪花旅一座の女優だった、お母様の歌が聞けますの!?

お父様にお願いして、帰宅が遅くなっても良いか交渉してみますわ!』

『王子たちが、護衛つきの王家の馬車で送り迎えをしますと、父君にお伝えを。

午後六時の開演なので、午後五時頃にお迎えに参上するとのことです』

『分かりましたわ。楽しみですわね♪』


 雪花旅一座は、国内外で有名な巡業旅一座です。我が国で最古の旅一座で、歌劇を売りとしています。

 母は旅一座の座長の娘でして、父と結婚する二十年前まで、主演女優をしていました。

 先代国王夫妻や、公演を見に行く歌劇団の座長をはじめ、未だに熱狂的なファンがいます。

 そんな母の歌を、クレア嬢が聞きたがるのも、当然ですね。



 さて、王太子の秘書官として、目的は果たしました。自分の席に戻りましょう。

 戻る途中で、さりげなく周囲を観察しました。

 同級生の数名はきょとんとした顔で、私とクレア嬢の会話を眺めていたようです。会話が聞こえてきました。


「北のアンジェリーク伯爵と東のクレア侯爵令嬢が、また東の言葉で会話してたな」

「あー、いつものことだって。侯爵令嬢は、突然、東の言葉で話し出すことがあるから、会話するのが大変だよ。

北の伯爵が通訳してくれるから、分かるけどさ。あんなに早いと、さすがに聞き取れないって」


 王立学園には、異国の言葉を学ぶ授業もあります。

 けれども、現地と同じ速度どころか、もっと早口で話すクレア嬢の言葉は、さすがに聞き取れない生徒ばかりのようですね。

 私がクレア嬢の会話速度についていけるのは、レオ様たちと日常的に異国の言葉で、色々な会話をしているからです。


「北の伯爵も、突然、北国の言葉で話すだろう?」

「あれは、北地方じゃ、当たり前らしいな。北地方の子供は、うちの言葉と北の言葉を話せるって話だぜ。

一年の伯爵の弟だって、突然、北国の言葉が混ざるから、噂は本当らしい」

「あそこは物騒だからな。現地に行ってまで、確かめる物好きはいないだろう」

「そうそう、あんな所に行くのは、命知らずのバカだけだって」


 ほう? 北地方の領主である、私の前で、よくもまあ言えましたね。

 ちょっとムカッとしたので、やり返しておきましょうか。


 無言で、話している男子生徒の背後に近づきました。

 うちの領地をバカにしている二人は気付きませんけど、周囲の方々は青ざめました。指差して、教えます。

 指差しに振り返った二人は、顔色が変わりましたよ。


「げっ、北の伯爵、ごきげんよう」

「……全然、ご機嫌うるわしくありません」

「いやー、あはは」


 北の伯爵や伯爵は、私の通称の一つです。主に男子生徒の間で、呼ばれていますね。

 私は、十六才にして北地方の領地を治める、伯爵家の女当主なので、敬意をこめてそう呼ばれているようです。


「……会話をお伺いしたところ、私の北国の言葉が、お気に召さないようですね。

来月の歌劇の特別公演も、見に来ていただかなくて、結構です。

物騒な北地方の雪の天使が演じる歌劇ですので、お二方には、見たくも、聞きたくもないでしょうから」

「そんな殺生な!」

「伯爵! 謝るから、お慈悲を、お慈悲を!」

「嫌です。許しません。大変気分を害しましたので」


 軽くむくれて、そっぱを向きました。

 父譲りの眼力は、発揮しませんよ。あれは、基本的に外交用の兵器ですから。

 今は母仕込みの演技力で十分です。


「あーあ、伯爵いじめた。かわいそうに。お前ら、女の子いじめて楽しいか?」

「いじめてないし!」

「いじめだろう。クールビューティな伯爵があんな顔するなんて、めったにないぜ」


 この表情をすると、周りの同情を引きやすいんですよ。

 私は、同級生たちよりも成長が遅れてて、たいへん小柄ですからね。外見も、うまく使えば武器になるんです。


「アンジェさん、こんなに謝ってますわよ。機嫌を直してあげてくださいな」

「嫌です、お断りします。領地をバカにされて黙っていたら、領主は勤まりません。

領主に謝るなら、それなりの言葉づかいがありますよね」


 騒ぎに気付いたクレア嬢が仲裁に入りましたが、ここで退くわけにはいきません。

 まだ退き時では、ありませんからね。交渉は、進退を見極めるのが重要です。


「えーと、北の女伯爵様、わたくしめの不躾な言葉を心よりお詫びいたします」

「伯爵様、僕がわるうございました。どうぞ、機嫌を直してください」

「……反省してますか?」

「もちろん」

「してます、してます」

「分かりました、許しましょう。歌劇も、見に来て良いですよ」

「やったー、さすが伯爵、話が分かる」

「あ、伯爵、お菓子あげるよ。仲直りの印」

「では、受けとります。わぁ……美味しそうですね。ありがとうございます。

クレア嬢、見てください。美味しそうなお菓子をいただきました♪」

「良かったですわね」


 ここで必殺、雪の天使の微笑み。

 美しい母譲りの自分の容姿は、自覚してますからね。使い時も心得ています。

 さっきみたいな子供っぽい台詞と共に微笑むと、たいていの人は油断して、親近感を持ってくれます。

 態度と表情による、アメとムチの使い分けは大事ですよ。


「……このお菓子を販売してるところが分かれば、弟や妹に買ってやれますね。今、領地から来ているんですよ」

「伯爵、それは中央通りの喫茶店のお菓子だよ。白い屋根が目印だから、行けばすぐに分かると思う」

「なるほど、あなたはそこで購入されたのですね。情報ありがとうございます」

「どういたしまして」


 仲直りの印にお菓子をくれた男子生徒から、情報をゲットしました。頭を下げて、感謝を伝えます。

 きちんとしたお礼は、相手の好感度を上げますからね。人間関係を円滑にするために必要ですよ。


 お菓子をカバンにしまうために、席に戻って着席しました。

 今度は、学園に登校してきたばかりの隣の席の女子生徒に、挨拶しておきましょう。


「おはようございます、ご機嫌麗しゅう」

「あ、アンジェさん、おはようございます。体調はいかがですか?」

「夏の暑さに参っています。南に行くとこんなに温度が違うとは、思いませんでした」

「北地方は雪が多いから、寒いと聞きますからね。お体に気をつけてください」

「お気遣い、ありがとうございます」


 こちらのご令嬢は、平民の生徒です。普通、貴族のご令嬢は、話しかけないんですね。

 私は、相手の身分に関係なく話す、珍しいタイプの貴族です。

 領地には、北国の難民や傭兵など、様々な人が居ましたからね。普段の気楽な会話では、身分なんて気にしないんですよ。

 身分を問わず会話すると言うことは、相手を見極めて、味方を増やすことに繋がります。


 まあ、うちの母が平民で、世界的に有名な旅一座出身と学園中に広がったのも、理由の一つでしょう。

 平民の生徒たちは、私に親近感を持ってくれる人が多いです。


 もちろん、平民の血を持つ、私を嫌う貴族の生徒も居ますよ。

 ですが、私は、現代の立身出世の代表格で、王家のお気に入りですからね。

 表だって嫌がれば、国王陛下の不興を買うと分かっているので、ほどよい距離感を保ってくれています。



 私の王立学園生活は、こんな感じですね。

 元々舞台女優だった母仕込みの演技力と、王太子のレオナール様から教わり、領地で培った民衆心理掌握術で、うまく立ち回っていますよ。

 一年生のときに、自分で思っていたよりも人望があったのは、こういったことの積み重ねでしょうね。

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