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14話 見初められました

 持病の胃痛が悪化して、今日は王立学園を休みました。秘書業務も、王妃教育も、欠席です。


「アンジェ、具合はどうだ?」

「あまり、よくありません。将来のことを考えると、胃痛がひどくなるばかりです」


 学園から帰宅されたレオナール王子は、まっすぐに私の部屋に来られたようです。

 部屋に入ってくると、椅子を引っ張ってきて、ベッド脇に座られました。

 レオ様にあわせて、私もベッドから上半身を起こして、出迎えます。


「……雪の王族も、無茶を言ってくれる」

「婚約など恐れ多いとお断りしたのに、どうして再度、申し込みがくるのでしょうか?」

「領地がらみの政略結婚に決まっている。お前は、北の雪の国と国境を接する、北地方唯一の貴族だ。

『どうしても雪の天使を嫁に欲しいから、仲立ちしてくれ』と、父上に打診してきた。なんとか縁を結びたいらしい」

「国王陛下は、お断りしてくれますよね?」

「……どうだろうな。雪の国の王家からの頼みだ。借りを作れるとなると、父上も無視できまい」

「うあ……」


 仏頂面で腕組みをしながら答える、レオナール様。

 お言葉を聞いていると、ストレスで腹痛が悪化してきました。軽いうめき声がもれてしまいます。


「アンジェ!? もう起き上がらなくていい、今は横になれ。また血を吐くまで悪化したら困る。

雪の国との婚約の件は、お前が倒れている間は、進まん。臥せっている間に、対策を考えるんだ」

「……はい。ですが、お断りはできないと思います」


 レオ様のお言葉通り、横になりました。軽く目を閉じて、ため息を吐くしかありません。

 雪の国なんて、行きたくありませんよ。ル



*****



 春の国の王宮には、北の雪の国のルートルド王弟殿下が滞在しています。

 一月前、定期の使節団の団長として訪れました。

 帰国時に、三年前の内乱で、戦火を逃れて南に逃げた難民たちを、連れて帰る予定だったようですね。


 難民たちは、春の国の北地方で今は暮らしています。北地方の貴族は、伯爵の我が家だけ。

 書類上は、伯爵家の当主である私が、面倒をみていることになっています。


 私は伯爵当主として、北国の南地方の公爵家当主と、公式会談をしました。

 上から目線のおバカさん当主に腹が立ち、つい、やりこめたんですよ。

 すべてを見ていた雪の王弟殿下は、兄の国王へ、手紙を書きました。


 二週間後に北の国王から、返事が届きます。王弟殿下は我が国の謁見室で、返事を読み上げました。

 南地方の公爵は、王弟殿下に変更になった旨。

 難民になった国民を受け入れるのは、復興が進んだ地域からする旨。

 難民を連れ帰るにあたり、綿密に計画して、計画書を春の国へ提出する旨を告げました。

 返事の手紙を、春の国王陛下に渡し、謁見は終わります。


 問題は、そこからです。雪の弟王殿下は、同席していた私に話しかけてきたのです。

 春の国の言葉で。


「北の伯爵殿に、個人的なお願いがあります」

「はい、なんでしょうか?」

「息子の花嫁になりませんか? 才色兼備の雪の天使は、当王家として大歓迎します。

我が国とあなたの国にとって、素晴らしき友好の印となるでしょう。永年に渡る、軍事同盟を強固にする意味でもね」


 春の国王陛下や、王太子のレオナール王子の前で、堂々と言ってのけました。

 私の退路を塞ぎつつ、春と雪の国の利点を主張したのです。



******


 私の胃痛がひどくなって、寝込んでから三日経ちました。

 雪の王弟殿下は沈黙し、私の花嫁話は停滞しているようです。

 お見舞いにきたレオナール様が状況を、教えてくれました。


 レオ様は、腕組みをしたまま、仏頂面で話しかけてきます。


「雪の王家の感覚は、理解不能だ。十六才のお前を、十才の息子の嫁に望むか?

性別が逆なら分からんでもないが、姉さん女房だぞ。かかあ天下になるに決まってる」

「……レオナール様、どこでそんな世俗的な言葉を覚えたんですか?」

「うん? 三年前、お前の領地に行った時だな。平民たちの生活を知れて、本当に勉強になった」

「……そうですか」


 私が王家に重用されたきっかけは、北地方の平定目的で、治安維持の兵士を率いた、レオナール様との出会いです。

 当主であった父が亡くなり、当主代行をしていた私は、やんちゃな王子だったレオナール様を言い負かしましたからね。


「向こうは、お前が僕の婚約者候補だと、知っているはずだぞ?

春の王太子妃候補、北の新興伯爵家のアンジェリークとして」

「実際は、将来の王妃の側近ですけどね」

「それでも、なんで隣国の王太子妃候補を、わざわざ指名するんだ?

そんなに政略結婚がしたいなんて、僕には理解できない」


 ロマンチストなレオナール様は、恋愛結婚に憧れている王子です。

 私の血筋を欲しがる、北の国の王家の考え方とは、相容れませんからね。


「普通なら、僕の婚約者候補を理由に、嫁入りを断ることもできると思うが……雪の国相手だから、何とも言えん。

だが、あの発言で、お前の価値は跳ね上がった。抜け目のない貴族どもが、水面下で動き出している。気を付けろ」

「あー、レオ様の秘書官だから、息子の嫁として手に入れれば、春の王家との繋がりができますね。

もしも、北国に嫁に行けば、伯爵家の当主は弟に移ります。自分の娘を、私の弟の花嫁嫁にできれば、春の王家とも、雪のの王家とも、繋がりを持てます」

「そう。お前を利用して、王家との伝手を作れるんだ。あいつらとしては、雪の国へ、嫁にやりたいだろうな」

「嫌です。お嫁にはいきません。幼い弟妹を残して、いけるわけないでしょう!」


 父親の居ない私たち兄弟は、後ろ盾がありません。ようやく十四才の上の妹に、嫁ぎ先が決まっただけです。

 私がこの国から居なくなれば、十五才と十一才の弟、六才の妹はどうなるのでしょう。

 祖祖父母や母がいるとはいえ、抜け目のない貴族たちが、隙をつく可能性がありますからね。


「お前の気持ちは、よく分かった。あとは、僕にまかせろ」

「……レオ様にですか?」

「僕は王太子だぞ? 大切な親友を泣かせるわけには、いかない。

それに三年かけて、やっとお前を領地から呼び寄せられたのに、みすみす雪の国へ連れていかれてたまるか!」


 レオナール様は、大胆不敵な王子スマイルを浮かべ、颯爽とと部屋から出ていかれました。


 私が、胃痛で寝込んでいる間に、事態はどんどん動きます。

 将来の南の公爵当主になる雪の王子が、母君につれられて、春の国にやってきたのです。



******



 春の国王陛下の仲人で、雪の王弟殿下のご子息と、うちの下の妹エルのお見合いが行われました。


 レオナール様が、「自分の信頼する秘書官であり、将来の王妃の側近を、雪の国にはやれない。春の国にとって大きな損失を、将来の国王として、容認できない!」と国王陛下に直訴し続けてくれた結果です。


 息子のしつこい直訴は珍しく、悩まれた国王陛下。

 家臣の推薦を受け、私の身代わりに、春の貴族のご令嬢を紹介されました。


 雪の王弟殿下は、どのご令嬢を紹介しても、首を縦に振ってくれません。 

 北地方の伯爵家の雪の天使が欲しいと、うちの血筋に固執するのです。

 とうとう、侍女になるために王宮で養育されていた、うちの下の妹エルが花嫁候補にあがりました。


 一応、私と一緒に王妃教育を受けて、王妃様が後見人になってくださっている伯爵令嬢です。

 年齢も六才で、十才の王子様とは、釣り合いが取れますからね。


「では、北の伯爵殿。小さな雪の天使、エル嬢を、息子の花嫁にもらいましょう」

「はい、よろしくお願い申し上げます」


 お見合いの結果、すぐに縁談がまとまりました。

 翌日、春の王族全員と雪の王弟一家の目の前で、二人の婚約が交わされます。

 王弟殿下が帰国されたら、即刻、国際社会へ周知されそうですね。姉として、一安心です。


 私の下の妹は、お人形さんのような、かわいらしい子です。

 ルートルド様のご子息は、初めてうちの妹を見たとき、一目で虜になったようですね。

 春の王宮にご滞在の間、始終くっついて、二人で遊んでいました。


 この滞在は、雪の王子様に、良い効果をもたらしました。

 妹のエルは、北国の言葉も、我が国の言葉も自由に話せる、バイリンガルです。

 わずか六才で雪の使節団と、春の王宮の使用人との通訳をこなしておりました。

 舌足らずの会話なので、聞き取れない人のために、両国の言葉で文字を書いて、筆談するほどの芸達者ぶりです。


 雪の内乱の影響で師匠が帰国し、春の国の言葉をきちんと学ばかった、ルートルド様のご子息。

 うちの妹の芸達者ぶりを見て、「年上の男がこれではマズイ!」と、子供心に悟ったようです。

 ワガママ王子は、勤勉家に変身され、エルと一緒に語学勉強をはじめました。


 ご子息の変化に、王弟殿下ご夫妻は、大変喜んでおられましたからね。

 きっと、妹は嫁ぎ先で、大事にしてもらえるでしょう。



 さて、新興伯爵家のうちを手駒にしようと、水面下で動いていた貴族たち。

 国王陛下の不興を買い、陛下の弟である宰相殿が潰してくれましたよ。

 ぷちっとね。



 そうそう、余談ですが……ご子息しかいなかった、ルートルド様の元に、姫君が誕生したのは、これから二年後になります。

 夫婦仲がよろしくて、なりよりですね。


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