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26話 領地から最強の母が来ました

 六月の末。北地方から私の母と弟妹が王都にやってきました。

 三人は、去年、男爵家から伯爵家になった時以来ですね。

 下の妹が母にあうのも、その時以来です。


「おーちゃま!」(お母様!)

「エル! 大きくなりましたね……」


 妹は舌足らずの言葉で叫び、母に飛びつきました。抱っこされると、しがみついて大泣きです。

 王太子のレオナール様の思い付きで、将来の王妃の侍女にするために、王宮に置いて行かれた幼い妹。

 母の記憶の中では、下の妹は五才の姿のままで止まっています。ようやく六才に更新されました。


 北地方の伯爵家の我が家は、王家の庇護下にあります。

 長子である私は、王太子の秘書官に就職。末っ子の妹は、北国の王家に見初められ、将来の王子妃になるために、王宮で養育されています。

 次子である上の弟は、騎士団長の家に下宿しており、騎士道を学びながら王立学園に通わせていただいております。

 三子の上の妹は、医者になる夢をかなえるため、王宮の医者伯爵のご子息へ嫁ぐことが決まりました。


 四子の下の弟だけは、何一つ決まっておりませんが、生まれついての商才があったようです。

 昔ながらの特産品の藍染の布地と北の国の刺繡文化を融合させる、型破りなことを行い、北地方の新たな特産品を作りました。

 もともとは藍染の布カバンに刺繍を施していたのですが、刺繍職人が増え、藍染の反物に直接刺繍を施すことも、最近はできるようになってきました。

 その反物で作った服は、私や下の妹が普段着にしており、宣伝に一役買っています。


 傍からみれば、順風満帆の我が家ですが、ここに至る道のりは平坦ではありません。

 むしろ、運命のいたずらに翻弄された、被害者です。


 今から三年……いえ、季節が変わったので四年前ですね。

 北の国で、大きな内戦がありました。南地方を治める公爵家が、武力で王家を乗っ取ろうとしたのです。

 争いのせいで、南地方の民たちは住むところをなくし、逃げ場を求めて南下。我が国の北地方に、難民となって押し寄せました。

 さらに、内戦の末公爵家は負け、首謀者を含む一族郎党は、処刑されたのですが、公爵家の私兵が残されました。

 敗走した騎士は誇りを失い、落ち延びた我が国でごろつきに転落しました。

 また、公爵家に雇われていた傭兵も、同じ道を歩みます。


 北国の難民や敗走した兵士や傭兵たちと、我が国の国民たちの間に食料をめぐって、争いが起こりました。

 争いはどんどん大きくなり、北地方の領主たちが王都に逃げ出すほどの暴動になりました。


 国王陛下は、荒れた北地方を平定するために、一人息子レオナール王子を旗印にした、治安維持軍を編成します。

 この王国の軍は王都に近い部分から平定をすすめ、北上しました。

 北上途中で行き当たったのが、小さな内陸の男爵領。北地方で唯一逃げださなかった、領主の収める土地です。

 この男爵領の領主の父は、はやり病で既に亡くなっており、長子の私が領主代行をつとめていました。

 治安維持軍を率いていた、十三才の王子と領主代行の十二才の私の出会い。

 これが、私の立身出世物語の始まりです。



******



 国王陛下に謁見を済ませた母は、私と妹の部屋に待機していました。

 王太子であるレオナール様が、自ら訪問されるというのです。防音の効いた個室、私と妹の部屋での会話を希望されました。


 しばらく待つと、扉がノックされ、レオナール様が入ってこられました。

 鍵を閉め、立ってお待ちしていた、私の母に近づきます。

 母の前で片膝をつくと、王族としては最上位の紳士の礼をされました。


「我が名は、レオナールと申します。雪の天使の姫君、あなたにお会いできて光栄です。

そして、不勉強な我が国の貴族たちの無礼をお許しください。王太子として、お詫びを申し上げます」

「私は単なる伯爵家の未亡人です。王太子の王子様に、ひざまずかれる身分ではありませんよ」

「しかし、姫君、あなたはまごうことなき、雪の天使の血筋です。王族として、敬意を払うのは当然のこと。

そして、僕は王太子として、あなたと対話をしてくるように、父から役目を託されました」


 ……ついに、レオナール様は、将来の国王として、雪の天使の血筋と対話をするようですね。

 まあ、母は旅一座の座長の娘なので、演技はお手の物。王太子が相手でも、悠然と構えています。


「どうぞ立って、おかけになられて、春の国の王子様。家臣の貴族として、恐縮してしまいます」

「……分かりました姫君。お言葉通り、座らせていただきます」


 なんというか、芝居がかったやり取りですよね。

 ロマンチストなレオ様でしたら、なんとなく、こういうご行為をされるとは想像していましたけど。

 母はノリがいいので、とことん付き合ってくれると思いますよ。


「姫君、改めてあなたに報告しなければなりません。あなたの末の姫は、北国の王家に嫁ぐことになりました。

北国の王家は、伯爵家の雪の天使を花嫁に欲しいと、国王であるわが父に打診してきました。

四年前に、北の雪の天使の血筋が、無くなってしまったからでしょう」


 レオ様が母に最初に話したのは、下の妹の婚約についてでした。北国の雪の天使の血筋が無くなったから、欲しがったと。


「王子様は口がお上手ですね。北国の王家は小さな雪の天使ではなく、才色兼備の雪の天使を望んだと、娘からきいております。

どうして変更なさったのですか? あちらの言う通りにすれば、あなたの治世の間は、北の国との争いは起こらなかったでしょうに」

「あなたの一の姫は、我が親友です。才色兼備の雪の天使は、体が弱く、北に行けば儚く散ると判断したからです。

無理をして血を吐くような親友を、そのような目に合わせるわけにはいきません」

「血を吐く? アンジェリーク、母はその話を知りませんよ?」

「あ、あ、後でお話しします! お母様、今は前を向いて、レオナール様とのお話に戻ってください!」


 一の姫とは、私のことです。北国の王家は、最初、私を花嫁にと望んでいましたから。

 レオ様は、体が弱い私が、北に輿入れすれば、すぐに天寿が尽きると判断したから断ったと母に説明しました。


 私を振り返った母の視線が、前に戻った隙に、口元で人差し指を立てましたよ。

 レオナール様は二度瞬きをして、視線による会話を交わします。


『ちょっと! レオナール様、余計なことを言わないでください!

秘密です、秘密! 母に心配かけないように、黙っていたんですから!』

『すまん、手遅れだ。後で自分でフォローしてくれ』

『もう、身勝手なんですから!』


 視線を母に戻したレオナール様は、言葉を紡ぎます。


「それに、我が親友は、北の王家が望むほどの才色兼備。僕は王太子として、国益を損ねるような真似はできません」

「そうですか。医者を望んだ雪の天使、ニの姫は、王家の分家である医者に。小さな雪の天使、末の姫は北国の王家に輿入れ。

家督を継ぐべき雪の天使、一の若君は騎士団長の所で修行。

雪の天使の血筋を、見事に政治利用されましたね」


 上の妹は、分家王族の医者伯爵家の花嫁になることが、決まっています。下の妹は、北の雪の王家の王子と婚約中。

 上の弟は、いずれ私が家督を譲り、北地方の辺境伯として、春の国の軍隊を率いる予定です。

 私の弟妹を利用すれば、春と雪の国家関係は、丸くおさまりますからね。


「才色兼備の雪の天使、一の姫は、春の王家に輿入れさせて、手元に血筋を残すおつもりかしら?

ようやく春の国の表舞台へ戻ってきた、雪の天使の血筋を、春の王家が手放すはずありませんもの」


 一番上の娘である私は、春の王族の花嫁にして、手元に置いておくつもり?と、母は聞いてきました。

 春の王家が必要なのは本人ではなく、雪の天使の血筋だと指摘して。


 母の言葉に目を丸くしたレオ様は、再び私に視線を戻しました。私はあわてて、首を振ります。


『おい、アンジェ! お前、母親になんて話をしてるんだ?』

『してません、してません。私は自分の嫁ぎ先なんて、話してませんよ。母が勝手に言ってるだけです!』

『ちっ、頭の回転が早いな。お前のような娘ありにして、この母ありか!』


 少しだけ眉を動かしつつ、レオ様は母との会話に戻られます。


「いいえ、才色兼備の雪の天使は、血筋よりも才能を買っております。

あなたの一の姫は、とても弁論に優れる姫ですので」

「あら、娘を『弁論に優れる雪の天使』にしたのは、あなた方でしょう?

私の祖先とあなたの祖先が交わした、古き約束を、破ったではないですか!

ひっそり暮らしていた、私たち南の雪の天使を、表舞台に引っ張り出しておいて、そのお言葉?」


 あー、レオ様が押されていますね。実は、私の母も口達者なんですよ。

 何といっても、北地方の上半分を占領していた、北の国の兵が大人しく引き上げた理由。

 母と私が北地方を治める貴族の代表として、春の国の国王陛下と一緒に、北の雪の国王と対話したからです。


 私たちの投入は、春の国の起死回生の選択だったでしょう。

 あの動乱時、春の北地方で生き残っていた『雪の天使の血筋』は、両国にとって至高の宝石でしたから。


「お言葉ですが、姫君、もともと北の内戦を引き起こしたのは、あなたと祖先を同じにする、『北の雪の天使の血筋』です。

我が春の国は、愚かな雪の天使の被害者! それをお忘れなきよう」

「あら、私としたことが。そうでしたね。ならば、責任をとらねばなりません。

私の末の姫を、『春の国の貴族として、雪の国へ贈る』ことで十分でしょう?」


 レオナール様は、冷や汗を流しながら、ちらりと視線を私に寄こしました。私は視線をそらして逃げます。


『おい! お前の母上、お前以上に口が立つぞ!?』

『私の母ですから』


 レオ様は「納得したけど、納得いかない」という感情を浮かべて、母に意識を戻しました。


「春の国の王子様、本題に入りましょう。一の姫を、返してください。今、私の手元に居るのは、二の若君のみ。

一の若君と二の姫、末の姫を奪っておいて、なお、手に入れたいとお望みですか?」

「……しばらく考えさせていただきたい。才色兼備の雪の天使は、ここで新たな友をたくさん作られました。

その友と引き離す権利は、母といえど、無いに等しいかと。そして、雪の天使を心から手放したくない者もいます」

「あら、そう。少しは娘のことを分かっているのね、王子様」


 領地で母と共に暮らしているのは、上の妹と下の弟だけです。しかも、上の妹は、将来、お嫁に行きますからね。

 実質、下の弟だけしか、母の手元に残らないと訴えったようですね。

 有能な私を返せと言われて、レオ様は困りました。私の友人を口実に、逃げだします。


「ですが、一の姫は私と同じ『アンジェリーク』です。そのことをお忘れないように、春の国の王子様。

あなたと父君が、賢明な判断を下されることを、家臣の伯爵家として期待しています」

「……心にとどめておきましょう、南の雪の天使の姫君。それでは、失礼します」


 これにて、レオナール様と母の対話は終了です。

 最初に入ってきた時と比べ、やつれきった顔で、レオナール様は帰って行かれました。


「さて、一の姫。母と話をしましょう。そこに座りなさい」

「……はい、お母様」


 さすが最強の母です。王太子と話をしたのに、涼しい顔をしています。

 今度は、出血性胃潰瘍を黙っていたことについて、私がこってりと絞られる番ですね。



*****



 芝居がかかって、理解しづらかった母とレオナール様の会話。

 簡潔にまとめると、四年前に北の国で反乱を起こした南の公爵家と、家族劇団の雪花旅一座は、大元の祖先が同じなのです。

 五百年前に、北国の王家の血筋から分かれた、雪の国の公爵家の血筋です。


 だから、南の公爵家の一族郎党をすべて処刑した雪の王家としては、祖先の血筋を同じくする私を、南地方の新たな公爵家の花嫁として迎えたかったようですね。雪の天使の血筋を継承するために。

 結局、お嫁に行くのは、下の妹になりましたが。


 もう一度言いますが、雪花旅一座は、家族劇団です。親族内の結婚を繰り返し、血筋を濃く保ってきました。

 処刑された南の公爵よりも、ずっと濃い公爵の血筋を保っていると思いますね。


 旅一座内で親族婚をするはずの母が、田舎貴族の父を伴侶に選んだのは、運命の赤い糸で繋がっていたからでしょう。

 生前の父は、母にベタ惚れだった記憶しかありませんからね。


 旅一座の身分は平民です。母の見かけ上の身分は、平民です。

 田舎貴族とは言え、貴族が平民の正室を迎えるなど、常識外れもいいところです。

 普通では、あり得ません。貴族の誇りを、かなぐり捨てる行為ですからね。

 貴族であることを捨て、平民として生きていく。お家を取り潰しになっても、仕方ない行為です。

 それを母への愛情だけで、父は実行しようとしました。だから、母は父に嫁ぐことを決めます。

 平民の正室を迎えた男爵家が、当時の国王陛下から存続を許されたのは、母の血筋に価値があったからですよ。


 旅一座の身分は平民でも、血筋は北国の王家に連なる公爵家です。

 母は王家の血を引くので、貴族の父の正室になっても、問題ありません。

 むしろ、男爵としては、他国の王家の血筋を迎え入れるから、逆玉の輿に近いと思います。

 新興の田舎貴族でありながら、北国の古く貴い血筋を持つことになったのですから。


 古き血筋と貴き血筋が、貴族にとっての最大の財産です。

 貴族の血筋は古ければ古いほど、高位であれば高位であれるほど、良いとされるのが世の常。


 ようやく雪の天使の血筋の価値を知ったレオナール様は、これから、どう動かれるのでしょうか。



2018年9月24日、指摘のあった部分を修正しました。

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