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16話 立場を教えて差し上げますよ

 私は、わりと王立学園を休みがちです。

 原因は持病の胃痛。ストレスを強く感じると、胃潰瘍を再発するのです。

 胃潰瘍が悪化すると、王宮の医者伯爵より、登校が禁止され、療養を命じられます。

 去年、血を吐くまで無理をした、問題児だからでしょうね。とほほ。


 今回も、学年が一つ上がって一週間しか登校していないのに、一ヶ月の療養生活になってしまいました。

 北の国の王家から、王子の伴侶にと見初められ、心労から胃痛が悪化したのです。

 最終的に下の妹が、北の王子と婚約し、安堵できました。


 そして、今日、久しぶりに王立学園に登校します。

 クラス替えが行われてから、ほとんど出席してないので、緊張しますね。


 教室に足を踏み入れると、同級生たちから、様々な視線を感じます。

 嫉妬、値踏み、憧れ。愛憎入り混じった視線でした。


 なるほど。皆さん、私には様々な感情をお持ちなようですね。

 まあ、新興伯爵家が、北国の王家と親戚になるわけですから。

 腹立たしく思う人や、羨ましく思う人など、居るわけですよ。


「アンジェさん、ごきげんよう。エルちゃんの婚約、おめでとうございます。

大変おめでたいことで、わたくしも、自分のことのように嬉しいですわ♪」

「おはようございます、クレア嬢。ご機嫌麗しゅう。

妹の嫁ぎ先が決まって、姉として一安心しました」


 視線をものともせず、話しかけてくれたのは、東の侯爵家のご令嬢。クレア嬢でした。

 私たちは、王妃教育を通して友情をはぐくみ、親友になっていました。


 将来の王妃、筆頭候補であるクレア嬢は、穏やかそうに見えて、なかなか良い性格をしています。

 喜びながらも、私に矛先を向けました。

 クレア嬢にしたら、親友であると同時に、王太子妃候補のライバルですからね。


「次はアンジェさんの番ですわね。当然、レオナール様の奥方様になられるつもりでしょう?」

「レオ様の伴侶ですか? 私は王妃の側近になるつもりですが?」

「あら、意外ですわ。北の王家に見初められたほどの方ですもの。

元男爵家でありながら、王家との婚約の話をお断りするなんて、驚きましたわよ。

てっきり、我が国の王妃になろうとしていると思いましたわ。

わたくしのような侯爵家ですら、なかなか王家と親密になれませんのに。

平民あがりの新興男爵家の出ですと、世襲貴族の常識から外れたことをなさいますのね」


 やれやれ、先制攻撃ですか。クレア嬢は、王妃になろうと、努力していますからね。

 口調がキツいです。侯爵家の自分の方が優位だと並べ立て、私に身の程を分からせておきたいのでしょう。


 攻撃されて、黙っている私ではありませんよ。

 ちょっと、やり返しましょうか。


「クレア嬢、そんなに王家との繋がりが欲しいのでしたら、うちの下の弟のお見合いを、国王陛下に提案いたしましょうか? うちは北の王家の親戚になるわけですからね、喜んで仲人をしてくれると思いますよ。

北の王家の王子は十でしたが、十六の私を嫁にと望まれたのです。クレア嬢も十六ですし、うちの十一の弟と釣り合いが取れますからね。

そして、我が家は平民出身の男爵家でありながら、まだ四代目に過ぎない私の代で、伯爵の爵位を賜りました。また、辺境伯を務めるようにも、任命されております。

世襲貴族の方々には、国王陛下の新興貴族に対する、ご期待のほどがお分かりにならないようで、まことに残念ですよ」


 一気に正論を並べ立て、論破しました。私が相手の反撃を許すと思ったんですか?

 甘いですよ、独壇場に決まってるじゃないですか。


「さて、話を戻しましょう。爵位が上がったばかりの新興貴族の我が家としましては、ずっと位が変わらない世襲貴族の侯爵家との縁談は望むところです。

国王陛下の覚えもめでたい私からのお願いでしたら、すぐに取りまとめていただけると思いますよ」

「……せっかくのご提案ですが、ご遠慮しておきますわ。わたくし、年下はちょっと。レオナール様が、おりますし」

「奇遇ですね。私もできるなら、伴侶になる男性は、年下より同い年以上を望みたいですよ」

「ほほほ、そうですわよね」


 ふっ、勝負ありです。貴族の微笑みを浮かべながら、視線で睨んできました。

 親友なら、いい加減、私の性格を覚えて、付き合っていただきたいものですね。


 しかし、この程度言い返せないと、北の王家とはやり取りできませんよ?

 将来の王妃としては、少し物足りませんね。


「クレア嬢、私は王太子の秘書官として、あなたに忠告します。

将来の王妃を目指す方が、この程度のやり取りをさばけなくて、どうするのですか?

もしも、他国との外交会談でしたら、王妃のクレア嬢が黙った時点で我が国の負けが決まります。

我が国を他国の領地にしたいなら、そのまま、沈黙を貫けばよろしいです」

「アンジェさんは、口がお上手ですものね。わたくしも、見習いたいものですわ。

どうすれば、そんなによく舌が回るのかしら? 元男爵家だと、おべっかを使うからですの?」


 精一杯の皮肉ですか。

 さて、どう切り返しましょうかね。


「……いいえ、外交会談で会得しました。得たくて、得た技術ではありません」

「外交会談ですの?」

「はい、三年前の動乱はご存知ですよね?

あのとき、北地方の上半分は、北の国の武力によって、北の領土にされていました。

私は国王陛下と一緒に北地方の貴族の代表として、北の王家と対話し、北の上半分を国の領土として取り返したんですよ」

「まあ、王家と対話しましたの。それでしたら、お口がお上手になりましょうね。

相手をおだてて、約束を取り付ければ良いんですもの。楽なお仕事ですわよね」

「楽? そんなわけありません。あのとき、失敗すれば、北地方は全て、北の国の領土になっていました。

想像できますか? この王都も、東にあるあなたの家の侯爵領も、北国と国境を接する辺境になるんですよ? すぐに戦争なり、国が制圧されても、おかしくない状況になるんです。

失敗は、許されません。失敗すれば、我が国が地図上から無くなり、北の国の一部になります。

そのような重圧の中で過ごせば、死にもの狂いで話術を会得するしかありませんよ」


 敗走した公爵家の私兵を追ってきた正規王国兵士は、図々しく『領主が居ないから、我が国が代わりに土地を治める』と、我が国に宣言しましたからね。

 国王陛下のご命令とは言え、本当に取り返すのは、苦労しましたよ。


「北の王家が、我が家の花嫁にこだわったのは、私の政治的実力を認めたからだと思いますよ。

厄介な実力を持つものは敵にするより、味方にした方が良いという理屈は、クレア嬢でも理解できるでしょう?

誰だって、役に立たない部下よりは、優秀な部下を選びますよね。国王陛下でも、同じですよ」


 一応、釘は指して起きました。

 私を敵に回すつもりなら、容赦はしません。親友のままでいるなら、仲良くしますよって。

 国王陛下は、北の王家とコネを作ったうちと、東地方でのほほんとしている侯爵家では、どちらを選ぶか分かりますよねって。


「……アンジェさんは、王妃になるおつもりかしら?」

「クレア嬢。もしも私が伴侶として選ぶなら、レオナール様の可能性は、かなり低いと思いますよ。

あんな夢見がちでロマンチストな相手なんて、苦労するのが分かっていますから。

今でさえ、無理難題を言い付けられて、振り回されているのに。冗談じゃありません!」

「……無理難題で振り回されるんですの?」

「はい。例えば、婚約者候補の皆さんに贈るクッキーですら、素材の産地はここで、作る料理人は誰で、包む袋はこの色。添える花の色まで、リボンと合わせろって指示します。

男性なのに、細かいんですよ。細かすぎて、毎日、王宮で顔を会わせるのが嫌になるときもあります」


 私とクレア嬢の会話を聞いていた、西地方の侯爵令嬢が来ました。この方は、ファム嬢の母方のいとこでして、王太子妃候補の一人でもあります。

 仕事柄、表面上は仲良くしていますが、個人的に、好きではありません。

 高飛車な性格なんですよ。


「ちょっと、お口の上手なアンジェリークさん? 

婚約者候補のわたくしたちに、お心を砕いてくださっている方を悪く言うのは、候補失格ですわよ」

「事実を告げただけですが?

ハッキリ言って、今のレオナール様は、王妃をめとる資格が無いと思いますよ。

女性の扱い方を知らない、唐変木ですからね。秘書官としては、もう少し、女心を勉強していただきたいものです」

「あら、節穴の秘書官ですわね。

この前だって、わたくしたちを、最高の歌劇に連れて行ってくださるって、約束してくださった、お優しい方ですわよ。

そんな方を唐変木と言うだなんて、信じられませんわね」


 無理、この人と冷静に話すの無理。腹立つ。

 イライラしながら着席し、カバンを机に叩きつけてしまいましたよ。


「……指示を出すだけのレオ様や、連れて行ってもらうだけの婚約者候補は、楽しいでしょうね。満足でしょうね。

ですが、手配するのは、全部私です!

皆さんと一緒に婚約者候補として王妃教育を受ける身なのに、秘書官として手配用の書類を作らせるんですよ。

矛盾していると思いませんか?」


 思い出したら、ふつふつと怒りがわいてきました。


「あの日だって、あなたと一緒に、夜八時まで王妃教育を受けたでしょう?

そのあと、レオ様の望む、最高の歌劇の希望を叶えるために、十時まで残業しました。

王立劇場を抑える日取りに、呼ぶ劇団の斡旋。かかる費用の試算。これ全部、私の仕事です。

おまけに、我が国最古の伝統ある旅一座を呼んで、公演してもらえるように打診しろって、注文を付けられました。

あれが、婚約者候補にする仕打ちですか? 信じられませんね」


 最悪です。我が国最古の旅一座は、母方の祖父が座長を勤めているんです。

 おじい様が来るなら、孫の私はじっとしているわけにはいきません。

 休みが無くなるじゃないですか!


「あらあら、あなたは愛されてないのね、おかわいそうに。単なる元男爵家の家柄の秘書官ですもの、当然かしら。

レオナール様は、あなたに優しくなくても、わたくしには優しくしてくれますわよ」

「なるほど、しばらくお見かけしないうちに、あなたは、残念な思考回路をお持ちになったようですね。

前回の婚約者候補の方と、同じようなことを、おっしゃるので失望しましたよ。

秘書官の私の助言がなければ、ご自分を律することもできないような方など、王太子妃として失格ですね」

「なんですって? 聞き捨てなりませんわ」

「私が前回の王妃教育も、責任者を勤めていたのは、ご存知ですよね?

春の王女である公爵家のご令嬢も、レオナール様のお心につけこんで、『私には優しい。私の言うことなら何でも聞いてくれる』と、周りに吹聴していました。

子爵家のご令嬢は、私のことを『男爵風情』って、あざ笑っておりましたからね。

前回の婚約者候補をよく知る私としては、あなたの思考回路が、残念でなりません。

レオナール様がおっしゃっていたように、人間として軽蔑してしまいます」


 動きが止まる、ご令嬢。わざと同級生たちの前で、恥をかかせてやりましたからね。


 前回の婚約者候補たちと、同じ思考回路の相手。生理的に受けつけません。

 決めました。お別れを告げましょう。

 

「……あなたに、お伝えするべきか迷っていましたが、伝えた方が良ろしいでしょうね。

昨日、レオナール様は、あなたのような高飛車な性格は苦手だから、婚約者候補から外して欲しいと、国王陛下にお願いされておられましたよ?

おそらく、今日中にご実家へ、正式な通達が届くと思います。

性格の不一致では、仕方ないですからね。おかわいそうに」

「……わたくし、家の用事を思い出しましたわ。早退しますわね、ごきげんよう」

「そうですか。お家のご用事では、仕方ないですね。また会う日まで、ごきげんよう」


 そそくさと教室から出ていく、ご令嬢。今週中には、王立学園を自主退学ですかね。

 あー、清々しました。これで、嫌いな人とも、お別れです♪


 そうっと、クレア嬢が話しかけてきました。


「……アンジェさん、本当に口がお上手ですわね。あの方、少々、横暴な方で、この教室の同級生たちが困っていたようですの」

「クレア嬢、将来の王妃を目指しているなら、あなたが率先して注意くらいしてくださいよ」

「わたくしの注意は、聞いてもらえませんでしたわ。地位が同等ですもの」

「あのですね、私は伯爵ですよ? あなたよりも地位が下ですが、注意しました。

同級生が困っているなら、対策を講じてください。王妃を目指すならば、国民を助けて当然ですよ?

命を狙われる暴動を治めるよりも、ずっと簡単な仕事です」

「ええ、次回からは頑張りますわ」

「後で、レオナール様にお礼を伝えてくださいね。一肌脱いでくれました。

昨日、『クレアのいる教室のやつらが、高飛車な侯爵令嬢のせいて、困っているみたいだから、ちょっと父上の所に行ってくる。

自分が王妃になると信じて、傲慢な振る舞いになりつつある貴族のクレアじゃ、平民の同級生のことなんて、考える隙がないようだしな。

できの悪い婚約者候補たちの後始末は、僕がしておくから、心配するな』って、国王陛下の所へいかれましたよ」

「そう……ですの。レオナール様が……後で、感謝を伝えに参りますわ」

「そうしてください。レオナール様の伴侶になる方には、しっかりしていただきたいです。

私のように苦言ばかりの口うるさい者よりは、クレア嬢のようにお優しくて心休まる方を、伴侶に選ぶと思いますからね」

「……アンジェさんの助言、心に留めておきますわ」


 そう言うと、クレア嬢はご自分の席に戻っていかれました。


 しばらくお会いしないうちに、クレア嬢も、おごり高ぶっておりましたからね。

 凹ませました。少しは、考え方を変えてくれるでしょうか。


 端から見れば、私もおごり高ぶっているように見えるでしょうね。

 わざと、自分の能力を見せつけ、自信家に見えるように振る舞っています。


 ですが、仕方ありません。

 動乱期の北地方を平定し、疲弊した領民や、難民、元傭兵をまとめるためには、抜きん出たカリスマ性が必要でした。


 領民たちよりも年下で、子供の私が領主ですよ? 普通に考えて、誰がついてくると思いますか?

 相手は自分よりも優れた人物である、この人について行けば大丈夫。

 そう思わせることが、必要でした。


 立ち振る舞い方を教えてくれたのは、生まれついての王子、レオナール様です。

 帝王学のなかには、民衆心理を掌握する方法もあるそうですね。

 領主代行で苦労していた私に、上に立つものの心得などを伝授してくれたのです。


 今の北地方の平和は、レオナール様のご助言がなければ、あり得ません。

 だから、私はレオナール様に付き従うのです。忠実な部下として。

 レオ様とクレア嬢が、国王夫婦となる将来を、楽しみにしていますからね。

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