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25話 王子の本音がダダ漏れでした

 今日の王妃教育の始まる前、隣国である西国の不穏な動きを、王太子のレオナール様に報告しました。

 レオ様の婚約者候補の一人、西地方の伯爵令嬢が、西国に輿入れさせられそうになっているのです。

 その情報自体は、六月初めにレオ様から教えられました。急いで配下の傭兵に、西国で情報収集をしてもらいました。

 六月も半分が過ぎた一昨日、ようやく手元にたくさんの情報が届けられます。

 様々な情報を眺め、分析をした結果、おもしろくない結論に達しました。

 憶測の結論をレオ様に伝えるのもどうかと思って、報告を控えていました。


 ですが、今朝確認したところ、西国に親戚以外の伝手のないレオ様たちは、私よりも情報をお持ちでなかったのです。

 仕方ないので、私の情報をすべて提供しましたよ。

 国王陛下や王弟の宰相殿に報告されたようなので、事態は早急に鎮圧できるでしょう。



 休日の王妃教育は、午後三時に終わります。今日は、レオ様は今朝のことがあったのか、午後のお茶会の授業にお見えになられませんでしたね。

 がっかりした婚約者候補の皆さんは、うちの妹と遊びながら四時までお待ちしましたが、妹がお昼寝に入ったので、残念そうに帰宅されました。

 妹を部屋のベッドに寝させました。夕食の時間に起きるまで、やっと私の自由時間です。

 小さな子供の面倒をみるのは、体力勝負ですからね。私も体を休めるため、ベッドで横になるつもりでした。


 妹の部屋から出て、廊下代わりの客間に出ると、廊下側の扉がノックされました。誰か来たようです。

 扉を開けると、満面の笑みでレオナール様が立っておられました。


「アンジェ、エルは起きているか? 遊びにきたぞ♪」

「しー、遊び疲れて昼寝中なので、起こさないでください」

「なんだ、つまらん。中に入れろ」

「寝起きの妹が泣いたら困りますので、今日はお引き取りください」

「お菓子を持ってきたんだ、エルと一緒に食べたい。料理人に、エルの感想を聞いてきてくれと、頼まれた」

「……かしこまりました。どうぞ、お入りください」


 お菓子ですか。夕食前なので、どうかと思いましたけど。

 料理人がわざわざ作ってくれたようですので、無下にもできません。

 仕方なく、レオ様を部屋にお通ししましたよ。


「レオナール様、そちらへお座りください。妹は、いつもの調子だと、あと一時間ほどで起きると思います。

お茶の準備をしますね。しばらくお待ちください」


 客間のソファーに案内しようとすると、レオ様はわがままを言われました。


「アンジェの部屋に入れろ、舞台衣装が見たい。花も持ってきた、いつものようにドライフラワーにしてくれ」

「……ありがとうございます」


 レオ様の部屋や執務室に飾ってある花は、時々入れ替わります。

 ロマンチストなレオ様は、まだ綺麗な花を捨てるのはかわいそうだと、私の部屋に持ってくるようになりました。

 ドライフラワーにできたものは、北地方にある私の領地に、各地の村々に物資と共に送ります。

 王子からの気の利いた贈り物は、北地方の国民や難民たちの心をつかんでおりますよ。


 レオ様を私の部屋にお通しすると、窓を指さして、命じられました。


「おい、カーテンを閉めろ。舞台衣装を先に見れるのは、王子の特権だからな」

「はいはい、ただいま」


 一人っ子のレオ様って、わがままなんですよ。うちの末っ子と同レベルですかね。

 入り口にたたずむレオ様の前でランプに明かりをつけ、窓のカーテンを閉めました。

 明かりをともすには少し時間が早いですが、夕暮れ時なので、良しとしましょう。

 薄暗くなった部屋を確認すると、レオ様は私のベッドに座りました。

 ……どうやら、私の昼寝の時間はなくなりそうですね。


「お待たせしました」


 衣装ダンスから完成したものを一つだけ取り出し、壁にかけてお見せしました。


「これは、どの場面だ?」

「二幕で一番下に着るドレスですね。上着の方は、まだできていないのです」

「そうか。雪の恋歌は、基本的に一番下は白い衣装が多いな。雪をイメージしているからだと思う。上に着る衣装は、役者によって全く違うが。

王都の歌劇団の最終幕を何度も見たが、劇団によって違った。花をイメージした淡いものだったり、愛情をイメージした赤だったり、金髪を強調するための黒だったり様々だ」

「さすが、よくご存じですね」


 夢見がちなレオ様は、歌劇観賞が趣味です。演技や歌に注目するタイプで、知識が豊富なんですよ。

 物語の内容に酔いしれる観客が多い中では、稀有な楽しみ方をされる観客ですね。


 新しく完成した衣装に興味が向いていたので、私は自分の椅子に座ろうとしました。


「そこじゃないだろう。今は二人っきりだぞ。隣に座れ、命令だ」


 ……目ざといですね。手招きされて命じられたら、逆らうわけにはいきません。レオ様は王子ですし、私は家臣ですからね。


 何回か、お断りしたこともありますよ。

 ですが、レオ様は私よりも背が高い男性ですので強制連行され、あきらめました。

 

 渋々、距離をあけてベッドに座りました。

 仏頂面になったレオ様は、私の手をつかむと、引き寄せました。バランスが崩れるのもおかまいです。

 腰に片手が届くと、力を込めて引き寄せました。逃げようと身をよじると、両手で動きを封じ込められます。


 だから、なんでいつも、そうやっていじめるんですか!

 なんとか、声を振り絞りましたよ。かすれ声で、ほとんど抗議になってないですけど。

 私の精一杯の抵抗です。


「あの……近すぎ……」

「抱きしめてるからな」

「お離し……」

「離さない。いつもエルが居て、将来の恋人を喜ばせる練習ができない。今ぐらい練習させろ、命令だ」


 命令と言われれば、逆らえません。そもそも、体格や力の差があるので、自力で脱出するのは無理ですし。

 心の中で、おバカさんに悪態をつきながら、大人しくしていました。

 と、急に顎の下が押され、上を向かされましたよ。


「……なん……ですか?」

「お前の唇に口づけようか悩んでいる。恋人同士はそういうことを、するみたいだからな」


 ……はい? 何を言うんですか、この人。真顔で言いますか?

 いくら練習でも、限界がありますってば! ついつい、おびえてしまいます。


「冗談だ、頬で勘弁してやる。それなら、いいだろう?」

「……はい」


 やっぱり、からかっていたんですね。

 ぎゅっと目を閉じて、やり過ごしましたよ。


 普通にこんなことをやる、レオ様の神経が信じられません。

 夢見がちなロマンチスト王子は、平気でできるようです。全く相容れないお人です。


「そうやって、すぐに顔が赤くなる所を見ると、お前が女だと実感する。

口づけされて喜ぶ女よりは、恥じらいを持つ方が、よほど僕好みだ」


 ……好み? ああ、一月くらい前に言っていましたっけ。

 自分を一途に思ってくれて、恥じらいのある伴侶が理想だと。

 レオ様は、理想の条件が多すぎると思いますけどね。


「アンジェ、いい加減、何かしゃべれ。口達者だろう。僕は恋人と甘い語らいをするのが理想なんだ」

「……離して……」

「不合格。恋人との過ごし方の練習中なのに、離したら意味がない」


 ……レオ様は、理想の条件が多すぎると思います。

 あと、女心の分からない、唐変木です。

 そう言う台詞は、実際の恋人に言うべきですよ。


「……お前、こう言うときは、本当にしゃべらないよな。

まあ、その内なれてくれば、もっと口が回ると思うが。気長に待つか」


 言葉を発する身体の動きは伴わなくても、思考回路は回るようになりました。

 きちんとしゃべれるようになったら、皮肉混じりの苦言を言うのが目標ですからね。楽しみにしていてください。


「はあ……それにしても朝から疲れた。お前の情報は助かったが、やらないといけないことが増えた。

まあ、今日は婚約者候補たちに会わないで済んだから、まだマシだな。本当に休んで良かった」


 肩に顎を乗せないでください。重たいです。

 疲れたなら、さっさと手を離して、帰って休んでください。私も昼寝したいんですよ。


「あいつらとの会話は、楽しくない。なのに気を使わないといけないんだ。

お前みたいに、気軽に話せない。ずっと気を張りつめて、心底疲れる。

王太子の義務だと思って、仕方なくやっているが、本当はやりたくない。

僕は、やすらげる嫁が欲しいんだ。気を張りつめて過ごすなんて、絶対に嫌だ!」


 まあ、私たちは本音で話せる親友ですからね。王妃候補は、カッコいいところを見せる恋人ですし。

 心を許してる友人に接するのと、将来の伴侶に接するのでは、対応が変わるとは思いますよ?


「あのな、今度、せっかく一日休みを作っても、あいつらを誘って出かけないといけないんだ。気を張りつめて過ごす休日なんて、休みじゃないぞ!

いとこも一緒に行くから、本音をもらすことも出来ないし。

……分かってる、いとこだって疲れるんだ。僕と同じく、王子として振る舞わないといけないから。

出かけた後は、二人して自室で生きる屍なんて、おかしいだろう。こんなの、理想の恋人との過ごし方じゃない!」


 ああ、愚痴ですか、愚痴ですか。はいはい、聞いて差し上げますよ。

 心が大変、お疲れのご様子ですね。夢を追い求めるから、疲れるんだと思いますけど。

 現実を認識して、受け入れれば、楽になれるんじゃないでしょうか。


「あいつらと出かけてる間も、僕らの仕事は増えるんだ。どうせなら、仕事しながら恋人と過ごしたい。

婚約中の母上は、父上が忙しいときは文句も言わずに、ずっと一日執務室で付き添ってくれてたんだ。僕だって、そうして欲しい。

慈愛の眼差しと優しい微笑みで、夫を支えるのが、嫁だろう!?

なのに、あいつらは会うたびに『この日の休みは、遊びに連れて行って欲しい』ばかりだ!」


 あー、なるほど。レオ様はご自分では気付かれていませんが、国政に興味がある伴侶が希望のようでしたからね。

 仕事の大切さを分かってくれない、王妃候補がもどかしいんでしょう。

 仕事が大事だと、説明したらいかがですか?


「お前は、僕の仕事の大切さを分かってくれているのに……なんであいつらは、分かってくれないんだ?

公務があるから無理だと説明したら、『じゃあ、次の休みはいつですか? お茶会に呼んで下さい』とか、『舞踏会に招待してエスコートしてください。一緒に踊りましょう』なんて、アホなことを言い出すし!」


 あー、説明したけど、無駄だったんですか。心中お察しします。

 私は王太子の秘書官なので、王妃教育が無い日は朝から晩まで、側近としてお側で過ごしますからね。

 レオ様のお仕事を思う姿も、大変さに現実逃避して仕事をさぼる姿も、全部知っております。当然ですよ。


「将来、王妃になれば、公務が押し寄せるんだぞ? 優雅にお茶会して、舞踏会に参加して、遊ぶわけじゃないんだぞ?

母上があれだけ毎回熱心に教えているのに、あいつらは、なに聞いているんだ。信じられん!」


 まあ、今日の午後のお茶会の授業の意味すら、理解されていないご令嬢ばかりですからね。

 お茶会の授業は、本来なら、机や席の配置を考える所から、始まるんですよ。

 どのようなお茶っ葉とお菓子を準備して、どのような花を飾って、誰をどこに座らせるかも、考えます。

 これらは、気賓客をもてなす、基本になりますからね。


 王妃様は最初から午後のお茶会授業に参加できるときは、食事マナー教育が終わる一時頃を見計らって、広間にやってこられます。

 使用人や侍女よりも、先に到着しているのです。

 王妃教育を受ける方々に、準備場面を見せようと思って、何にも準備されていない会場で待っているのです。


 いつも十分間待ってから、王妃様の失望のため息と共に、私たち使用人たちは動き始めます。

 お茶会の授業が始まるのは、一時半。それまでに飾り付けなどを、準備しなければなりません。

 王妃様はあれこれ指示を出し、お茶会会場を作り上げます。準備する私たちは忙しいですよ。


 のんきなご令嬢方は、おしゃべりに花を咲かせて、一時半ぎりぎりに来ますね。

「あら、まだ準備ができてませんの?」と言われたときは、「おバカさんたちのために準備をしているわけでは無いので」と、心の中で言い返しておりますよ。


 お茶会授業が終わった後の片付けも、一応、王妃教育の一貫です。

 さっさと帰るご令嬢は、王妃様の仕事を知らないでしょうけど。

 食器類の数や傷の有無なと、点検報告を受けるのです。

 それから、使ったお茶っ葉やお菓子の種類の個人の記録なども、必要ですね。

 各国の王族が来たときに、好みを把握し、贈り物などに活かすのです。


 私が裏事情を偶然知ったのは、使用人の知り合いたちを手伝おうと、食後すぐに広間に行ったからですよ。

 自分で考えて、自主的に動くことも王妃教育のうちだと、笑って出迎えた王妃様が教えてくれました。




「アンジェ? おい、アンジェ、アンジェリーク!」


 気がつけば、レオ様に肩を揺さぶられておりました。


「アンジェリーク!」

「はい?」

「良かった、気がついたんだな! 前に抱きしめてて、気を失ったことがあったから、焦ったぞ」

「……ちょっと意識が遠くなっていました」

「あ、やっぱりか。すまん、やり過ぎた」


 今後の王妃教育について考えていたら、意識が遠くもなりますよね。

 レオ様には、黙っておきますけど。少しくらい、ご自分の行為を反省していただきたいです。


「言いたいことを言っていたら、お前の体調に気を配るのを忘れていた」

「レオ様もお疲れのようなので、仕方ないと思っております。お気になさらず」

「……本当に僕は疲れているんだな。王太子が、こんなつまらないことで、悩むなんて」


 自嘲ぎみに笑うので、ご提案をしました。


「妹が起きるまで、ベッドで横になりますか? 私も横になりますから」

「……アンジェ、自分の言ってる意味がわかっているのか?」

「疲れたのなら、一緒に昼寝しようと提案しました」

「……なあ、ちょっと聞くが、夜伽(よとぎ)って、知っているか?」

「確か……人前で口に出すべき言葉ではなかったと、記憶しています。

発音は知っていますが、何を意味するか知りません。詳しいことは、将来の夫から教わるように、母から言われておりますので」

「……男としては、ものすごく嬉しい回答だな。お前の母上に、心から感謝する。

だか、今後、男に一緒に寝ようとか言うな。おもいっきり問題発言だぞ」

「なるほど、これも人前で口に出すべき言葉ではないのですね?」

「……まあな」


 レオ様は、ため息をついて、うつむかれました。右手で額を押さえる辺り、疲労が蓄積されているようですね。

 大丈夫でしょうか?


「レオ様、お疲れでしたら、自室に戻られますか? お菓子は妹に渡しておきますので」

「……いや、客間で待つ。ソファーで横になって、しばらく寝る。

衣装を片付けたら、ランプはあっちに持っていくぞ。エルが目覚めたら、明かりに気づいて起こしてくれるだろう。

お前も、しばらく横になれ。疲れてるだろうからな」

「お心遣いに感謝します」


 お見せした舞台衣装を、衣装ダンスに片付けました。そのまま、ベッドに入ります。


「おやすみ、僕の天使、アンジェリーク」


 ベッドの端から見下ろしていたレオ様は、軽く笑うと私のほほに口づけされました。


「いつの間に、雪の恋歌、一幕の場面を覚えたんですか? エルと遊んでいるときですか?」

「……内緒だ。じゃあな」

「あ、はい。おやすみなさい」


 ランプの灯りが遠ざかり、扉の向こうに消えました。部屋の中に、夕闇が訪れます。

 目を閉じると、すぐに眠気がやって来て、夢の世界に連れていってくれました。



2018年9月24日、指摘のあった部分を修正しました。

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