宮廷画家と竜舎番の奮闘:6
城郭内の東側にある飛行訓練場には、張り詰めた空気が流れていた。
中央で向かい合って立つのはミューゼルとアプティカだ。ミューゼルは竜騎士の正装――甲冑とロワルメル王家の紋章が刻まれたマント――に身を包み、アプティカは女物の革鎧を身に着けている。
ミューゼルの横にはあかがね色の鱗の竜、トンドゥが控えている。アプティカの横に控えているのはエステラーダだ。
トンドゥは先ほどからガルルル……と喉を鳴らし、威嚇を続けている。彼女は野生の本能が強く、荒っぽい性格をしている。
好戦的なミューゼルが次の騎竜としてトンドゥを選んだのは、自然な流れだった。アプティカとエステラーダは涼しい顏でトンドゥの威嚇を受け流している。
円形の訓練場を取り囲むように設置されている階段状の観客席は半数近くが埋まっていた。そのほとんどが竜騎士の若者たちで、面白おかしく野次を飛ばしている。
「あの坊ちゃんにあいつが乗りこなせるかねえ……」
騒がしい観客席に座って二人を眺めながらエディはつぶやく。アプティカの養父であり、竜舎の監督役であるエディは、万が一の事態が発生した場合は責任を取らなければならなくなる。そのため、この場にいることを余儀なくされた。
竜舎番の誰もがミューゼルとアプティカの決闘を観戦したがったが、全員がここに来てしまえば仕事が回らなくなる。
竜舎番の代表としてエディ一人が観客席に座っているのには、そのような事情があった。
クロードはみなから離れた場所にいた。腕を組み、何を考えているかわからない無表情で訓練場を見下ろしている。
ジミグの姿はここにはない。あの若造とアプティカは秘密裏に何かを企てているようだった。今頃はその計画を実行するための仕込みをしているのだろう。
「さあて。お手並み拝見といこうじゃねえか」
口角を持ち上げ、エディはにやりと笑った。
▼▼▼
出入り口と連結している通路の陰に潜むヴィオレッタは、怯えながらミューゼルとアプティカの様子を伺っていた。
「大丈夫。大丈夫だよ、ヴィオレッタ」
無意識に足踏みをする度に優しく背中をさすってくれるのはジミグだ。ジミグとアプティカは竜舎で死んだように眠っていたヴィオレッタをここまで連れてきた。ミューゼルとアプティカが決闘をすると聞いて、ヴィオレッタは生きた心地がしなかった。
竜騎士の決闘を見るのはこれが初めてではない。重症を負って動けなくなり、回復するまで何ヶ月もかかった乗り手や騎竜を過去に何度も見てきた。
もしかしたらミューゼルもそうなるかもしれない。トンドゥは若い竜で気性が荒く、自分の本能を制御するのに長けていない。
エステラーダは気位が高く、無礼を働いた相手には容赦がない。
彼女たちがぶつかれば只事では済まないだろうと脳味噌が警鐘を鳴らしている。
「グルルル……」
今すぐ決闘なんて馬鹿な真似はやめてほしい。怪我が治ったばかりで竜に騎乗するなんて無茶だ。ミューゼルの若さゆえの無鉄砲さがヴィオレッタには愛おしく眩しかったけれど、歯がゆい思いをさせられてきたのも事実だ。
けれど今のヴィオレッタにはミューゼルを止める手立てがない。
――飛べない竜はただのトカゲ。だから殺処分されるのも致し方ない。
ヴィオレッタは静かに絶望し、すべてを諦め、ただその時を待とうと決めた。
けれど。
「これより竜騎士団所属ミューゼル・フォート、竜舎番所属アプティカの二名による決闘を開始する!」
仲介人の宣言にワアッ! と歓声が湧く。ピューピューと盛大に鳴る口笛の音を聞きながら、ヴィオレッタは焦燥を募らせていた。
このままあの二人が戦うのは、どう考えても間違っている。
「両者とも離陸体勢に入れ!」
ミューゼルがトンドゥにまたがり、アプティカがエステラーダにまたがる。二頭の竜が翼を広げ、飛翔するために姿勢を構える。
「――はじめっ!」
仲介人が勢いよく掲げた腕を振り下ろす。二頭の竜は地を蹴って宙へと躍り上がった。
「始まった……」
ジミグが興奮と緊張がないまぜになった声でささやく。ヴィオレッタはハラハラしながら、二頭の竜の行方を目で追いかけた。




