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100話 父の婚約劇2、お姫様はシッカリ者

 ただいま、うちの父の婚約話を再現するべく、即興劇をしております。

 言い出しっぺは、歌劇が大好きな王太子ですね。


 まずは、配役紹介。

 うちの父、ラミーロ役は、私の弟ミケランジェロ。

 母のアンジェリーク役は、私。

 両親の仲人をした当時の国王役は、王太子のレオナール王子。


 母の邪魔をする貴族令嬢役は、私の妹のオデット。

 国王の従者役は、私の父方のはとこのジャック。


 続いて、あらすじ紹介です。

 私の父は婚約するときに、政略結婚を目論む親戚たちから、三十人の花嫁候補を押し付けられました。

 当時の国王陛下が立会人となったため、花嫁候補たちはベールをかぶって、顔や髪を隠していたそうです。

 父は花嫁候補たちの顔を見ずに、衣服や立ち振舞いだけで、自分の花嫁を選ばなくてはなりません。


 そんな中で、最後に握手した三十人目の娘を、花嫁に選んだのです。



******


 

「陛下! 私の花嫁は、このご令嬢です!」

「……ラミーロよ。なぜ、その者を選んだ?

そなたの先祖伝来の家業は、反物の藍染であったと記憶している。

藍染のドレスをまとう者を、選ぶべきでは無いのか?」

「いいえ。北地方の伝統に反するので。

湖の塩伯爵家や、北の侯爵家では、『婚約や婚姻の儀の正装は白き衣服』とされます。

初代男爵当主の祖父も、二代目当主の父も、古き伝統にのっとり、白き衣装で婚姻に望みました。もちろん、私も、古き伝統を継承します。

誇り高き、北地方の貴族の自覚があるなら、色付きの衣服でこのような場に参上するなど、考えられませぬ」

「そう言えば、そなたの衣装も白であったな。

だが、白き衣服を着た者は十五人おるぞ? 」

「残念ながら、このご令嬢以外は王家の伝統を理解していない家と見受けられるので、お断り申し上げます」


 ラミーロの言葉に、国王は左手で顎を撫でました。私をじっくりと観察する視線を感じます。


「ならば、ラミーロが選んだ花嫁に尋ねよう。そなたが思う王家の伝統とは、なんぞや?」


 偉大なる国王からの質問に、私は一度淑女の礼をして、答える意思表示をしました。

 頭を上げて、息を吸い込みます。できるだけ普段とは違う、落ち着いた声を作って答えました。


「一対の腕輪のことと推測しております。

王家のしきたりでは、男性は左腕に、女性は右腕に腕輪を着けますので。

これは、婚約のみならず、婚姻の儀……すなわち、結婚式でも適応されますね。

最近の流行に乗り、左腕に腕輪をつける時点で、王家の伝統を軽視していると判断される可能性がごさいます。

それから、腕輪の装飾は真珠のみが正式とされます。真珠以外の宝石をつけるのは、王家の伝統に反しますね」

「ふむ……模範的な説明だな。つまらぬ。

隣の娘よ、そなたも右腕に腕輪をつけておるよな。一対の腕輪の由来について答えてみよ。

塩伯爵の孫に嫁ぐつもりだったなら、答えられるであろう?」

「はい。王家の腕輪とは、善良王が奥方様のご両親だった『塩の王子ラミーロと雪の王女アンジェリーク』をしのび、ご両親が結婚式で腕輪を交換したという記録に基づいて、奥方様に腕輪を贈ったのが始まりです。

腕輪の特徴として、白き宝である『陸の塩』を意味した真珠があしらわれておりました」

「……惜しい答えだな」


 国王は、全然惜しくない顔で呟きました。


「選ばれし花嫁よ、真珠の詳しい意味を知っているか?」

「真珠は、北地方の白き宝である、陸の塩を指す……」


 ここで言葉を切り、周囲を見渡しました。

 陸の塩と予測していた観客が多いようですね。


 「やっぱり、陸の塩なんだ」と言う小声があちこちに聞こえましたから。

 では、北地方を治める唯一の貴族として、正解を教えて差し上げましょう。


「……と答えるのは、王家の歴史を勉強していない証拠でございますね。

実際は、善良王の妹が、革命を起こした兄の無事を願って贈った物です。

妹は手紙で、海の国では真珠を送る行為には『これからもあなたを守っていきます』と言う意味があると伝えました。

当時の貴重品である真珠を、妹の嫁ぎ先である海の国の王家から贈ることで、善良王の後ろ楯となり、春の国の王位の正当性を認めたのです。

その後、善良王は奥方様と結婚する際に、奥方様の両親の逸話にちなんで一対の腕輪を作り、真珠を飾り付けた後に片割れを贈られたのです。

革命の間、離れ離れになろうとも、奥方様をずっと守っていると愛を込めて」

「……ふむ、満点だ。素晴らしい!」


 国王は、至極満足そうに、頷いてみせました。

 大袈裟な拍手までして、私の回答が気に入ったと周囲に見せつけます。 

 

「ラミーロよ。真珠飾りのみの腕輪を、右腕に着けた娘は、この中に何人おったか?」

「私の選んだ花嫁を含めて十人です」

「十人の中で、その娘を選んだ決め手は?」

「白い衣服に、王家の腕輪、定められた靴。

『婚約の儀』という王家伝統の式典に望むにあたり、儀礼衣装の規則を忠実に守っていたのは、この者だけ。

ゆえに、王家の血筋へ嫁ぐ花嫁に相応しいと、私は判断しました」

「ふむ……儀典長よ」

「陛下、ここに」

「本当に王家の伝統儀礼服をまとっているか、調べよ」

「陛下? 儀典長殿まで、同行させておいでたのですか!?」

 

 儀典長は、王宮の公式行事を取り仕切る、文官たちのリーダーです。

 言わば、歩く王家の伝統の生き字引。

 その生き字引役を演じているのは、私の父方のはとこです。

 軽い性格と口調が特徴のはとこですが……うちの母に仕込まれた演技力で、お堅い生き字引になりきっておりました。


「ラミーロは、善良王の直系子孫として、いつなんどき、私の代役を頼むか分からぬ身。

無学で知識のない愚か者を花嫁にされては、我が王家どころか、春の国が困る。

国王として、花嫁候補を徹底的に調べるのは、当然であろう?」


 したり顔で、観客席に向かって説明する国王。

 ラミーロは無表情になって、横から国王を見返しました。


 その間も、儀典長は書物をめくる仕草をしながら、私の服を調べるマネをしています。


「陛下。ざっと確かめたところ、床から衣服の裾までの長さ、腰のリボン飾りの位置は範囲内です。

右手の腕輪から袖の布地までが少々短く、肌が見えすぎですが……飾りレースを加味すれば範囲内におさまります。

そして、靴の先は丸い形で、踵が最低限の高さ。一応、合格といたしましょう」


 儀典長の台詞に、私の隣に立っていた貴族令嬢は、驚きの声をあげました。

 ギロリという感じで儀典長は、睨んできます。ご令嬢は、思わず後ろに下がりました。


「王家の式典儀礼服は、靴の高さや形まで、調べますの?」

「当然です。王妃様よりも踵の高い靴は、王族を見下しているとして、建国当時から不敬罪に当たるのですよ。

これは、我が国のみならず、周辺四か国でも当てはまる、宮廷の常識です。

それにも関わらず、昨今では、足が細く見えると自分勝手な理由をつけ、踵の高い靴をはく令嬢や奥方が多くて困りますな。

本日の『婚約の儀』は、陛下がお出ましになられる、公式行事でございますよ?

ラミーロ殿の選んだご令嬢以外は、すべて踵の高い靴を履いている常識知らずばかりで、心から落胆しました」

「愛する方に、美しい自分を見ていただきたい乙女心を、察していただけませんの?

何より王妃様が、少し高めの靴をお履きになられて、儀典書の内容も変更してくだされば、国民は納得すると思いますわ」

「ご令嬢、勉強不足でごさいますな。王侯貴族の儀礼作法をまとめた儀典書には、靴の形を定めた理由も添えられています。

『先が尖り、踵の高い靴をはき続けると、足の指を変形させて、歩けなくなる病気あり。

我が国の民が、末永く愛しき者と歩める幸せな未来を願い、あえて靴の形と高さを定める』という、きちんとした理由がね。

医者伯爵家出身の十六代目王妃は、将来の民のことまで考えて、靴の形を定めてくださったのですよ!」


 最後の部分をおもいっきり強調する、儀典長。

 たくましい顔つきのお陰で、怒りの表情が際立ちますね。


「それに比べて、ここにいる目先の欲を優先させようとする者たちの姿は、見苦しい限り。

あなたのようなご令嬢が、ラミーロ殿の花嫁にならなくて、本当に良うございました。

選ばれてくれなかったこと、心からお礼申し上げます」


  儀典長の嫌味たっぷりの言葉と、大袈裟なほどの丁寧な紳士の礼に、貴族令嬢は両手で顔をおおいました。

 うつむくと、かすかに肩を震わせます。泣いている演技ですね。

 とたんに、観客席からヤジが飛びました。


「あのね! 自分(ぼく)のオデットを泣かさないでよ!

本当は靴の常識を知ってる、頭の良い子なんだから!」


 えーと、貴族令嬢……いや、私の妹のオデットは、一途で不器用な婚約者から、熱烈な愛のフォローを受けました。


「心外な! 私とて、好きでこんな台詞言ってる訳ではない!

舞台上ゆえ、心を鬼にしているまで。

可愛い可愛い私のオデットを、泣かすなどと……」

「何言ってるわけ!? オデットは自分のだよ! 君のじゃないからね!」

「貴殿こそ、なにを世迷いごとを! オデットは、私の物だ。貴殿に渡すわけなかろう!」


 言い争う、 舞台の儀典長役と観客席の王子様。


 ちょっと! 演劇の邪魔をするなら、室内から出ていって喧嘩してくださいよ!

 観客参加型の劇にした覚えは、ありませんからね!


「私はローエングリン様の物です。ジャックお兄様の物では、ありません」


 毅然とした貴族令嬢の声が響きました。

 室内に奇妙な沈黙が流れ、声の主に注目が集まります。


 泣きマネをしていた貴族令嬢……いや、オデットは、意を決した表情を浮かべていました。


「聞こえませんでした? 私は身も心も、ローエングリン様に捧げました。将来の花嫁になるんです!

ジャックお兄様は、邪魔をしないでください!」


 ……三角関係の修羅場?

 

「邪魔? オデット、何を言っている? 私は可愛いオデットのために……」

「何度でも言ってあげます。私とローエングリン様の仲を邪魔する、ジャックお兄様なんて、大嫌いです!」


 ……公開処刑でした。


 可愛がっていた子に、真っ向から「大嫌い」と言われたときのダメージは、計り知れませんからね。

 はとこは演技を忘れて、絶望の顔で舞台上に崩れ落ちましたよ。


 オデットは、はとこを無視して、国王に向き直りました。

 両手を胸元で祈るような形に組み、ハッキリした声を出しましたよ。


「国王様。途中で退場することを、お許しください。

私には、ローエングリン様と言う、心からお慕いする方がいますの。

熱き心を持ち、とても心配性の性格のようですわ。

ですから、今からお側に参上して、安心していただきたく思います!」

「……あ、ああ、分かった。退場を許可する。

心配性のそなたの恋人を、安心させるが良い」


 貴族令嬢役の願いに、やや面食らいながらも、国王は頷いて答えます。勢いに押されたというか。

 オデットは国王と観客席に優雅な一礼をして、舞台から降りていきました。


 これで、ロー様の観客席からのヤジは、止まりましょう。

 ……末っ子王子様が、うちの妹の尻にしかれる未来が見えたのは、気のせいですよね。



 さて、気を取り直して、舞台に視線を戻しましょうか。


 哀れな若者が、絶望の顔のまま、崩れ落ちていました。


「……ジャック、いや儀典長殿。あなたが親戚のご令嬢を妹のように可愛がり、慈しんでいたことを、私は知っている」


 私から手を離したラミーロ役は、崩れ落ちた若者の肩を叩きましたよ。

 これは、アドリブ演技に入りましたね。


「だが、姉や妹は、いつしか兄や弟の手を離れて、運命で結ばれた相手の所へ行ってしまうものだ。

私にできることは、可愛い姉妹のために、藍染の反物を贈ってやることぐらい。

これは、先祖伝来の藍染技術を持つ、我が家にしかできないのだから」

「……ミケ……いや、ラミーロ殿。お心遣い痛み入る。

心は血の涙が流れているゆえ、すぐに切り替えはできぬが……」


 儀典長の絶望の表情が、深い嘆きに変わりました。

 ゆっくりと立ち上がると、大きく息を吐きます。胸元に広げた右手を当てました。


「しばらく、この場を離れるとしよう……陛下、壁際に控えることをお許しください」

「う……む。しばし、下がっておれ」


 突然、話をふられた国王は、言葉少なく返します。

 そして、儀典長は室内の壁際に移動すると、大きなため息を吐いていました。


 舞台上には、私とラミーロと国王が残されました。


 国王は、わざとらしい咳払いをしましたよ。観客の視線が、国王に注がれます。

 民衆心理掌握に長ける役者は、意図的に室内の空気を支配しました。


「選ばれし花嫁よ、近うよれ。まず家の血筋を述べよ」


 手招きする国王の命令に従い、お側近くに参上しました。

 頭にハンカチを乗せて顔を隠したまま、淑女の礼をします。


「私は、北の侯爵家より別れた、男爵本家の一の姫でございます。

十八才の成人を迎えるまで他国に留学し、勉学を重ねておりました。

最近、領地経営を託していた分家当主より、分家の跡取り息子が分家を継がない宣言したと連絡があり、急ぎ領地に舞い戻ってきた次第です」

「ふむ……そなたは、男爵本家の女当主になり、領地を継ぐため、故郷に戻ってきたのだな?」

「その通りでございます」

「ならば、なぜ、この場に居るのだ? ここは王家の血筋の花嫁を決める、会場なるぞ。

女当主になる身ならば、嫁に出ることはできまい」

「……お言葉でございますが、北地方の貴族すべての家へ、未婚の娘を一人は参加させるように、国王様からの勅命が下ったと記憶しております。

分家当主の家族より、国王様の勅命に背けば、家がお取り潰しになると懇願され、まだ婚約者の居ない私が参加した次第です」

「ふむ……そなたの事情は分かった。婚約者が居ないのならば、婚約も問題は無い。

ラミーロと結婚し、子供が生まれたならば、正当な後継者として男爵領地を継がすがよい。

正当な血筋と領地の継承は、貴族の義務であり使命! 北地方の貴族たちよ、我が取り決めに異論は無いな?

このまま、婚約の儀に進む。当主は儀典長の元へ行き、婚約を認める署名をせよ。

まさか、ラミーロがどの娘を選ぼうとも顔を隠したまま、当主の

署名をすると取り決めたこと、忘れてはおらぬよな?」


 壁際で胸元を押さえていた儀典長は、国王の言葉に慌てた様子を見せました。

 観客の視線を感じると、愛想笑いをします。一人芝居で、署名の受付風景を演じてみせました。


「陛下、すべての家からの署名を確認しました。最後に、陛下のご署名をお願いいたします」

「うむ。北地方の貴族たちよ、この瞬間を以て、ラミーロと選ばれし花嫁の婚約が成立とあいなった。

花嫁の顔は、私も知らぬ。輩出した当主しか分からぬようにしておったからな。

さあ、選ばれし花嫁よ。ベールをとり、素顔を見せるが良い!」


 国王の声に従い、ベール代わりのハンカチを取ります。


「えっ……アンジェちゃん!? アンジェちゃんだよね?

僕の花嫁にはなれないからって身を引いて、旅一座のご両親と一緒に、南の海の国へ行ったはずじゃ……」


 狼狽したラミーロの叫びが、室内にこだましました。


悪の組織の新幹部、ジャックの名前を公開です。

組織の幹部が入れ替わるのは、よくあるテンプレート。

そのうち、ラインハルト王子が西国へ向かう予定なので、北国からジャックが呼び戻されました。


名前の元ネタは、ドイツ生まれの作曲家、兼チェロ演奏者「 ジャック・オッフェンバック」より。

代表作はオペラ「地獄のオルフェ」や「ホフマン物語」など。

「地獄のオルフェ」は、初期の日本語の題名は「天国と地獄」。

「ホフマン物語」は、恋多き詩人が、次々に恋破れる話。


……お察しください。

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