創造
その果実を口にした時はこんなことは考えもしなかった。
世界は脆い。異物が少しでも侵入しようものなら、均衡と調和はすぐに崩れる。
世界は醜い。自らと少しでも違うものなら、それを壊しにかかる。
世界は酷い。弱き者が存在しようものなら、それを踏み潰す。
世界は怖い
世界は恐い
世界は汚い
世界は弱い
世界は暗い
世界は黒い
世界は狭い
世界は悲しい
世界は哀しい
世界は虚しい
世界は寂しい
世界は不様
世界は愚か
世界は窮屈
世界は残酷
世界は残虐
世界は未熟
世界は無意味
世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界世界...............................................
この世界をやり直そう...
1000年前、その生物は突如地球に現れた。爬虫類のような皮膚に、獣のような骨格、シアン・マゼンタ・イエローを混ぜたような灰色の瞳、全体を無彩色で覆われた身体、到底この世界のものとは思えないほど禍々しい姿をした生き物。
いや、むしろこの世界に相応しい生き物かもしれない、魔獣と呼ばれたその生き物は。
魔獣は不思議な力を宿していた。魔力と呼ばれるその力は魔獣の全体から冷気ように滲み出ていた。
強過ぎるその力に地球の環境は破壊されていった。
遅かれ早かれどっちにしろ破壊される環境だ、手段が違うだけで。
魔獣が歩いた箇所に魔力が残り、その魔力を地面が吸収したことによって地面は腐っていった。
そこから養分を補給していた草木も同様、鮮やかな緑色だった葉は灰色に変わった。
陸を中心にして始まった魔力による汚染、魔力汚染はみるみるその範囲を拡大していき、ついには海をも汚染していった。太陽の光を反射して、青色を放っていたそれは、今では光を吸収して真っ黒になった。
そこにいるのが腐ってるからそういうことになるんだ、お似合いの色じゃないか。
その変わり切ってしまった環境に動物たちはすぐに適応できるはずもなく、大量の生命が失われた。
人間も同様、魔力汚染されたものを口にすれば、体内に入った魔獣の魔力が徐々に身体を蝕んでいき、命を落とす。
お前らが殺した、罪のない動物たちを、お前らよりずっと価値のある生命を。
地球を壊していったのは魔力汚染だけではない。魔獣そのものによる被害も大きい。ただでさえ大きな身体を持つそれは性格がとにかく凶暴なのだ。目の前に捕食対象を捉えれば逃がしはしない。
お前らのやってきたことじゃないか、なぜかわいそうなどと思い上がったことが言えるんだ。
そうやって地球の生命は減少していった。
逆に魔獣はその数を増やしていった。
まさに地獄のような場所だ。
世界の終わりとはもっと派手に起こるものと思っていただろうか。
違う。
世界の終わりとはほんの少しの異物が地球のサイクルによって焦らず歩いていく図々しい牛のようにゆっくりと広がっていくものだ。
かつて青く輝いていた生き物たちの楽園はもう何処にもない。
絶望、破滅、終焉、そんな言葉が最も相応しい表現だろう。
誰もが死というものを意識している時だった。空を黒い何かが覆った。ついにとどめを刺されるのだろう。
しかし、実際はその逆、地球にいる魔獣を黒い何かが吸い込んでいった。同時に環境を汚染していた魔力も無彩色のオーラとなって吸い込まれた。
そして地球は徐々に本来の姿に戻っていった。草木は鮮やかな緑色になり、海は太陽の光を反射して青色を放った。
明るくなった空の中に人の影が一つあった。
彼こそがこの現象を起こした張本人、地球の全ての魔力を消した人間。
後に現れる魔法が使える人間、魔法師の祖であり、世界で初めて魔法を使った人間だ。
彼は自らの魔法で異空間に星を創造するという神のなせる技やってみせた。
そして、地球に存在する全ての魔力と魔獣を全てその星に移したのだ。
このことから後に始まりの男と呼ばれた彼は、いくらかいた魔法師を引き連れて、創造した星に世界を築いた。
始まりの男が魔法によって創った星は魔獣の魔力によって汚染されることはなかった。彼は魔力汚染されないように地球を再構築した形で星を創ったからだ。
そしていつしかその星は魔法が溢れる世界になっていった。
それが現在のこの世界、魔法によって再構築された地球「リアース」だ。
その星の草原に少年は一人で立っていた。
少年は紺色のローブで全身を包んでいた。フードを外すと栗色の髪と、その隙間から紅い瞳が覗いた。 そして360°に視線をめぐらせた。
辺りは草が生い茂り、風が吹くと木の香りがする。動物たちは草を食べたり、そこらを駆け回ったりしている。空の鳥の鳴き声に耳を傾ければ、いよいよこれが真の平和なのだろうと思ってしまう。
しかし、その平和はすぐに崩れる。何やら動物たちがざわつき出した。ある方向に視線を向け、一瞬動きを止めると一目散に反対方向に駆け出した。ズドンズドンと無遠慮な音がする方に少年は身体を向け、その正体を確認した。
黒色やら灰色やらに覆われた巨躯、魔獣が5体、こちらに向かって来ている。
やれやれと言わんばかりの表情で少年は手の平を合わせ、それからゆっくりと広げた。手の中には紺色の魔力がぼんやりとした形で光っていた。
左手で魔力を持ち、右手を前後左右上下に動かしながら魔力にかざした。みるみる形が表れ、球状になった。それから大きくしたり小さくしたりを繰り返し、形態と効果を整えていく。水晶のような球状になった魔力の上で右手を握り、一気に開くと魔力が5つに分裂した。
少年は左手でそれを保ち、向かってくる魔獣の中に飛び込んだ。
そして左手を右から左に振り、5つの球状の魔力を魔獣に放った。
放たれた5つの魔力は5体の魔獣にそれぞれ命中し、それが肌に触れた瞬間、爆発したように一気にその体積を大きくした。
5メートルはあるであろうその巨躯が紙切れに息をかけたように吹き飛ばされた。
少年は右手を上げ、魔力を元の大きさに戻した。それを右手に一つにまとめながら歩を進め、5体の魔獣に囲まれる形になった。
右手に球状の魔力を持ちながら手の平を合わせ、魔力の形を平らな円形に変えた。
それを左の腰辺りに持っていき、静かに目を閉じた。周りの魔獣がバタバタと起き上がり、凄まじい叫び声を発しているのももろともせず、少年は静寂を保った。
次の瞬間、少年は目を開け、口を開いた。
「【抜刀〈ドロー〉】」
平らな円形の魔力の中に手を入れ、鞘から刀を抜くようにそこから剣を取り出した。
全体の青みがかった紺色と刃の金色のコントラストが特徴的な日本刀のような剣。その刃の部分は少し歪な形をしているが、それ以外には特に何の変哲もない。
少年は右手で剣を構え、左手を峰にかざすようにして刃に魔力を纏わせた。
左手が切先に辿り着くと、少年はこちらに向かって来る魔獣に目を向け、ふっと一息ついた。
次の瞬間、少年の足は地面に触れていなかった。一瞬にして魔獣の肩の高さまで跳び上がったのだ。
そこから少し下がったところで少年は足に魔力を集中させ、高さを固定した。
両手で支えられた剣を前に出し、そのまま横に回り出した。魔力を纏った刃は通った場所に光の跡を残した。青、黄、紫、白の魔力の粒子がキラキラと輝いている。
そして一回転した時、少年は静かに囁いた。
「【創作刃〈クラフトブレイド〉】」
刃に纏わせた魔力で描いた輪の斬撃は、水面の波紋のように広がった。
斬撃は5体の魔獣の胸に当たり、断末魔の叫びをあげた。斬りつけると同時にその勢いで足は宙に浮き、またも吹き飛ばされた。
ドスンという5つの音が地面を揺らすと、響いていた叫び声が止んだ。
すると魔獣の身体から光の粒子のようなものが出てきた。空に向かってキラキラと出ていくそれは、まるで大気中の水蒸気が低温によって氷り、氷晶が降る現象、ダイヤモンドダストを思わせるように綺麗だった。
みるみる魔獣の身体は消失していき、やがて消滅した。魔獣の身体のあった場所には灰色の宝石のようなものが身体を模ったように落ちていた。
少年は右手に魔力を現し、それを回収していった。するとその色が灰色から紫色に変わった。回収を進めていくと次は青色に変わった。それから緑色、黄色、橙色、赤色と順に変わっていき、回収が終わる頃には白色になっていた。
大きさも落ちていた全てのそれを掻き集めたものよりも遥かに小さい体積におさまっている。少年の片手におさまるくらいだ。
少年はそれを出現させた円形の魔力の中に入れ、歩き出した。
動物たちがちらほらと草原に見え、先ほどの平和が戻ったようだった。
少年はその様子を見て微笑んだ。自分でしたことに意味を見出せたかのように。
彼こそがこの魔法世界にいる魔法師の中でもトップクラスの実力を持つ魔法師、栗原 咲。
若干12歳にして魔法師の最高ランクであるSSランカーになった奇才。
それらのことから人は彼のことをトリックスターと呼んだ。