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17/22

17 奪われた決勝戦


 決勝戦会場であるネオ・トーキョー・ドーム。

 アリーナ中央の楕円形オーバルステージには、挑戦者である黒魔天の四人と、アルゴノーツの二人が眩いスポットライトを浴びて立っていた。


 日本を代表するブレイン・バトル、ジャパン・カップの決勝戦としてはどうにも盛り上がりに欠けるステージだった。ディフェンディング・チャンピオンであるアルゴノーツのバトラー二人が、入院中の病院からエントリーすることが発表されていたからだ。


 アルゴノーツの岩城は光沢のあるブラックスーツに赤いマフラーで渋く決めている。本田はMCの紹介に激しいアクションを見せ、微動だにしない黒魔天を挑発した。


「本田よ」

 岩城は苦々しげに言った。

「テンション上げ過ぎだろ」


「遠慮するのはケインのポリシーじゃねぇ!」

 本田は分厚い胸を叩いた。

「畜生、今日は絶好調だぜ!」


 岩城は小さく舌打ちすると、ステージに並んだ黒衣の四人に眼をやった。


 黒魔天の四人は、今まで通り肩から足までを覆う黒いマントに古代ギリシャ戦士のような黒兜の仮面という、あくまでヒールイメージでデザインされたコスチュームだ。登場シーンの激しいメタルサウンドにも、MCの扇動的なバトラー紹介セレモニーにも反応せず、彫像のようにステージに佇立している。


 客席を埋めた満員の大観衆は叫ぶように歓声を上げているが、黒魔天に口汚いヤジを浴びせる者も多い。予選を勝ち抜いて来た対戦内容に納得がいっていないのだ。

 確かに恐怖のイメージを浴びせかけるという幻覚攻撃は、その効果が実感できないだけに八百長臭いと思われても仕方のない部分があった。


 岩城の風牙が繰り出す吹雪や竜巻等の攻撃も一種の幻覚に近いが、そこにはある仕掛けが隠されている。


 しかし、黒魔天はイメージの持つ力だけで相手を圧倒している。


 相手の自己防衛本能の壁をこじ開け、有無をいわさず屈服させパニックにまで追い込むその威力がどれほど強烈なものか、岩城には想像できる気がした。


「本田、冷静になれ」

 岩城は若者に言った。

「あいつら……只者じゃねぇぞ」


「わかってるって」

 本田は太い腕を組み、客席を向いたまま言った。

「さっきから背中がゾクゾクしてんだ。あいつら殺気を隠そうともしねぇ」


 MCを挟んで並んでいる黒い兜の一つが横を向き、じっと二人を見つめていた。顔を覆うマスクの細いスリットから冷たい視線が岩城を見据える。その瞳は明らかに青みがかっていた。


「日本人じゃないのか」

 岩城は小さく呟いた。

「どこから来やがった?」


 突然、岩城は足を踏み出し、黒兜に向かってスタスタと近づいていく。

 そして相手の正面に立ち、ポケットに両手を突っ込み、背を反らして相手にガンを飛ばす。

 黒兜もマントを揺らめかせて岩城と正面から向かい合う。その口元がにやりと歪んだ。


 観客のざわめきにMCが振り返った。

 対峙する二人の様子に気がつき、すかさず声を張り上げる。


「おっと、睨み合っているーッ!」

 MCは歓喜の叫びを上げた。

「これはやる気満々だァーッ!」




 モニターディスプレイに会場の映像が映し出されている。

 ケインと飛鳥は車椅子に並んで座り、ディスプレイを見ていた。車椅子は入院中という演出のためだが、既にラボ・タワーからの中継は終わっており、出番を終えた二人はコクーンの準備を待っている。

 前回の準決勝ではケインだけだったが、斉藤は飛鳥もラボ・タワーからエントリーさせると言った。


 ケインは飛鳥に顔を向けた。

「どうしてここからエントリーを?」


「私はずっとここで治療を受けているのよ。随分、前からね」

 飛鳥は長い黒髪をかき上げた。

「それに、ここのコクーンには《《なじみ》》があるの」


 ケインは口をつぐんだ。はぐらかすような曖昧な答えだ。


─何かを隠しているのか?


 斉藤と岩城、飛鳥が過去に一緒だったということは聞いた。

 そして三人のあやうい関係も。

 斉藤はケインの失われた記憶に関わっていたことを明かしたが、この女性は何か別の秘密を持っている気がしてならい。


 会場の観客がいっせいにどよめき、歓声が一段と高まった。


 賭けが締め切られ、両チームのオッズが確定されたのだ。

 オッズは高い方が払戻金が多くなる設定になっている。ディスプレイのオッズ表示は、黒魔天がアルゴノーツを上回っていた。


「くそっ」

 ケインはディススプレイを睨み、思わず声を上げた。

「見くびられたな」


「こんな数字に意味はないわ」

 飛鳥はケインを見つめ、小さく言った。

「もう、大丈夫のようね?」


「ああ。体調は回復したし、気分も落ち着いている。不安も感じない。自分でも不思議なくらいだ」


「そう」

 飛鳥は柔らかく微笑んだ。

「仮想空間では、大変な体験をしたそうね」


「斉藤さんから聞いたのか?」

 飛鳥はこくりとうなずいた。


 ケインは車椅子の背にもたれ、首を振った。

「俺はこのラボ・タワーの中で、ブレイン・バトラーとしての様々な武術や体術の修行をしていたんだ。しかしその記憶は操作され、すべて消されていた」


 飛鳥は黙って聞いている。ケインは言葉を続けた。


「俺は自分の過去を取り戻した。斉藤さんが関わっていたことはショックだったが、あの人は天ノ戦場で俺と一緒に修行をしていた」

 そういって、ケインは苦笑した。

「自分はただ黙って見ていれば良いのに、一緒になって、わざわざ苦しい修行に付き合っていたんだ」


「あのひとは、器用じゃないから」

 飛鳥はぽつりと言った。


「俺を騙し利用したことはわかっている。だが……どうしても斉藤さんを憎み切れない」


「誰かを騙してでも利用しようとする。そんな自分のためだけに行きている人っているのかしら」


「いるだろうな」

 ケインは正直に答えた。

「人間は皆、エゴイストだ。でも俺は自分のためとかではなく、ただ生きて行くだけで精一杯だった」


「……妹のミオさんを、昏睡から目覚めさせるため」

 飛鳥は低く言った。


 ケインは顔を上げ、問いかける眼を飛鳥に向けた。


「知っていたわ。あなたのことは斉藤から聞いていたから」


「そうか」

 ケインは声を落とした。

「しかしミオの中には、荒神という別の人格が入り込んでいた。ようやく目覚めさせたのに、なんでこんなことに……」


「あなたはお母さんのことを憶えている?」

 飛鳥は唐突に言った。


「母親?」

 ケインは一瞬驚いたが、すぐに眉根を寄せた。

「俺が子供の頃に家を出て行ったよ」


 飛鳥は黙っている。ケインは暗い声で言った。

「だから、よく……憶えていない」


「そう」


「子供を棄てるなんてひどい親だ。おかげで俺とミオは施設に入れられ、それから……」

 忘れようとしていた辛い日々の記憶に、ケインは拳を握りしめた。

「思い出したくない」


「思い出して」

 飛鳥はじっとケインを見つめた。


「いやだ」


「そうじゃない」

 飛鳥は首を振った。

「深層記憶にダイブした時、あなたは荒神に導かれて障壁まで沈んだわ」


「障壁……」


「そして、あなたは見たはずよ」


「見た?」

 ケインは困惑し、飛鳥を見つめ返した。


「そう、障壁で」


「そうだ、俺は……」

 ケインは顔を手で覆った。

「俺は……」


「見たはずよ」

 飛鳥は繰り返した。


「お母さん……」

 ケインの口から小さく息が漏れた。


 飛鳥は次の言葉を待った。


「お母さんがいた……。暗い、闇の底に」


「何か、話をした?」


「……」


「思い出して!」


「俺を、見た」

 ケインは顔を上げ、視線を宙に彷徨わせた。


「あなたを見たのね?」

 飛鳥は念を押した。


「ああ」

 ケインはぼんやりと答えた。

「俺を見上げ、『来てくれたの』と、言った」


「……よかった」

 飛鳥は深い溜息をついた。

「まだ意識を保っている。あの超深度の中で……」


 ケインは訝しみ眼を細めた。その視線に気がついた飛鳥はケインの腕に手を置いた。


「私は、優を知っている」

 細い指の冷たさに、ケインは少しだけ悪寒を感じた。


「お母さんを?」


「ずっと以前の話よ。三十年前に、優はあの『障壁』に到達したことがあるの。そのとき私は探深錘アンカーとして深深度まで優を導いて言った。でも途中までが、私の限界だった」


「アンカー?」


「ガイドみたいなもの。当時は超感覚的な資質に頼ってダイブをしていたわ」


「それは、深層意識探査のことか?」


「違うわ」

 飛鳥は険しい表情で首を振った。

「夢を入り口にして、人間の意識の奥深くを探査する実験」


「……そんな実験が、あったのか」


 おそらくブレイン・テクノロジーの創発以前のことだと、ケインにも推察できた。


「実験のために選ばれたのは、夢に強いなじみを持つ『資質者』と呼ばれる子供ばかり。その中に私と優はいた。優は今のあなたより若かったわ」

 飛鳥は息を吸った。

「とても原始的な実験だった。今思えば、あれは臨死体験そのものだった」


「何だって?」

 ケインは声を上げた。

「そんな危険なことを、子供に?」


「その研究がこのラボ・タワーで進められていた。責任者は、荒神よ


 ケインは一瞬、言葉を失った。

「そうだったのか……」


「優は荒神に沈められたのよ。再び、障壁に」


「聞いている」

 ケインは呻くように言った

「そのとき、ミオも一緒に沈められた」


 飛鳥はゆっくりとうなずいた。

「すべては荒神が仕組んだこと」


 ケインは黙って拳を握りしめた。


「斉藤も、あなたも、私も荒神の計画の中にいるの。そして、そこから抜け出すことはできない」


「そんな……」


「でもね」

 飛鳥は声に力を込めた。

「大切な人は取り戻せるの。妹さんのように、優も取り戻せるの」


「母さんを、取り戻す?」


「私は優を助け出したい、あの闇の底から」

 ケインの手首を握る飛鳥の指に力が加わった。

「それは、あなたしかできないの」


「俺が?」


「障壁を切り裂く」

 飛鳥は強い眼差しでケインを見据えた。

「それこそが荒神の目的。でも、そうすれば優を助け出すことができる」


 ケインは混乱して頭を振った。妹のミオの言葉が脳裏に甦る。

 アレクシスと名乗る黒衣の男によって部屋が崩壊した後、ミオが言ったあの言葉が。


「俺はそのために造られた、とミオは言っていた……」


「あなただけじゃないわ」

 飛鳥が静かに言った。


「どういう、ことだ?」


「私は実験の途中でロストしそうになった。そして、優に命を助けられた」


「そんなことが……」


「私は優を救うために今まで生きて来たの」

 飛鳥は微笑みをケインに向けた。透き通った、儚げな笑みだった。

「そしてあなたも、そのために生きているのよ」


 沈黙が流れた。


「あんたは、知っているんだな?」

 ケインは飛鳥に視線を向けた。

「荒神を」


「ええ」

 飛鳥はあっさりと答えた。


「あいつは」

 ケインは咳き込んだように言った。

「あいつは一体、何者なんだ?」


 飛鳥は黒髪をかき上げた。

「とても長い話になるわ。このバトルが終わったら、教えましょう」


 確かにこれからエントリーしなければいけない。それでもケインは探るように飛鳥の顔を覗き込んだ。


「あいつは、本当にミオの中にいるのか?」


「いるわ」


 ケインは疑わしげに眼を細めた。

「どうして、そういえるんだ?」


「私の中にも、別の人格がいるの」


「……」


「斉藤は隠しているけど、私は知っている」

 飛鳥は豊かな胸を押さえた。

「それはロストした過去の魂。記憶深層でロストしかけた私を乗っ取ろうとしたの」


「ロストした魂? それが、記憶深層に?」


「障壁には輪廻の螺旋から外れた沢山の魂が沈み、彷徨っているのよ。ロストすると、皆、あそこに集まるの」


「魂って」

 ケインは呆れたように声を上げた。

「簡単にいうけど、本当にそんなものが」


「言葉に囚われないで」

 飛鳥は遮るように言った。

「ブレイン・テクノロジーは人間の意識という未知の世界にメスを入れた。今まで宗教的な言葉で語られて来た曖昧なものたちが、正しくその姿を現すのよ」


「ミオは、ミオはどうなるんだ?」

 ケインは車椅子から身を乗り出した。

「このまま、その『荒神』になってしまうのか?」


 飛鳥は首を振った。

「おそらく、融合した人格になるのでしょう。あなたを慕う妹さんの気持ちは変わらないわ」


「だといいが……」

 ケインは膝の上で揃えた飛鳥の白い指に眼を落とした。

「あんたの『中』にいるのは?」


「過去の忌まわしい魂よ。それが不可知領域を生み出している」


 ケインは眼を見開いた。

「なんだって?」


「あれは、障壁に澱んだ暗黒そのものなの」

 飛鳥は息苦しそうに答えた。


「それが、不可知領域なのか」


「ええ……ええ!」

 突然飛鳥はがくりと首を垂れた。ケインは驚いて声をかけた。


「どうした? 大丈夫か?」


 飛鳥はいやいやをするように、頭を左右に振った。

「あいつは、あの闇に帰りたがっている」


「あいつ?」


「エル・クエルポ……」

 飛鳥は顔を伏せたまま苦しげに喘いだ。


「スペイン人か?」

 ケインは飛鳥の顔を覗き込もうとした。


「誰なんだ、それは?」


「深淵の闇の中を数百年、彷徨っていた。他の魂を喰らい、自我を保ちながら」


「魂を?」

 共食いという言葉が頭をよぎる。本当にそんなことがあるのだろうか。ケインの背筋にぞっと悪寒が走った。


「いいでしょう。だけど、それまでは」

 飛鳥は拳を握りしめると、突然叫び声を上げた。

「私に従いなさい!」


 ケインは驚いて車椅子から立ち上がり、飛鳥の肩を掴んだ。


「どうしたんだ?」


「私に従うんだ! この、忌まわしい大鴉め!」


「おい、しっかりしろ!」


 激しく身体を震わせながら、飛鳥は苦しげに何かをつぶやいている。


「誰か!」



 ドアが開いてセキュリティが駆け込んで来た。

 すぐに医師が呼ばれ、ケースから小型のバイタルセンサーを取り出す。

 センサーを首筋に押し当てると看護士が用意した救急用薬品ユニットに処方が転送され、薬品が調合された。


 圧縮注射器を持った医師がケインに承認を求めた。

「ドーピングになるのでは?」


「それは……」


「かまわない」


 斉藤の声がした。振り向くと、入り口にスーツ姿の斉藤が立っている。


「やってくれ」


 注射された飛鳥はぐったりと弛緩したが、すぐに呼吸は安定し、落ち着いた状態に戻っている。斉藤は車椅子の前に跪き、そっと飛鳥の頭を抱え込んだ。


「大丈夫」

 飛鳥の声がした。


「大丈夫……」

 か細い声で繰り返す。

「もう、大丈夫だから」


 斉藤は無言で乱れた黒髪を撫でた。

 それは男女の関係というよりも、負傷した兵士を労るような姿に見えた。


「行けるか?」

 斉藤は囁くように言った。


「うん」


「すまない」


 斉藤は車椅子から飛鳥の身体を抱え、立ち上がった。

 しっかりとした足取りで部屋の出口に向かう。


「何をしている、ケイン?」


 斉藤は前を向いたまま言った。

「行くぞ。バトルの時間だ」




 斉藤は飛鳥を抱きかかえたまま通路を進んだ。

 前後を制服を着たラボ・タワーのセキュリティが囲む。イーノ・セキュリティのスタッは一人もいない。ケインは無意識のうちに真樹の姿を探している自分に気がついた。

 そういえば、中央棟のICUからラボ・タワーに戻ってから、真樹や山本の姿を見かけていない。


─どうなっているんだ。


 自分の警護は終了になったのだろうか。斉藤からはそんな説明を受けていない。それよりもICUに搬送されてからゆっくりと話す時間などなかった。

 毎日治療と検査が続き、すぐに決勝戦当日になってしまった。


─集中しろ!


 ケインは両手で顔を叩いた。

 余計なことは考えるな。今はエントリーに集中することが最優先だ。

 再びギア構築に失敗するなど絶対にあってはならない。

 

 斉藤と飛鳥、ケインはコクーン室に入った。

 今まで何度も繰り返しているボディスーツの着用や点検作業が流れるように行われる。コクーンのシートに横たわると、上蓋が静かに閉じられた。


 密閉されたコクーンの内部は、完全な暗黒と沈黙の世界になった。

 ケインは深く、ゆったりと腹式深呼吸を繰り返した。

 シートに支えられていた身体の重さが消え、肉体の感覚が溶け去って行くのがわかる。

 ケインはゆっくりと、意識だけの世界に沈んで言った。




  

 ケインは灰色の空間に浮んでいた。


 視点を動かし、自分自身の身体を見下ろす。

 流浪の剣豪、不屈の侍のイメージで構築されたアカツキが着ている墨衣と袴は、今までよりも更にぼろぼろになっている。


 どうやら大軍勢を相手に一人で戦い抜いた、天ノ戦場での苛酷な戦闘が反映されたらしい。


 あの仮想世界で、ケインは世界の終焉を目撃した。


 天も地も、眼に見えるものすべてが紅蓮の大火焔に包まれ燃えていた。

 想像を絶する光景だった。あれほどの経験をして影響を受けない訳がない。

 しかしブレイン・ギアに表面的な変化があったとしても、基本構造が変わらなければ問題はないはずだ。


 灰色の空間の中に、コンピュータの柔らかな声が響く。


「形状の一致を確認。エントリーを認めます」


 ケインはアカツキの中で大きく安堵した。

 メンタルが安定している自覚はあったが、やはりギア構築が問題なくできたことにほっとする。


「導入ゲートに進んで下さい」


 座標情報が感覚として送られてくる。

 その方向にアカツキの機体を回転させると、前方の空間に青白く明滅する四角いフレームが見えた。ブレイン・バトルのステージへ各バトラーの意識を集合させる誘導路だ。

 ケインはアカツキの機体を旋回させ、ゲートに接近した。


 ゲートの内部はフレームが奥へと連続して連なるトンネルになっている。

 ケインはアカツキをトンネルに侵入させた。加速がかかり、どんどんスピードが上がって行く。青白く光るトンネルは蛇行しながら次第に狭くなっていく。カーブを曲がると、ケインは再び灰色の世界に飛び出していた。



 周囲は茫漠とした灰色の空間だ。


 十文字に光る小さな座標ポイントが等間隔に並び、その列は空間いっぱいに無限に広がっている。これはブレイン・バトルでもチュートリアルや模擬戦で使用される最もベーシックな仮想空間だ。

 ケインは空中を漂うアカツキの機体をぐるりと回転させた。

 上下の感覚がなく、座標原点の情報も送られて来ていない。この仮想空間はどこまでも無限に広がるアフィン空間になっている。


管制室コントロール!」

 ケインは呼びかけた。

「座標情報を!」


 返事はない。

 ブレイン・バトル・システムに何かの障害が起きているのだろうか。


 なす術もなく空間を漂っていくと、前方から小さな黒い塊が接近して来る。

 ケインはアカツキの四肢を振り、姿勢を制御した。

 接近する四角い箱は、鋼鉄板の集積体アイアン・グレイブだ。


 トランプの束のような機体から、カードが繰り出されるように金属板がスライドして伸展した。擦れ違う瞬間、アカツキは腕を伸ばしてその翼に取り付く。

 翼は逆にスライドして本体に収納され、アカツキは鋼鉄の箱の上に立ち上がった。


「おい剣豪」

 本田が金属が軋むような音声でいう。

「ここは変だぞ。ステージの位置がわからねぇ」


「ブレイン・バトル・システムに障害が発生しているらしい」


「マジかよ? コントロールは何をやっているんだ?」


「返事がない。まさか、こんなことが決勝戦で起こるとは」


 アイアン・グレイブは低く唸った。

「……気に入らねぇな」


 漂って行く進路上に、二つのギアが浮んでいる。


「あれは風牙とレイブンだ」


「ああ」

 本田は接近する二つの塊を見た。

「確保するぞ」


 アイアン・グレイブの機体が振動した。

 四角い板が高速でスライドし、帯のように空間に伸びて行く。風牙とレイブンが帯の先端に掴まったのを確認し、本田は展開した鋼鉄板を収納した。


「システム障害が発生しているわ」


 黒尽くめのコスチュームのレイブンが言った。

 黒い翼を背負ったヒューマンタイプだが、フルフェイスのヘルメットで表情は隠されている。


 銀毛の狼は鉄板の上に腹這いになり、前脚に顎を乗せた。

「とりあえず様子見だな」


「岩城さん」

 ケインは狼に視線を向けた。

「黒魔天との対戦戦略は?」


「結局ミーティングの時間は取れなかったな」

 狼はレイブンに視線を向けた。

「さて、どうする?」


「ジャパン・カップでのこれまでの三戦はいずれも相手チームが降伏。どのギアも強烈な視覚イメージを浴びせられて戦意を喪失しているわ」


「どんなイメージだった?」ケインはレイブンに訊いた。


「それらは火焔や水の奔流、または激しい閃光、混沌とした渦巻、そして暗闇の『イメージ』だったわ」


「俺も見たが、それほど強烈なものではなかった」風牙は言った。


「では、どうして?」


「バトラーが直接受ける衝撃はモニターではわからないのかも」


「どういうことだ?」


「スカイダイビングの映像を見ても、自由落下のスピード感や空気の抵抗感は体験できないわ。視覚以外の感覚も、揺さぶりを受けているようね」


「スキルはわからないが、実際に相手チームは降伏している。強烈な攻撃だと覚悟しておこう」風牙が言った。


「そんなもの関係ねぇ!」

 アイアン・グレイブは雄叫びをあげた。

「気合いだぜぇぇぇ!」


 狼は苦笑して言った。

「コイツには効かないかもな」


「頼もしいわ」レイブンが言う。


 不意にアイアン・グレイブの機体ががくんと沈んだ。


「どうしたんだ?」


 銀狼が素早く身体を起こした。レイブンが周囲を見渡す。


「重力値が有効になったわ。システムが回復したようね」




 アカツキ、風牙、レイブンを乗せたアイアン・グレイブはゆっくりと降下していく。

 下方には細く白いグリッドグリッドで表示された地表が見える。

 テクスチャーも何も貼られていない広大な平面には構造物は見えない。


 アイアン・グレイブは降下速度を緩め、静かに着地した。


 風牙は地表に降り立つと匂いを嗅ぐように鼻先を高く掲げた。


「まだ来ていないな」


 アカツキも座標ポイントが並ぶ空を見上げた。

 感覚の輪を広げるまでもなく、黒魔天の存在感は感じられない。


 突然、立っている地表が揺れ始めた。

 足元が激しく突き上げられ、機体ががくがくと振動する。ケインは反射的にアカツキを急上昇させた。地表を見下ろすとグリッドが波打つように揺れ動いている。


 アカツキの左右に三機のギアが並んだ。


「あれを見て」

 レイブンが遠くを指差す。


 地表を走る波はレイブンが示した地点に向かい、収束しようとしている。


「行こう」

 ケイン達は波が集合する場所に向かってギアを飛翔させた。



 そこでは波のエネルギーがぶつかりあい、沸騰するように激しく波立っている。その地面から、巨大な建造物が浮上するように姿を現した。

 灰色の造形物は隆起を終え、楕円形の巨大な姿を現す。


「これはアメリカのLAスーパースタジアムだ」

 アイアン・グレイブは言った。

「来年のワールド・バトルの会場だ。二十万人は入れるぜ」


 スタジアムは材質感や細部のディテールは省略され、プラスチックで造った実物大の建築模型のように思えた。


「データ処理を必要最小限にして造ったという感じね」とレイブン。


「いくぞ」

 銀毛の狼が身を翻して急降下する。


 四機のブレイン・ギアは広大なグラウンドの中央に降り立った。


「誰もいないわ」

 レイブンは周囲を見渡した。

 観客席には一人の姿もない。二十万人を収容する世界最大の巨大スタジアムはしんと静まり返り、冷え冷えとした空虚さが漂っていた。


「……やな感じだぜ」

 アイアン・グレイブがぼそりと言った。


 ケインは頭上を見上げた。スタジアムの観客席最上段からは大屋根がせり出し、空は楕円形に切り取られている。


「回避のための距離が取れない。ダメージ覚悟の接近戦になるな」


「バトルが長引けば不利になるわね」とレイブン。


「あんたがコマンダーだ。俺はあんたを絶対に守る」

 鋼鉄のギアは力を込めて宣言した。


「守り切って判定勝ちになるとは思えないが」ケインは腕を組んだ。


「そうね」

 レイブンは黒いヘルメットをケインに向けた。

「これまでのバトルでは、黒魔天でオフェンシブなのは二機だけ。後のギアは行動していない。彼等の特異性は不明よ」


「まだ能力は隠されているわけか。危険だな」


「相手が誰だろうと関係ねぇ。バトルはバトルだ」

 アイアン・グレイブは落ち着いた口調で言った。

「シンプルにいこうぜ」


 銀狼は感心したように鋼鉄の箱を見上げた。

「本田の防御は簡単には破れない。奴らでも手こずるだろう。俺とケインは奴らのフォーメーションを崩し一機ずつ潰す。様子見はなしだ。最初からフルパワーで行くぞ」


「わかった」ケインはうなずいた。


「そうだ。勝ちゃいいんだ、勝ちゃ!」

 鋼鉄のディフェンダーはきっぱりと言った。


 直上からのしかかるような強い存在感が降下してくる。

 ケインは威圧感を受け止めるようにアカツキの足を開き、腰に力を入れた。


「……来たな」

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