宮廷画家と竜舎番の奮闘:7
基本的に空戦では先に背後を取った側が有利だ。
前方にいる者は背後からの攻撃を警戒しながら飛ぶ必要がある。対して後方にいる者は正面を狙って攻撃を続ければいいのだから、精神が摩耗する度合いは大きく異なる。
アプティカとミューゼル、あるいはエステラーダとトンドゥの場合、先に背後を取ったのはミューゼルだった。
「その澄まし顔を今日こそぐちゃぐちゃにしてやるっ!!」
騎竜用の鞍にまたがり、手綱を操るミューゼルが叫ぶ。風の音にかき消されるため、普通の人間は飛行中に肉声を耳で捉えることはできない。
しかしアプティカの耳にはしっかりとミューゼルの声が聞こえていた。
彼の瞳には余計な横槍ばかり入れてきて自分の邪魔をするアプティカへの明確な敵意があった。ぎらぎらと怒りの炎が燃えている。
「グアアアアァア!」
ミューゼルの声に呼応するようにトンドゥが咆哮する。なるほど。確かに彼らの相性は悪くない。ミューゼルの苛烈な性格が、トンドゥの士気を高めている。乗り手に止められることなく、思う存分力を振るえるのは竜にとって喜びだ。
しかし。
「あんたが言ったの、もしかして悪口か!? 上品すぎて子守唄かと思ったぜ!」
ミューゼルは本物の戦場を知らない。スラムの暮らしがどんなものか知らない。生き延びるために泥をすする惨めさを知らない。
ぬるま湯で育った貴族の「おぼっちゃま」が仕掛けてくる攻撃はどれもが一本調子で退屈だった。
「やれっ!!」
トンドゥが炎のブレスを吐き出す。前方に直進しながらエステラーダが体を360度回転させて、ブレスの軌道から逃れる。体勢が崩れたところを狙ってミューゼルが弓に矢をつがえ、射掛けてくる。
「ヴィオレッタを散々扱き下ろしたわりには、平凡な腕前だなあおい!」
「なんだと!?!?」
右、左、右、右、左。次々と放たれる矢をエステラーダは洗練された身のこなしで優雅にかわしていく。革の籠手で頭を守りながら、アプティカはピューッと口笛を吹いた。
「さすがは竜舎番のマダム! やっぱり最高にかっこいいな! エステラーダは!」
「グルグルガルゥ」
エステラーダはアプティカの称賛に舞い上がることもなく、このくらいは当然だと言わんばかりに涼しげな顔をしていた。あんな小娘に自分が強さで劣るはずがないと、そう思っているのが伝わってくる。
「クソッ!?」
不意に後ろで焦ったような声がした。弓矢の雨が止む。振り返るとミューゼルの頭をマントが覆っていた。風に煽られて引っ繰り返ってしまったのだろう。アプティカはまさかの事態にぽかんと口を開け、すぐさま我に返る。
平時ならあまりにおかしくて笑い転げていただろうが、今は戦闘中であり、アプティカとて余裕があるわけではない。
先程から鼓膜は痛くて破れそうだし、心臓はバクバク鳴っている。手足の震えは止まらず、気を緩めたら一気に脱力してしまいそうだ。
空戦の訓練などろくに受けていないアプティカが今もまだエステラーダの背中にしがみつけているのは、身の内に流れる特殊な血の恩恵を受けているからだろう。
人間の世界で育ったアプティカは、エルフのことを何一つ知らない。自分にはどうやら不思議な力があるらしい。けれども、それがどんなものか、どのように扱えばいいのか、アプティカは何も知らないのだった。
知る必要もないと思っている。
自分はただの竜舎番で、それ以上でもそれ以下でもない。
アプティカは竜たちを愛している。だからこそ、竜をむげに扱う者には鉄槌を下してやらねば気が済まない。
「エステラーダ! 上昇してあいつの後ろに回れ!」
「ギュアア!」
エステラーダがひと際大きく翼を動かし、ぐんっと飛行高度を上げる。エステラーダは怯むことなく雲の中に突っ込み、弧を描きながら優雅にミューゼルとトンドゥの真上を通り越していった。
「どこだ!? 奴はどこに行った!?」
眼下で視界を取り戻したミューゼルが狼狽えているのが見える。アプティカは身を低くして小さくささやいた。
「今だ。――吐け」
その指示を予想していたのだろう。エステラーダは瞬時に大口を開けて勢いよく炎のブレスを放射した。




