姉弟
人で賑わう建物の一角のスペースに炎が燃え上がるように白い魔力が現れた。魔力が徐々に消えていくとそこに一人の少年の姿があった。咲だ。
咲の姿を確認するやいなや周りの人々がざわつき出した。その見た目からは想像もできない力がその中にあるのだという意見を共有したいのだろう。
そんな空気を知ってか知らぬか、咲は無表情で正面のカウンターに足を運ぶ。
「あおいさん」
「あら、咲くん!」
カウンターの奥で何やら作業をしていた女性が咲の声に応答した。
ここ、魔法師集会所は魔法師が魔獣を狩るための支援や手続きを行う場所だ。魔獣を狩りに行く際には必ずここで申請をしなければならない。
そこで働いている女性、宮野あおい。紺色の長い髪を後ろで縛って、メイド服のような服を着ている。薄紅色の瞳とその小さな背丈がなんともかわいらしい。咲が6歳の時から知っているから付き合いは長い。その為、いつの間にか背は咲に抜かされていた。しかし、女性のそれは背のわりに実っていて、魅力的である。咲はあまり興味なさそうだが。
「珍しいね、こんなに早く帰ってくるなんて」
「今日はSSになって初めての狩りだし、新しい魔法装備を試したかっただけだから」
魔法装備とは魔力を纏わせたり流したりすることでその効果を発揮する武器や防具のことだ。魔法装備にはランクがあり、SS、S、A、B、C、D、E、Fというように分かれている。SSから順に扱いが難しく、使用するにはランカーパスという免許が必要になる。ランカーパスはFから順に一つずつ取得していく。昇格すれば、前のランカーパスは不要になり、現在のランク以下の装備が使用可能になる。
ランカーパスは扱える魔法装備のランクを表すと同時に魔法師自身のランクを表す。そして魔法師の場合はそのランクが3つの区分に分かれる。SS、S、Aランカーは上級魔法師、B、C、Dランカーは中級魔法師、E、Fランカーは下級魔法師となる。
そして先日、咲はSSランカーになった。咲の実力ならとっくになっていていいのだが、昇格はランカーパスの取得から一年経たなければできないという決まりがあるのだ。5歳の時にFランカーパスを取得してから7年、ようやくSSランカーパスを取得できたのだ。
「そうだったね。でも防具は変えてないんだ。いつもはランクが上がったらフルチェンジするのに」
「今回はちょっと時間掛かってて。SSだから装備の機能とかデザインとか凝っちゃって、ようやくできたのが今日使った剣一本だけで...」
「よくやるねぇ、結構お金も掛かったでしょ?」
「うん、7桁くらい」
「うわっ、大丈夫なのそれ」
「なかなかしたけど、ずっと使ってくやつだから。それにSS装備のために貯めてたお金はまだ残ってるし、あんまり行けなくなっちゃうけど狩りにも行くし、問題ないよ」
話しながら咲は慣れた手つきで先ほど回収した白色になった宝石を円形の魔力から取り出した。
「白一つか、いつもは透明をもっと持ってくるのに」
「慣れない装備で遊ぶのはさすがに危険だから、まぁ今日のところは」
「白の魔法石一つじゃ咲くんの場合こづかい稼ぎにもならないでしょ」
「うーん...そうなんだけど...」
魔獣の生命活動が停止すると魔獣の身体からは魔力が粒子状になって排出される。それと同時に身体は消失していき、最期には消滅する。そして魔力を宿した石、魔法石だけがそこに残る。魔獣から出たそれは魔法原石と呼ばれ、魔力が制御されていない。かつて地球を汚染した魔力と同じ性質の魔力だ。魔法師はその魔法原石の魔力を制御し、形成する。魔力を制御された魔法原石はその体積を収縮させ、色を変化させる。灰色の魔法原石は魔力が制御されると紫色に変わる。この時点で魔力は完全に制御され、「魔法石」となる。ここからの色の変化は魔力の質を表す。紫色の次に青色、緑色、黄色、橙色、赤色、白色、透明の順に変化し、魔力の質は高まっていく。
咲の持ってきた魔法石は体積を収縮させれば魔力の質を高め、色を透明に変化させられる。しかし、無理に体積を収縮させようとすれば魔法石が砕け、粒子状になって消滅してしまうのだ。魔法石は小さい程保存が難しくなる。ある魔力の量は変わらないから無理に質を高める必要はないのだ。
そして回収した魔法石は換金するか魔法装備の素材にするというのが主な使い道だ。
換金の場合、値段は魔法石の色と重さによって決められる。今回の咲の場合、白色の魔法石ということで一万円くらいには換金される。命がけの仕事にしては安い報酬だ。それだけ魔法師として生計を立てるというのは難しいことなのだ。
「まぁいっか、いつも通り現金でいい?」
「うん、お願い」
あおいが奥で換金作業を済ませ、封筒を持って戻って来る。咲はそれを受け取り、中身を確認する。八千円、思ったより少なかったのか、咲は顔を引きつった。そして、円形の魔力を出現させ、封筒ごとその中に入れた。
「咲くん、いつも魔法陣の中に入れてるけど、自分で管理するの大変じゃない?」
「そんなことないよ、すぐに確認できるから安心するし、僕の時空間は安定してるからね」
魔力は平面にしたり、立体にしたりすることができる。平面の状態の魔力を魔法陣、立体の状態の魔力を立体魔法陣という。そしてその魔法陣は生まれつき出せる形態が決まっている。円形のサークル、三角形のトライ、四角形のスクエア、五角形のペンタ、六角形のヘキサ。この5つが基本の形だが、稀にどれにも当てはまらないスペシャルというのもある。形の違いで特に優劣があるわけではないが、魔法陣を物体として扱う場合の得意不得意はある。
また魔力には属性があり、これも生まれつき扱えるものが決まっている。火、水、風、土、雷、光、氷、無属性の8つだ。無属性以外の7つは七属性と言われ、魔力をそれに変化させて、魔法を行使する。無属性は魔力を物理的に扱ったり、ものに纏わせたり流したりしてそのものを強化することができる。また咲がよくやっている魔法陣からものを出し入れするそれも無属性の魔法一つだ。時空間を自らの魔法で創り、その空間に魔法陣を繋げることで成り立っている。
「そうだ!今度咲くんのSSランカー昇格を祝してごはん行こうよ!」
「ホント⁉︎嬉しい!じゃあオムライス食べ行こう!」
「えーいつも通りじゃん。お祝いなんだからもっといいもの食べようよ。私ごちそうするよ」
「んーそう言われてもな...」
咲は無類の卵好きである。特にオムライスが好きで、放っておくとそれ以外のものをほとんど口にしない。そのことを知ってからあおいがごはんを作ったり、どこかに連れていったりして多少は改善された。
「じゃあわかった、場所は私が決めるね。明日で大丈夫?」
「あっごめん明日はちょっと...」
「なんかあるの?」
「入学式なんだ、魔法魔術学校の」
「えっ咲くん学校行くの?」
咲の口から学校という単語が出てくるとは思わなかったのだろう。相当驚いている。表情はあまり変わらないが、動きがなんだかぎこちない。咲の年齢なら本来学校に行っているが当たり前だが、ずっと狩りをしてきた咲だから今後も行くことはないとあおいは思っていたのだ。
「 うん、言ってなかったっけ?」
「初耳です!そういう大切なことはちゃんと報告しなさい!」
「ご、ごめんなさい...」
小さい時から何かと面倒をみてきたからあおいは咲のことが心配なのだ。今までは自分の目の届く範囲にいたから問題なかったのだが、そこを離れて遠くに行ってしまうのが不安で仕方ないのだ。咲の沈んだ表情を見て、あおいもこれ以上責めるようなことは言わない。
「それで、なんで学校行くの?咲くんなら魔法魔術学校なんて行かなくても魔法師として充分やっていけるでしょ?」
「確かに一人でやれる範囲なら何の問題もない。でも僕は今後より強力な魔獣を狩っていきたいんだ。それは僕一人が強くなっても敵う相手じゃない。そこでチームを作ろう!って結論に至ったんだ」
「なるほど、それはわかったけど、なんで学校?確か随分前にチーム組んでたよね?すぐ解散したけど」
「あれは大失態だった。まさかあんな低能を選んでしまうとは」
「何かあったの?」
「チームを組んですぐに巨大魔獣を狩りに行ったんだ。その時は僕が指揮してたんだけど、全員Sランカーだったからその魔獣の危険性を認識してると思ってた。でも彼らは僕が子どもだからと侮り、指揮を無視して勝手に行動し出したんだ。」
「あー上級魔法師の奢りね。あるある」
「彼らは典型的な独りよがりだったよ。闇雲に攻撃しても無駄なのに。まったく誰があんな奴らにランカーパスを渡したんだ!」
「それで」
「狩りの途中でチームを抜けた」
「うわー」
「確かあの時から誰一人として顔を見てないんだよな」
「それって魔獣にやられんじゃ」と言おうと思ったがあおいは笑顔で話を聞いていた。
「とにかく、僕は二度とあんな失態はしない!」
「つまり同年代の人でチームを作るってわけね」
「そう!まぁこの年代の人の実力はまだまだだろうけど、チームになったら僕が鍛えるし、急ぐ話でもないからね。じっくり見て人選していこうと思う」
「完全にリクルート活動じゃない」
そんなツッコミを入れながらも、あおいはなんだか嬉しい気持ちになった。普通の子の普通を知らない咲、幼い頃から狩りばかりしていて、同年代の子とほとんど関わりのなかった彼がその関わりを作れるのだ。チームを作りたいと言ってはいるが、本当は友達を作りたいのではないかとあおいは思った。小さい時から咲を見ていて、どこか姉のような気分になっていた。子どもにしては大人っっぽいところがあるけど、賢いのにちょっと抜けてる部分があったりしてかわいいところもある。そういう子どもっぽい部分を見るとあおいは堪らなく咲が愛おしくなる。周りからは暗く冷たい子という風に見えているらしいが、本当は静かで人見知りなだけで、明るい優しい子なんだとあおいは知っている。咲はあおいがそれを知ってくれているからこそあおいに甘えられるのだ。まるで姉弟のような二人、この関係がずっと続いていけばいいとあおいは思っていた。しかし...
「ところで、どこの学校に行くの?ランドサイドならイグドラかベルゼだよね」
「ソフィア学園だよ」
「ソフィア?あそこって女子校じゃなかったっけ?」
「今年から共学になったんだよ」
「...そうだったんだ。でもいいの?女子校だったんだから女の子ばっかだよ」
「ソフィア学園はリアースの六大魔法魔術学校の中で最も魔法の扱いに長けてるんだ。だからチームのメンバーを探すなら一番いいかなって思って」
「なるほどね...」
あおいの表情が若干曇った。
「どうしたの?」
「ううん!何でもないよ!」
「そう?じゃあ僕そろそろ帰るね。明日の準備もしなきゃいけないから」
「うん、じゃあね」
あおいは明るい笑顔で咲を見送った。
家路につくと、咲は明日の入学式のことを考え始めた。
( 明日は顔合わせくらいで終わっちゃうかなぁ。入学式だし色々説明されるだろうからゆっくりはできないよなぁ。でも、教室には行くだろうからそこで声かけてみようかな。どんな人がいるのか楽しみだな)
期待を胸に咲は軽快に歩いていった。
咲の姿が見えなくなると、あおいの表情に影が落ちた。
まるで姉弟のような二人、しかしあおいは咲が成長していくにつれ、今までは抱かなかった感情を抱くようになった。家族としての好きではなく、愛情とも違ったもの。
(恋...だめだめ、咲くんは弟みたいな存在なんだから...)
そんなことを思いながら、先ほどまで咲が手を置いていたカウンターの部分に自分の手を置いてみた。
(本当に大きくなったね、咲くん...)
あおい心の何処かで咲を独占している気がした。
一方咲はあおいのことを優しい姉だと思っている。
姉弟のような二人、咲の学校生活がどう影響するのか。
そんなことは考えもしない咲に春の風が強く吹いた。