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15話 政略結婚には裏があります

 下の妹の婚約が正式に決まり、私は精神的に安定したようです。

 まだ胃痛はありますが、職場復帰しました。

 王子の執務室と部屋続きの政務室で、たまっていた書類を片づけました。


「アンジェ、まだ仕事をしているのか? エルが待ちくたびれていたぞ。

眠たそうにしていたから、父上と母上に預けて、様子を見に来た」


 時間を忘れていたようです。妹を預けていたレオナール様が、ひょっこりと顔をのぞかせました。


「エルが眠たそう? あ、もう九時でしたか。エルは、八時半には寝ますからね……」

「妹のことは心配するな。今日は、僕の両親の部屋に泊まる。父上は、野望を叶えるようだ」

「……野望ですか?」

「僕が一緒に寝なくなってから、二人目の子供が生まれたら、また親子三人並んで寝るのが夢だと言っていた。

エルは僕と容姿が似てるから、娘のつもりで一緒に寝るんだと思う」

「かしこまりました」


 国王陛下は、エルを娘に欲しいと、常々口に出しておられました。北の国の王族との婚約を機に、養子縁組をする気かもしれません。


「あの……エルは、王家の養女になるのでしょうか?」

「……無理だ。国が滅ぶ。お前の妹を若干六才で、傾国の美女にするわけにはいかん」


 レオナール様の視線が遠くなり、投げやりの答えを聞きました。声をあらげて尋ねましたよ。


「なにか、あったんですか!?」

「父上は、エルを引き取る気満々だった。だが、宰相のおじ上が待ったをかけて、自分の養女にすると言いだした。

どちらも一人息子ばかりで、娘がいないからな。人形みたいにかわいいエルが欲しくて、たまらないようだ。

いい年した大人が、取っ組み合いの兄弟けんかを始めたんだぞ。妻である母上たちも、息子の僕らも、あきれて物が言えん」

「……先代国王陛下が、騒ぎをお治めになられたんでしょうか?」

「そうだ。おじい様の拳骨を、久しぶりに見た。僕といとこも、妹を欲しがるなと、とばっちりの拳骨をくらうし。

だから、傾国の美女エルは、お前の家に籍を置いたまま、帝王学を学ばせることになった」

「……かしこまりました」

「エルを養女にしようと父上たちが取り合って、北の国のような内戦状態になったら困るな。

ほら、傾国の美女って、男が美女を取り合って、戦争を誘発する存在だからな」


 レオナール様。たった六才の子供を、傾国の美女呼ばわりって、どういうことですか?

 想像力豊かすぎますよ。おとぎ話の読みすぎです。


「妹のような金髪碧眼の子供など、北地方に行けば、それなりにいますよ?」

「お前の領地に行ったとき、あそこまで輝く金髪と雪のような肌は、居なかったぞ?

お前の兄弟たちは、平民たちと顔の造形が、少し違う。どちらかと言えば、北の国に近い。

はっきり言って、北の王弟の嫁よりも、お前やエルの方が美しく成長すると思う」

「……お褒めに預り光栄です。顔の造形が違うのは、母の血筋が濃く出たんでしょうね」

「お前の母上は、わが国最古の巡業歌劇団、雪花旅一座の座長の娘だったよな?

旅一座の娘だけあって、本当に美人だし。僕の母上と並ぶくらいだと思う」

「母は、幼いころから器量よしと、評判だったようですね。うちの領地に巡業に来るたびに、父が口説いたそうです」

「お前の母上の容姿なら、父上が見初めて当然だろうな。

それでも、貴族が平民を正室に迎えるのは、めずらしい。いくら美人でも、平民なら側室にするはずだぞ」


 ……もしかして、レオナール様は、知らないのでしょうか? 我が国の王太子なのに?

 それとも、わざと答えていないのでしょうか?

 少し、試させてもらいましょう。 


「……まあ、私たちは『雪の天使の血筋』ですからね。輝く金髪と空色の碧眼、雪のような白肌に生まれても、おかしくありません」

「確か……雪の天使は、北地方では美男美女の代名詞だったよな?

金髪碧眼の子供を、そう呼ぶって、お前の領地に行ったときに教えてもらったぞ

王都では、色白美人を指す言葉なんだが。もしくは、『白き宝』を守る者たち。

まあ、北地方出身のお前は、色白美少女だから、雪の天使と呼ばれるのも当然だよな」

「……なるほど、レオ様のお考えは分かりました」


 確かに、うちの母は、若々しく見えて、美しいんですよ。父が一目ぼれしただけあって、絶世の美女です。、

 父が母を伴侶にしたのは、それだけではないんですけど。

 この反応だと、知らない可能性の方が、高いですね。


「あ……アンジェ、ちょっと心配になったんだが、旅一座みたいな平民の血を、雪の王家に混ぜて大丈夫なのか?

『湖の塩伯爵』の血を持っているとは言え、エルの立場は危うくならないか?

おじい様も有名人だが、平民の農家が、貴族の男爵になった血筋でもあるし……」

「レオナール様、将来の国王としては、不合格の回答ですね。

秘書官として、一度、過去の貴族について、お調べになるように申し上げます」


 ……やはり、レオ様は気づいてなかったようですね。父方の祖父母の事は知っているようですが、母方は全然興味無かった、ご様子。

 春の国は、母方の血筋を無視するお国柄ですもんね。

 私が王太子の側近として、王家に召し上げられたのは、私自身の頭の良さだけが理由ではないと思います。


「過去の貴族? お前の父親は二代前に平民の農家が力をつけて、男爵に成り上がった家系なんだぞ?

そして、母親は代々座長の家柄で、三代前に男爵の三女を嫁に貰った以外は、平民の血筋と戸籍に書かれていた。

お前を採用するとき、五代遡って、血筋は調べたんだからな。貴族の血筋は男爵だけだった」

「王太子として、マイナスの回答ですね。私は雪の天使の血筋だと、申し上げましたよ!

そもそも、平民の旅一座に貴族のような戸籍があることを、おかしく思わなかったのですか?」

「雪の天使? ……北の王家も、お前をそう呼んでいたな。

あれは『北地方の見目麗しい美人』だと、誉めていたわけでは無いのか?

もしくは、『白き宝を守る、雪の天使』だから」

「後半は、春の王族としては、優等生の解答ですが、違うでしょうね。

春の国王陛下の御前で、『雪の天使』と、わざわざ呼んだくらいですから」


 あのとき北の王弟殿下は、私本人ではなく、国王陛下に政略結婚を迫ったんです。

 はっきり言って、現在のこの国の国務に携わる貴族は少々、鈍い者が多いです。

 雪の天使と聞いても、我が家と北の王家との婚姻に反対しましたからね。

 「元男爵家を王家の嫁にするのは反対」と言った辺りで、おバカさんの度合いが図れますよ。


「外見じゃないなら、当主をしているお前の頭の良さを評価して、嫁に欲しがったんじゃないのか?」

「……なんと言うか、レオナール様らしい、回答ですね。

まあ、西の辺境伯殿と、外務大臣殿は、私の血筋の価値に気付いていたようですけど。

私が婚約を断った直後、『我が国の将来のために考え直してほしい。雪の天使の血筋として、北の王家に嫁入りしてほしい』と、当主二人が直談判にきましたから。

尋ねましたら、国王陛下のご意思ではなく、自己判断で来たそうですよ」

「西の辺境伯と、外務大臣? 僕の親友たちの家じゃないか」

「はい。ですから、レオナール様。側近である騎士団長の子息殿と、外交官の子息殿は、大事にしてあげてください。

我が国のことを、心から思う忠臣の家柄です。国王陛下が、お二人をレオ様の側近にしたのは、お家の忠誠心を買ったからだと思いますよ」


 本当に、あの二家は、心から春の国のことを思う、すばらしい家柄ですね。

 自分の利益のために、我が家を手駒にしようと動いていたおバカな貴族たちとは、大違いです。


「さて、私の手の内は、いくつか明かしました。今度は、レオナール様が明かして下さい

どうして、私は王宮に召し上げられ、王妃教育の責任者に任命されたのですか?」


 単刀直入に、謎だったことをお聞きました。

 腕組みしたレオナール様は、仏頂面で、私を見下ろします。


「……女性に、ここまで言わせておいて、男性のあなたは黙りですか?」

「安い挑発だな。僕がそんなものに乗ると?」

「思ってはいませんよ。私は、どの貴族の所へ嫁がされるか、知りたいだけです。

国境を接する、重要な土地の領主が女性では、他国に付け入れられますからね。

国王陛下は、私を早くお役ごめんにして、弟に家督を継がせたいはずですよ。

そして、弟が反逆して北の雪の国へ寝返らないように、人質の意味も込めて、信頼している家臣に嫁がせるはずです」

「……ふーん。そこまで読んでいたか。たいしたもんだ。さすが女だてらに、動乱の北地方を平定しただけはある」


 ブラックレオ様、降臨ですね。

 青い瞳に、冷淡な感情を浮かべました。氷の視線が、私を見下ろします。


 怖くないと言えば、嘘になります。

 が、命の危機にさらされた暴動を経験したときよりは、ずっと怖くないですね。


 夢見がちなレオナール様は、理想を追い求めます。

 そして、理想を実現するために策を張り巡らせ、実現する行動力をお持ちです。


 簡単に言えば、腹黒で策士なんですね。

 普段はロマンチストな部分に隠れてしまい、腹黒は目立ちません。

 レオ様なりの処世術なんだと思います。


「お前は、僕のいとこの側室にする予定だった」

「え……宰相の子息殿が、私の伴侶だったんですか!?」


 ちょっと、マズイですよ! そうと知っていれば、もう少し柔らかな物言いをしましたのに。

 腹が立ったとき、遠回しに嫌味を言いましたよ? 


「まさか、お前が正論で反撃して、相手をやり込める性格なんて、父上も予想外だったらしい。

頭の回転の早いお前は、宰相の側室にするよりは、手元においた方が、色々役立つと判断したようだ」

「手元におく? ……将来の王妃の秘書官として、目の届くところに置くつもりなのですね」

「そうだな。そうなるな」

「ならば、私は『行かず後家決定』ですか!?」

「たぶんな……お前を嫁に欲しがる男がいれば、話しは別だが。

いとこの側室は諦めろ。相手が逃げ出す」


 レオナール様の青い瞳から、目を反らしました。大きなため息しか出ませんよ。


「はぁぁ……行かず後家ですか。雪の恋歌のような結婚式に、あこがれていたんですが。仕方ないですね」

「雪の恋歌? お前、現実主義者のくせに、名作恋愛歌劇に憧れるのか?」

「……レオナール様。私は旅一座の座長の孫ですよ? うまれたときから、歌劇は身近な存在です」

「そうか。歌劇か。僕と趣味が会いそうだな。

よし、試してやる。甘い鎮魂歌を知っているか?」

「知っていますよ。『この世は砂糖菓子で出来ている。こねくりまわして、色をつけた砂糖を、あちこち継ぎ足して、この世は成り立っているんだ』

これでよろしいですか?」

「おお! あの台詞を間違わずに答えれるのか! 本物だな」


 ……レオナール様は、いつもの調子に戻りましたね。

 ロマンチストな王子には、夢を語る方がお似合いです。


 まあ、レオ様に付き合って、夜更かしした私は、睡眠不足で翌日、ベッド生活に逆戻りでしたが。

悪の組織のボス(王太子レオナール)は、本性を現した。

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