12話 妹は人気者です
もうすぐ、中庭でのお茶会の勉強時間です。本日は、王妃様直々に、授業を教えてくださる予定ですね。
王妃様が到着されるまで、各自がお茶会のマナーを振り替える、自習時間をいただいています。
私は五才の妹と共に一番に参上し、王家の使用人と一緒にティーセットの準備をして、皆さんの到着をお待ちました。
しばらくして、最初にやって来られたのは、侯爵家のクレア嬢です。
「アンジェさん、エルちゃん、ごきげんよう」
「こんにちは、クレア嬢。ご機嫌うるわしゅう」
「ごきげんよー、くれあちゃま」
あどけない笑顔で出迎える妹を見て、さりげなく抱き上げるクレア嬢。本当に、子供が好きなようですね。
続いて入ってきた側近希望の文官のご令嬢も、妹を見つけ、目の色を変えました。
「クレア様、ずるいです。わたくしにも、エルちゃんをだっこさせてください!」
現在の候補者は、うちの妹を見て、喜んでくださる方ばかりです。王妃様が現れるまで、争奪戦ですね。
授業が始まると、妹の指定席は、王妃様のお膝の上ですから。
婚約候補者の方々に順番にだっこされ、一巡してクレア嬢に戻ったころ。
レオナール王子が、側近と共に、お茶会の会場に姿を現しました。
「クレア、僕にもエルを抱かせろ」
「その次は私にも、お願いします」
「レオ様? 宰相の子息殿? ご公務はどうなさったのですか?」
「もう済ませた。たまには、婚約者候補たちとのお茶会に、最初から参加したい。
それに、母上の王妃教育も、一度は見学したかったしな」
「私も、おば上の授業に興味がありましてね。一番の目的は、エルと遊ぶことですが」
「かしこまりました」
クレア嬢から妹を受け取りながら、笑顔のレオ様は答えます。王子スマイルではなく、素の無垢な笑顔ですね。
宰相の子息殿は、いたずらっ子の笑みを浮かべて、お答えになられましたよ。
「本当にエルは、かわいいな。絵本に出てくる小さな姫は、きっとこのような子だぞ。
僕に子供ができれば、このような子を授かるだろうな。母上と同じく、青く美しい瞳だ」
まだ言ってるんですか。夢見がちなロマンチスト王子。妹は嫁にやりませんよ!
ついジト目で王子を見てしまいました。
「レオナール様、お気がはようございますわ。まずはご結婚なさってからです。
わたくしも、エルちゃんのような姫君を、将来、授かりたくはありますが」
クレア嬢の発言に、婚約者候補たちは、様々な表情を見せます。
どれほど王太子妃になりたくても、選ぶのはレオナール様です。選ばれなければ、伴侶にはなれません。
そして、現在残る婚約者候補は十五名。将来の王妃側近になる数名を除けば、ライバルばかりです。
「レオナール様は、金のおぐしに、青き瞳にございますから、お子様も全員、エルちゃんのような容姿になりましょう」
「そうか、僕にそっくりか。楽しみだな。エルみたいな子供なら、何人いても良い♪」
「あら、姫君だけではいけませんわよ。後を継がれる、若君も必要ですもの」
「そうだな。世継ぎを残すのも、国王の役目だ。父上には、僕しかいなかったから、苦労したと思う。
だから、僕の子供は、最低二人は欲しい。兄弟にしてやりたい」
「レオナール様がその気になられれば、ここに居る者たちは、いつでも応えましょう」
……攻めますね、クレア嬢は。王妃になる気が、にじみ出ています。
お話を聞いたとき、貴族としての義務を全うできるように、王妃教育を頑張っていると言っていました。
クレア嬢を支えているのは、高位貴族としての誇りなのでしょう。
立派ですが、危うい感情だと、個人的には思っています。誇りを失った人間は、簡単に壊れますから。
現に、北国で公爵家の兵士として騎士の誇りを持っていた者たちは、敗走した結果、落ち延びた先のうちの領地で、単なるごろつきに転じました。
「……クレアは、僕の嫁は誰になると思う?」
「もう、お心に決めていらっしゃると思っていましたわ」
「僕の嫁は、エルのような……」
「妹は、嫁にやりませんよ! 絶対に!」
「……ちっ。アンジェは、口うるさいな」
「夢見がちなロマンチスト王子に、苦言を呈するのが、秘書官の仕事ですから!」
「レオナール様、アンジェさん、怒鳴らないでくださいませ。ほら、エルちゃんが、びっくりしてますわよ」
どこまで本気なのか分からないレオ様は、放っておくとして、話を戻しましょう。
現在の王妃の筆頭候補は、東地方の侯爵令嬢。このクレア嬢と、言われております。
皆さんの期待に応え、決められたレールを歩き、決められた将来を実現する。そんな理想の王妃になりましょう。
ですが、決められた以外のことができるかどうか、心配です。
自らのご意思というものを殺して、騙して、生きておられますから。
クレア嬢に敵意むき出しで目つきが悪くなっている、あちらのご令嬢たちの方が、ご意思に忠実ですね。
問題行動は、起こさないで欲しいですけど。後始末をするのは、私なんですからね。
さて、そろそろ、妹をレオ様から受け取りましょう。王妃様が来られる時間が迫っております。
お声をかけようとすると、宰相の子息殿がレオ様に近寄りました。
「レオ。もう良いでしょう? そろそろ私にも、だっこさせてください!」
妹にほおずりするレオ様に向かって、宰相の子息殿は両手を広げながら、催促しました。
幼子を抱き上げながら、高い高いをして、遊び始めます。妹は、満面の笑みを浮かべて、きゃっきゃと喜びました。
「エルは、本当にかわいいですね。そうです、私の妹になりませんか?」
「ズルいぞ! エルは、僕の妹だ!」
「お二方、エルは私の妹です! 王子たちの妹では、ありませんよ!
宰相の子息殿、そろそろ王妃様がお見えになられます。エルの身だしなみを整えるので、かえしてください。エル、きれいきれいしましょうね」
「あい、きれいきれいちまちゅの♪」
妹は、私の声かけにすぐ答え、身体を捻りながら両手を伸ばしました。宰相の子息殿より、私を選んだのです。
「……あの、エル、もう少し私と一緒にいますよね!?」
「やー、あっちいきゅの! きれいきれい、ちまちゅの!」
うちの妹を手放したくない、宰相の子息殿。難癖つけて頑張りましたが、妹自身に拒否されました。
幼子を無理矢理だっこしていれば、大泣きするに決まっています
「本人が嫌がっているので、帰してください。涙目になってきています。
後見人になってくださっている王妃様が、エルの泣き顔を見たら、心配されます。早く!」
「……はい」
ぐずりかけた妹を、宰相の子息殿から取り上げました。顔を覗きこむと、すぐに笑い、機嫌を直してくれました。
妹を地面に立たせて、私はしゃがみます。髪型と服のシワを直して、身支度は整いました。。
「エル、きれいきれい、できましたよ」
「あーじぇーおーちゃま、あーがとーございまちゅ。えりゅ、だいちゅきでちゅわ♪」
「どういたしまして。私も、エルが大好きですよ♪」
あどけない笑みを浮かべて、お礼を言う妹。両手を広げて飛びついてきたので、抱きしめてやりました。
そして、妹を抱っこして立ち上がります。
気がつくと、レオナール様も、宰相の子息殿も、私を羨望のまなざしで見ていました。
「……エルは、自分の兄弟が誰だか、理解しているようだな」
「本当ですね。これを、兄弟の絆と言うんでしょうか」
「羨まし過ぎるぞ。もしも僕に妹がいれば、着飾らせて、いろいろ教えて、一緒に遊んだのに!」
「どうして、私たちは一人っ子なのでしょうか……。兄弟がいれば、楽しい思い出が、たくさん作れたでしょうね。羨ましくてたまりませんよ」
……なるほど、一人っ子って、そんな考えをもっているんですね。
長子である私にとって、弟妹の世話は大変な思い出の方が多いです。
一人っ子が羨ましくて、仕方ない時期もありましたよ?
その一人っ子たちが、兄弟のいる私を羨んでいるのです。
どうやら、隣の芝生は、青く見えるようですね。