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17話 皆さん、歌劇がお好きですね

 王立学園の放課後は、とてもにぎやかです。私やクレア嬢のいる教室に、王太子妃候補が集まってきますから。

 王妃教育を受ける場合、王宮に行かなければなりません。窓の外を見ながら、迎えの馬車を待っていました。

 側近希望の豪商の令嬢が、私に話かけてきます。


「アンジェ様、以前おっしゃっていた歌劇団の件ですけど、雪花旅一座が来るって、本当ですか?」

「……打診はしています。座長の返事待ちですね」

「レオナール様がお頼みになられたのは、二年前に北地方で行われた『雪の恋歌』全幕ですから、とても楽しみにしています♪」

「えっ? 嘘ですよね、ご冗談でしょう!?」

「本当です。三日前にレオナール様に何の演目を頼んだのか、お伺いしました」


 レオナール様、うちのおじい様に、どんな手紙を送ったんですか? 後で、確かめませんと。


 雪花旅一座は、我が国最古の巡業旅一座です。歌劇を売りにしており、国内外でも評判の高い、高名な歌劇団なんですよね。

 その座長を勤めるのが、私の母方の祖父です。


 座長の娘だった母は、子供のころから器量よしで、父が見初めて妻にしました。

 旅一座は、身分で言えば平民です。いくら器量良しでも、貴族には見向きもされません。

 まあ、当時のうちは力をつけた平民の農家が、男爵家になったばかりの成り上がりです。

 成り上がりの田舎貴族の嫁なんて、他の地方の世襲貴族の中で話題にも上らなかったようですしね。

 ……北地方の貴族のほとんどは、大反対しましたけど。色々な障害を乗り越えて、うちの両親は恋愛結婚に至ったんです。

 

 去年、我が家の爵位が男爵から伯爵に上がったとき、母は初めて貴族の奥方として、王都にやってきました。

 若々しく美しい母を見て、貴族たちはどこの貴族令嬢かと思ったようですね。噂の的になりましたよ。

 王宮住まいの私は後で説明を求められ、母は平民出身とだけ伝えると、世襲貴族たちは複雑な表情を浮かべてすぐに離れました。

 昔の母は、王都の人気女優だったと、聞いていたのですが……過去の栄光と現在は違うと言うことでしょうかね?


 まあ、両親の結婚は、二十年以上前です。北地方の貴族が途絶えた今、平民の母の素性を詳しく知る貴族もいません。

 旅一座の方でも、母の妹もいましたから、座長の娘が一人消えたくらいで、当時の王都の関心は向かなかったようです。

 ちなみにおばは、旅一座の一人と結婚して、若座長の兄と共に一座を盛り上げております。


 さて、関心を将来の王妃の側近希望のご令嬢に戻しましょう。



「わたくし、雪花旅一座の舞台を見たいです!

北地方の貴族であるアンジェ様は、ご覧になったことあるでしょうが、王都に住むわたくしたちには縁がないです!

幻の特別公演『雪の恋歌』全幕なんて、夢のまた夢。絶対に雪花旅一座を呼んでください!」


 豪商の令嬢は、思いっきり力説しました。大きな声が、教室中に響いたようですね。

 離れたところにいた貴族のご令嬢たちが、ざわつきだしました。

 

 えっと……なんで集団でやってくるんですか? 皆さんのお顔が、真剣なんですけど。


「アンジェさん、ちょっと、お邪魔しますわよ。雪花旅一座って、あの世界的にも誉れ高い歌劇団ですわよね?」

「いや……単に歴史が古いだけの巡業旅一座ですよ? 座長は、そう豪語しています。

『世界的にも誉れ高いなんて、言い過ぎだ』って、座長は笑い飛ばしますね。絶対に」


 私の冷静な受け答えを聞いた伯爵令嬢は、眉をつりあげました。

 世間知らずの私に、雪花旅一座がいかに素晴らしいか、教えてくれます。


「なるほど……外部からは、そう見えているんですか。勉強になります」

「素晴らしさが、お分かりになって?」

「はい。座長にあったら、伝えておきます。喜ぶと思いますよ」


 私の回答に気をよくしたのか、伯爵令嬢は貴族の微笑みを浮かべました。

 話し終わるのを待っていた、男爵家のご令嬢。身を乗り出して、聞いてきました。


「ちょっと失礼しますわ。『雪の恋歌』全幕が見られるって、本当ですの? 王都の歌劇団でも、全幕公演はほとんど行われず、最終幕公演が普通ですのに」

「あー、王都の歌劇団は大人が多いので、全幕の公演は、少々難しいのかもしれませんね。

本来、『雪の恋歌』の一幕と二幕は、二十才に満たない少年少女が、主演を勤めるのが最適とされていますから。

雪の恋歌を最初に上演した雪花旅一座では、この伝統を守り続けておりますよ」


 一幕と二幕は、子供時代の雪の天使と王子の出会いと別れ、そして再会して、愛を語り合うまでを描きます。

 だから、出演者が限られるんですよ。


 最終幕は、大人になった雪の天使と王子のプロポーズと婚約発表、結婚式までの場面になります。

 大人の話なので、王都でも演じられているのでしょう。


「あら、そんな事情がありますの?」

「はい。現在の雪花旅一座には、十代の子供はいません。

まだ四才の座長のひ孫がもう少し成長するまで、一幕と二幕の公演は難しいでしょうね」

「それでしたら、つじつまが合いませんわよ? 二年前の特別公演は、どうして実現されたのかしら」

「二年前は、座長のご息女の子供たちが演じていました。旅一座の北地方巡業のオマケでね。

正直、幻なんて呼ばれるほど、優れた舞台ではないと思いますよ」

「あら、噂では雪の天使と王子の人選がピッタリと、お聞きしましたわよ?

ですが、北地方以外は、どこの領主が座長に頼んでも、演じれる者が居ないからと公演を断り続けているそうですわ。幻の特別公演と言われる由縁ですの」

「……なるほど。そのような背景があれば、幻の特別公演と言われるはずですね。

確かに、あのときの人選は、ピッタリだったでしょう。北地方で生まれ育った、金髪碧眼の子供が演じましたから。

雪の恋歌は、元々北地方のおとぎ話を歌劇にしたものだから、主役の雪の天使も、王子も、金髪碧眼とされています。これほど適任者は居ないでしょうね」



 あれ? なんで教室中の視線が、集まっているんでしょうか?

 気が付けば、私のまわりに、人垣ができていました。

 静まり返る中、王太子妃筆頭候補であるクレア嬢が、代表して口を開きます。


「……アンジェさん、ずいぶんと詳しいんですのね。北地方の領主だけありますわ。

もしかして、二年前の特別公演は、アンジェさんの伯爵家が全面的に支援なさっておりましたの?」

「……ええ、まあ。座長に協力をあおぎ、領民たちへの慰問を兼ねて巡業を行ってもらったんです。新領主になった私の顔見せも、目的でしたが」

「そうですの。雪花旅一座の座長とお知り合いでしたら、もちろん特別公演を頼めますわよね?」

「えーと……座長とは、知り合いと言えば、知り合い……でしょうか。

特別公演は、座長の許可がなければ、公演実現が難しいと思いますよ。雪花旅一座の名を背負っている以上はね」


 ……嫌な予感がしますね。口を濁しておきましょう。

 特別公演なんて、冗談じゃありません!



 まあ、私の密かな努力を台無しにするのが、レオナール様です。

 婚約者候補たちと一緒に王宮へ帰るため、私の教室にズカズカと入ってきました。

 そして、私の顔を見たとたん、嬉しそうに声を張り上げるんです。


「おい、アンジェ、雪花旅一座の座長から返事が届いたぞ! さっき王宮へ使者が到着したって、迎えの馬車の使用人が手紙を持ってきてくれた。

それでな、『雪の恋歌の全幕公演は、北地方の孫に一任してたから、孫に問い合わせて聞いてくれ。

孫が出来るなら、雪花旅一座の名前を使っても構わないっ』て、返事に書いてあったぞ!」

「……レオナール様。なんで、この場所でそれを言うんですか?」

「なんでって、座長はお前の母方の祖父だし、北地方の孫って、領主のお前のことだろう?

もちろん、公演するよな? なっ!」


 ……おじい様。レオナール様に、なんて返事をするんですか?

 私を過労死させるつもりですか?


「高名な雪花旅一座、座長のお孫さん。もちろん、北地方の特別公演をしてくださいますわよね? ねっ!」


 ……クレア嬢をはじめとする、王太子妃候補の皆さん。そして、同級生の皆さん。期待のまなざしで見ないでください。

 私は過労死したくありません。


「おい、アンジェ、どうなんだ? 僕は、まだ最終幕しか見たことがないんだ。

頼む、全幕見れるように、手配してくれ。お前の都合に合わせてやるから」

「……レオナール様、男に二言はありませんよね? 本当に、私の都合に合わせてくれるんですよね?」

「ああ、もちろんだ」


 ……過労死は免れそうですね。レオナール様から、言質は取りましたから。

 証人は、この教室内にいる同級生たちです。


「でしたら、私の秘書業務は、今日からすべて休ませてもらいます。

婚約者候補の皆さんへの贈り物の手配は、最後まで責任を持って、ご自分で行ってください。今回の特別公演もです」

「なんでだ? 手配は、お前がやればいいじゃないか。お前は僕の親友で、側近の秘書官なんだし」

「あのですね、一応、私も名目上は、あなたの婚約者候補ですよ? 

歌劇を楽しむ権利は、他の方々と同等に保持していると考えなかったんですか?

むしろ、有名な旅一座の座長の孫だから、誰よりも喜んでいると思わなかったんですか?

あなたが最高の歌劇を見せてくれるっていうから、どんな歌劇団かと期待して、とても楽しみにしてたんです!

なのに、皆さんが帰宅された後『お前のおじい様を呼んでくれ、舞台の手配は任せる』って、気軽に言ってくれましたよね?

絶望が押し寄せましたよ! 婚約者候補を大切にしない、最低の王子様!」

「うっ……」

「あなたが私を頼ったせいで、他の候補者のように、楽しむことができません。親友の私だから、今回は許しますが、配慮が足らなすぎます!

もし他の婚約者候補の方に同じことをすれば、心底嫌われて、見捨てられますよ。

女心を考えるのも、将来の夫のつとめだと思いませんか?」

「そうだな……お前の言う通りだ。本当にすまん! 次からは、もっと考える!」

「当然です! レオ様は、ロマンチストで素晴らしい王子なのに、ご自分から台無しにしてはなりません」

「肝に免じておく。異性の親友のお前だから、僕にここまで言ってくれるんだもんな。ありがとう」


 うっぷんが、たまっていたんでしょう。

 愚痴交じりの苦言を申し上げ、レオナール様をやりこめてしまいました。


 ですが、レオ様は助言として、受け取りました。

 素直にお礼を言える辺り、人間としての器が大きいと思います。

  

「ご理解いただけて、なによりです。それから、雪の恋歌の舞台は、夏の長期休暇まで待ってください」

「夏休みか……まあ、それくらいなら待てんことも無いが、もっと早く無理か?」

「無理です。以前の公演から、二年も経っているんですよ?

領地にいる座長の娘の母を呼び寄せ、稽古をつけて直してもらわねば、雪の天使を演じる自信がありません。

王立学園の授業が休みに入ったら、その時間を演技の稽古に当てる予定です」


 ……そうなんです。

 二年前、北地方で「雪の恋歌」の主役、雪の天使と王子を演じた、雪花旅一座の座長の孫たち。

 それは、私と上の弟のことなんです。


 新しく増えた領地を回るとき、領民の慰問を兼ねて、座長のおじい様に旅一座の巡業をお願いしました。

 そして、領主の私と補佐の上の弟の顔を知ってもらうために、おまけの特別公演を行いました。

 領地の外で、ここまで噂になっているとは、思いませんでしたよ。


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