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21話 王太子の側近の条件です

 ただいま、朝の五時過ぎ。下の妹と一緒に、王太子のレオナール様の私室の前にやってきました。


「おはようございます。レオナール様は、お目覚めでしょうか?」

「おはようございます、秘書官。王子はまだ、夢の中のようです」

「わかりました。中に入れてください、起こします」


 扉を守る兵士は素直に、私と妹を王太子の私室の中に通してくれます。入室すると、寝ずの番をしていた使用人や侍女たちに軽く会釈されました。

 侍女の一人に案内され、レオナール様の眠るベッドまで近づきます。

 私はしゃがみこみ、妹を抱き上げました。靴を脱がせて、レオ様のベッドの端に立たせます。

 嬉しそうな笑顔を浮かべ、妹はレオナール様の上にダイブしました。


「おーちゃま、おきて、あちゃでしゅわ! あちゃでしゅわ! おきまちゅの!」


 朝だと何度も繰り返しながら、レオナール様の上で飛び跳ねます。踏みつけられた本人は、うめき声をあげながら、目覚められました。


「うっ……エル?」

「おはようございます、レオナール王子」

「……アンジェ? 朝から何の真似だ?」


 エルを抱っこしながら身を起こし、ものすごく不機嫌そうに私を睨む、レオ様。


「昨夜、国王陛下から、王子の公務が滞っているため、しばらく秘書業務に復帰するようにご命令がくだりました。

なので、本日のご予定を、王太子の秘書官としてお伝えに参上した次第です」

「……この起こし方は、嫌がらせか?」

「いいえ、王妃様のご命令です。王子は寝坊助なので、妹が私にやっている起こし方をするようにと命じられました」


 妹のエルは、ときどき国王陛下や王妃様と一緒に寝ます。姫君の居ない国王夫妻は、妹を娘のようにかわいがってくれています。

 そして、この前、国王陛下の寝室にお泊りした日。王妃様は、どうやって私が起きているか、妹に尋ねたようですね。

 私と妹は、別々の部屋で寝ていますが、どちらか先に目覚めた方が、片方の部屋に赴き、起こしあうという方法をとっています。

 王妃様は、最近、使用人の手を煩わすレオナール様に、同じ方法で起こすように依頼してきたのです。


「激しいぞ、お前の妹の起こし方は」

「全然、激しくないですよ? 今は一人なんですから。領地に居る時は、下の弟と妹、二人がかりで起こすんです」

「……これが二人もか……兄弟がいると、大変なんだな」


 ぼそぼそと呟きながら、寝ぐせのついた髪をかき上げるレオ様。


「目覚めたのなら、早く起きてください。午前六時までは、剣術の稽古。午前七時十五分までは、公務書類。

八時までご両親と共に、朝食。その後は、馬車に乗って、王立学園に登校です」

「……昨日まで、公務書類の時間はなかったぞ」

「今日からです。毎日、平日の夜はほとんど王妃教育の授業に、監督で顔出しをされているので、その分、書類の処理が遅れています。

なんとかするように、国王陛下から命じられました。

私の出した、歌劇の特別公演に関する費用見積書にも、目を通されていないでしょうね?」

「そんなの出していたのか?」

「はい。特別公演の責任者である、あなたのサインがないので、うちの領地から届いた藍染の反物を、希望者の婚約者候補の方々にお見せできていないのです。

王子の許可が出ていないので、まだお見せできないと、昨夜説明しました。

皆さん、あらそうですのと、引き下がりましたが、あれはかなり怒っていますね」

「……女は、めんどくさいな」


 侍女たちに着替えさせてもらいながら、レオナール様はぼやきます。

 お年頃の私は、当然、壁の方を向いて会話をしますが。

 レオナール様は、ロマンチストのくせに、女心が理解できていないんですよね。困ったものです。


「着飾るのが、女性の仕事です。服飾職人に任せたら時間がかかるのに、布地が遅れているのだから、当然イラつくでしょうね。

今日、お会いしたら、ご自分でフォローしてください」

「分かった。明日は祝日だから、王妃教育が終わった後、希望者を残して布地を見せると話しておく。広間を解放して、服飾職人を呼ぶ準備をしておいてくれ。

家のお抱えを連れてくるやつは、連れてきてもいい」

「かしこまりました。服飾職人は、王室御用達の工房から、デザインが出来る者を寄越してもらいます。

急に決まったことなので、服飾職人が捕まらない工房は、明後日以降に、夜の王妃教育の合間に個別相談を行います」


 ……この辺りの段取りは、新米秘書官には無理そうですね。

 王室御用達の工房は把握していても、婚約者候補の女性たちの好みはレオ様同様に、知りませんから。

 下校時に寄り道して、皆さんの好みに合ったデザイナーを、各工房に打診しておきましょう。


「それで、反物が遅れた件は、どのように理由付けしますか?」

「王家の女が選ぶのに時間がかかって、遅れたと説明する。

反物を母上とおばあ様とおば上に、今日の昼間見せれるように、手配してくれ。気に入ったものを一つづつ、差し上げる。

婚約者候補には、残った反物から選ばせるから」

「口裏合わせの相談は、ご自分で母君にしてくださいね。手配はしますので」

「わかった。その辺りは、なんとかしておく」


 寝坊助でも、頭を回転させるレオナール様は、さすがです。策を張り巡らし、理想を実現するお方ですからね。

 着替え終わった後、うちの妹に、王妃様たちの機嫌とりを頼んでいました。


 一月前に、レオナール様を敵視していたうちの妹。ようやく機嫌を直して、王子と仲良くしてくれるようになりました。

 わずか六才の女の子に、気を使い、おだて、愛想笑いをし、贈り物をし続ける王太子。

 その努力は、婚約者候補に向けるべきでしょう? 秘書官として、傍で見ていて情けなくなりました。


 仕方ないので、妹にこんこんと説教をしましたよ。

 エルのおかげで、私の仕事がまた増えてきた、倒れてほしくなかったら、王子と仲良くしてあげてって。

 レオ様が妹に贈り物を準備するときは、全部私に相談して、準備させましたからね。包み隠さず、説明しました。


「おーちゃま、ちょんなことちてまちゅの?」

(王子様、そんなことしていますの?)

「はい。だから、エルが見張ってください」

「わかりまちたわ。あーじぇおーちゃま、いじめたら、またいいまちゅの」

(分かりましたわ。アンジェお姉さまをいじめたら、また言いつけますの)


 エルは、頭のいい子です。私の言いたいことを理解し、渋々仲直りしてくれました。

 レオナール様は、ご理解されていませんが、女性の神経は図太いんですよ。私も、エルもね。


 エルは、レオ様の会話に聞き耳を立てて、随時、国王陛下や王妃様に報告しているようですが。

 今日のご機嫌取りの内容や、反物の贈り物の理由なども、王妃様のお耳に入りそうですね。

 王妃様は、大人の対応をしてくれるでしょう。


 そして、王立学園が、終わったあと、秘書業務を再開です。王室御用達工房で、デザイナーの打診をしてきました。

 二名だけ都合が付きませんでしたけど。明後日の夜に王宮に来ていただけることになったので、一安心ですね。



*****



 平日の夜の王妃教育は、しばらくお休みしています。

 レオナール様が授業に顔出し参加をするようになってから、新参者が増え、授業レベルが基礎中の基礎に戻りました。

 授業内容が以前のレベルに追いつくまで、私は不参加予定。夏に行われる、歌劇の舞台稽古に当てています。


 国王陛下の推薦で、お世話になっている、王都の歌劇団に混ざっての練習を終え、迎えの馬車で王宮に帰りました。

 帰宅すると、妹の面倒を見てくださっていたレオナール様と宰相の子息殿、そして側近たちが待ち構えていました。

 全員が揃って、私と妹の部屋にやってこられます。


 歌劇の知識が豊富なレオ様のリクエストで、様々な歌劇の一曲をお聞かせするのが、最近の夜の日課になっています。

 明日が休みの今日は、側近の同僚たちも、帰宅が遅くなる前提で一緒に来たようです。


「うむ。『渚の君』を歌いきれるのは、すごいな。貴族連中は、どいつも、こいつも、サビしか歌えないのに」

「アンジェやエルだから、歌えるんでしょうね。さすが高名な雪花旅一座の座長の孫ですよ」


 いつものように、レオ様と宰相の子息殿から、お褒めの言葉をいただきました。

 座長の孫の私たちは、母から祖父の旅一座で扱っている歌劇の歌を全部教わっているから、歌えるんですよね。


「そろそろ、エルは寝る時間ですよ。皆さんも、お帰りください。エル、ごあいさつは?」

「おやちゅみなちゃい♪」

「お休み。あー、やっぱりエルは可愛いな!」


 レオ様に向かって、妹は淑女の笑顔を浮かべたあと、自分の部屋に行きました。レオ様の扱い方を覚えた妹は、どんどん母似の女優の才能を開花させているようですね。

 ベッドで妹を寝かしつけ、寝息を立てるのを確認してから、私は通路を兼ねる客室に戻ります。

 王太子と側近たちが、さっきと同じようにソファーで座っておられました。

 私と妹の暮らす部屋は、防音が施されていますからね。おしゃべりが長引いても、問題はありませんけど。


「あれ? まだ、お帰りではなかったのですか?」

「西の伯爵令嬢の西国嫁入り話、どうなったのか、お前が知りたがっていると思ってな」

「宰相殿が動かれたのでしょう? 奥方様の実家は、西国の王家ですし。

息子と甥っ子の嫁候補を狙う不届き者が西国にいるようだって、手紙でも送ったんじゃないですか?」

「……ほら、レオ。アンジェは、だいたいお見通しですって」

「つまらん。驚かせてやろうと思ったのに。まあ、どっちにしろ、お前の上の弟の嫁は、この伯爵令嬢で決まりだ」

「娘は被害者ですからね。一応、恩情を与えますよ。

当主の方は、王子の私とレオをバカにしてくれましたからね。

証拠が揃い次第、それ相応の罰を受けていただきましょう」


 ……あくどい笑顔を浮かべる、王子二人。婚約者候補の方々に見せられない表情ですね。


「レオ様、宰相の子息殿。新しい側近の方々が怯えております。腹黒笑顔を見せていなかったんですか?」

「うん? あー、そう言えば、見せてなかったか?」

「そうですね。失敗したときは、王子スマイルで受け流していましたから」


 のんきな王子様たち。新しい側近五人に、腹黒な視線を投げ掛けます。

 古くからの側近の騎士団長の子息殿と外交官の子息殿には、見慣れた顔なので、新しい側近たちを不思議そうに見ておりますけど。

 仕方ないので、私がフォローしておきましょうか。


「……新しい側近の方々。腹黒策士が王子たちの本性です。なれてくださいね」

「おい、身も蓋も無いこと言うな!」

「そうですよ、誰が腹黒で策士ですか!?」

「四年前に初めてお会いしてから、ちっとも変わってないですよ」


 プイッと顔をそらして、無視しました。事実ですよ、事実。


「こんな風にレオ様たちと対等に渡りあえるのは、ボクたち以外じゃ、アンジェくらいじゃない?」

「そうっすね。アンジェ秘書は、相変わらず、弁論に優れるっす」


 面白そうに茶化す、騎士団長の子息殿と外交官の子息殿。

 四年前に知り合ってから、半年間、うちの領地に滞在していたレオ様たちと、毎日やりあった会話ですからね。


「まったく、お前は腹立つな。北地方の最後の貴族じゃなかったら、平民に落としているぞ!」


 ……問題発言、発見ですかね。新しい側近の方々も居ますし、ちょっと試しておきますか。


「レオナール様。雪の天使の血筋に対して、その発言をなさいますか?」

「雪の天使? お前の母親の血筋だったか?」

「……なるほど。まだ調べていないんですね?

国王陛下に知られたら、王子の資質を問われますよ。春の王族ならば、知っていて当然の事柄です」

「え? アンジェの血筋は、平民上がりの男爵だったでしょう?」

「宰相の子息殿。もしかして、あなたも知らないんですか!?

王族ですよね、王子ですよね? レオ様同様に、王子の資質を問われますよ!」


 知らないんですか、この王子様たちは!

 将来のことを考えると、ストレスで胃痛がしてきましたよ。


「えっ? えっ? レオ様たち、アンジェの血筋知らないの!?

ボク、てっきり知ってるから、王宮に呼んだのかと思っていたよ」

「……自分もっす。将来の王妃か宰相夫人にするために、王宮に召し上げたんだろうと言う父上の意見に、自分も同意してたっす」

「外交官の子息殿、騎士団長の子息殿。残念ながら、この国の貴族は、鈍い者が多いんですよ。

あなた方、お二人の父君以外の当主たちは、私の母方の血筋を知らないようでしたからね」


 レオ様の親友のお二人は、信じられない目付きで、おバカさんの王子たちを見ました。


「新しい側近の方々は、雪の天使の血筋をご存じでしょうか?」

「もちろんです、雪の天使の姫。。王国の歴史を詳しく調べれば、自ずと知ることになりますからね」


 新米秘書官殿の意見に追随して、他の方々も、口々に知っていると答えました。

 なるほど。新しい側近たちは、知識の深さを重視して、選ばれたのかもしれませんね。


「私は王妃様より、『弁論に優れる雪の天使は、いずれ王家の花嫁になるから、その後釜で秘書官になって欲しい』と打診を受けました。

雪の天使を王家に取り込むつもりのようなので、仕方ないと思い、引き受けたのですが……まさか、当の王子たちが知らぬとは。失望しましたよ」

「……なるほど。宰相の子息殿の側室になる予定は、無くなったとお聞きしていましたが、王妃様の中では今でも有効なのですね。

新しい秘書官殿、王妃様にご報告をお願いします。

雪の天使は、唐変木の王太子と国王陛下から、将来の王妃の側近のまま、行かず後家となるように命令を受けていると」

「承りました。そして、雪の天使の姫君には、もっと良き伴侶を迎えるように、進言いたします」


 新米秘書官は、冷ややかな視線を、レオナール様と宰相の子息殿に向けました。

 親友の二人も、新しい側近の方々も、ジト目でお二人を見ています。

 側近たちから、総すかんを食らった王子たちは、悪あがきをしました。


「ちょっと待て、なんでそんなことを、両親に告げ口されないといけないんだ!

アンジェの父親の方は、六代以上さかのぼれず、戸籍もない農民だったし。

雪花旅一座は、親族結婚を繰り返していて、十代遡っても平民ばかりだったんだぞ!」

「そうですよ。アンジェから過去の貴族について調べろって、言われたレオに付き合って、私も一緒に調べました。間違いありません。

母上の方は男爵家の娘が、北の侯爵家の孫娘になるので、高貴と言えば高貴かもしれませんが、側室の子供でしたよ」


 ……なんで春の王子たちは、こんなおバカさんばかりなんでしょうか。

 これが将来の国を背負う方々? 側近たちとは目の付け所が違うのは、王家の血筋にあぐらをかいているからかもしれませんね。


「レオナール様、宰相の子息殿。お二人とも王族ならば、我が国の歴史くらい知っていてくださいよ!

うちの妹のエルと一緒に、勉強し直すことをおすすめします」


 我が国では貴族の血筋は、古ければ古いほど良いと、されています。

 うちの母は、十代以上遡れる、高貴な血筋なんですよ。


 それを差し引いても、私は「雪の天使の血筋」を持つ、この国の貴族ですからね。

 王家の手駒になることを覚悟していたのが、バカバカしくなりました。

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