11話 王子の想像力には、あきれました
王妃教育は、習いたいものを自分で選び授業を受ける、選択制を導入しました。
国王様も、おもしろいからやってみろと、言ってくれましたし。
逆に言えば、王妃の条件の一つ「豊富な知識」を、自己責任で獲得していかなければなりません。
王立学校に在籍している候補者も、王宮の騎士団に配属された女騎士も、条件は同じです。
平日の授業は、夕方四時から八時の四時間。食事のマナーを学ぶために、あえて夕食を挟んだようです。
休日は、王立学園と同じ、朝九時から昼の三時まで。王妃様から直接授業を受けられる日もあります。
まあ、全部受けようとすると、あまり休みがないですからね。体調管理をすることも、必要です。
こちらも、自己管理能力として、密かな王妃の条件の一つらしいですよ。
新しく始まったシステムに、王宮の使用人は困惑顔。ですが、講師の先生たちには、大変好評でした。
王妃教育の授業に出席しているのは、やる気のある候補者だけですから。教える先生の力の入れようも、変わりますよね。
*****
今日は休日。朝から王妃教育がある日です。
朝食後、すぐに執務室でレオナール様にお会いしました。
私は王太子の秘書官ですからね、今日の授業予定と授業の経過を報告しました。
書類に目を通されたレオ様は、怪訝な顔をされます。私が抱っこする、うちの下の妹をみながら。
「アンジェ、王妃教育の出席率だが……あのクレアを押さえて、一番高いのがお前とお前の妹って、どういうことだ?」
「ご自分の行動を振り返ってください」
「授業システムを説明したときに、王妃教育の責任者として全部に出席するように、皆の前で命じられたお前は分かる。
だが、妹まで皆勤賞って、ありえんだろう!」
「お言葉ですが、妹が泣かないように私が連れ歩けと、国王陛下からご命令が出ています。知っていますよね?
レオナール様の思い付きのご命令で、幼子がいきなり母と引き離されたんですからね。母を探して、泣いて当然でしょう?
泣きわめく子供の声って、響きますからね。王宮の使用人たちから、苦情が満載なんです」
「ぐっ……全部、僕のせいだと言いたいのか、アンジェ」
「そうです。これくらい、考えていなかったんでしょうか。王太子ともあろう方が。
レオナール様の思い付きの命令のせいで、下の妹だけ、故郷に帰れなかったんですからね!」
爵位が上がったとき、うちの母と弟妹は観光旅行もかねて、王都へ来ていました。
下の弟妹は幼いので、宿屋で従者とお留守番。儀式のある王宮の大広間に、来ていなかったんですよ。
婚約者候補とレオナール様が謁見した翌日、初めてうちの母と兄弟が揃って、国王陛下に謁見することになりました。
陛下は、国王として、うちの妹たちの処遇を言い渡したのです。その結果、下の妹だけ、王宮に置いて行かれました。
北地方で生まれた私や妹たちは、母に似て、色白、金髪碧眼です。
とくに、まだ五才の下の妹は、お人形と思えるほど、かわいいですからね。
姫君の居ない国王陛下は、愛らしい下の妹を一目で気に入って、すぐに手元に置きたかったようなのですが……。
「だが、あの命令は、元をたどれば父上が全面的に悪いと思う!
僕や母上が抱いても、泣かなかったんだぞ? 父上が無理矢理抱いたから、泣いたんだ」
「……まあ、仕方ないとは、思いますよ。あの子が生まれてすぐに、うちの父は亡くなりましたからね。
妹は、母親や兄と言う存在は知っていても、父親は知りません。国王陛下が怖かったんでしょうね」
私が王立学園に登校している間、妹はひとりぼっちになります。
国王陛下が面倒を見ると豪語されたので、後ろ髪を引かれつつ、登校しましたよ。
姫君が居ない国王陛下は、嬉しそうにすぐ抱っこしたそうですが、妹は嫌がって、大泣きしました。
妹にしたら、見知らぬ、ヒゲのおじさんですからね。当然です。
王妃様や先代王妃様が、無粋な国王陛下をしかり、妹を取り上げてあやし、ようやく泣き止みました。
妹の泣き声に落ち込んだのか、国王陛下は私に、妹を連れ歩くように命じましたよ。
三ヶ月経った今では、国王陛下にも慣れました。抱っこされても泣きません。
登校する私に手を振りながら、笑顔で見送ってくれるまでになりました。
「しかし、小さな子供なんて、授業の邪魔をしてるんじゃないのか?」
「全然。むしろ、参加している方が喜ばれます。婚約者候補の皆さんに、かわいがられていますよ。
講師の方々は、妹を基準に授業を組み立てています。妹がわかる範囲なら、もっと年上の候補者の方々は、簡単に理解も応用もできますから」
国王陛下のご命令とはいえ、本当に下の妹の授業参加は、いい効果をもたらしました。
マナーの授業を受けなくても良いか事前に問い合わせてきた女騎士殿は、妹目当てで、きちんと授業を受けるようになりましたし。
ダンスをしたことがなかった豪商のご令嬢は、うちの妹に教えるために、ダンスが上達しました。
本当に、王妃の側近候補の育成が、順調なんですよ♪
「それから、子供嫌いの婚約者候補は『慈愛なき王妃は要らぬ』と言う名目で、候補を取り消しましたしね」
「あの報告には、ビックリした。同じ人間とは思えず、軽蔑してしまったぞ」
「私もです」
うちの妹が王妃教育で、最初に出席したのは、この王妃様の直接授業のときでした。
王太子妃候補の方々を出迎えるとき、私の後ろに隠れる妹を見て、顔を歪める人が五人いたんです。
王妃様が来られると、嫌悪感丸出しに「うるさい子供は授業の邪魔になるから、外に連れ出してほしい」と、願いでました。
五人は子供好きな王妃様の不興を買い、すぐに城から追い出され、候補者の資格を剥奪されましたよ。
「子供嫌いの嫁は、いらん!
僕は国民への顔見せで、嫁と一緒に子供たちを抱っこしながら、テラスから顔を出し、家族で手を降るのが理想なんだから」
「だっこにできるのは、御子が二人までですね」
「二人?」
「はい。御子が三人以上になれば、長子は抱っこできずに隣に立たせることになります。が、親の服をつかみ、後ろに隠れてしまい、言うことを聞いてくれずに困るでしょう。
四人目が生まれれば、長子は次子と手をつないで、空いた片手を振るように、うながせるようになります。少し楽になりますね。
五人目にもなると、長子は両親の期待に応え、きちんと次子と三子の面倒をみてくれるので、安心できると思いますよ」
「……やけに具体的だな」
「実体験です。まあ、簡単にまとめると……レオ様の理想は、実現可能な未来であるということですね」
「あ、ああ。そうなのか。楽しみにしておく」
……ふっ。私みたいに五人兄弟の長子ともなると、色々と悟るんですよ。
一人っ子のレオ様には、たぶん分からない世界ですね。
「しかし、お前の下の妹は、本当に人形みたいにかわいいな。成長すれば、おとぎ話の姫のようになるんじゃないか?
三年ぶりにあった母親も、相変わらず、姉といっても通じるくらい若々しくて、色白美人だし」
「うちの母は背が低いから、幼く見えるだけですよ。北地方の人間は、生まれつき色白ですしね」
「いやいや、上の妹の見合いも、一発でまとまっただろう?
まだ十才くらいにしか見えないが、母親のように育つなら、ぜひ嫁にもらうと、はとこも言っていた」
「……外見だけで決めると苦労するって、レオ様がご助言してあげてください。
前回の婚約者候補のようになったら、困りますよ?」
「それはないだろう。お前の妹なんだから」
「まあ……判断はお任せします。外見年齢は、仕方ありません。
うちの兄弟は、あの動乱のせいで栄養が足りず、同い年の子供に比べて成長が遅れぎみですからね。
妹たちも、きちんと成長できれば、母のような外見になるとは、思いますよ」
「……ふーん。姉妹そろって、お前の母上のような美人にか……」
書類を机の上に置き、腕組みをする、レオナール様。
目を伏せぎみにしたところから察するに、想像の世界に浸られたようです。
しばらくして、顔をあげました。まっすぐ私の瞳を見ながら、口を開きます。
「なあ……僕の運命の花嫁は、おとぎ話のような色白の美人だと思うんだ。
だから、王妃教育を一生懸命頑張る、お前……」
「絶対に、あり得ませんね! あと十年は待たねば、下の妹は結婚できる年齢にならないでしょう?
それに王命で側室にするようなら、王妃様がお怒りになりますよ。妹の後見人になると、言ってくださいましたから!」
「……もういい。下がれ」
「はい、失礼します!」
妹を連れて、急いで執務室を後にしましたよ。
この夢見がちな、ロマンチスト王子! なんてことを考えるんですか!?
うちのかわいい妹を、レオナール様に嫁がせるわけないでしょう! 年齢差を考えて下さい!