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22話 婚約者候補のふるい落し開始です

 一時的に秘書業務に復帰した翌日。休日の王妃教育が終わった後の広間は、女の戦場と化しました。

 夢見がちなロマンチスト……いえ、女心の分からぬ唐変木とうへんぼく王子が、怠けていたおかげです。

 公務書類の処理をさぼっていたので、婚約者候補の方々に渡す、藍染の反物の準備が遅れてしまいました。

 ご自分で準備されたご令嬢も、反物には興味があるのか、全員が残りましたし。

 さて、一波乱が起こる前に、先手を打っておきましょうか。


「皆さん、反物とデザイナーの準備が整うまで、こちらでお待ちください。

お待ちの間に説明しておきます。今回、王室御用達のデザイナーは、ご好意で協力してくれた方々です。そして、デザイナーが担当する人は、もう決まっています。

先日、反物及びドレス準備で希望者を募った際に、王家の方で決定させていただきました。

この決定に意義を唱える場合は、特別公演の観客として不適格として、劇場への入場を認めませんので、そのおつもりで。

なおかつ、希望していなかったのに、今日や後日に、急に希望された場合は、自己管理ができないとして、候補の資格を取り消します。

また陰でデザイナーに勝手に打診した場合も、自分を律することができないとして、同様に候補の資格を取り消します。

これは、国王陛下と王妃様のご決定なので、そのおつもりで行動してください」


 王室御用達の有名デザイナーを見て、目の色を変えていた王妃候補たちが、悔しそうな視線になりました。

 そうやって、自分第一主義で行動しようとするから、牽制をかけたんですよ。王太子に、美しく着飾った自分を見てもらいたい気持ちは、わかりますけどね。

 王妃は、国民のことを一番に考えないといけません。自分の利益だけを追求する人に、務まるはずがありませんからね。


「希望者の皆さま、反物の準備ができましたので、こちらへどうぞ。

刺繍なしの無地の藍染反物は、こちらの三種類です」


 将来の王妃の側近候補のうち、伯爵家の女騎士は目を丸くしていました。


「アンジェ秘書官、これは、東方の絹では!? こんな貴重品がなぜ、ここに?」

「お目が高いですね。豪商のご令嬢のご協力で輸入した、東国の絹を染めたものです。

おっしゃる通り、貴重品ですので三本しかありません。そのうちの一本は、献上品でお見せしたしたときに、先代王妃様が迷わず選ばれました」


 文官のご令嬢も、柔らかな反物をそっと触りながら尋ねます。


「アンジェ様、こっちは綿ですか? 思ったよりも、柔らかいですけど」

「はい。肌触りに定評がある、北国の綿です。北国に帰った難民たちが栽培しています。

綿は暖かい時期にしか作られないので、この反物を扱っているのは、一年でも短い間だけですね。こちらは、王妃様が絹と迷われておりました」


 藍染のワンピースを着た妹が、残りの豪商のご令嬢と女騎士に自慢していました。


「エルちゃんは、どれを着ているんですか?」

「エルが着ているのは、うちの領地の昔からの特産品です。

通気性に優れ、夏にお勧めの麻。雪花旅一座でも、舞台衣装に採用していますね」

「刺繍が施してあって、ずいぶん手間がかかっているのかな。エルが着ているのは、私好みだよ」

「あー、特別仕様の刺繍入りの反物は、時間がかかるので生産数が少ないんですよ。私が持ってるのは、エルのワンピースに使っているので、使いかけが二本しかありません。

新品は、宰相の奥方様の希望がありまして、献上したんです」

「……使いかけでも良いから、見せてくれない? せっかく着るなら、自分好みがいいから」

「かしこまりました。反物を取ってまいります。

あなたのデザイナーは、明日くる予定なので、そのままお部屋にお持ち帰りくださっても構いません」

「ありがとう」


 ふっ……背後から、突き刺すような視線を感じますね。

 うちを新興の田舎貴族とあなどった、王妃候補の皆さん。悔しがる気配が伝わってきますよ。

 他家の情報収集と分析は、貴族として基本ですよ。


 あのですね、私は国内外で有名な雪花旅一座の座長の孫ですよ?

 領地で北国の難民を受け入れていたので、北国と交流がありますしね。

 なおかつ、側近候補仲間の豪商のご令嬢と友人になりましたからね。

 新興貴族ですが、伝手は広いんです。取引先が多いんですよ。

 親友のよしみで、反物だけは選びたいと言ってくれたクレア嬢は、きちんと情報収集をしていたようです。


 そろそろ、飴とムチを使い分けておきましょうか。


「あ、そちらでお待ちの皆さん。選ばれずに残った反物に関しては、気に入ったものがあれば、相談次第で販売できますよ。

利益はすべて、荒れた北地方の復興整備に使わせていただきますので、ご了承ください」


 争奪戦になりそうなのは、絹ですかね。豪商のご令嬢の読み通りに、本数を少なくしておいて良かったです。

 あとで領地から取り寄せるときに、値段を多少、つり上げられますから。

 持つべきものは、頼りになる親友です。



 舞台主演女優の私には、ドレス製作は関係無いので、優雅なものですよ

 壁際に反物を並べて、ご令嬢が希望する反物をお渡しするだけ。簡単な仕事です。

 ご令嬢方の対応に追われる王太子のレオナール王子と、宰相の子息殿の様子をのんびりと見物していました。


 季節は六月に入りましたので、夏の歌劇特別公演まで、あと二ヶ月ほどしか残っていません。

 たった二ヶ月で王太子に見せるための衣装を作らねばならぬので、殺気だっている側近候補が多いです。

 二ヶ月もあるだろう?と、たかをくくっていた唐変木のレオ様。

 女性のお気持ちが、ちっとも理解できていませんでしたからね。ツケが回ってきたようですよ。


「レオナール様、こちらとこちら、どっちが似合うと思いますか?」

「えーと、柄はこっちで、色はこっちの方が……」

「どちらか一つに決めてください!」

「すまん」


 あーあ、適当に返事するから、文官のご令嬢に怒られていますね。女心を勉強する、良い機会だと思いますよ、レオ様。


「こちらの衣装のデザインと、こちらのデザイン、どちらが似合うと思いますか?」

「私のも、見てください!」

「そうですね……胸元はこちらで、レースはこちらでしょうか。組み合わせたらいかがです?

こちらは、リボンを飾るよりは、レースで品よく仕上げたらいかがでしょう」

「まあ、さすが王子様ですわ」

「本当ですわね」


 豪商のご令嬢と女騎士に迫られ、慌てず騒がす、さばいていく宰相の子息殿。

 王子スマイルを浮かべていますが、事務的な対応になっています。内心、お疲れのご様子ですね。


「ドレスにしないんっすか?」

「はい。王子達をお守りするのが、騎士の役目です」

「そうすっか。ちょっと残念っす。自分は綺麗なあなたを見たかったので」

「……その……どのような衣装がお好みですか?」

「え? いきなり聞かれると困るっす。あなたなら、どんな服でも似合いそうっすよ」


 ……お熱い会話を交わすのは、騎士団の子息殿と伯爵家の女騎士殿。

 レオナール様が仲人した二人は、姉さん女房だけども、うまくいきそうですね。



※※※※※



「……疲れた。服にかける女の情熱は、買い物と同じくらいだな」

「本当ですよ。レースの模様とか、リボンの位置とか、少ししか変わらないのに」


 王太子の婚約者候補の皆さんとデザイナーの方々をお見送りした、レオナール様と宰相の子息殿。

 静かになった広間の椅子で、屍と貸していました。


 側近候補たちの反物と服のデザインがあらかた決まり、お開きになりかけた頃。王子たちは油断していたようです。

 暇になった気配を察して、王妃候補たちが押し寄せました。

 王子たちの服の好みを聞きたい貴族のご令嬢たちに囲まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図になりましたよ。


「……あいつら、ここ一月の間に歌劇鑑賞に着ていく服の買い物に、一人一人付き合ってやったのに。なんでまた聞いてくるんだ!」

「そんなに文句があるなら、ご本人たちに直接おっしゃっれば良いでしょう?」

「できるわけ無いだろう。婚約者候補に嫌われる行動は慎まんと、男が廃る」

「あー、レオ様も多少は学習されたんですね」


 疲れはてて、眠った妹を抱っこしながら、私もぼんやり椅子に座っておりました。

 ええ、簡単な仕事でしたけどね。それを実現するまでに段取りやら、何やら大変でしたから。

 今日くらいは、解放感に浸りたいんです。


「さてだいたい、皆さんの行動も読めてきましたね。

王妃候補九名中、三人は宰相の子息殿がお目当てのようでした。

レオ様の伴侶の座を狙うご令嬢は、六名……いえ、お家の政略結婚の道具にされかけているご令嬢は除外でしたね」

「あー、あと語学授業についていけない二人は除くから、三人だな。だいぶ、僕の嫁も絞れてきたぞ」

「特別公演の後に、資格剥奪ですね?」

「ええ、私とレオから、一人一人に伝えましたよ」


 語学に打ち込まないお二人は、レオ様と宰相の子息殿から本人に、夏の歌劇特別公演後に、婚約候補を取り消す通達が出されています。

 勇退するか、真面目に勉強して努力をするかは、本人次第ですが……どちらもしないでしょうね。

 お二人とも、最近は色仕掛けで陥落させる方向に、努力を向けておられるようですから。

 婚約者候補を取り消される前に、レオナール様に選ばれれば、王妃になれると思っているおバカさんです。

 レオ様の本性を知らないので、手のひらの上で踊らされているなんて、つゆほども思ってないんですよ。


「アンジェ、三日後、エルを借りるぞ」

「はい。食事会の勉強にもなりますので、ぜひ宜しくお願いします」

「きちんと相手に恥をかかせて来ますので、エルのお土産話を楽しみにしておいてください」

「はいはい」


 ソファーでぐうたらのまま宣言する、レオナール様。

 語学勉強が苦手なおバカさんの一人は、三日後にレオ様と宰相の子息殿を食事会に招いています。

 ちょうど語学授業の日ですよ? おバカさんのご令嬢は、価値のない王妃教育は受けなくてもいいと、考えたんでしょうね。


 私が大嫌いな思考回路です。生理的に受け付けません。

 王妃教育をしてくださっている講師や、勉強場所を掃除して、準備してくれている王宮の侍女。

 そして、授業を受けるために王宮まで送り迎えをしてくれている、王宮の使用人。

 そんな方々の協力があることを忘れ、自己都合で勝手な振る舞いをする人ですからね。


 ご令嬢は、王宮に授業を休むお詫びを連絡するでもなく、三日後に家で食事会があると、レオナール様を直接招待しました。

 いつでも受けられる王妃教育に出席して、回数の少ない家の大切な用事である食事会を、欠席するわけにはいかないと、猫なで声を使ったそうですよ。


 もちろん、レオナール様と宰相の子息殿、二人の王子の不興を買いました。

 策士なレオナール様は、あっという間に作戦を立てました。仏頂面で瞳に冷淡な感情を乗せながらね。


 王子二人は、凹ます気満々で、食事会に参加。私の妹のエルを、二人でエスコートして連れて行きます。

 妹は、将来の北国の王子妃になることが決まってから、まだ二ヶ月しかたっていません。

 世襲貴族の中には、うちを新興の田舎貴族とバカにしている人もいますからね。

 我が国と北国の言葉が、ペラペラの妹の実力を見せつける算段ですかね。

 王子たちは北国の言葉で、ご令嬢に話しかけるんじゃないですか?

 答えれなければ、盛大に失望をしてみせて、父君に候補の取り消しの件を話し、さっさと王宮に帰ってくるでしょう。


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