姉弟2
木に黒鉄の装飾が施された玄関の前に咲は立っていた。手のひらを合わせて魔法陣を形成すると、手に大きさを合わせた円い魔法陣を右手で持ち、扉の中央に近づけた。すると中央から装飾に沿って紺色の光が広がっていった。光が全体に満ちるとガチャっと扉が開錠された。
扉を開け家に入ると、その瞬間パーンという音が響いた。それと同時に紙吹雪が舞った。
咲は肩をビクッとさせながらも状況を確認した。目の前には馴染みのある女性が笑顔で立っていた。
「おかえり咲くん!びっくりした?」
「あおいさん...驚かせないでよ...」
「へへへっ、ごめんごめん。咲くんの入学祝いしたくて来ちゃった」
「もっと普通の出迎え方なかったの?」
「普通じゃつまらないでしょ。それより早く上がって!咲くんの制服姿見せて!」
「いいけどおもしろくないよ」
「そんなことないよ!早く早く!」
あおいに急かされ、咲は靴を脱いだ。するとあおいに手を引かれ、リビングルームに連れてこられた。
何かショーが始まるかのようにあおいに見つめられ、咲はローブを脱いだ。
白いジャケットを着た咲をあおいはキラキラした目で見てきた。
「すっごく似合ってるよ咲くん!」
「そう?誰が着ても変わんないでしょ」
「そんなことないよ!あとで玄関の前で写真撮ろう」
「えー...別にそんなことしなくていいよ」
「こういうことはしておくと後が楽しいの。成長が見られるでしょ」
成長という言葉で咲の表情が曇った。
「成長、ね...あおいさんだけだよ、僕の成長を楽しみにしてるのは...」
「咲くん...」
迂闊な言葉を使ってしまったと思った。
しばらく沈黙が続いたが、あおいが思い出したように言った。
「そうだ!お昼ご飯!咲くんまだでしょ?私用意してたんだ。一緒に食べよ」
「うん...ありがとう、あおいさん」
場の雰囲気が和み、二人はテーブルへ向かった。
テーブルには綺麗なオムライスが二つ並んでいた。
「おお!オムライス!作ってくれたの?」
「うん!咲くんが食べたいかなぁって思って」
「あおいさんホント大好き」
咲のその言葉にあおいは頬を赤らめたが、態度だけは冷静だった。
「ありがと。さっ食べよっか」
二人は席に着き、向かい合って座った。
いただきます、と咲が一口食べた。
「うん!おいしい!」
「ホント?良かった」
咲の好物と好きな味付けを把握して作っているからおいしくないはずがなかった。6年もの付き合いになると造作もないことだとあおいは思っていた。
オムライスを食べながらあおいは今日の学校のことを咲に聞いた。
「学校どうだった?」
「うーん...なんか...色々あったな...」
それはそうだろうとあおいは思っていた。今まで学校に行っていなかった咲にとっては全てが初めての体験だ。聞き方が大きすぎたと思い、「友達はできた?」と聞こうとしたがその前に咲が口を開いた。
「あっそうだ!音門教授に会ったよ!」
「音門教授?咲くんがいつも話してた研究者の?」
「そう!それでね、入学式が終わったら話があるって校長室に連れて行かれたんだけど、そこで共同研究に誘われたんだ」
「共同研究?」
やはりこの子は普通じゃないと思った。たしかに咲にとって初めての経験だが、普通の人でもそんな経験はしないだろう。
「ちょっと話が見えてこないだけど...」
そこで咲は校長室での出来事を今度は咲なりに全て話した。
「なるほど、音門教授が咲くんの専属指導をする代わりに咲くんは音門教授の研究に加わるってことだね」
「そうそう」
咲の軽い態度にあおいはため息を吐いた。一体この子はどこまで行ってしまうのだろうと。
食事が終わるとあおいは咲の話を振り返り、あることを確認した。
「ねぇ咲くん、音門教授って女性だよね?」
「うん、そうだよ」
あおいは気にかかっていた。女性である音門が学校で咲とずっと一緒にいるとなると、その分会えなくなる自分の元から離れていってしまうのではと。
「美人?」
「うーん、一般的に見たら綺麗だと思うよ」
「そう...」
あおいがなぜそんなことを聞くのか少し疑問に思ったが、きっと女性はそういうことが気になるのだろうと思い、咲は特に追求はしなかった。
あおいは表情を曇らせ、どこか決まりが悪そうだった。しかし、咲を見ると顔を少し赤くして聞いた。
「咲くん、今日泊まっていい?」
「いいけど、あおいさん何かあった?さっきからちょっと変だよ」
「ううん、何にもないよ。ただ咲くんが学校でちゃんとやっていけるか心配で...」
実際は咲が自分から離れていかないかが心配なのだが、咲がそんなことに気づくはずもなかった。
咲はあおいの沈んだ表情を見て、自分のことを心配してくれていると思っていた。
「大丈夫だよあおいさん。だって僕にはあおいさんがいるから」
咲は笑顔であおいを見た。
あおいは咲の言葉とその笑顔にやられ、頭の中では悶えていた。平然を装っているが、我慢できなくなりあおいはさっと立ち上がった。
「そっか...それじゃあ、私一回帰って準備してくるね。あと夕飯の買い物もしてくるから」
「うん...わかった。いってらっしゃい」
あおいがなぜか慌てていることを咲は疑問に思っていた。
その後あおいはバタバタと部屋を出ていった。
玄関を出てあおいは扉にもたれかかった。
ふぅと一息吐くと真っ赤だった顔が少し戻った。
(何なのあの子は?天使か?天使なのか?この世に間違えて降り立ってしまったのか?私の気も知らないで、セリフがストライク過ぎるでしょ!やっぱり好きだなぁ...だから絶対に咲くんは誰にも渡さない...その為にも今夜は頑張らないと!)
そんなことを思いながらあおいは歩を進めた。
咲はリビングで本を読んであおいの帰りを待ってた。しばらくして玄関の開く音がした。
「ただいま」とあおいの声もし、咲は玄関まで行って出迎えた。
「おかえりあおいさん、荷物持つよ」
「ありがとう、じゃあ半分お願い」
あおいの荷物を受け取り、二人でキッチンへ向かった。
「ごめんね、遅くなちゃって」
「全然問題ないけど、あおいさん何か荷物多くない?」
「女には色々あるの。変な詮索はしちゃダメだよ」
あおいが言っていることが咲にはよく理解できなかったが、追求しても理解できなさそうだったので触れないことにした。
少し不思議そうな顔をする咲を見てあおいは微笑した。
「すぐ夕飯作るから待っててね」
あおいが調理に取り掛かると、咲はリビングに戻ってまた本を読みだした。
「咲くーん、ごはんできたよ」
しばらくしてキッチンからあおいの声が聞こえた。
咲がキッチンへ行くとテーブルには白米と味噌汁、おかずが数品並んでいた。
「いただきます」と二人で食べ始めると、あおいは昼食の時に聞こうとしていたことを咲に聞いた。
「そういえば咲くん、友達できた?」
「友達?...うーん、あれは友達に含まれるのかな?」
「何かあったの?」
「あのね、今日席が隣の人とその人の友達と帰ってきたんだけど、それって友達なのかな?」
あおいは目を見開いた。そしてその目を少し潤ませた。咲にようやくその存在ができたことが嬉しかったから。
「それは友達だよ」
「なんで?」
「だって学校で話して、一緒に帰ってきたんでしょ?それって咲くんがその子たちと仲良くなりたいってことだよ。そうじゃなかったら咲くんは一緒にいないでしょ」
「たしかにそうかも」
咲の穏やかな表情にあおいは口元を緩ませた。
「最初は下心があったけど、それだけじゃなくなった」
続けて言った咲の言葉であおいの表情は曇った。
「...下心って、その子たちって女の子?」
「うん、そうだよ」
あおいはさらに険しい表情になった。
「隣の席の人がレアな素材の魔法装備持っててね、最初はそれが気になってたんだ」
「なんだ、そっちか」
真意を知ってあおいは少し安心したようだった。
しかし咲の周りに自分以外の女性がいることが気がかりだった。
あおいは食事している間、友達のことについて咲に細かく聴いた。
特に怪しい点はなく、軽い取り調べのような食事は終わった。咲にとっては普通の会話だったが。
食事が終わり、リビングでまったりしているとあおいが後ろから近づいてきた。何やら少しそわそわしているようだが、特に気にはとめなかった。
「咲くん、その、お風呂沸いたよ...」
「あおいさん先に入っていいよ」
「いや、私は後でいく...じゃなくて!後でいいから、咲くん入っておいで。今日疲れたでしょ」
「うん、それじゃお先に」
そう言うと咲は浴室へ向かった。その後ろであおいが微笑んでいることには気づかないまま。
咲はお湯に浸かると今日の出来事を振り返っていた。
ここ12時間で起こった出来事にしては情報量が多かった。
両手でお湯をすくい、顔にかけると咲は大きく溜めていた息を吐いた。
これからやるべきことを頭の中で整理していると自分で決めたことにも関わらず気が滅入ってしまいそうだった。
咲が色々考え込んでいると浴室のドアが開いた。
その音に気づき咲がそちらを向くと、そこには豊満な胸を持つあおいが全裸で立っていた。
長い髪をタオルでまとめ、手で軽く体を隠している。顔を少し赤くし、横目でこちらを覗く姿は妖艶なものだった。
咲は少しあおいを見たが、すぐに目を背けた。目のやり場に困りながら尋ねた。
「あおいさん、どうしたの?」
「その、久しぶりに一緒に入りたいなぁって思って...ダメ?」
「ダメじゃないけど...その、なんていうか...」
咲は片手で顔を隠した。この歳で女性と一緒に風呂に入るというのはいかがなものかと考えていた。
そんな咲の様子を見てあおいは微笑んだ。
「女の人と入るのは恥ずかしい?」
「...ちょっと...」
「ふふっ、男の子だね、咲くんも」
「どういうこと?」
「普段はそういうのに興味なさそうだけど、いざとなったら興奮しちゃうってこと」
「別に興奮してないし!」
バシャーンと水面を揺らし、咲は立ち上がった。
露わになった咲の裸を見てあおいは顔を真っ赤にした。特にある一部を見て。
そのことに気づいた咲は急いでお湯に浸かった。
少しの沈黙があった後、くちゅんという高い音がした。あおいのくしゃみだった。体が冷えてきてしまったのだろう。
「...入って」
「うん」
咲の言葉が嬉しかったのか、あおいの声は明るいものだった。
しかしそこからのあおいの言動は少しぎこちなかった。
「久しぶりだねー、咲くんと一緒にお風呂入るの」
「そうだね」
「昔はよく入ったよねー、お互いに洗いっことかしたり」
「懐かしいね」
「じゃあ久しぶりにやる?」
あおいは自分で言ったにも関わらず顔を赤くした。
「えっ⁉︎いや、それは...」
「ふふっ、恥ずかしいの?昔はすごい楽しそうだったのに」
あおいはノリに乗ったのか咲との距離を近づけた。
「昔の話でしょ!ていうかあおいさんは意識とかしないの⁉︎」
「意識?ちょっとはするけど、咲くんだから。ダメ?」
あおいはさらに咲に近づき、腕を組んだ。あおいの胸が咲に当たり、咲は顔を赤くした。
「あおいさん、胸当たってる」
「気持ち良かった?」
「そうじゃなくて!もう...」
しばらくはその状態のままだったが、咲が耐えられなくなった。
「じゃあ僕そろそろ出るね」
「えっ?もう出るの?洗いっこしてないのに」
「しないよ。明日の準備もあるし」
「そっか...じゃあ体拭いてあげる」
「そんなことしないでいいよ。あおいさんはゆっくりしてなよ」
そう言うと咲は浴室から出ていった。
一人になったあおいはさっきまでの自分の言動を振り返って赤面した。
浴室を後にした咲は部屋着に着替えようとしていた。シャツを着ようとした時、先程あおいの胸が当たった腕を見た。その部分を触り感触を思い出し、こちらも赤面した。
着替え終わると咲は自室のベッドで横になった。
今日起こったことを朝のことから順に振り返っていくと、とても一日の出来事とは思えなかった。それに加えて先程のあおいのこともあり、咲の頭は完全にキャパオーバーだった。
そして今日一日の疲労が身体を巡り、咲は眠りに落ちた。
あおいが風呂から上がると、咲の部屋に行ってそれを発見した。
あおいはゆっくりと咲に近づき、顔を覗き込んだ。
ぐっすりと眠っているその寝顔は少年のあどけなさがあり、かわいらしいものだった。
「かわいい...」
あおいはつい言葉を発してしまった。
しかし起きる様子もなかったので次は指で頬を突いてみた。
咲の反応は特になかった。
ならばとあおいは思い切って唇を咲の唇に近づけた。
しかし寸前でさすがにダメだという理性が働き、唇ではなく頰にキスをした。
「おやすみ、咲くん」
そしてあおいは当たり前のように咲のベッドに入っていった。
翌朝、深い眠りから目覚めた咲は寝ぼけ眼でふと横を見た。そこにはまだ気持ち良さそうに寝ているあおいの顔があった。咲はそれを見てまた目を閉じたが、次の瞬間にその事態の異様さに気づき、完全に目が覚めた。
「あおいさん!」
「ん...んん...」
あおいはまだ目覚めなかった。咲はあおいの肩をゆすりもう一度呼びかけた。
あおいはゆっくりと目を開け、咲を見つめた。
「あー咲くん、おはよう」
「おはよう。じゃなくて!なんでここで寝てるの⁉︎」
「咲くんが一人じゃ寂しいと思って」
「大丈夫だよ。いつも一人なんだから」
「でも前は一緒に寝てたじゃん」
「だからいつの話してるの。自分で言うのもなんだけど、僕って結構自立してるし、あおいさんにそんな心配されなくても...」
「そっか...そうだよね...」
あおいの声のトーンが下がり、少し寂しげだった。
それを見て咲は言いすぎてしまったかと思い、フォローに入った。
「別に一緒に寝たくないわけじゃないけど...」
咲のその言葉聞いてあおいは満面の笑みを浮かべた。
あおいの表情を見た咲はとりあえずひと段落と時計を見た。
長針が4、短針が8と9の間にあった。つまり8時20分だ。それを認識すると咲は顔色を青くした。
「やばっ‼︎‼︎」
朝からこんな大きな声が出せるのかと咲自身驚くくらい大きな声だった。近くにいたあおいはさらに驚いていた。
「どうしたの?」
「学校!遅れる!」
「なんだそんなことか。今日は遅番ってことにしてもらえば」
「いや、学校にそんなシステムないし。とにかく急がないと」
すると咲はドタバタと身支度を始めた。
あおいはその様子をベッドの上で眺めていた。
「そんなに急がなくても一日遅刻したくらい大丈夫だって」
「いや、音門教授に迷惑かけたくないし、初めから遅刻して変に目立ちたくないから」
あおいは音門の名前が出てくると少し顔を歪めた。
そんなことには気づかずに咲急いで着替え始めた。
まず上半身裸になり、Yシャツに手を通した。
あおいはその時に咲の身体を見て顔を赤らめた。
(咲くん細いのに筋肉ついてるし、色白で綺麗な身体してるなぁ。やっぱり昨日の夜手出しておけば......って何考えてるんだ私は!)
次にズボンを履こうとしているところあおいは見ていた。
(脚も細いなぁ。なんかツルツルしてて気持ち良さそうだし、触りたい。そういえば昨日見た時咲くんのあそこもまだ.......ってだから何考えてるんだ私は!)
あおいは頭の中で咲のあんなことやこんなことを想像して悶えていた。
そうこうしているうちに咲はしっかり着替え終わっていた。
「それじゃああおいさん行ってく...どうしたの、あおい⁉︎」
「はぁはぁはぁ...大丈夫...だから...はぁはぁ...」
「いや大丈夫そうじゃないんだけど」
あおいは自身の妄想に興奮し、喘ぎながら答えた。
「大丈夫、だから。それより、間に合うの?」
「うん、間に合うよ。でもあおいさんが」
「本当に大丈夫だから!」
あおいはふぅっと呼吸を整えた。
「いってらっしゃい」
咲はそのあおいの様子を見て安心した。
「いってきます」
そう言うと咲は部屋を出ていった。
あおいは咲が出ていったことを確認するとバタッとベッドに倒れた。
するとまた呼吸が乱れ、顔が赤くなった。
(さっきのホントにやばかったかも...咲くんの前でいっちゃいそうになっちゃった...こんなエッチなお姉さん嫌だよね...気を付けないと)
あおいはフラフラした足で立ち上がり、ゆっくり準備をして、魔法師集会所の仕事へ向かった。