表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/177

1話 秘書の仕事は、胃痛との戦いです

 私の肩書きは「王太子の秘書官」です。

 現在は、王太子となられたレオナール王子の婚約者を決める業務に携わっており、将来は王太子妃の秘書官になると思われます。


 公的な仕事は、王子の補佐で間違っていません。

 ……ですが、実質的な仕事は、王立学園に通う、王子の婚約者候補と側近候補の不始末をフォローすること。

 集団さぼりと思わしき、貴族の一団。自習監督の先生をごまかして、心当たりを探していました。


 本来なら、自習授業をしている時間で、全員、教室に居るはずなんですよ。

 なのにどうして、中庭にいるんですかね?


「……皆さん、こんな所で何をなさっているのですか?」

「見ての通り、お外でお茶会の自習ですわ。アンジェ秘書さん」


 貴族のご子息、ご令嬢に囲まれ、のんきに返答する公爵令嬢。私のため息の理由を、察して欲しいです。


「あら、ごきげんよう。口うるさい腰巾着さん」

「私は腰巾着ではありません」

「じゃあ、馬の落とし物か?」

「王家の犬だろう」

「どちらも違います」


 小ばかにした伯爵令嬢の声に、律儀に返答しましたよ。すると、側近候補からヤジが飛び、笑いがもれました。

 粗野な言葉が飛び交うことに、公爵令嬢は眉をひそめておりましたが。

 今まで幾度も繰り返された、茶番劇。そろそろ、飽きました。

 このおバカさんたちの相手をしていると、毎回、胃痛がしてくるんですよ。


 上司からの命令だから、言い返さずに黙っていますが、いつまで続くんでしょうか。

 そろそろ、終止符を打ちたいです。私の胃が限界を迎える前に。


 ちらりと周囲に視線を走らせると、上司と目が合いました。

 わざとらしく右手でお腹を押さえ、視線に力を込めて訴えましたよ。


『もう命令に背いてもいいですか?』

『我慢しろ』

『涼しい顔をして受け流しているように見えても、結構、キテるんですよ。胃に!

私の胃に穴が開いたら、責任取れないでしょう?』

『……仕方ない。許す』


 うむうむ。眼力は通じたみたいです。渋々と言う感じで、相手は頷いてくれました。


 さて、お許しは出ました。おバカさんたちに、お仕置きしておきますか。

 ずっと嘲笑されて、私がただ黙っていると? おめでたい方々ですね。


「……常々思っておりましたが、ここにおられる候補の方々は、本当に記憶力が無いようですね。記憶力が無いから、自習の意味も忘れてしまうのですよ」


 おバカさんたちが睨んできました。いつも沈黙を通す私が、珍しく反撃したからでしょうか?

 向こうが口を開く前に、潰しておきましょう。


「よろしいですか? 私は王家の腰巾着などではなく、王家の公認秘書官です。

真実も捕らえられず、国王陛下が定められた役職も正確に覚えられぬうつけ者が、栄えある王立学園に在籍しているとは、誠に嘆かわしいことですよ。

あっ、私のような優秀な頭脳を持たない方々が、ご理解なさるなど、逆立ちしても無理でしたね。失礼しました」


 ここで必殺、憐れみの視線。

 私よりも優位な立場と思っているおバカさんたちに、学年首位の余裕を向けて差し上げました。


 おバカさんたちが何か言ってきましたが、聞き流します。

 品の無い言葉使いは、王立学園の生徒として、恥ですよ。状況把握していない、おバカさんたち。

 どこに人の目があり、どこに人の耳があるのか、分からない世の中。

 自分で自分の首をしめている事に、気づかないのでしょうか?


「……なんとも、粗野な言動をなさる方々ですね。才知ある王立学園の生徒とは、到底思えませんよ。

これが王子の側近候補と、婚約者候補とは、誠に嘆かわしいことです」


 本音を包装紙に包んで、口に出しましたよ

 おバカさんたちと、一緒に居たくなかったんです。


「あなた方に忠告しますが、時間外れのお茶会より、教室での自習に戻られた方がよろしいですよ。

先生には、『先ほどファム嬢が落とし物をされたようなので、探す手伝いを申し出てくれました。

優しい方々なので、時間を忘れてしまったようですね。責任を持って、探してきます』と伝えてありますので。

それで、落し物は、見つかりましたか?」


 見目麗しい、子爵令嬢の動きが止まりました。あなたが、公爵令嬢の持ち物を盗んだことは、知っていますよ。

 頭お花畑の公爵令嬢は、隙だらけですからね。


「落とし物? あら? わたくしのハンカチがありませんわ」

「はい、そちらのルタ嬢たちには、心当たりがあるようで、外に探しに行ってくれたようなのです」


 さっきの休み時間、伯爵令嬢の取り巻きたちが、子爵令嬢を伴って、公爵令嬢の席に集まっていたわけですよ。

 私が近づいたら、そそくさとは離れましてね。子爵令嬢は青ざめた顔で、教室から出ていかれました。

 公爵令嬢の蓋のしまってないカバンと、子爵令嬢の行動を付き合わせれば、あとは想像できますよね。

 この悪事を働いた犯人たちは、被害者の公爵令嬢と、のうのうとお茶会。本当に、女性の神経は図太いです。


「……はい、どうぞ。さっき拾いましたの。地面に落ちていたから、泥がついておりますけど」


 きっと、あなたが土足で踏みつけたから、ぐちゃぐちゃドロドロなんでしょうね。子爵家のルタ嬢。

 自分でやったのか、やらされたのか、知りませんが。


「あら、ありがとう。でも、わたくしに必要ありませんわ。汚いんですもの」


 はあ? 何を言ってるんですか、この人。

 王子からの贈り物ですよ、わかってます?


「ファム嬢、今の発言はどうかと思いますが。そのハンカチは、王子の……」

「ええ、レオが、わたくしの服が飲み物で汚れた時に、くださったものです。だから、ルタさんに差し上げますの。

下賜(かし)と行った方が良かったかしら? 高貴なる者が、身分の低い者に物を与えることですのよ」


 ……やらかしてくれました。空気が凍りましたよ、ハイ。

 公爵令嬢は、この場にいる生徒の中では、貴族としては最高位ですからね。

 上から三番目の伯爵と四番目の子爵が、敵う相手ではありません。


「あら、嬉しくて声が出ませんの?

ほら、ルタさんは一応、王太子妃候補ですし、その他大勢の人と同様に、殿下に憧れてるんでしょう?

でもご身分が違うから、レオとお話しすることも、なかなか叶いませんものね。

せめてレオが使っていた物くらいは、慰みにお持ちになっても、許されると思いますの。

それでは、わたくしは先に教室に戻りますわね。

後片付けは、秘書さんがしておいてくださいな。将来、わたくしに仕えるんですもの」


 ちょっと、どこ行くんですか公爵令嬢殿。

 後片付けをしておいて、じゃないですよ、頭がお花畑さん!


 ……えっと、もしかして、これも仕事なんですか? そっと、上司に視線を送ります。


『お前に任せた』


 はいはい、やります。やればいいんでしょう。

 私しか居ないですよね、不始末をフォローできるのは。


「ファム嬢、『落とし物のハンカチが見つからず、帰ってきた』と、先生に伝えてください」

「分かりましたわ」


 ……とにかく、頭お花畑の方は片付きましたね。


 残りも、なんとかしなくては。

 絶句と言うより、怒りで震えている子爵令嬢。仕方ないので、真っ正面から告げました。


「ルタ嬢。一度だけしか言いません、きちんと聞いてください。

ハンカチを洗濯して、綺麗にしてから、レオナール王子に渡すとよいでしょう。

ファム嬢から渡されたけれど、王子からの贈り物だときいたのでと、理由をつけて……」

「何、言ってるのよ? 男爵風情が、命令しないで!」


 ……要注意言動、発見ですね。ぶりっこの素が出ましたか。

 子爵令嬢は、自分の方が上と思うと、高飛車に言う性格なんですよ。

 私は貴族の最下位、男爵なので、子爵よりも地位が下です。秘書として会話するとき、どれだけ横暴な物言いをされたか。


「王太子の秘書官として、申し上げるべきでしたか? あなたは、王子と会話できる機会を手に入れたということです」

「……レオナール様と会話?」

「はい。あなた自身もご存知の通り、王子の婚約者候補の一人です。婚約者候補には、王子とお会いできる機会は、身分を問わず、均等に与えられますので」

「ちょっとお待ちなさい。わたくしも婚約者候補だったはずですわ!」


 あー、伯爵令嬢が、うるさい。おバカさんの相手は、疲れます。

 胃がキリキリ。我慢、我慢ですよ、私。

 身の程を分からせておけば、今日の仕事は終わりなんですから!


「残念ですが、あなたは、先ほど王太子妃候補から外れました。人のことを、『腰巾着』などと呼ぶ粗野な王妃なんて、考えられませんよね?

そちらの方々も、同じ理由です。王子の側近の資質どころか、人間として、倫理的な部分が欠落した者に、国政が勤まるとでも?

先ほど、私の事を嘲笑しなかったのは、公爵家のファム嬢と子爵家のルタ嬢だけです。あの瞬間から、側近候補と王太子妃候補はしぼられたのですよ。

私をあざ笑うことは、私を王太子の秘書官に任命された国王陛下のお心をあざ笑うと、同じですからね。ご自分の言動を、振り替えるべきです」


 吠えたてる、おバカさんたち。負け犬はよく吠えると言うけど、本当のようですね。

 ええ、聞き流しましたよ。言いたいだけ、言えばいいのです。


「……その辺にしておいたら、いかがですか? レオナール王子も、あなた方の言動を、ご覧になっておりますよ。

今の時間、一学年上の王子たちは美術をしていますからね。二階の渡り廊下から、中庭を写生されようと見下ろして、たいそう驚かれたことでしょう」


 おバカさんたちの背後を指しました。

 見えますか? 冷たいまなざしで見下ろす、レオナール王子と側近の方々の姿が。


「……おい、アンジェがお前たちを補佐するのは、今回が最後だ。理由は分かるな?

分かったら、僕の前から失せろ!」


 言い放ち、王子は窓に背を向けました。

 立ち尽くす、おバカさんたち。レオナール王子、グッジョブです♪


「元候補だった皆さん、教室に戻ってください。お茶会の片づけは、私がしておきます。

教室に帰ったら、先生に落とし物は見つかったと言って、ルタ嬢がお持ちのハンカチを見せてください」


 生ける屍の足取りで去っていく、おバカさんたち。因果応報ですよ。


「ルタ嬢。王子とお会いになる決心がついたら、明日以降に、私へお申し付けください。

それから、私は持病の腹痛が出たので、医務室に行ったと先生に伝言をお願います」

「分かりましたわ、アンジェ秘書」


 きゃぴきゃぴ、ルンルン。スキップして移動していく、子爵令嬢。


 ……胃痛がひどくなりますね、まったく。

 王子の婚約者候補でなければ、こんな人、相手にしませんよ。


 渡り廊下に視線をやれば、王子たちが、再び見下ろしておりました。

 そばにいる騎士団長の子息殿は、視線が合うなり、敬礼してきましたし。

 ……敬礼よりも、片づけを手伝ってください。どこから持ちだしたんですか、このティーセット。

 医務室への道のりは、本当に遠いですよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ