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宮廷画家と竜舎番の奮闘:4

ヴィオレッタはミューゼルが大好きだった。ミューゼルのほうは最初からヴィオレッタに不満を持っていて、それを隠そうともしなかったけれど、ヴィオレッタにとってミューゼルは初めての主人で特別な人間だった。

ミューゼルはもっと体の大きい強そうな雄の竜を騎竜にしたがっていた。自分たちの世話をしてくれている人間、竜舎番はなるべく彼の希望を叶えようと大きめの雄の竜ばかりを選んで彼と組ませようとした。けれど上手くいかなかったのだ。

竜は元々誇り高い生き物だ。特に雄の竜ともなると血気盛んで機嫌を取るのに苦労する。竜騎士として半人前のミューゼルが御しきれる相手ではなかった。

ミューゼルは竜相手に下手に出たりしない。彼がおもねるのは自分より身分が上の人だけ。騎竜は竜騎士の命令を聞いて当然というような態度だった。そんな人間を主人として認める竜は少ない。

そこでヴィオレッタが選ばれた。ヴィオレッタはミューゼルのことが嫌いではなかった。自信満々で堂々としている彼がヴィオレッタにはとても立派に見えた。

初めて会ったとき、ミューゼルは胡乱げな眼差しをヴィオレッタに向けた。


「こんな小さくて弱そうなのを僕の騎竜に?」

「小さいのは確かだが、弱そうってのはどうでしょうね」


ミューゼルとヴィオレッタを引き合わせたのはカナイという名前の竜舎番だ。意味はよくわからないがヴィオレッタはカナイの”推し竜”というやつだった。カナイは殊の外ヴィオレッタを気に入っているようで、いつも「お前は美しいなあ」とうっとりしながら体を撫でてくれた。


「こいつは頭がいいし、飛ぶのも速い。この前肉の入った桶を他の奴が囲いの外に置き忘れたんですけど、そしたらこいつどうしたと思います?」

「さあな」

「尻尾で桶をたぐり寄せて中の肉を平らげてましたよ。ね、賢いでしょ?」


カナイが誇らしげに言う。ヴィオレッタは怒ってグルグルと鳴いた。食い意地を張っていることを他人に嬉々として話すなんて乙女に対する礼儀がまるでなっていない。


「俺はヴィオレッタならあんたと上手くやれると思いますがね。あんたの悪いところをヴィオレッタが、ヴィオレッタの悪いところをあんたが補ってくれる。そんな具合に」

「………そうか。ならこいつでいい」


渋々だった。ミューゼルは渋々ヴィオレッタを自身の騎竜に選んだ。ヴィオレッタはそれでもよかった。選ばれたことが誇らしかった。

必ず役に立ってみせよう。頑張ればミューゼルもきっと褒めてくれる。他の竜騎士たちが自分の騎竜にするみたいに確かな愛情をもって接してくれるようになるはず。

そう思っていた。けれど結局ヴィオレッタはミューゼルの期待に応えられなかった。

ヴィオレッタは本物の戦闘を経験したことがなかった。人を乗せたこともなかった。人の体は予想以上に重くて、ミューゼルを乗せてまともに飛べるようになるまでとても時間がかかった。鞭を振るわれてミューゼルを落としてしまったこともある。

ヴィオレッタが失敗する度、自分を見るミューゼルの目はどんどん冷たくなっていった。そして事故が起きた。

初めての野外演習だった。空を飛び交う火矢も石弓も魔法も何もかもが恐ろしかった。逃げ出しそうになる体を叱咤して、ミューゼルの指示通りに飛ぼうとした。けれど石が飛んできた瞬間、頭が真っ白になった。

気付いたときには翼の骨が折れていて、ミューゼルの体は宙を舞っていた。必死に追いつこうとしたけれど間に合わなかった。

――失せろ! 目障りだ!

あの日のミューゼルの言葉を繰り返し思い出す。ミューゼルはきっとヴィオレッタを許してくれない。行かないでと訴えても彼にはわからない。

だからどうすることもできず、ヴィオレッタはじっと闇の中にうずくまっているしかない。


▼▼▼


「明日もよろしくな」

「お疲れさん」

「これから飲みに行かないか?」

「この前かみさんに叱られちまってよお」


仕事を終えた竜舎番たちが世間話に花を咲かせながら休憩小屋をあとにする。最後に残ったのはジミグとカナイだった。エディはジミグとカナイに気遣わしげな目線を向けたが、何も言わず帰っていった。

カナイは今年で四十になる。竜舎でエディの次に長く働いているのがカナイだった。経験豊富な男で、指示も説明もわかりやすい。口元の髭がいつもきれいに切り添えられていることから彼の性格がうかがえる。


「ヴィオレッタはどうだった?」


今日飛行訓練場で起こったことは既に竜舎番たちの知るところとなっている。あまりにも浅はかなミューゼルの考えに一部の者たちは憤っていたが、だからといって否定することはできない。

思い入れが深くなるほど、騎竜を喪ったときに傷付くのは自分だ。それを恐れて騎竜とは距離を取った接し方をする竜騎士も中にはいる。それぞれのやり方があり、何が正しいのか断じる権利は竜舎番にはないのだ。


「……煮詰まってますね。アプティカさんの様子を見る限りでは」

「そう、か」

「はい」


ジミグが重々しくうなずくとカナイは物憂げに目を伏せた。ヴィオレッタのことをカナイは目に入れても痛くないほど溺愛していた。ヴィオレッタの処遇を決定する際、彼が口を挟まなかったのは己の立場を鑑みてのことだろう。

アプティカの暴走に関しては経験が浅いだの未熟だの若者特有の無謀な考えだのいくらでも言い訳が立つ。


「心配はしてた。だが大丈夫だと思ったんだ。ヴィオレッタは臆病な奴だから多少傲慢な奴と組ませたほうが上手くいくんじゃないかと」

「ミューゼルさんがもう少し経験豊富な方であれば、そうなったかもしれないですね」


ミューゼルの欠点は短気すぎることだ。視野が狭く一度こうだと思い込んでしまったら修正が利かない。戦場に立つ者としては致命的ではないかとジミグは思ったが口には出さなかった。

ありとあらゆる状況を想定して動くこと。生き残るために最善を尽くすこと。この二点をミューゼルが徹底して行えるかといえば否だろう。だが剣を振るった経験のない自分が偉そうに語れることではない。


「とにかくやるだけはやってみます。アプティカさんもそのつもりでいるはずです」

「ああ、頼む。あいつを死なせないでやってくれ……」


カナイがジミグの肩に手を置く。ずっしりと重たい手。仕事に人生を捧げてきた男の手だった。

カナイが休憩小屋を出ていく。一気に脱力感が襲ってきた。しかしまだ眠るわけにはいかない。ジミグはバスケットにサンドウィッチと果物を詰め込んで竜舎に赴いた。

竜舎の第三区画。いつからそうしていたのか、囲いに背を預けて膝を抱えているアプティカの姿があった。


「風邪をひきますよ、アプティカさん」


ランプを掲げる。アプティカは膝に顔を埋めて動こうとしない。彼女の前にひざまずくとジミグは上着を彼女の肩にかけた。アプティカがゆっくりと顔を上げる。彼女の顔を見てジミグは驚いた。

まぶたが赤く腫れていた。泣いていたのだとわかる。いつも気丈な彼女が人知れず泣いていたのだと思うともどかしくてたまらなかった。


「ただの生理的現象だから」


ジミグは何も言っていないのにアプティカが言い訳を始める。ジミグは黙って首を縦に振った。


「悔し涙だし。感傷に浸ってたとかそんな乙女心的なあれじゃねーから」

「わかってます。わかってます。ところでアプティカさん」

「んだよ」

「お腹、すいてません?」

「すいた」


ジミグはアプティカの隣に腰を下ろした。バスケットの中から夜食のサンドウィッチを取り出す。アプティカはサンドウィッチを受け取ると勢いよくかぶりついた。


「栄養補給は大事ですよ。お腹いっぱいになったら、また対策を考えましょう。きっと何かいい方法があるはずです。アプティカさんの取り柄は諦めの悪さでしょう?」

「ぶん殴るぞ」


それでこそいつもの彼女だ。ジミグは安心して笑った。

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