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宮廷画家と竜舎番の出会い:7

 昼食を終えたあと、アプティカとジミグは休憩小屋の二階で仮眠を取った。二階にはいつでも寝泊りできるようベッドが三つ置いてある。

 今夜はアプティカが不寝番に当たっている日だ。エルフの血を引いているアプティカは幾日かは眠らずとも活動できるが、睡眠が不要なわけではない。

 きちんと眠らなければいつかは倒れる羽目になる。医者の不摂生が問題視されるように竜舎番にとっては体調管理も仕事の内だ。エディから耳にタコができるほど聞かされた話である。

 午後は竜騎士団の飛行訓練があり、第三区画を除いて竜舎は再び空になる。その間に他の竜舎番たちが糞の掃除とわらの入れ替えを行い、竜たちの夕食となる餌――竜は雑食のため、飼料をやる場合もあれば肉をやる場合もある――を用意する。

 夕食の準備が終われば仕事は終わりだ。不寝番に当たっている者以外は作業着を脱いで夜遊びに出掛けたり、家路を急いだりと自由に過ごすのだった。

 黄味を帯びた空が段々と茜色に染まっていく。茜色は鈍い真鍮色から薔薇色に移り変わり、端から薄紫色に染まっていく。

 夜の七時を告げる鐘が鳴る。ベッドで安らかな寝息を立てていたアプティカはぱちっと目を覚ました。バタン! と休憩小屋のドアが勢いよく開け放たれる音がして、ドヤドヤとにわかに階下が騒がしくなった。交替の時間だ。

 アプティカは急いで身を起こした。隣のベッドを見るとジミグも眠りから醒め、盛大にあくびをこぼしていた。


「さっさと行くぞ。もたもたしてたら置いてくからな」

「え、ちょ、まっ」


 アプティカは足早に階段を下りてエディの姿を探す。


「おやっさん、今日はどんな感じ?」


 アプティカが尋ねるとエディは宙に視線をさまよわせた。自身の記憶を探るとき、エディの視線はいつも上にいく。


「……ルトルゥが産気づいてたな。今夜中に生まれるかもしれん。俺からはそんなところだ。あとは何かあるか?」

「第三区画にいるあいつ……えーっと、ガストン? ガストナ?」

「ガストーンだよばか」

「ああそう。そいつ。しばらく飛べてないからだいぶいらいらしてるな。周りの奴らが怯えてた」

「わかった。ありがとう。なるべく刺激しないようにする」


 アプティカは物陰に引っ込んだ。教えられた内容を頭の中で何度も反芻しながら作業着に着替え、髪を結い直す。シンシアに作ってもらった夜食とランプをバスケットに詰め込んで外に出ると、ひんやりした空気が肌を包んだ。

 少し肌寒い。上着があったほうがいいかもしれない。

 アプティカが休憩小屋に引き返そうと方向転換したのと同時にジミグが外に出てくる。彼は腕に二人分の上着を抱えていた。


「春とはいえまだ夜は冷えますからあったほうがいいかと思って……」


 ジミグがおずおずと上着を差し出してくる。アプティカはわずかに逡巡したのち、上着を受け取った。


「……ありがとう」


 アプティカが渋々礼を述べるとジミグは「はい!」と喜色満面の笑みを浮かべた。ジミグは本当にわかりやすい。感情がすぐに表に出る。


(にしてもさっきのは驚いたな)


 アプティカにいくら邪険にされてもにこにこ笑っていたジミグが本気で怒ったのは意外だった。ジミグの味方をするつもりは毛頭なかったが、あれはペルーのほうに非があるとアプティカは思う。


(おれだったらキンタマ蹴り上げてたところだ)


 自分の仕事を馬鹿にされたら誰だっていらつくだろう。ジミグの絵にどれだけの価値があるかなど興味もないが、自分が同じ扱いをされたら怒り狂って休憩小屋をめちゃくちゃにしていたに違いない。


(そういえばあいつ前もおれに同じようなことしたよな。学習しねえなあほんと)


 アプティカが竜舎番として働き始めたばかりの頃だ。エディの義理の娘だから贔屓されているんだとか、非力なガキに何ができるんだとか、ペルーには散々嫌味を吐かれた。

 アプティカが仕事を覚えて一人でなんでもできるようになると今までの態度が嘘のように友好的な態度で接してくるようになった。つまりペルーはそういう人間なのだ。

 新人をふるいにかけて、こちらの反応を逐一うかがっている。信用に値する人物かどうかを見極めるには確かに相手を怒らせるのが一番手っ取り早い方法かもしれない。


(国を豊かにする仕事、か……)


 もしもジミグの絵が本当に戦争の抑止力となるなら、その点だけは評価してやってもいいかもしれない。戦争になれば最前線に立つのは竜騎士団だ。戦場に出れば竜が負傷する。そのまま死んでいく奴もいる。


(おれは戦争なんて知らねえけど)


 毎日愛情をこめて世話をしている竜が戦争で死ぬのはとても苦しくて悲しいに違いない。おとぎ話のような優しくて穏やかな毎日が続くならそれが一番いい。


(けどやっぱそんなのただのきれいごとだ)


 本当の地獄を知って、それでもなお美しいものを追い求められるなら、アプティカとて認めざるをえないだろう。だがジミグは違う。ジミグは生まれたときから恵まれている。だから幸せそうに笑っていられる。


(おれは絶対にないものねだりはしない)


 この世に絶対に正しいものは存在しないし、きれいなものはそう見えるだけで実は汚れているのだ。

 竜は人間と違って嘘をつかない。愛情を注いだ分だけ信頼を返してくれる。ゆえにアプティカは竜を愛してやまないのだ。

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