学友
目の前の少女の笑顔はあまりにも無垢で純粋なものだった。咲とは歩んできた道、見てきたものがあまりにも違っていた。その笑顔は咲には眩しすぎた。それと同時に心の何処かで羨ましいと思っていたのかもしれない。咲にはそれができないから。
友達とたわいもない会話をしたり、笑顔を向けらたりすることは咲にはなかった。
「どうしたの咲くん?」
「えっ?」
「泣いてるよ」
咲が涙を流していることに気づいたのはその少女、真理に指摘されてからだった。
咲は右手の人差し指で涙を拭い、自分が本当に泣いていたのだと自覚した。少し考えたが、なぜ泣いたか、明確な答えを出せなかった。そんな咲を真理は心配そうに見ていた。
「咲くん、大丈夫?」
「...ごめん、問題ないよ...」
「本当に?」
咲が顔を反らすと、真理はそれを追って覗き込んできた。
真理に追い詰められ咲は下手な笑顔で答えた。
「本当に」
「...なら...良かった」
少しの沈黙の後、真理の明るい声が響いた。
「そうそう!咲くんに私の友達紹介したくて待ってたんだよ」
「ごめんね、結局待たせることになっちゃって」
「いいのいいの、私が勝手に待ってたんだから」
真理は笑顔で横に手を振った。
「それで、この子たちが私の友達」
そう言いながら後ろにいた二人の少女を咲の前へ差し出した。咲を前にして少し戸惑っているようだった。
「えーっと、木葉 礼奈です。よろしくお願いします」
木葉 礼奈、黄緑色のセミロングヘアに緑色の目が特徴的だ。その声と挙動からは物静かそうという印象を受けた。
「私は海道 綺音。よろしくね」
海道 綺音、水色のボブヘアに青色の目が特徴的だ。真理とは違った明るさを持っていて、元気な少女という印象を受けた。
咲は二人の自己紹介をしっかりと聞いてはいたが、正直なところそれよりも気になることがあった。二人が真理の身に付けていたような魔法装備を持っているかどうか。二人が話している間に頭から順に視線を下げて調べていった。そしてやはり太もも辺りは念入りに確認した。しかしそれらしきものは見つからなかった。それから足先まで調べたが何もなかった。
二人の自己紹介が終わり、次は咲の番だった。
「栗原 咲です。こちらこそよろしく」
「紅藤 真理です!よろしくお願いします!」
咲の紹介が終わると突然真理の紹介が始まった。 全員知っていることだから必要ないのだが。
「真理はしなくていいよ」
「えーいいじゃん。なんか新年度始まった感じするでしょ」
「たしかに、そう言われるとね」
三人が話している輪に咲が入れるはずもなかった。一人ポツーンとしている。
それに気づいた礼奈が咲に話を振った。
「ねぇ、咲さんはどこに住んでるの?」
「あっ、えーっと、僕はトゥーンだよ」
急なことで咲の歯切れは悪い。
「へぇー、トゥーンか。じゃあ家から通えるね」
「うん、三人はウエスタンなんだよね?」
「そっ、だからこれからは学校の寮に住むんだ。門を出てすぐのところの」
「そうなんだ。じゃあ帰り道はそこまで一緒だね」
「そうだね、じゃあ行こっか」
真理のその言葉で四人は帰路に着いた。
短い道中ではあったが、咲は礼奈と綺音とも真理のように打ち解けてきていた。
そして話題には咲がウエスタンに行きたがっていることがあがった。
「えー!咲ウエスタン来たいの?」
「うん!だって宝の山だよ!どれだけレアな素材があることか、考えただけで楽しいよ」
「たしかに魔法師とか研究者とかにとってそうかもね。 でも生活面的にはちょっと面倒かな」
「だよねー、ちょっと遠くに行かないとホントに何もないからね。あるのは山と川だけ」
「ふーん、そういうものか。でも自分たちの欲しい素材はすぐ手に入るでしょ」
「まぁそうだね。考えてみたら素材に困ったことはないかも。親が採ってきてくれたり、近所の人からもらったりしてたから」
「最高だな」
「そういうのって他の地域の人はどうしてるの?」
「市場とか店に売ってるのを普通に買うかな。特にウエスタンから流通してきたレアな素材は高額で取引されている。一般人じゃまず手に入れられない。三人の装備だってもらいものでもかなり高価なものかもね」
咲の言葉に「どうだろう」と三人は各々の魔法装備を真理は太ももに付けているホルダーから、礼奈と綺音はジャケットの内側から取り出した。
そこで咲は目を見開いた。ベールに包まれていた礼奈と綺音の魔法装備を見ることができたからだ。
ジャケットの内側に入れていたにも関わらず違和感がなかったのは、次元拡張された魔具の中に入っていたからだろう。
咲はレアな素材を使った魔法装備を見ると、心臓の鼓動が早くなり、手が震え出した。
「ねぇ咲くん、これって珍しいの?」
真理は魔法装備を咲に差し出し、呑気にそんなことを聞いた。
咲は手を伸ばしてそれを持とうとしたが、何だか神聖なものを汚してしまうのではと思い途中でやめた。
「ちょっとよくわからないなー」
咲は誤魔化すように違う方を向いた。
「そんなこと言わないでもっとよく見てよ」
チラッと見てみたものの何だか見るのも申し訳なくなってきた。
今日はただでさえいいことが多かった。真理、礼奈、綺音と出会えたのもそうだが、こうして一緒に帰りながら話をしたり、忘れてはいけないのは音門という憧れの存在に会い、共同研究に誘われたということだ。
それにも関わらず、まだいいことがあるとなると逆に不安になるのが人間だろう。咲はそれを気にして今日は「いいこと」を控えようとしていた。
「わからないものはわからないよ」
「そっかー、じゃああとで調べてみよ」
「そうだね、今まで気にしたことなかったけど」
「ちょっと気になってきた」
そんな話をしているといつのまにか三人の寮に着いた。
「それじゃあ咲くん、今日はありがとね」
「ううん、僕の方こそ。待っててくれてありがとう。楽しかったよ」
「それで今日咲さんに会えたんだから」
「こっちも待ってて良かったよ」
咲は口角を少し上げて笑ってみせた。
「それじゃあ...」
そう言うと咲は歩き出した。最後は少し声が小さくなり、寂しげなものになった。
咲は今日、本当に楽しかったのだ。今までできていなかったことが、初めてのことがどれだけあったか。それが終わると思うと気持ちが声と表情に表れていた。
「咲くん!」
歩き始めた咲のことを真理が呼んだ。
咲は何だと振り返った。
真理は満面の笑顔でこう言った。
「また明日!」
咲はその言葉で気づいた。これは終わりではなく、始まりであったのだと。また明日も彼女たちに会えるのだと。
そんなことに気づいた咲は笑顔で返した。
「また明日!」
咲の声が響き、四人の中で笑顔が広がった。