10話 王妃教育の裏話ですね
婚約者候補の方々と、謁見を終えた夜。
レオナール様と王弟の一人息子こと、宰相の子息殿は、私の部屋を訪れていました。
「疲れた……眠い……」
「久しぶりの猫かぶり王子業務が、あれほど堪えるとは思いませんでした」
「もう! お二方とも、ご自分の部屋で、横になったらいかがですか?」
「固いこと言うな」
「ちょっと休んでいるだけです」
主役であったレオ様は、私のベッドで大の字になっておられます。
もう一人の主役だった宰相の子息殿は、一人でソファーを占領していました。
「アンジェ秘書、体調はいかが……レオ様、なにしてるっす」
「レオ様、アンジェに今回の婚約者候補の感想を聞きに行くって、言ったよね? 寝にきたの?」
「うるさいな。僕は疲れたんだ、アンジェの仕事が終わるまで、横になって待っててもいいだろう!」
ノックと共に入室してきた、騎士団長の子息殿と外交官の子息殿。軽口を叩きながら、椅子に座ります。
ごろりと向きをかえ、腕枕をしながら、私たちの方に視線を向けるレオナール様。
王子ではなく、単なる年頃の男の子の仕草ですね。婚約者候補のご令嬢が見たら、幻滅しますよ?
「……お二方とも、婚約者候補の前で、だらしない格好をなさらないでください。
女性は、あなた方がおとぎ話の姫君を理想とするように、おとぎ話の王子像を理想としています。
実際の王子であるお二人に、重ね合わせて見ますからね!」
「分かっている。婚約寸前までは、僕のこんな姿は見せないさ。
あいつらは、王子からの甘い言葉と笑顔、高価な贈り物が一番重要みたいだからな」
「はいはい、私も婚約寸前まで、ソファーの上で、寝そべったりしませんよ。
白馬に乗った優しい王子様が、女性の理想ですからね」
「婚約寸前発言は気になりますが……まあ、女性について多少は学習されたようで、何よりです」
ソファーでだらしなく転がる、宰相の子息殿からも返事がありました。白馬の王子様は、こんな仕草しませんよね。
まさか、ご自分の婚約者まで選ぶはめになると思っていなかった、宰相の子息殿。
疲労困憊です。生ける屍と化していました。
外交官の子息殿と騎士団長の子息殿は、またかと軽く笑っております。
王太子の側近である私たちには、だらしない王子たちの姿は、見慣れた光景ですからね。
「ところで、アンジェ秘書、何の仕事をしてるっすか?
また血を吐いてたらいけないから、今日は無理せず休んだ方がいいっすよ」
「騎士団長の子息殿。お気づかい、ありがとうございます。取り急ぎ、新しい王妃教育の計画を立てていました。
王妃の側近希望を宣言したのが、四人いましたからね。前回のような画一的な勉強では、通じません」
「あー、女騎士二人と豪商の娘と、文官の娘だっけ。
女騎士たちは、キミが一部教えたら? レオ様の近衛兵になるんだし、国王夫婦の護衛を、協力してやっていくことになるよね?」
「そうっすね。将来のことを考えるなら、それが良さそうっす。
地方の騎士団所属なら、王宮の警備体制は知らないと思うっすから」
「では、その辺りは、あなたにお願いできますか?」
「了解っす」
「あとは王妃教育の基礎部分、マナーなどは、一緒に学んでいただきましょう。
その他のお時間は、王妃様や先代王妃様の近衛兵に混ざって、実践的に勉強してもらうのが早いでしょうか」
外交官の子息殿と騎士団長の子息殿のお陰で、早くも二人分の教育計画ができました。
「アンジェ、豪商の娘と文官の娘は、王妃専属の秘書官と侍女を兼ねれるように教育しろ。僕の親友のように。
お前の妹も、専属の侍女にするために、召しあげるんだ。忠実な侍女は、いくらいても良い」
「かしこまりました。王妃教育の基礎部分は一緒に受けてもらい、その他の時間は、秘書官や侍女の仕事を学んでもらうようにします」
レオナール様は、外交官の子息殿のことを例えに出して、言っておられるようです。
王子の意向をくみ、秘密の話を安心してできる存在。それを将来の王妃にも、つけたいようです。
「レオ、ちょっと待ってください。アンジェの妹は、侍女ではなく、医者になりたいようですよ」
「あー、昨日、王宮の医者伯爵に、熱心に話を聞いていたっけ。流行り病の治療方法とかさ。
父親が流行り病で亡くなったから、皆を助けられる医者になるのが夢だったんでしょう?」
口を挟んできたのは、宰相の子息殿と外交官の子息殿です。
昨日の昼間、私が伯爵に封じられたあとの立食会で、私の家族を守るために、お二人はそばでいてくれましたからね。
「……あの子、まだそんなことを言っているんですか? 春の国王陛下のお陰で、今の生活ができているのに。
きちんと一生をかけて、ご恩を返すように言い聞かせるので、ご無礼をお許しください」
腕枕をしながら寝そべっているレオナール様や、宰相の子息殿に非礼をわびました。
王家の庇護がなければ、貧乏貴族の我が家も、領地も立ちゆきませんからね。
レオ様は考えるような表情になり、宰相の子息殿を見ました。
「医者か……どう思う?」
「毒薬の対処法を知っている者が増えるのは、心強いと思いますよ、レオ」
「なら、決まりだ。アンジェ、お前の上の妹を召し上げるのは、取りやめる。その変わり、分家王族の医者伯爵の息子に嫁がせろ。
息子は僕らのはとこで、将来、王宮の医者になるために勉強中だ。夫婦で王宮の医者になり、僕らを支えろ。
そして、下の妹を行儀見習いによこせ。将来、王妃専属の侍女にする」
「お言葉ですが、下の妹はまだ五つです。行儀見習いどころか、まだ道理もわきまえぬ子供ですよ!」
「僕の親友たちが選出されたのも、五つの時だ。そのときから、王宮で共に暮らしている。問題ない。
これは、命令だ。拒否することは許さない! お前の家族には、父上から伝えて貰うようにする」
「……かしこまりました」
レオナール様の命令に、春の王家の決定に、私は逆らえません。そういう立場をとっていますからね。
上の妹は、まだ良しとしましょう。自分の夢だった、医者になる道が開けたのですから。
幼い下の妹が、不憫でなりません。道理もわからぬうちから、王家の手駒として、生きていくことが決定したのです。
これが王家のやり方です。王族はしたたかです。したたかだから、王族であり続けるのです。
したたかな国王陛下は、国力を著しく落とした北地方の悲劇を利用し、新たな力を蓄えることに成功しました。
それが、新興伯爵家になった、我が家です。
*****
田舎貴族の男爵家の私が、王家のお気に入りになったのは、運命のイタズラとしか言えません。
三年前の動乱で、北地方の無能な貴族が一掃され、男爵の当家しか残らなかったからです。
栄華を誇った北の侯爵家も、領地から逃げ出し、王家の信頼を裏切りました。
王家としては、反面、とても喜んだことでしょう。
力を持ちすぎた高位貴族の権力は、ときに王家を凌駕します。
北の侯爵本家は、分家王族の公爵に爵位を上げるように、春の王家に要求していた真っ最中でした。
六年前に、分家王族の始祖になる予定だった侯爵子息が亡くなって、王族への格上げ話が無くなったからでしょうけど。
領地を見捨てたのを理由に、これ幸いと、王家は北の貴族を切り捨て、平民に落とします。
王家に逆らう貴族は、国家運営の邪魔にしかなりませんからね。
邪魔な貴族を一掃した王家は、北地方を平定し、王家預かりの領地にしようと乗り出しました。
王家の土地にして、忠実な家臣に新たな領地として分け与え、王家の権威を上げる計算だったようです。
治安維持を口実にレオナール王子を旗印にして、軍を編成。王宮の兵士を引き連れて、北地方に行かせました。
当時のやんちゃな王子のレオ様は、お飾り。騎士団長が軍の実権を握っており、最初はそれで、やっていけたようですね。
王都に近い地域は簡単に平定でき、徐々に北上しました。
道中で行き当たったのが内陸部にある、小さな男爵領地です。
ある日、軍隊が群れを成してやってきていると、怖がる領民たちから連絡を受け、私は馬で乗りつけました。噂に聞く、北の雪の国の傭兵かと思いましたからね。
軍隊を発見したので途中で馬を降り、畑伝いに移動して、農民のふりして、彼らを観察しました。
「騎士団長、ここは男爵領だったな?」
「はい、レオナール王子」
「よし、領主を探してみるか。父上の言いつけだし」
「……今までの様子では、探すだけ無駄と思われます。おそらく、ならず者が支配する土地になっているはず。
さっさと北国の者を全部追い出し、春の国に取り戻しましょう!」
「それもそうだな。わかった」
ちょっと! 何言いだすんですか、この人たち!
全部って……難民まで追い出すつもりかと、焦りましたよ。
「そこのお方、軍人とお見受けしますが、お話をさせていただいても構いませんか?」
「子供? 何用だ、我らは忙しい。邪魔をすれば、ただではおかぬぞ!」
「私は、この男爵領の領主代行です。わが領地で国の軍を動かすつもりなら、道理を通していただかなければ困ります。
領民たちは、あなた方を北の雪の国から敗走してきた傭兵と思って怖がり、避難を始めておりますので。
責任者を出してください。武力ではなく、対話から始めましょう。
それとも、春の王家に立てついた反逆者として、私を殺しますか?」
軍の横に飛び出し、一気に言い切って、騎士団長と呼ばれた方を睨みつけました。あっけにとられていましたね。
馬車から顔を出したレオナール様は、不思議そうな表情で私を見下ろしました。
「領主代行? お前のような子供が?」
「子供には、できないとおっしゃいますか。
それならば、子供のあなたは、何の為にそこに居るのです? 春の国の王子様!」
これが、十三才のレオナール様と十二才の私が、初めて交わした会話でした。
*****
横からアレコレと口を挟みながら、ベッドで寝っ転がるレオナール様と、ソファーで横になっている宰相の子息殿。
お二人にしたら、将来の伴侶ですからね。注文が多くなるのは、当然です。
なんとか期待に応えようと考えましたが、胃痛がしてきたので、最後は投げやりになりました。
「王妃教育は選択制? 個人の希望する授業を受ければよい。どれを受けるかは、自己責任とする……アンジェ、ずいぶんと大胆にきましたね」
「……女性は、嫌いな授業を受けさせると、泣き崩れるんでしょう? 宰相の子息殿。
やる気のない生徒はいらないと、再任を引き受けてくれた講師の方々は口をそろえて言いましたよ」
大人しくなる、宰相の子息殿。
よし、一人目論破。
「自己責任にして、大丈夫なのか? 前みたいなことは、ごめんだぞ」
「レオナール様と運命の赤い糸でつながった相手なら、頑張ってくれます。あなたの母君のように」
「母上のように……そうだな。きっと、僕の運命の花嫁なら、自分の力でやり遂げてくれるはずだ!」
理想を思い浮かべる、レオナール様。
よし、二人目も論破。
「まあ、ボクは国王様の判断に任せるよ。今回は過去に前例がないほど、候補者数が多いしね。
前回みたいに、一人や二人を教えるというのと、わけが違うからさ」
外交官の子息殿は、全面的に国王陛下に任せる意向を示しました。
「自分は、王命に従うだけっすから」
視線をよこすと、騎士団長の子息殿は一言のみ。
とりあえず、王太子と王太子の側近は、この選択制授業の案に賛成とみなしてよいですかね。
国王陛下と王妃様の意向を確認して、最終調整を行いましょう。