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宮廷画家と竜舎番の出会い:8

 最初に異変に気付いたのは竜たちだった。先程まで眠っていたはずの竜たちが首をもたげ、地響きのように低い唸り声を上げる。ルトルゥの出産の様子を見守っていたアプティカはすっと目を細めた。

 囲いから出てランプを掲げる。ジミグは鉄の柵に背を預けて座り込み、うとうとと船を漕いでいた。


「起きろ。緊急事態だ」


 爪先でジミグの足を蹴る。と、ジミグが弾かれたように立ち上がった。その拍子に彼の膝に乗っていた羊皮紙が散らばる。「す、すみませんっ」慌てた様子で羊皮紙をかき集めるジミグは放っておいて、アプティカはじっと耳を澄ました。

 通路のほうから重い足音とガチャガチャと金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。侵入者だ。二人、いや三人いる。アプティカは静かにランプの火を落とした。


「竜泥棒だ。奴ら子竜か卵を盗むつもりだ」


 王城の竜舎では子竜は育てていない。手間も費用もかかりすぎるからだ。生まれてから一月が経つとほとんどの子竜は自分の翼で飛べるようになる。自力で飛べるようになると子竜は竜商人に売られていくのだ。

 子竜と卵は売るといい金になる。大金に目がくらんで盗みを働こうとする人間は多い。


「城の警備兵を呼んできましょう。彼らなら近くにいるはず」


 ジミグが口早に言う。緊張で彼の声は震えていた。

 アプティカは素早く脳味噌を回転させる。竜舎の出入り口はひとつしかない。侵入者たちに気付かれずに脱出するのは不可能だ。しかし外に出るだけなら別の方法がある。


「お前、第二区画の壁に穴があいてるのわかるか?」

「板がばってんに打ち付けられてるところですね?」

「お前ならあそこの隙間から抜けられるよな? おれが時間を稼ぐからお前は人を集めてこい」


 アプティカが指示を出すとジミグはぎょっと目をむいた。


「な……っ! 君を一人にするわけにはいきません! 時間を稼ぐって武器もないのにどうするつもりですか? 何かあってからでは遅いんですよ?」


 アプティカはとっさにジミグの胸倉をつかんでいた。考えるよりも先に体が動いた。


「じゃあお前に何ができる?」

「それ、は、」

「二人でここにぼーっと突っ立ってたところで事態は改善しない。子竜か卵をまんまと盗まれておれの信頼は地に落ちる。二度と不寝番をやらせてもらえなくなるかもしれないよな? ――お前はまだ何もわかっちゃいない」


 ここにいる竜たちは王家の財産だ。竜舎番には命を賭して王家の財産を守り抜く義務と責任がある。エディもペルーもそういう覚悟で勤めている。


「ここでは人間の命より竜の命のほうが大事なんだ。覚えとけ。わかったならひとっ走りして兵を呼んでこい」


 アプティカはジミグを突き飛ばした。尻もちをついたジミグが痛そうに顔をゆがめるが、次の瞬間には彼は立ち上がっていた。


「本当に一人で大丈夫なんですね?」

「くどい」


 アプティカが一刀両断するとジミグはぐっと唇を噛みしめた。


「すぐに戻ります。だからみすみす命を投げ出すような真似は絶対にしないでください」


 ジミグがアプティカに背を向けて走り出す。アプティカは詰めていた息を吐き出した。なんとかこの場からジミグを離れさせることができた。上々だ。


(あいつを危険な目に遭わせるわけにはいかねーもんな)


 ジミグはただの宮廷画家で竜舎番ではない。よって竜舎に関わるごたごたに彼が巻き込まれる必要もない。

 これは一か八かの賭けだ。アプティカはぐっと腹に力を込めた。自分がセイレーンだったらよかったのにと思う。彼女たちは魅了の術を使えるのだから。

 地面にジミグが落としていった羊皮紙が落ちている。その内の一枚を拾ってアプティカは笑った。


「上手いじゃん……」


 そこに描かれていたのは竜のスケッチだった。眠りにつく寸前なのか、まぶたが半分閉じかかっている。愛嬌がそこかしこに漂う絵だった。勇ましさよりもかわいらしい雰囲気が漂っている。どの竜をモデルにしたのかアプティカには一目でわかった。

 昼に本人が宣言した通り、ジミグはジミグのやり方で竜や竜舎番という仕事に真摯に向き合っているのだ。

 でなければこんな絵が描けるはずはない。大多数の人々は竜を雄々しく優美で強い生き物だと思っている。竜に対する先入観は強く、それぞれに個性があるのだと説明しても納得する者は少ない。

 だがジミグはすでにそれを理解している。自分の目で竜をつぶさに観察し、表情を見分けている。この分なら数日もしない内に個々の竜の性格も把握するだろう。

 アプティカは羊皮紙を折り畳んで作業着のポケットに滑り込ませた。一枚くらい失敬してもジミグは気付かないだろう。


「そこに誰かいるのか?」


 唐突に誰何の声がした。アプティカはゆっくりと顔を上げる。ランプの火がアプティカの全身を照らし出す。三人の侵入者たちはアプティカをまじまじと見つめ、一様に下卑た笑みを浮かべた。

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