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24話 人の上に立つのは、覚悟がいります

 六月も半が過ぎました。初夏の暑さに耐えながら、一時的な秘書業務に復帰しています。

 将来の王妃の側近候補たちが、夏の歌劇観賞に着ていく服ができるまでの期間限定ですがね。

 後任の新米秘書官は、大変有能ですので、私が行っていた王太子の秘書業務の引継ぎは、ほぼ完了しました。

 ただ女性の衣服準備に関しては、女性の情熱に負けるそうです。男性の新米秘書官殿は、この仕事だけは断固拒否しましたよ。


 休日の王宮で、王妃教育を受ける皆さんが到着するまで、レオナール様の執務室で過ごしていました。

 執務室の片隅にあるソファーで、お茶をお入れして、皆様にお出ししました。


「アンジェ、おかわり」

「もう飲まれたんですか?」

「ここに座って、入れてくれ。まだあるだろう?」

「はいはい、かしこまりました」


 レオナール様が手招きするので、右隣にお邪魔しました。いつもの指定席に座り、ティーポットからお茶をカップに注いであげます。

 王妃の側近候補仲間、豪商のご令嬢経由で輸入した、東の倭の国のお茶が、レオナール様の最近のお気に入りのようです。

 私も同じお茶を飲みながら、王妃教育の様子と、今後の方針を聞かせていただきました。


「宰相の奥方候補、南地方の男爵令嬢を、ゆくゆくは側近候補に変更させて、南の海の国の語学講師にですか?」

「そうです。男爵のように家柄が低いものを、王位継承権三位の私の正室には出来ないというのが、父の見解ですね。

アンジェは別ですよ。男爵家から伯爵家に爵位が上がったうえ、北国の王家の親戚になることが決まっていますからね」

「まあ、お前の弟の嫁になる、西の伯爵令嬢は、将来的には西の戦の国の語学講師にするんだ。語学講師が増えるんだから、問題ない」


 胸を張って、言い切る王太子。古くから居る親友の側近と、新米秘書官殿を含む新しい側近たちも、同意した顔です。


 ……どうしてこの王太子は、夢見がちなんでしょうか?

 むしろ、男性は理想を追い求める傾向があるんでしょうか?

 皆さん、現実をきちんと認識してから、発言して欲しいものです。


「レオナール様。そういうことは、西の伯爵家の政略結婚を潰してから言ってください。まだ、決着がついていませんよね?

ご令嬢は、西国に嫁入りする予定だから、王子の慈悲で戦の国の言葉を教えて貰っていると思っているようですよ」

「……当主の王家離反の確実な証拠がないから、まだ潰せん。証拠が届くのを待っている」

「西国のおじ上も、新興伯爵当主の考えている見合い相手を、水面下で探しています。貴族の候補が多くて、時間がかかっているようなんですよ。

もちろん、我が国の間者も、国内外を探っています。西の伯爵家の取引先の五つまで絞りました。どの線か、洗い出し中です」

「見切り発車の発言でしたか。将来の見通しを立てるのは構いませんが、将来の国王としてはマイナスの発言ですよ」

「そう責めるな。分かっている、僕のミスだ。西国に訪問したときに、信頼できる友人を作っていれば良かったと痛感した」

「私も同感です。王立学園の留学生では、伝手を作れるのが卒業後になりますからね」


 お二方は、西国に親戚以外の伝手がないようです。

 宰相の子息殿の母君は、西国の王家の出身なので、あてにしていたようですが、あてが外れたと言ったところですね。

 お二人が情報を持っていないのは、予想外でしたよ。


 ……どうしましょうか。私の情報を提供した方がいいかもしれません。

 できれば、腹黒のお二人には秘密にしておきたかったんですがね。以後、思いっきり、利用されそうで嫌だったので。

 しかし、うちの弟の花嫁予定が絡んできますからね。背に腹は代えられないです。


「……宰相の子息殿。西国の『北地方の伯爵家』『東地方の子爵家』『王都の豪商の反物問屋』を調べるように、依頼してみてください。

私の見立てでは、戦の国に留学中の……彼女(・・)が、春の国の混乱を望んで、戦の分家王族の伯爵家と組んでいるようでした。反物問屋は、利害の一致で組んだのでしょう。

東地方の子爵家は、表面的な嫁入り先ですが、だまされて片棒を担がされている被害者かと」

「なんだ、その情報は? お前、どこでそんな情報を手に入れた!?」

「レオナール様、うちの領地は藍染産業が特産品ですよ? 周辺の業界動向は、常に観察しています」

「……さすが、アンジェですね。私たちよりも、詳しい情報を持っているとは。本当に侮れないです」


 腹黒策士、降臨ですね。レオ様は、氷の視線で貫いてきました。

 目の前の宰相の子息殿は、王家の微笑みを浮かべています。が、冷たい瞳でした。

 このお二人は間違いなく、いとこ同士ですよ。


「……西国の豪商の反物問屋から、染める前の麻の反物販売の値段を釣り上げられましてね。値下げ交渉したら、以後の取引を断られました。

新たな取引先が、分家王族の伯爵家のようなのです。あそこも、ここ五年くらいで有名になってきた、新しい藍染の産地ですからね。

原料の反物が入ってこないと、うちの領地の産業は完全につぶれますよ」

「おい、北地方の産業がつぶれたら、困るじゃないか! 王太子として、僕が許さないぞ!」

「レオ様、まず続きを聞いてください。東地方の子爵家は、平民の豪商の反物問屋とは、母方の薄い親戚関係になります。四代前に血がつながるはず。

平民の商人に嫁に出して、資金援助を受け取るのは、下位貴族ではたまに行われる政略結婚ですからね」

「母方の親戚ですか? 四代前の平民との結婚となると、西国の私の親戚では、意識が向かないかもしれませんね。

王族ゆえ、貴族は調べていても、平民は意識の外のはずです」

「ご理解いただけて、なによりです、宰相の子息殿。

あっちの子爵家は、顔の広い豪商に花嫁を探してくれるように、依頼していたようですね。

小麦農地の弱小領地で、情報には疎いはずです。あてがわれる花嫁が隣国の王妃候補と知らなくても、おかしくありません」

「うちの西の伯爵家とは、豪商の反物問屋が取引してるんですかね、レオ?

たしか、あの領地は、一年を通して作られる麻の反物が売りでしたから。

アンジェの領地は、販売を断られたんでしたっけ?」

「はい、四年前に二回打診しましたが、断られました。料金の払えない、貧乏な領地は信用ならないそうです。

今度言ってきたら、国王陛下に詐欺として訴えると、追い払われました。

仕方がないから、東西の国に流通経路を求め、安かった西の戦の国の豪商から麻の反物を輸入し、藍染反物にして国内販売していました。

ただ、ここ一年くらいで、我が家の情勢が著しく変化しましたからね」

「男爵から伯爵に、格上げ。妹のエルは北の雪の王子と婚約。お前も、王太子の秘書官になって、立身出世をとげたからな。

そこにつけこんで、麻の反物の値段を釣り上げてきたか。いくら外見がよくなっても、領地は貧乏のままだぞ?」

「ええ、雪の国の難民を抱えていますからね。それに加えて、広くなった領地を、復興させている途中ですし。

反物の値段を上げられたら、買えませんよ。豪商は当てが外れたので、戦の国内にある伯爵家に乗り換えるつもりなんでしょうね。

分家王族ならば、取り引き相手として、申し分ありませんから」


 うちの荒れ果てた土地では、藍染産業関係が唯一の収入源です。ようやく黒字になりましたが、領民や難民を食べさせていけるほどではありません。

 麻も栽培していますが、領民や難民たちの衣服や食料、家畜の飼料にして使い尽くし、販売できる余裕がありません。

 染める前の反物の値段が上がれば、仕入れができなくなり、藍染産業がつぶれます。


「ちなみに、我が国の反物流通は、最近、西国の豪商反物問屋に押されぎみですよ。

将来の王妃の側近候補である、ご令嬢の実家に協力を依頼して、盛り返そうと共同作戦を開始したところです。効果のほどは、近々お見せできると。

三百年の伝統を誇る、藍染農家の我が家を敵に回せば、どのような末路をたどるか、思い知らせてやりますよ!」


 ふっ。あの程度の商人なんて、私のツテをフル回転させれば、この世から消せますよ。

 徐々に追い詰めて、激しく後悔させて、大泣きさせてやります!

 味方は手厚く保護、敵は徹底的に排除する。これが、私の性格ですからね。


「ふん、笑わせてくれる! 西の新興伯爵家はアンジェを逆恨みしての行動か。アホの極みだな。

取引を持ちかけようにも、自分から宣言してるから、プライドが許さない。

アンジェは立身出世して、国王の父上のお気に入りになり、立場は逆転した。

娘が王妃候補に選出されたが、筆頭候補のクレアがいるし、アンジェが王妃教育の責任者だ。

国内で身動きできなくなって、西の戦の国に視線を向けたんだろう」

「なるほどね、なぞが解けてきましたよ、レオ。

西国で有名な豪商に反物を買い取ってもらうため、娘を差し出して、ご機嫌取りですかね?

自業自得ですよ。アンジェの領地に情けをかけておけば、今頃、国内の安く安全な流通経路を確保できていたのに。

それにしても、おみそれしますね、北地方の女領主。商売敵を一網打尽にするつもりで情報提供ですか?」

「偶然の産物ですよ、宰相の子息殿。うちの領地では、領民たちの生活に直結しますから」


 春の国王陛下の恩情で、国庫から復興支援費を出していただき、かろうじて皆の命を繋いでいる状況ですからね。

 領民や難民たちの生活がかかるとなれば、血眼で原因を探りますって。

 そして、原因はつぶし、邪魔する敵は許さない!


 ……うん。父方の祖父母や、最強の母から、教育を受けた賜物です。


「ここまで、情報があれば、証拠を押さえるのは早い。七月には、決着をつける!」

「レオ、父上とおじ上に報告に行きましょう。あ、この情報は、ここだけの秘密ですよ」


 仏頂面のレオナール様、王家の微笑みを浮かべた宰相の子息殿が立ち上がりました。

 王太子の側近たちも、軽く一礼をして、心得たと返事をします。

 一気に情勢が動きそうですね。


「アンジェ。お前はどうやって、情報収集しているんだ? 答えろ」

「いくらレオ様の命令でも、お断りします。殺されたくありません。契約があるので、当主の私は、まだ死ねませんから」

「……やれやれ、危ない橋を渡る女だ。今は契約違反に、気をつけろ。そのうち、なんとかしてやるから頑張れ」

「有能な者たちのようですね。いずれ、北地方の正規軍にすると良いですよ。

もちろん、将来の国王と宰相の公認です」

「話がわかる上司で、助かりました」


 私は深くお辞儀をして、お二人をお見送りしました。


 ……このやりとりで、気付いたでしょう。私の情報源は、やとっている傭兵たちです。北の雪の国から流れてきた傭兵。

 軍事国家の傭兵団は、任侠集団で仲間意識が強いですからね。負傷した仲間を見捨てませんでした。

 内戦に敗走したあと、怪我した仲間をかばいながら、南下して我が国の北地方にたどり着きます。

 そして、領主の居ない各地を支配する、ごろつきになりました。


 暴力で、うちの国民たちを支配していたのは、許せません。

 ……ですが、けが人を抱えながら、北国の難民たちを守り、生きていくためには、力に頼るしかなかったのでしょう。

 軍事国家で育った彼らは、農業国家の春の民のように、畑を耕して過ごす、穏やかな生活を知りませんから。


 内戦を起こした雇い主が処刑されたことで、自分たちが正義と信じていたことは、悪事だったと、やっと悟ったようです。

 なんとか春の国へ逃れてきて、荒れた土地と苦しむ人々を見て、大きな責任を感じたのでしょうね。

 そして、北から流れきた難民や、春の民も守ると、決めたのでしょう。


 傭兵団長は、人を率いることができる、貴重な人材でもあります。

 領主を失った領地で、春の国民と雪の難民がなんとか共存できていたのは、彼らの功績とも言えるでしょう。


 「北の名君」と呼ばれた父方の祖父は、北地方の平定ついでに、各地の傭兵団長たちと取引しました。

 負傷者は面倒を見る、治療代金は要らない。その代わり治療する間は、自分の部下になって欲しいと。

 祖父は、ケガで苦しむ人を、寒い北国に送り返す決断ができなかったんです。

 強制送還すれば、彼らは処刑されるか、野垂れ死にますからね。


 「北の名君」は、雪の国でも有名人です。

 各地の傭兵団は、祖父に敬意を示して片膝をつき、配下になると誓いました。


 ……祖父の傘下に入った傭兵たちに、予想外のことが起こりました。

 療養中の仲間が、うちの下の弟と一緒に「藍染産業の職人」になってしまったんです。

 軍事国家で過ごしていたら、一生知ることの無かった、穏やかな生活でしょうね。


 私も、想定外の事態に、驚きましたよ?


 年頃の村娘たちと一緒に、縫い物にせいをだす、ひげ面のおじさん。

 反物に施した刺繍の出来映えを、奥様たちと競う、熊のような巨漢。

 私の弟に製作した子供服を着せて、皆に自慢する、お腹の出た中年親父。


 ……こんな場面を想像すれば、私の驚きが伝わると思います。


 私が十四才で正式に領主を襲名したとき、祖父の雇っていた傭兵たちは、私の部下になりました。

 今は、領主代行をしている上の弟が、統括していますけどね。


 各地に反物や商品を運ぶ役目は、傭兵たちの仕事です。ケガして職人になった仲間が作った作品も、含まれますからね。

 それはもう、気合いの入り方が違いますよ!


 染めた反物の運搬先は、様々です。行商人として売り歩くこともあれば、ご先祖様からの昔馴染みの小さな商店もあります。

 あちこちに赴くので、彼らは自然と各地の様々な情報を手に入れて、私たちに報告してくれました。

 私たち一家は、もたらされた情報を分析し、指示を出して、さらに詳しい情報を手に入れらるようになりました。


 今までの積み重ねが、今回の悪事を見抜く、キッカケになったのです。

 これも運命なのでしょうか? 世の中って、うまくできていますね。

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